第428話 阿拉斯加陳情

「……」

 アメリカ大陸の窮状が書かれた手紙を読んで、大河は困った。

 助けたいが、派兵したらしたで、欧州各国との戦争になる。

 モンロー主義を掲げている以上、極力、関わりたくないのが、本音だ。

 ただ、アラスカには沢山の難民が来ている。

 一部は現地の駐留軍に入隊し、訓練を重ねて、故郷に舞い戻ろうとしている。

 そうなった場合、日ノ本もなし崩し的に巻き込まれるのは、当然の話だろう。

「アラスカの次は、本土?」

 エリーゼが、あすなろ抱きして尋ねた。

「さぁな」

 千姫は、元康と一緒に世界地図を広げて見ている。

「ここが、『あらすか』。ここが、『あめりご』ですわ」

「あ、め、り、ご」

 必死に発音する元康。

 勉強家だ。

 この地域の名前は、国際法上、未決定だ。

 但し、なので、現在は、発見者のアメリゴ・ヴェスプッチ(1454~1512)に因んで、『アメリゴ』と呼ばれている。

 日本人には、海の向こうなので、未知の世界だ。

「それで、そこの方々は、どんな方々なんですか?」

 茶々も興味津々だ。

「俺も詳しくは知らないよ。接点が無いからな」

 知っている事と言えば、皮剥ぎ位だろう。

 北米大陸の先住民族の内、西部大平原に居住する部族には、倒した敵の頭の皮を剥ぎ取り、戦利品として持ち帰る文化が18世紀前後から定着した。

 元は先住民族独自の風習ではなく、合衆国政府が先住民族の頭皮に懸賞金を賭けたのを起源としている。

 但し、合衆国政府が殺害の証拠として頭皮を求めたのに対し、先住民族の頭皮狩りは相手を殺す必要は無い為、頭に傷を残したまま生きながらえる者も多かったが、頭に残った傷は大変な恥辱だった(*1)。

