第392話 大坂観光

 光秀に引き継いだ後、大河は家族サービスに徹していた。

「聖書、読んだだけど、蟹文字かにもじ多くて分かんないや」

 誾千代から聖書を返された。

「馴染みの無い単語が沢山出て来るからな。しょうがない」

 大河も勉強の為に、様々な宗教書を読んでいるが、初見ですんなり頭に入って来る事は少ない。

 特に聖典コーランは言語学の観点から、異教徒には難易度が高い。

 アラビア語で書かれた聖典こそが本物であり、それ以外の言語で書かれたそれは、あくまでもという位置づけになるからだ。

 この為、真のイスラム教徒になる為には、アラビア語の習得が必要不可欠だろう。

 異文化理解という点からも、大河はアラビア語で読んでいるのだが、残念ながら細かい所は、珍紛漢紛ちんぷんかんぷんである。

 今では何とか読めているが、中には誤解している内容もある、と思われる。

 それくらいアラビア語の聖典は、難しいのだ。

 和訳された聖書が、理解出来ないのも致し方ない事であろう。

 聖書を本棚に直す。

「それで今日は、何処に行くの?」

「大坂。たこ焼き食べたいなぁ、と」

 都内でもたこ焼きを売っている店は多い。

 然し、本場で食べたいのだ。

「たこ焼き? じゅるり」

 お江が舌なめずり。

 まだ現地に着いてすらないのに、よだれだらだら。

 パブロフの犬並に反応が良い。

「兄者、私も行きたい♡」

「良いよ。じゃあ、皆で行こうな?」

「うん!」

 という訳で、皆で大坂へ。


 大坂は商人あきんどの街だけあって、現代のアメリカのウォールストリートの様に発展している。

 ここにユダヤ人、客家人も加わり、世界屈指の金融街となっている。

 見上げる程のオフィスビルに、与祢は腰を痛めた。

「凄い、大きいです……」

 富士山よりも高いビル群。

 直下型地震が来たら、ヤバそうだ。

 一応、耐震補強はされている筈だが。

「大坂、久し振りだわ」

「そうですわね」

たこだとパウルを思い出すわ」

 謙信、千姫、エリーゼも楽しそうだ。

 因みにユダヤ教では、軟体動物の食用を禁じている為、たこを食べる習慣は無い。

 余り敬虔ではない信者は、食べるかもしれないが。

「デイビッドも食べる?」

「だ!」

 この母子に関しては、食べる気満々だ。

 日本での生活に慣れ過ぎた結果、平気で酒や豚肉を飲み食いするイスラム教徒の様になっていた。

 一行には朝顔、お市も居る。

 朝顔は御忍びなので、当然大河が常に傍に居る状態だ。

「真田、今回は、たこ尽くしが良いわ」

たこ好きなんだな?」

「いけない?」

「いや、良いよ。俺も好きだし」

「日ノ本って不思議ね? 海神わだつみを食すなんて」

 ラナは、たこ焼きの看板を見上げつつ、呟く。

 布哇には、カナロアという海神わだつみが神話で登場する。

 その為、たこを食べる日本人が信じられないのだろう。

海神わだつみ程ではないが、日本人にもたこへの信仰はあるよ。神社もあるし」

「信仰心があるのに食べちゃうの?」

「不思議だろ?」

 大河もお手上げのポーズだ。

 一行は、楽しく入店する。

 たこ焼きの匂いが香ばしい。

「「「……!」」」

 橋姫、華姫、お初は、感動していた。

 幸姫もよだれを垂らしている。

 店は、貸切だ。

 朝顔がやんごとなき一族な以上、仕方の無い事だろう。

 アプトも、久し振りのたこ焼きにテンションが高い。

「大きなたこ食べたい」

 水槽で泳ぐたこを見て、言う。

「このお店、たこのお刺身もあるみたい」

「ナチュラ、食べれる?」

「はい。大好きです♡」

 軈て、注文品が届く。

「だ!」

「おー、累も欲しい?」

「だ!」

「ちょっと待ってろ」

 累には、人一倍冷ました後、与える。

「だー♡」

 はふはふしつつ、累はにんまり。

 元康、猿夜叉丸、デイビッドにも次々としていく。

「……!」

 デイビッドは普段、教義で軟体動物を食べれない為か、初めてのたこに目を真ん丸させている。

 クラーケンに代表される様に、欧州では、たこは、「海の怪物」として嫌われていた時代があった。

 その影響で、ユダヤ教では、食用を禁じたのかもしれない。

 余談だが、日本では、烏賊イカが厳禁の時代があった。

 大江家では、兵法書で明確に禁じられている。


『(武家が軍中において禁食している事として、)

