第391話 先制的自衛権

 ヨハンナの公務は、閲兵もある。

「聖下に、敬礼!」

 左近の大音声と共に、国軍の兵士達5万人は、ビシッと敬礼。

 (`・ω・´)ゞ

 ↑皆、凛々しい表情だ。

「……」

 ヨハンナはどうして良いか分からず、曖昧に笑っているだけだ。

「両国の友好を願って……てー!」

 瞬間、エイブラムスが火を噴く。

 標的は急遽、作られた一夜城だ。

 砲弾は、それに命中。

 ビルの爆破解体の様に崩れ去っていく。

「「「……!」」」

 ヨハンナの用心棒ボディーガードであるスイス人傭兵達も口をあんぐり。

 欧州には無い、最新の兵器だ。

 大河は、説明する。

「あれは、戦車と言いまして、我が国では、専守防衛の為に役立っています」

「……侵略戦争には、使わない?」

「はい。キリスト教の神に誓います」

「……」

 これ程の軍事力ならば、当然、バチカンは、1日も持たず制圧されるだろう。

 いや、欧州ヨーロッパ全域も1か月つか如何か。

 黄禍論を主張する者達が一定数以上存在するのは、当然の事だろう。

 大佐が問う。

「以前、欧州に投入された兵器の一部ですか?」

「はい。そうです」

 ユダヤ人救出作戦の為に大河は、絹の道シルクロードを通して、M1エイブラムスを送った。

 欧州では、未だにトラウマになっているのだろう。

 1241年4月9日のワールシュタットで、モンゴル帝国に大敗した時の悪夢が、蘇っているのかもしれない。

 大河はにこやかに続ける。

「先程、申し上げた通り、我が国は平和国家です。侵略戦争は望みません。ですが、出方次第では、先制的自衛権を行使する事も考えています」

「「「……」」」

 ―――

 先制的自衛権―――他国からの武力攻撃が発生していない段階で既に自国に差し迫った危険が存在するとして、その様な危険を予防する為に自衛措置を行う事が出来るとされる国家の権利である(*1)(*2)。

 その最も有名な例が、1981年6月7日に起きたイラク原子炉爆撃事件であろう。

 当時、イスラエルでは、イラクが将来、イスラエルに対して核攻撃が行われる可能性が指摘されていた。

 その証拠にイラクでは、1982年7月に原子炉が稼働予定であった。

 これが軍事転用され、濃縮ウランが生産可能になる事から、イスラエルは妨害を決意する。

 まずは平和的に外交手段で、イラクに技術提供していた仏に対し、交渉を行うも、仏側は、「平和的利用」を理由に拒否。

 イスラエルは、本格的に妨害工作に入った。


・1979年4月

 ラ・セーヌ・シュルメール港(仏)の倉庫に格納されていたイラク向け原子炉格納容器が爆破(犯行声明は、仏の過激派名義)。


・1980年6月

 イラクの核開発の責任者が仏のホテルで撲殺。


・1980年8月

 原子炉開発の契約企業のローマ事務所と重役の私邸が爆破(イスラム革命保障委員会から犯行声明があった)。


・イラクの核開発に関係する仏伊の科学者宛に、イラク差出の脅迫状が送付。

 これらの妨害工作にも関わらず原子力発電所の完成が近づいた為、イスラエルは国際法に抵触する危険のある武力攻撃を決意する。

 ―――作戦名『バビロン作戦オペレーション・バビロン』。

 1981年6月7日。

午後4時、2000ポンド(908kg)のMk-84爆弾を2発ずつ搭載したイスラエル空軍第110飛行隊、第117飛行隊所属のF-16戦闘機8機が、護衛の第133飛行隊所属のF-15戦闘機6機を伴いシナイ半島東部エツィオン空軍基地から飛び立つ。

