涙ノ道

第427話 先住民戦争

 アメリカ大陸の先住民族の一つにナバホ族という民族がある。

 彼等の話す言語は、独特な発音であった為、他の人種からは、理解が難しく、戦争中には、暗号に使用される程であった。


『軟口蓋音や、鼻音や、舌のもつれる様な音が続く奇妙な言葉で(中略)解読する所か書き取る事さえ出来ない』(*1)


 因みに日本側は、こちらも又、日本人にも聴き慣れない早口な薩摩方言で遣り取りを行っていた為、米兵もその解読に時間を要す事になった。

 薩摩方言の方は、日系人米兵によって特定されたが、ナバホ語の方は、最後まで解読する事は出来なかった。

 これはアメリカ側が、暗号通信兵の扱いに徹底した事も理由の一つに挙げられるだろう。

 アメリカは暗号通信兵が捕虜になって日本に協力すれば、情報漏洩する、という観点から、暗号通信兵には専用の護衛がつけられ、万一にも彼等が捕虜になる様な事があればその場で殺害するという密命を帯びていた。

 この護衛はナバホ族兵士が容貌から米兵に変装した日本兵と間違われるのを防ぐ意味もあり、実際に数回はそういう事件があった(*1)。

 アメリカの為に戦っているのに護衛に殺されるのは、何とも理不尽な話だろう。

 元暗号通信兵のナバホ族長老は、後年、以下の様に語っている。


『(太平洋諸島最前線で日本兵と至近距離で向かい合った時には、)後ろに居る白人達よりも敵である日本人の方が自分達と外見が似ており、親近感を覚え動揺した』(*2)


