第413話 氷炭相愛

 御昼頃、お市が新生児を抱いて、ゆっくり京都新城に戻る。

 徒歩圏内の近距離だが、大事を取ってリムジンである。

 沿道は、人だかりだ。

「お市様、万歳!」

「浅井家、万歳!」

 日の丸と三つ盛亀甲の旗を大漁旗の様に振っている。

 内側から、手を振り返しつつ、

「母上、真田様、逃げちゃったね?」

 怒り顔の茶々。

 お初、お江も同じだ。

 一緒に祝いたかったのに、そそくさと、退室したのだから。

「そう言わないの」

 赤子を抱っこしつつ、お市は微笑む。

「あの人は、私達に配慮してくれたんだから」

 言葉を交わす共、意思疎通が出来る。

 まさに夫婦だろう。

「叱るのは、夜ね?」

「「「分かった」」」

 朝顔が、赤子を覗き込む。

「……」

「?」

 もう落ち着いている赤子は、それだけで泣く事は無い。

「市、抱っこして良い?」

「はい、陛下」

 恐る恐る渡す。

「……」

 赤子は、朝顔のカリスマ性を感じているのか、全然、嫌がっている様子は無い。

 それ所か、心なしか、緊張している様だ。

 若し、最敬礼を知っていたら、そうしているだろう。

「……名前、何が良い?」

 空気を察した珠が、名簿を開いて見せる。


『[平仮名」

・さくら ・ひかり ・あかり ・すず ・はな ・ひまり ・いろは ・すみれ[漢字1文字]

・凜 ・詩 ・つむぎ ・澪 ・葵 ・凪 ・愛 ・花 ・杏 ・楓 ・蘭

・結 ・すみれ ・華 ・光 ・咲  桜 ・晴 ・和 ・心 ・栞

[漢字2文字]

・陽葵 ・結菜 ・結愛 ・莉子 ・結月 ・結衣 ・咲良 ・陽菜 ・芽依

・美桜 ・朱莉 ・心春 ・美月 ・芽生 ・杏奈 ・和花 ・琴音 ・琴葉

・彩葉 ・咲希 ・心咲 ・栞奈 ・紗菜 ・愛菜 ・光莉 ・七海 ・心結

・柚希 ・柚葉 ・一華 ・心音 ・陽咲 ・莉央 ・一花 ・花音  ・心陽

・綾乃 ・千愛 ・美海 ・美結 ・百花 ・風花 ・明莉 ・優月 ・莉緒

・愛莉 ・実桜 ・紗奈 ・紗良 ・乃愛 ・美緒 ・文乃 ・未来 ・柚月

・莉愛 ・依茉 ・芽衣 ・結香 ・彩心 ・咲来 ・咲茉 ・詩織 ・千晴

・紬葵 ・紬希 ・美羽 ・美波 ・美優 ・柚乃 ・玲奈 ・和奏

[漢字3文字]

・陽菜乃 』(*1)