 部隊はヨルダン及びサウジアラビアを領空侵犯してイラク領内に侵入。

 この飛行経路は、モサドの調査で判明していた対空砲とレーダーの配置から割り出されたイラク防空網のであった。

 イスラエル空軍機は午後5時半前に原子炉付近に到達し、爆弾を投下。

 使用されたのは誘導装置を備えない自由落下型の爆弾であった。

 投下された16発の内、1発は原子炉を直撃するものの不発弾で、また別の1発は隣接施設内に落下したが、14発が命中して原子炉は破壊された。

 この攻撃により警備していたイラク軍兵士10名と仏人技術者1名が犠牲になった。

 部隊はイラク空軍機の迎撃に遭う事無く、往路と同じ経路で全機が帰投した。

 イラクは当初、どこから攻撃を受けたか特定出来ず、交戦中のイランからの攻撃も疑っていた。

 翌日のイスラエル政府の声明により事態が明らかとなった。

 イスラエル政府は、自国民の安全確保の為の先制攻撃であり、原子炉稼動後に攻撃したのでは「死の灰」を広い範囲に降らせる危険があった為、急遽作戦を実行したと主張した。

 イスラエルが国連安保理武力制裁決議といった正規の手続きを経ずにイラクを攻撃した事から、欧州を中心にイスラエルへの非難が沸き起こった。

 欧州では非難されたが、国民からはこの軍事作戦は好意的に受け止められ、3週間後に行われた総選挙では、ベギン(1913~1992)首相率いる与党は大勝するのであった(*3)。


 その国是は、専門家曰く、

『全世界に同情されながら死に絶えるよりも、全世界を敵に回しても生き残る』(*4)


 と評されている。

 この事件は、それを如実に体現したイスラエルの在り方と言えるだろう。

 ユダヤ人やハワイ王国の為に海外に派兵する大河の事だ。

 その気になれば、簡単に世界の支配者になれるだろう。

「「「……」」」

 スイス衛兵達は、沈黙する。

 恐怖に包まれているのだ。

 スターリンは、


『愛とか友情などというものはすぐに壊れるが恐怖は長続きする』


 と言ったとされるが、まさに現況はそうだろう。

「……貴国は、戦争をする理由がはっきり示しているのね?」

「そうですよ。戦争は最後の手段です」

 戦争は、絶対に採ってはいけない手段だが、場合によっては、選ばないといけない。

 誰だって侵略されたり、死にたくはないから、当たり前である。

「……貴国とは、戦争しない方が得策だな」

「我が国としても、聖下との殺し合いは極力、避けたいものです。神罰があるかもしれませんから」

 この遣り取りで、バチカンには大河が「話をすれば分かる人物」である事が、印象付けらたのであった。


 閲兵式後、大河は光秀に饗応役を引き継ぐ。

 近衛大将がヨハンナの接待ばかりする事は出来ない。

 通常業務も当然あるのだ。

 これからは、都知事がその役を担う事になる。

「貴方が、都の長ね?」

「はい。明智光秀と申します」

 光秀の隣には、珠が居た。

「……」

 以前、食べ放題の際に見た程度だが、その時同様、汗びっしょりだ。

 ロザリオから汗が滴り落ちる。

 まるで多汗症の様に。

「貴女が、恩寵グラツィア?」

「はい……」

「そう緊張なさらずに。何もとって食べる訳では無いから」

「は……」

 生まれたての小鹿の様に、珠は、プルプルと震えている。

 今にも吐きそうだ。

 マリアが、助け船を出す。

「真田が呼んでるわ」

「は、ええと……?」

「良いから御行き」

 マリアに部屋を追い出される。

 少々、強引だが、仕方あるまい。

 教皇の前で嘔吐など、切腹ものだろう。

(……駄目だな)

