第396話 奇跡ノ日

 万和4年(1579)年5月12日。

 神の軍隊300人は、威徳院(現・奈良県)に潜んでいた。

 マルコは、未だに迷っていた。

 枢機卿達に頼まれて挙兵したものの、やはり、迷いが拭われた訳ではない。

「……」

 近くの神社にて、御神籤おみくじを引く。

 ―――凶。

 2回目も。

 三度目の正直が勝るか、二度あることは三度あるか。

 ……結局、3回目も同じ結果であった。

 御神籤おみくじというのは、神様の御言葉なのであって、余り何回も引く事ではないのだが、マルコは、それでも良い結果を望む。

 そして、4回目。

 ようやく、吉が出た。

 切支丹キリシタンがこれにすがるのは、違和感があるが兎にも角にも、そうしたいのだろう。

 強く降りしきる雨の中、詠む。

吉は御神託、と解釈し、ときの声を上げる。

「皆の者、国土回復運動レコンキスタだ! 行くぞ!」

「「「応!」」」

 300人からなる軍勢は、一気に山を下る。

 無論、この様な規模では、大河の軍勢に敵う訳が無いのは重々承知だ。

 然し、行動を起こさないよりは断然良い。

 例えば、敗戦したものの、テルモピュレ―の戦いに於ける、レオニダス1世率いるスパルタの英雄的な戦いは、後世にまで語り継がれ、2006年には、映画化されている。


 全国の切支丹キリシタンが、自分達の行動に感銘を受け、挙兵する事を願っての挙兵だった。

 鵯越ひよどりごえさか落としの如く、300人は駆け下りる。

 都までは、約100㎞。

 長い道程みちのりだが、馬なのでそれ程時間は、かからない。

 明日くらいには、着くだろう。

 マルコは、神に謝罪した。

(神よ。許し給え)


 そして、翌日。

 都内に着く。

 300人は、1人も欠ける事無く。

 最初こそ士気は高かったものの、余りにも簡単に入る事が出来たので、逆に心配になってきた。

「……真田は、抜けになったのか?」

「いや、そんな筈は無い。陽動ではないか?」

「う~む……」

 マルコも戸惑いを隠せない。

 いつもなら、警備は厳重の筈だ。

 にも関わらず、境には、警備兵が1人も居ない。

 1、だ。

 困惑しつつも、街に見る。

 そこで彼等が目にしたのは、発展した大都会であった。

「「「……」」」

 地方では、ほぼ見る事が出来なかったコンクリート・ジャングルに、マルコ以外息を飲む。

「お、おい……?」

 彼以外のテロリストは下馬し、ふらふらと都会に吸い込まれていく。

 マルコは、知らなかった。

 田舎者のテロリスト程、大都会を見ると、時にそれまでの戦意を失ってしまう事を。

 こんな例がある。

 平成8年(1996)末~翌春まで起きた在ペルー日本大使公邸占拠事件だ。

 無学で田舎者のテロリストは、ほぼ初めて接する外国人(日本人)に興味を抱き、人質にしたにも関わらず、結局、彼等の目論見通りには行かず、事件は、失敗に終わる。

 所謂、リマ症候群シンドロームというものだ。

 マルコが募ったテロリストも、MRTAトゥパク・アマル革命運動同様、無学且つ田舎者が多い。

「……糞」

 結局、マルコ以外、皆吸い寄せられいた。

「馬鹿が」

 追いたいが、騒ぎを起こせば感づかれる可能性がある。

 諦めたマルコは、1人でヨハンナを狙う事にするのであった。


 テロリスト達は大都会に入った瞬間、

「はい、死罪~」

 左近の声と共に、300人に大きな網が覆い被さった。

「な!」

「うわ、粘々する!」

「ぐへ!」

 彼等の体に付着したのは、鳥黐とりもち

 バラエティ番組でよく芸人が引っかかる、あれだ。

「左近、楽しそうだね?」

 という、協力者の橋姫も笑みを浮かべている。

 今回の作戦は、橋姫が大いに活躍した。

 威徳院から軍勢が接近しているのを国家保安委員会からの報告で知った大河は、左近と橋姫を派遣した。

 橋姫は誘導役。

 左近は執行官、という役割だ。

 魔法を使って、大都会の絶景を蜃気楼の如く見せた橋姫は、迷い込んだ彼等をそのまま生け捕り。

 左近に引き渡した訳である。

「大殿に貢献出来るのは、忠臣として当然の事ですよ」

「本当に忠臣だねwww」

「まぁ、奥方様には、敵いませんが」

 武力には、自信ある左近だが、人を惑わし、更に人智を越えた力を持つ橋姫には、到底、敵わない。

 まともに戦えば100%負ける。

 魔力無しでも、橋姫の腕力は、鬼並だ。

 腕力でも負ける事は必至である。

 上官の妻ではなくても、敬意を払うのは当然の事だろう。

「その馬鹿達、どうするの?」

「反体制派ですからね。処しますよ。火、御願い出来ます?」

「良いよ」

 指先に火を灯す。

「では、燃やして下さい」

「残虐だね?」

「失礼ながら、非道さは、大殿の方が上かと」

「そうだねwww」

 大河は、愛妻家だが、一部からは、「人肉を食らう程人でなし」と偏見を持たれる程、残虐非道だ。

 アミン(1925~2005)も菜食主義者ベジタリアンではあったが、独裁者としての心象が先行してしまい、「政敵の肉を食った」と言われてしまった話と通じるものがあるだとう。