 一生を背負う名前だから、キラキラネームは、流石に付ける事は出来ない。

「……御免。やっぱり、決めれないわ」

「いえいえ。熟考して下さっただけでも有難い事ですよ」

「……御免ね」

 シュンと項垂れる朝顔。

 自分の決断力の無さに呆れて責めるている様だ。

「お初」

「はい」

 朝顔から赤子を受け取ると、お市は、彼女を抱き締める。

「?」

「陛下、御許し下さい」

 お市32歳。

 朝顔13歳。

 この19歳差は、親子の様だ。

 お市は、我が子の様に朝顔を諭す。

「陛下は、お優しいですね? 私は、陛下が少しでも考えて下さっただけで、有難く思っています」

「……」

「まだまだ時間がありますから、若し、期間内に御決りでしたら、命名して下さい。この子も陛下が名付け親ならば、幸せでしょうから」

 赤ちゃんの命名に厳格な制限時間タイムリミットは存在しない。

 お七夜で命名所を飾るまでに決めても良し。

 生後14日以内に出生届を提出する迄でも良い。

 後者の場合は、14日以上経っても受け取りが拒否される事は無い。

 但し、遅れても必ず提出しなければならない為、行政上では、14日以内が規則ルールと言え様(*2)。

「……有難う」

 お市の優しさに、朝顔は涙を浮かべた。

 赤子の次に上皇だ。

 そっと、お市は、その背中を優しく撫でるのであった。


 城に着くと、大河が出迎えた。

「御帰り」

「只今」

 病院で一緒だった為、不思議な感じだ。

「宴会の準備は出来てる?」

「ああ、織田に浅井、徳川に上杉、島津に本家の真田、武田……勢揃いだよ」

 京都新城の前には、その家紋が多く、風で靡いている。

 まるで国際連合本部ビルの様だ。

「千や」

「ああ、御爺様?」

「祝いで着たよ」

「もう連絡してよ」

 千姫は、家康との再会を喜び、

「父上?」

「ほぅ。妖艶な踊り子だな」

 阿国は、真田昌幸と。

「殿?」

「楠、大層美人になったな?」

 楠は、島津貴久と。

「景勝も来てたんだ?」

「……」

 ―――伊達との会談も兼ねて来ました。

「伊達?」

 見ると、輝宗が、政宗、華姫と一緒に来ていた。

 名家が一同に会する為、この様な会談も設けられるのは、分からないではない。

「華の事?」

 ―――はい。順調に縁談が進んでいます。

「そうか」

 両家の仲が深まれば、北陸地方から東北地方にかけて、両家を通じた大河の勢力下に収まる。

 大河は、お市に接吻すると、朝顔とエリーゼと手を繋ぐ。

 お市は、今回の主役。

 朝顔、エリーゼは、この場に親族が居ない為、大河が付添人だ。

「真田」

「はい?」

「握手してくれるのは、嬉しいけれど、主役は、お市だから」

「分かった。でも、離さないから」

「え?」

 朝顔を肩車する。

「嫉妬深い忠臣だね?」

「そうだよ。だから忠臣なんだ」

 朝顔とイチャイチャしつつ、他の2人も忘れない。

 2人の腰を抱き、エスコート。

 海外生活を送っていただけあって、慣れたものだ。

 エリーゼとも接吻する。

「貴方のは、女の子ばかりね? 好色家だから?」

「かもな」

 3人は、先んじて天守に入る。


 料理は、侍女が運ぶのが、通常なのだが、山城真田家では、侍女の負担軽減の為に宴会等、大人数の際は、立食ビッフェ形式を採用している。

 自分で移動しなければならないのは、当初、不評であったものの、好きな物を好きな時機タイミングで食べる事が出来る為、今では好評だ。

「……これ、何?」

 お市には、皆とは別に、ひじき等の野菜が用意されていた。

 因みに御菓子や珈琲、アルコール類は、『お市NG』と張り紙が貼られている。

「主治医と相談した上での判断だよ」

「……分かった」

 授乳期に必要な1日の総カロリーは、約2500kcal(*3)。

 女性が食べる物は、そのまま母乳を通じて、赤ちゃんの栄養源になる為、この位になるだろう。

 無論、バランスに応じて食べなければならない。

 必須栄養素と主な食べ物母乳の主成分は、母の血液だ。

 つまり、授乳期は沢山の血液が母乳作りに使われる為、血液の材料となる必要栄養素を積極的に摂らなければならない。

 三姉妹を産んでいるので、お市も知ってはいるが久々だったので、忘れていた。

「ずーっと禁酒していたのに、また、我慢かぁ」

「子供の為だからな。耐えてくれ」

「……分かったわ」

 全ては子供の為だ。

 信長が赤子を抱っこし、高い高いする。

「可愛いのぉ♡」

 家康、貴久、輝宗、昌幸等もその順番を待っている。

 この子は、山城真田家の新しい家族ではなく、彼等にとっても、新しい家族である事は変わりない。

 戦国時代、殺し合っていた仲だが、この子によって、ただの好々爺になっているのは、不思議な世界だ。

「信長殿、次は儂が―――」

「いやいや、未だ愛でたい」

「狡いぞ」

 おじさん同士で赤子を巡って、口喧嘩。

 それを濃姫が止めに入り、朝顔が御説教。

 シュンと項垂れる信長達を見て、お市は大笑いするのであった。


[参考文献・出典]

*1:明治安田生命 名前ランキング 2020

*2:マイナビ子育て産後 2017年9月5日

*3:知っておきたい 妊娠と出産のこと HP

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