 廊下で涙が出て来る。

 人生最大の好機チャンスを散々な結果にしてしまったのだから。

「大丈夫か?」

「!」

 目の前に大河が居た。

「ど、どうして?」

「心配で来てたんだよ。御疲れ様」

 労い、大河は優しく抱擁する。

 妻(婚約者含む)が辛そうな時には、一緒に乗り越えるのが彼だ。

 珠は、頭が上がらない。

 今回、光秀に帯同してだが、饗応役に任じられたのは、大河の口添えがあったからに他ならない。

 にも関わらず、彼の顔に泥を塗ってしまったのだ。

 本人は気にしないだろうが、世間の人々は、後ろ指を指すだろう。

 天下の近衛大将に恥をかかせた、と。

「ちょっと散歩に行こうか?」

「饗応役は―――」

「いいって。十兵衛殿がして下さるから」

「? 父上が?」

「俺が、縁故で都知事に任命させたと思うか?」

「……まさか?」

「その手腕を評価してだよ」

 大河は、優しく背中を叩き、手を繋ぐ。

「聖下は、来月まで滞在なさる。まだまだ好機はあるよ」

「……良いの? 何回も好機を貰えて?」

「全然」

 他の切支丹キリシタンからは、嫉妬されそうだが、権利は使う事によって、初めて効力が発生する。

「又、次回だな」

「……有難う御座います♡」

 大河に支えられ、珠は徐々に落ち着きを取り戻していく。

 2人は、夜の庭園を散歩するのであった。


 帝国旅館の庭園を散歩する2人を窓から見下ろして、ヨハンナは、微笑む。

「本当に御夫婦なんですね?」

「はい。切支丹キリシタンなんですが、一夫多妻でして……」

「知っています。そこは責めませんよ。神を冒涜しない限り、風習はその土地の伝統ですから」

 強硬な保守派は現地の文化を否定し、自分の思想を押し付けるが、ヨハンナは違う。

 あくまでもその土地に即して、キリスト教が根付けばいい、と考えている。

「都知事は、宗教についてどの様な御考えで?」

 バチカン側には光秀が悪魔崇拝者、と伝わっている。

 その根拠は、


『光秀は他所者だったから、織田家内ではほぼ全員から嫌われていた。

 でも、信長からは何だか愛されてたから、自分への愛を保ちながらそれを更に加速させる何とも言えない器用さがあった。

 加えて裏切りや密会が大好きで、残酷なだけじゃなく独りよがりな所も。

 ただ、それでいて嘘をつくのが上手く、忍耐力も凄かったので、策を任せれば達人であった。

(略)

 光秀は誰よりも信長のご機嫌取りが上手で、その為の準備は徹底していた。

 彼の希望や嗜好には絶対に逆らわないよう心掛け、例え嘘でも流す涙は真実のものに見える程だ。

 その天才的な嘘っぱちぶりから遂に信長を騙しきった結果、とんでもない権力や領地を与えられた。

(略)

 光秀は悪魔とその偶像の大変な友達で、私達に対しては本当に冷たい人であった。

 最早悪意さえ抱いていると言った程で、デウスについて何の愛情も抱いていない事がハッキリしていた』(*5)

 

 史実では光秀の死後に書かれたこれは、悪意に満ち満ち過ぎて、研究者の間でも「参考にならない」という(*6)。

 それが、この異世界では、光秀が生きている内に耶蘇やそ会経由でバチカンに届けられ、以降、光秀=悪魔崇拝者という心象が流布していたのであった。

「娘が切支丹キリシタンな様に、全然、宗教に関しては何もありませんよ。裏を返せば、無関心が適当でしょうか?」

「……真田とは親しい様ですが?」

「はい。後輩なのですが、親友の様に仲良くさせて頂いています」

 腰の低い男である。

(……穏健派なのかな?)

 書状とは程遠い物腰の柔らかさに、ヨハンナは徐々に警戒心を解くのであった。


[参考文献・出典]

*1:筒井若水『国際法辞典』   有斐閣 2002年

*2:山本草二『国際法 【新版】』有斐閣 2003年

*3:ウィキペディア

*4:佐藤優 『イスラエルとユダヤ人 考察ノート』

*5:『完訳フロイス日本史』第5巻「豊臣秀吉編」 中央公論新社 2000年 一部改定

*6:和楽web アイツは悪魔とお友達!宣教師ルイス・フロイスが見た明智光秀の姿 2020年4月22日

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