 ただ、全部族の風習ではない為、皮剝ぎ=先住民族、という心象は適当ではないかもしれないが。

 与祢も伊万、愛姫(=華姫)と一緒に見ている。

『大日本沿海輿地全図』とエリーゼの知識、更に橋姫の超能力で作った恐らく現在、世界で最も正確な世界地図である。

「ちちうえ、ここは?」

「ローマ。聖下の御出身の場所だよ」

「ろーま!」

 にへへ、と伊万は、何故かテンションが高い。

 そして、洋菓子をぼりぼり。

 床を汚していく。

「……」

 アプトは、床と大河を交互に見た。

 怒りたいが、上官が何も言わない為、困り顔だ。

「良いよ。後で掃除すればいい」

「は」

「伊万」

「あーい?」

「カステラも良いが、プリンも―――」

「食べる!」

 最速で反応したのは、お江であった。

 俺の手からプリンをラグビーの様にタックルして奪い取る。

「ぷりん! ぷりん!」

「あ、ずるい!」

 伊万、愛姫も争奪戦に加わる。

「こらこら、喧嘩は止めてなさい」

 茶々が全員分の用意し、諫めるのであった。


 大河は、対外的には、副将軍と見られているが、実際には違う。

 何の位も無い、ただの軍人だ。

 なので、国外の報道機関が、副将軍と報じられる度に、訂正記事を要請しているのだが、それでも一度ついた心象は、中々払拭する事は困難である。

「ねぇねぇ。真田って副将軍なの?」

 御所で公務中の朝顔が、ふと尋ねた。

「いや、違うけど?」

「でも、暹羅シャムの陛下が、貴方の事を副将軍ってよ?」

 手紙を見せてくれるがが、生憎、タイ文字はさっぱりだ。

「王様も誤解されているのか。早く解かないとな」

「私的には、副将軍で良いと思うけど?」

「影響力?」

「うん」

 朝顔の言う様に、大河の影響力は大きい。

 事実上、政治権力も有している為、その表現も適当かもしれない。

「もういっその事、名乗っちゃえば?」

「う~ん。無名でありたい」

「私と結婚している時点で有名人だよ」

「……だな」

 浪人から上皇の夫に成り上がったのは、後にも先にも無いだろう。

「さてと」

 玉璽を置き、朝顔は、背を伸ばす。

「う~ん」

「御疲れ様」

 御茶を渡す。

「温かい」

「俺の心の様だろ?」

「……そうだね」

 適当に頷きつつも、朝顔は、笑顔で飲む。

 それから、大河の膝に移動した。

 女性陣は、この位置が落ち着く様で、よく座る。

「あらすかは、どう?」

「どうとは?」

「行くの?」

「今の所、その予定は無いよ」

 旅行であれば、行ってみたいが、仕事で遠い場所には、余り行きたくはない。

 朝顔が、口を開ける。

「? ……ああ、分かったよ」

 察した大河は、羊羹ようかんを箸で切って、その欠片を運ぶ。

 (´~`)モグモグ

 満足そうな朝顔。

 頭脳労働には、甘い物が必要不可欠だ。

「栄養士に怒られない?」

「時々だからね。毎日な訳じゃないよ」

「……そうだな」

 反応が悪い大河に、朝顔は振り向く。

「体調悪い?」

「いや、考え事があってな」

「何? 女性?」

 途端、機嫌が悪くなる。

「そうだよ。君との将来を考えていた」

「私?」

「ああ、やっぱり好きだなと」

「何を今更?」

 女性陣の中で最も高位な朝顔は、大河と結婚後、生まれ変わった様に、生き生きとしている。

 生き易くなった、という事だろうか。

「俺達の子供には、継承権無いんだよな?」

「無いよ。欲しい?」

「いや、この国の未来の事だ。若し、あっても返上させるよ」

「そうね」

 歴史上、最も帝位に近付いたのが、道鏡だろう。

 然し、余りにも悪僧だった為、未だに皇室、朝廷共に貴賤結婚に抵抗がある感は否めない。

 大河も朝廷側だと、貴賤結婚には、否定的な立場だ。

 国体護持の為には、当然だろう。

 朝顔も我が子が政争に巻き込まれるのは本意ではない。

 2人は、安土桃山時代版公武合体の象徴だ。

 本家の幕末とは、時代も状況も違うが、共通点は、徳川家茂と和宮同様、鴛鴦夫婦な事だろう。

 ただ、家茂は和宮の為に側室を作らなかった為、この点にも違いが見られるが。

「あ、そうだ。贈り物があったんだ」

「え? 何々?」

 朝顔が振り向く。

 然し、隠された。

「何よ?」

「良いから。前向いてて」

「分かったわよ」

 朝顔が、前を向く。

 そして、何かを後頭部に装着される。

「はい、出来た」

「?」

 触ると、金属製の何かであった。

かんざし?」

「そうだよ」

「嬉しい。前から欲しかったんだ」

「それなら良かったよ。アプト」