「ぎゃああああああああああああああ!」

「熱い! 熱い!」

 300人は、悶える。

 左近は、軍配を掲げた。

 彼の背後に居た兵士達が、姿を現す。

 その手には、M16。

 焼死だけでは終わらないのが、左近である。

 平和とはいえ、戦国時代を駆け抜けた武士だ。

 這って出て来たテロリストが居ると、その方向に向かって、軍配を示す。

 左近の意思を汲み取った兵士達は、問答無用で引き金を引く。

 ガガガガガガガガガガガガガガ……

 背中を沢山の風穴を開けたテロリスト達は、息絶える。

 1人当たり100発は、撃ち込まれただろう。

 焼け死ぬか、銃殺か。

 二つに一つだ。

 左近は、元々、それ程残虐ではなかった。

 然し、これ程簡単に指示出来るのは、大河の戦い方に影響されたのだろう。

 兵士の中には、孫六も居る。

 日頃の練習の賜物か。

 正確に頭を撃ち抜いている。

 流石、雑賀衆だ。

「孫六、腕は良いが、頭は止めろ」

「え? 何故です?」

「出来るだけ苦しめるんだ」

「残虐ですね」

「大殿の御指示だからな」

 大河は、断頭台等、一瞬で死なせる代物は好まない。

 あくまでも、苦しませて死なせるのが、興奮する。

 恐らく、後程送られる報告書を笑顔で読む事だろう。

(不思議)

 橋姫は、思う。

 これ程残虐な男が、対極的な平和主義者である朝顔と結婚しているのだから。

 同じく平和主義者の帝とも仲が良い。

 普通だったら喧嘩しそうな気がするのだが。

 夫婦や両者は、その気が一切無い。

 大河が、朝顔や帝に必要以上に敬意を払っているのが、理由の一つだろうが。

 不思議な話である。

(……若しかして、大河って、愛が不足しているのかな?)

 エリーゼの話では、転生前、大河は外国で傭兵として戦っていたという。

 毎日100人単位が死傷し、数多くの人々を見送った。

 常人ならば、精神状態が保てず、発狂しても可笑しくは無い程の地獄絵図を生きて来たのだ。

 エリーゼは精神病を発症したが、大河にはそれがない。

 然し、表になっていないだけで、愛情欠乏症みたいになっているのかもしれない。

 大河が毎日妻達を求め、交わるのは、それが原因かもしれない。

 あくまでも、全て推測に過ぎないが、橋姫は妙に納得した。

(……帰ったら、愛してあげないとね♡)

 死体を前に、夫を想う妻。

(狂っているな。奥方様も、俺も大殿も)

 左近は人間として何か大切な物を喪失している事を、今更ながら自覚するのであった。


 行進を一望出来る倉庫の屋上を見付けたマルコは、そこに侵入する。

 ―――教科書倉庫。

 マルコが使用するのは、カルカノM1938。

 装弾数6発、有効射程距離600mのそれは狙撃銃ではないが、後世の歴史では、それが、例え、大統領プレジデントであっても殺害出来る事を証明している。

(ここで良いな)

 窓の前で立つと、4倍率の照準器を装着する。

 そして、行進パレードを見た。

 極力、行進パレードの雰囲気を壊したくない為なのか。

 大河にしては珍しく、今回のは、見せない警備に徹している。

 私服の警察官や軍人は数多いが、それでも、拳銃や自動小銃をで見せている事は無い。

 両陛下、聖下、王女に気を遣っての事もあるのだろう。

 パパモビルが、近付いてくる。

 ヨハンナを見付けた。

 沿道の観衆に手を振っている。

「……」

 今更ながら迷いが生じた。

 蘇我入鹿(611?~645)を前にした、葛城稚犬養網田かつらぎのわかいぬかいのあみた(?~?)、佐伯子麻呂さえきのこまろ(?~666)の様に怖じ気付く。

 それ程、後光が感じるのだ。

 ヨハンナが、運だけで教皇になれた訳ではない。

 カリスマ性が、教皇という地位を手繰り寄せた、とも言え様。

(……南無三!)

 目を瞑って、引き金を引いた。

 

 バチン!

 防弾硝子にひびが入った。

 直後、大河が飛び掛かった。

 そのまま押し倒し、ベレッタ92を抜く。

 そして、射線から弾道を計算。

 教科書倉庫を推定する。

「十兵衛殿、丑寅うしとらの方角だ!」

『御意!』

 無線で返答した光秀は、後続車から飛び降り、指揮を執る。

「聖下を狙った背信者があそこに居るぞ! ひっ捕らえよ!」

「「「は!」」」

 国家保安委員会のメンバーが、沿道や後続車両から飛び出し、教科書倉庫ビルに続々と入っていく。

 一方、観衆は、唖然としていた。

「聖下が撃たれたぞ?」

「でも、硝子が割れてない……」

「何故だ?」

 観衆には、パパモビルが防弾である事が伏せられていた。

 当然である。

 観衆の中に狙撃手スナイパーが居たら、計画を変更、或いは、中止するに違いないから。

 防弾と分かった上で、狙撃スナイプを止めないのは、ゴ〇ゴクラスの自信家であり、又、玄人プロフェッショナルでなければ、無理な話であろう。

 今回の事例は、彼がやってのけた15発の弾丸を同じ場所に撃ち続け、破る位の腕が無い限り、難しい。

 大河はヨハンナを抱き締めつつ、朝顔、ラナ、珠、アプトも抱き寄せる。

 右手には、ベレッタを握ったままだが、左手は女性陣と。

 大河らしい絵面であろう。

 大河は、防弾硝子を外して宣言した。

「聖下は、神の御心によって、救われた! 彼女の奇跡によって、両陛下、王女も又、無事である。彼女こそ真の教皇である!」

 宣伝プロパガンダも甚だしいが、現状、奇跡を目の当たりにした観衆は大興奮だ。

「「「ヨハンナ! ヨハンナ! ヨハンナ!」」」

 万和4(1579)年5月13日。

 この日、奇跡が起きたのであった。

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