第402話 万和出羽合戦

 上杉氏と伊達氏、最上氏は、元々仲よくない。

 その最大の理由は、山城真田家である。

 上杉氏は、謙信を嫁がせる事に成功し、山城真田家とは、昵懇じっこんの仲。

 その証拠に、京都新城から謙信の城・春日山城は、3回曲がれば着く様になっている。

 これは、田中角栄の目白邸から、新潟の実家までは、3回曲がれば着く逸話エピソード模範モデルに、大河が設計した経路ルートだ。

 どれ程両者の仲が良いか、分かるだろう。

 国軍の部隊同士の衝突は当然、不祥事だ。

 鶫から報告を受けた大河は深夜、旅館を発つ。

 愛妻達には時間が時間なだけに報告は、出来ない。

 そこで、

「与祢、報告係、頼んだぞ?」

「ふぁい」

 眠たそうに生返事。

 与祢8歳。

 まだまだ眠たい盛りだろう。

 労働基準法第61条の下、子供の深夜業は法的に禁じられている。

 その為、この行為は法律違反になる可能性がある。

 今回に限っては、大河も承知の上だ。

「御免な。大役任せて」

「……ふぁい」

 眠そうに何度も擦りつつ、与祢は必死にメモする。

 真面目な娘だ。

 書き終えると、与祢は大欠伸おおあくび

 雇い主の前では、失礼な事だろうが、大河はそんな事では怒らない。

「……お休み」

「ふぁい」

 与祢の頭を撫でて、馬に乗る。

 彼女は御辞儀し、フラフラと、部屋に戻っていった。

 後ろのアプトが尋ねた。

「何故、与祢を? 年齢的には、私の方が適任では?」

 与祢を優先された事に不満な様で、少し怒っている。

「私も任されたかったです」

 もう1頭の馬に乗る珠も。

 因みにナチュラは、ラナと姉妹である為、万が一の事を考えて、留守番。

 鶫、小太郎は後続の馬で2人乗りしている。

「順番だよ」

「「順番?」」

「アプトも珠も、近い内に婚約者からするからな。与祢には、まだ早いけれど、緊急事態に適応出来る様に成長して欲しいんだ」

 昇格。

 その意味するのは、つまり、婚約者から正室になる、という事だ。

 2人は、頬を赤らめた。

 アプトが、抱き締める。

「有難う御座います」

 そして、背中に顔を埋める。

 涙をこらえているのか。

 すすり泣きが聴こえた。

 奴隷として生き、和人を恨んでいたが、大河に救われた事を契機に、出世街道だ。

 遂には天下の近衛大将の正妻にまでなる。

 これを誇らずして、何が誇れるか。

「若殿、お慕い申し上げています」

 珠も涙目だ。

 先輩の姿に貰い泣きしたのかもしれない。

 2人は先輩と後輩の関係性だが、与祢を交えて女子会を開く等、仲が良い。

 仕事上の見解の相違で対立する事はあっても、私的で喧嘩する事は滅多に無いくらいだ。

 一行は、最前線へと向かう。


 武力衝突は、何が契機か分からない。

 例えば「目が合った」というだけで大戦争に発展しかねないのだ。

 大河が最前線に到着すると、上杉隊は、

「近衛大将に、敬礼!」

 と、日本刀を高く掲げた。

 大河の登場により、一触即発の空気は、緩和。

「景勝、よく自制した」

 ―――有難う御座います。

 戦国時代なら、もう開戦した筈だ。

 若い景勝は、よく耐えたものである。

「もう少し褒めてあげて」

「! 謙信?」

「地元よ。知らない訳が無いじゃない?」

 謙信の登場に上杉隊の士気は上がる。

”一騎当千”と”軍神”の最強タッグだ。

 一方、連合隊は事実上の逆賊なので、

「……」

 1人、また1人と武装解除していく。

 そして、白旗を上げて降伏してきた。

 中央集権体制が確立され、同じ日本人という自己同一性アイデンティティーが芽生えた以上、内戦は避けたい。

 通常ならば、内乱罪が適用される可能性が高いが、今回は不問だ。

 余り表沙汰になると、国軍の不祥事として報道されかねない。

 時に穏便に済ますのも、良いだろう。

「……」

 大河は出羽国に入る。

 越境するも、はしない。

 頭を丸めた最上義光が、馬で駆けて来た。

 そして、大河の目の前で素早く下馬し、土下座した。

「この度の御無礼、こうして反省しました。

 170cmで高身長と言われていたらこの時代、義光は、180~190cmあったとされる(*1)。

 その説通り、義光は長身だ。

 大河の見る限り、190cmはある。

 そんな大男が、こんな低姿勢なのだから、大河はそれ以上に恐ろしい存在である事が分かるだろう。

「今回の首魁・義は、謹慎させています。いかほどの御処分も――」