「はい」

 近くで控えていたアプトが、手鏡を渡す。

「ほら、こんなの?」

「まぁ♡」

 梅の花をあしらった赤色のそれに朝顔は、上機嫌だ。

「でも、菊じゃないんだね?」

 朝顔の家柄を考えたら、菊の方が良いかもしれない。

「どうして梅なの?」

「ずーっと、菊と接しているから、梅の方が良いかな、と」

 公務等の際、菊花紋章を朝顔は、よく見ている。

 その為、菊は見飽きている可能性があったのだ。

「ちゃんと考えているんだね?」

「そうだよ。菊が良かった?」

「いや、梅も嬉しいよ」

 簪も嬉しいが、何よりその配慮も嬉しい。

 朝顔に必要以上に敬意を払っている証拠だ。

「じゃあ、今度は、私が何か贈るね?」

「そう? 有難う」

 見返りを求めている訳ではないが、朝顔がそう言う以上、断る理由は無い。

「貴方の御蔭でこの後の公務も頑張れるよ」

 笑顔で大河と接吻し、鼻歌を口遊む朝顔であった。


 御所を出て、帰宅する道中、

「主」

 小太郎がそっと耳打ち。

「(不審者が居ました上、捕らえておきました)」

「ふむ」

 朝顔が、不安げに大河の腕に抱き着く。

「大丈夫なの?」

 不安にさせない様に隠した結果、逆に煽ってしまった様だ。

「大丈夫だよ。アプト、珠、与祢」

「「「は」」」

 大河達の馬車の隣に後続車が横付けされる。

 そして、3人は、朝顔と共にそちらに移った。

 そして、大河のより先に帰っていく。

 朝顔の馬車が見えなくなった後、大河は、帯銃&帯剣し、降車する。

 付き従うのは、鶫、小太郎、ナチュラの愛人三人衆だ。

 彼女達は、愛人兼用心棒として、基本、常に近場に居る。

「それで不審者は?」

「は。『子供の世界』の隣に」

 子供向け商品用百貨店『子供の世界』―――国家保安委員会に隣接している為、本部の職員が、自己紹介する時には、この様に表現するのだ。

「分かった。鶫」

「は」

 御者の鶫が綱を引く。


 不審者は、予防拘禁するのが、大河のやり方だが、全員を危険視している訳ではない。

 一旦、話を聞く耳はあるのだ。

 田中正造の様に不敬罪を覚悟して、陳情した例もある。

 収容施設に行くと、レ〇ター博士の様に、拘束具で自由を制限された不審者が居た。

 大凡おおよそ、日ノ本では中々見る事が出来ない棟髪とうはつ刈り(=モヒカン刈り)の男性だ。

 褐色でその眼光の鋭さは、狩猟者を連想させる。

「アルゴンキン族か?」

「! 分かるのか?」

 男は、目を見開いた。

 日本人で自分の人種を一目で断定するのは、今迄居なかったから。

「勘だけどな」

 アルゴンキン族の男達が、17世紀に弓を射る際、髪の毛が邪魔にならない様に剃ったのが、モヒカンの起源だ。

 厳密に言えば、今は、16世紀。

 100年ばかり時間が違うが、これも時間の逆説の影響なのだろう。

「日本人は、野蛮かと思ったが、あんたみたいな知識層も居るんだな? この髪型で不審者とは」

「済まんな。まだ見慣れてないんだよ」

 日本人で初めて確認出来るモヒカン刈りは、昭和33(1955)年の事だ(*1)。

 当時でさえ見慣れていないものを、万和4(1579)年で見たら、日本人が奇異に見るのは当然の事だろう。

「一応、訊くが、我が国に敵対する気は?」

「ねぇよ。死ぬし」

 枢機卿達をタイヤ・ネックレスの刑で焼殺した事は、海外に大きく報じられ、日ノ本の恐怖を宣伝した。

 その結果、命を懸けて、日ノ本に攻撃を仕掛ける馬鹿は居ない。

 若し、居たらそいつは、拡大自殺を図る異常者だろう。

「鶫、解いてやれ」

「ですが―――」

「俺が、負けると?」

「! ……そういう訳では……」

 俯く鶫。

 その間、ナチュラが慌てて解く。

 大河から発せられる殺気を感じて、恐怖しているのだ。

 アルゴンキン族の男性も、怒られた訳でも無いのに、失禁していた。

 与祢等の少女が居たら、トラウマになっていたかもしれない。

 笑顔で怒る。

 竹〇直人の様な芸だが、大河のは殺気が加わっている為、狂気性も孕んでいるのだ。

 男は、拘束を解かれても、気が気では無かった。

 機嫌を損ねば焼き殺されるのではないかと。

 大河は、笑顔でその手を握る。

「ようそこ、日ノ本へ」

「……ああ」

 目が笑っていない大河に男は今更、来日した事を少し後悔するのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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