 ナバホ族も戦争の犠牲者と言えるだろう。


 そして、時はさかのぼって、16世紀の異世界。

 アメリカ大陸では、大きな動きがあった。

「どうか、御助力御願い出来ませんか?」

 ナバホ族の亡命者が、アラスカに集っていた。

 日本人の代官は、困り顔だ。

 同じ顔立ちなので、親近感は覚えているものの、流石に派兵する程の命令権を有していない。

 アメリカ大陸での先住民族は、悲惨であった。

 コロンブスが新大陸を発見以降、多くの欧米諸国がこの地に魅力を感じ、多数、進出。

 多くの先住民族を黄金採集の為に奴隷化し、生活を奪った。

 その結果、先住民族は飢餓に陥り、疫病も蔓延。

 虐殺も行われていた為、日増しにその数を減らしていってる。

 この状態が続けば、現代の様に彼等は、保留地に押し込まれた生活を送る事になるだろう。

 記念碑にも『The Indian Wars Are Not Over.(先住民族戦争は終わっていない)』と書かれてしまうかもしれない。

 かと言って、協力すれば、モンロー主義を破ってしまう。

 代官は汗を掻きつつ、答えた。

「では、報告の為に、誰か書状を頼めますか?」

 代官が書いても良いが、現地の状況を知らずに書くのは、誤報になる可能性がある為、亡命者自身の方が良いだろう。

「では、私が」

 すっと挙手したのは、褐色の女性であった。

 ベルベットのロングドレスに、南瓜かぼちゃつぼみを意匠にした「ナバホ・コンチョ」という銀の首飾りを着けている。

 ナバホ族の女性の伝統的な衣装だ。

「名は何と?」

「Sacajawea」

「……はい?」

Sacajaweaサカジャヴィアです」

 何とも発音し難い名前に代官は、より一層、困惑顔になるのであった。


 アラスカには、沢山の亡命者が来ている。

 その多くが、戦乱で故郷を追われた先住民だ。

 日ノ本は、人道的見地から送り返す事はしない。

 態々わざわざ、強制送還しても、故郷は既に侵略者の手に落ちており、帰る家が無いからだ。

 サカジャヴィアも又、亡命者の1人だ。

 亡命するまで、日本語など知る由も無かったが、ここでは、衣食住が出来る。

 こんな生活が出来るのは、日ノ本から来た「僧侶」という聖職者が居る御蔭だ。

 彼等は、日ノ本の副将軍・真田大河なる若き青年の要請により、遥々はるばる、ここまで来て、布教と慈善活動に努めているのだ。

 暴行被害に遭った女性の精神的ケアも尼僧が担っている為、亡命者は、この待遇に不満は無い。

 余りにも待遇に満足している所為で、一部の亡命者は、ここでの永住を検討している程だ。

 一方、強硬派は駐留している日ノ本の軍隊に入隊し、祖国解放の為に銃を取った。

 穏健派は平和を愛し、強硬派は祖国の為に戦う。

 亡命したナバホ族を始めとする先住民族は、二分した形だ。

 サカジャヴィアは、穏健派に当たる。

 故郷には帰りたいが帰った所で、以前の様な生活には、戻れないだろう。

 侵略者は家々を焼き討ち、女性を暴行し、男性は奴隷に。

 その上、疫病が蔓延している故郷に戻れば早逝する可能性が高い。

 現実的な考えだろう。

 代官がサカジャヴィアの手紙を日ノ本に送っている間、彼女は、寺院に隣接する図書館にやって来た。

 ここには、日ノ本に関する情報が集まっている。

 太平洋の向こう側にある世界唯一の超大国・日ノ本をイヌイットや亡命者が注目しない訳にはいない。

「……」

 本棚から、大河に関する書物を手に取った。

 題名は、『六芒星物語』。

 大河の妻の1人であるユダヤ人女性と、彼の養子であり現役の作家でもある子供が著者だ。

 内容は至ってシンプルで、人物伝である。

 その本によれば、大河は失われた10支族の末裔のユダヤ系日本人で、軍事に長けた人物らしい。


『確認戦果の正確な数は分からず。

 されど、色を好む。

 ほぼ毎晩、沢山の女性と同衾しては、愛している。

 但し、愛妻家で不倫を好まず。

 子育てにも積極的で、養子であっても深い愛情を注いでいる』


 身内が書いているだけあって、長所が並べられ、短所は何一つ書いていないが、外国であっても慈善活動を命じる精神は評価せざるを得ないだろう。

 大河の人道的精神は、アラスカでも変わっていない。


・障碍者

・双子

・女性


 が他の社会と比べ、極端に低かったアラスカを強権と宗教で変えたのだ。

 禁止したのは、


①女児の間引き

 一説によれば、イヌイットは、女児の4割を間引きしていたとされる(*3)。


②姥捨て

 生産労働に従事出来ない老人や病人は遺棄する事が一般に行われていた。

 イヌイットは厳しい気候の寒冷地に居住しており、過去においては常に食糧不足の状態にあった。

 その為、少ない食料を生産再生人口にのみ振り分け、高齢者を棄てる習慣があった。

 但し、これは強制されるものではなく高齢者はある年齢になると自らの意思で家族を離れて死への旅路に就いた。

 親孝行を最大の道徳とみなす東洋的な儒教文化から見れば最大限の悪行の様に受け止められる習慣も、その厳しい生活環境ではやむを得ない選択であった。


③客へのもてなしとしての妻の提供

 イヌイットは客人へのもてなしとして自分の妻を提供する習慣があった。

 提供された男が次に客をもてなす側になった時には、互酬性の原則によって、自分の妻を相手方に提供する事を求められた。

 客は提供された妻の容姿や年齢に関わらず、受け入れる事が求められた(*4)。

 客が自身にあてがわれた人妻との性行為を拒絶する事は、男性間の絶交の意思表示

もしくは、女性への侮辱とみなされた。

 又、当然、提供された妻と客の男性間に一夜妻ではおさまらず恋愛感情が芽生え、場合によっては駆け落ちに至る場合も有り得る。

 この場合、男同士の究極的な敵対関係に発展する事回避する為に、客の男は元夫に慰謝料を支払い、名目上その男と義兄弟の契約を結ぶ事で平和裏に愛憎問題を解決する慣習が定められていた(*5)(*3)


 他民族の文化を変えるのは、忍びない。

 然し、アラスカは、日ノ本の一部になったのだ。

 日本人の入植者も増えている。

 文明の衝突を避ける為には、受け入れ難い風習は、根絶しなければならないだろう。

 日本が台湾統治時代に首狩りを禁止した様に。

 ふと思う。

(ナバホ族が支配される様になったら、私達の文化も廃止されるのかな?)

 だが、その不安は直ぐに和らぐ。

 読み進める内に、大河の政策が書かれていた。


『【蝦夷政策】

 側室の1人にアイヌ人が居る為か、大河はアイヌ民族との対立は好んでいない。

 寧ろ、好意的で、蝦夷地を破壊する様な真似はしていない。

 アイヌ人の文化にも敬意を表し、極力、干渉しない姿勢を採っている』


 そういえば、とサカジャヴィアは図書館の外を見た。

 イヌイットが民族衣装を着て、和装の日本人と話し合っている。

 両方共、遺伝子が共通の祖先だけあって、両方、日本人に見える。

 侵略者は民族衣装すら嫌うが、アラスカでは、イヌイットが版図に組み込まれる前と同じ様に生活を送っていた。

 一部の習慣は廃止に追い込まれたが、民族衣装等は、許容範囲らしい。

 代官や移住者も偉ぶる様子は無い。

 人格的に問題ある人物は、最初から除外されているのだろうか。

 アラスカに居る日本人は、侵略者と比べると、菩薩の様に優しく感じる。

 最後の方には、肖像画が掲載されていた。

 青年という割には、非常に幼い顔立ちで、とても顔だけだと、副将軍には見えない。

(この男に頼れば……若しかしたら)

 段々と大河に思いを募らせるサカジャヴィアであった。


[参考文献・出典]

*1:サイモン・シン 『暗号解読』 新潮社

*2:エリコ・ロウ『太ったインディアンの警告』NHK生活人新書

*3:ウィキペディア

*4:祖父江孝男『『アラスカ・エスキモー』 社会思想社・現代教養文庫 1972年

*5:平山朝治2003「人間社会と精神の起源」『東京家政学院筑波女子大学紀要』

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