「不問だよ」

「へ?」

「その代わり、政宗を人質にする」

「そ、そんな―――」

?」 

「い、いえ……」

 汗を拭う。

「それと、伊万も人質だ」

「う……」

 予想していたのか、義光は、呻いた。

「伊万を……御存知なんですね?」

「地獄耳だからな。貴殿に非は無いが、この騒動の責任を取ってもらう必要がある」

「……は」

 義姫の監督不行き届き。

 切腹か打首か。

 義光は、覚悟を決めた。

「最上は、伊達に降れ」

「……は」

 事実上の降格処分だ。

 これで、羽州探題を世襲出来る名家の家格は、落ちた。

 だが、改易と比べれば、温情措置と言え様。

「もう一つ、貴殿は、京に国替えだ」

「え?」

「政宗、伊万と近くに居たいだろう? 義は、駄目だ。政宗を虐めるからな。彼女は、引き続き、監視下に置く」

「……は」

 溺愛する妹との別れは、寂しい。

 然し、元は、彼女が撒いた種だ。

 謙信が意外そうに尋ねる。

「寛容だね?」

「そうかな?」

「うん。一族郎党、皆殺しかと」

「平和な時代だからな。極力、殺しは避けたい」

「「「「……」」」」

 完全なる嘘吐きに、アプト、珠、鶫、小太郎は、苦笑い。

 万和になって、大河が何人殺してきたか。

 今頃、死者達はあの世で抗議している事だろう。

「最後に、伊達輝宗は、奥州総大将に任ずる」

「「え?」」

 これには、謙信の声も重なった。

 奥州総大将とは、南北朝時代における幕府の地方官制で守護に代わって設置された。

 然し、今は無い。

 貞和6(1345)年、畠山国氏と吉良貞家が奥州管領に任命され、奥州総大将は廃止されたから。

 今年中に復活すれば、234年振りの事になる。

「貴方、奥州総大将って……?」

「国軍の奥州を担当する総大将だよ」

 現代で言う所だと、陸上自衛隊の東北方面総監部幕僚長が近いだろうか。

「因みに謙信は、ここだよ―――アプト」

「は」

 アプトが日本地図を持って来た。

 それには、

・甲信越地方

・関東地方

・遠江国

・駿河国

・伊豆国

 が、赤く塗られていた。

「これは?」

「俺が勝手に区分けした。東部方面ってやつだ。謙信は、そこの総大将」

「……関東や甲斐国は、徳川や武田も居るが?」

「従属してもらう。従わなきゃ、首を刎ねるよ」

 先程の寛容は、やっぱり嘘だった。

 笑顔でさらりと斬首を宣告する大河は、猟奇殺人犯であろう。

「ああ、後、最上殿」

「は」

「政宗は、養子にするから」

「え?」

「そういう事で」

 寝耳に水な事が多過ぎて、義光は思考停止。

 アプト達も衝撃的な事で、唖然とするばかりであった。


「……自分が、養子に、ですか?」

 政宗は、混乱する。

 越後国に行ったと思ったら中国大返しの様に、帰って来ては、「息子になれ」というのだ。

「……嫌か?」

「まぁ……」

 名門・伊達家に生まれた以上、伊達を名乗りたい政宗には、受け入れ難い提案だ。

「改姓しなくて良いからな」

「何故、其処までして下さるんですか?」

「簡単な事。―――鶫」

「は」

 鶫が、これまでの経緯を説明した。

「母上が……」

 生母の政変に、政宗は動揺する。

「御父上殿も御病気が治っておられん。そこで、俺の養子に入る事で、守りたいんだよ」

「……そういう事なら」

 2人は、親子の盃を交わす。

 後は、正式な手続きをすめば、2人は養父と養子になる。

「……御父上、と呼んだ方が良いのでしょうか?」

「呼び方は、構わん」

 大河の下に幼女が走って来た。

「だー!」

 そして、あろう事か、背中に回し蹴り。

「!」

 居合わせていた最上義光は、腰を抜かす。

「こ、これ、伊万!」

「良いよ。子供は元気で良い。伊万、カステラ、食べる?」

「たべりゅう!」

 与祢が持って来たカステラを、志〇けんのスイカの様に早食い。

 あっという間に無くなった。

 地方出身の為、カステラは初めてなので、テンションが上がったのだろう。

 部屋中を走り回っている。

「こ、こら!」

 与祢が慌てて追いかけるも、幼女の俊敏性には、一苦労だ。

「元気なこった」

 大河は笑い、義光は、口から泡を吹く。

 山城真田家に、新たな家族が加わった。


[参考文献・出典]

*1:まいにち・みちこ

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