 ・烏賊

 ・スルメ

 ・蟹

 ・飛魚トビウオ(怪我の際、血が止まらなくなるとの理由)

 又、

 ・猪

 ・鹿

 等の諸肉を軍神が嫌う』(*1)


 が、その根拠だ。

 軍神が肉を嫌う、という理由は仏教で肉食を禁じていた理由が背景にあるのだろう。

 偶然ではあるが、日本でもイスラエルでも食の禁忌タブーが重複していたのだ。


「もう御腹一杯?」

「はい♡」

「兄上、お持ち帰りしましょうよ?」

「そうだなぁ。皆も要る?」

「要る」

 朝顔は、既に土産用に冷凍のたこ焼きを吟味していた。

「兄者、家でも作ろうよ!」

 お江は、たこ焼き器を抱いていた。

「そうだな。じゃあ、買おうかね?」

「やった!」

 喜ぶお江。

 相当、たこ焼きが気に入ったらしい。

「真田様、近江町市場から、たこ、定期的に買ってよ」

 幸姫の提案に、大河は頷く。

「良いよ」

 近江町市場は、名前からして、近江国(現・滋賀県)にありそうだが、実際にある場所は、加賀国(現・石川県)金沢市だ。

 その名の由来は、近江商人が市場を作った事による。

 地元では、「お」にアクセントを込めた上で『おみちょ』と親しみを込められて呼ばれている(*2)。

 妻の故郷の市場から輸入する事は、近衛大将として公私混同さは否めないだろう。

 然し、大河は「良い物は、良い物」と考えている。

 現代では、金沢市を代表とする観光地の一つになっている近江町市場だ。

 より良い海産物を食べる事が出来る為にも、関係を深めておいた方が良いだろう。

「じゃあ、父上に紹介状書いてもらうわ」

「あれ? 御実家とは和解したのか?」

「まぁね。実家から出たら、仲良くなった感じだよ」

 実家に居ると、当然、顔を合わす事が必然的に多くなり、親子間は衝突し易くなる。

 子供が独立すると、良い距離感が生まれ、それ迄の険悪な関係が嘘の様に、和解するのは、現代でも見受けられる。

 前田家は、幸姫が山城真田家に嫁いだ事により、両者の間に適度な距離感が生まれたのかもしれない。

「若殿、たこなら蝦夷が産地ですが?」

「ああ、そうだったな」


 たこの陸揚げ漁港ベスト5(2002年度)は、以下の通り(*3)。

 第1位 松川浦漁港(福島県相馬市)

 第2位 宗谷漁港(北海道稚内市宗谷岬)

 第3位 落石漁港(北海道根室市落石)

 第4位 八戸漁港(青森県八戸市)

 第5位 庶野漁港(北海道幌泉郡えりも町庶野)


 となっている。

 ベスト5の内、三つも蝦夷地(現・北海道)がランクインしているのだ。

 アプトが故郷を推すのも当然の事だろう。

 橋姫が、大河の背中に抱きつつ、

「産地なのは、分かるけども、鮮度からすると、京朱雀市場で良いんじゃない?」

 わざわざ地方から輸入するよりも、都内の市場で買える、というのが、橋姫の意見だ。

 地元だからこその意見だろう。

「橋様、御言葉ですが、京は内陸にあります。ここは、近江町市場おみちょが妥当かと」

「いやいや、空輸出来ますから、蝦夷地で」

 たこが食べたいが為に女性陣は、其々の市場や漁港を推す。

 大河を放置して。

 珠が同情する。

「……若殿、大変ですね?」

「そうだよ。でも、苦じゃないよ」


[参考文献・出典]

*1:上泉信綱伝 『訓閲集』(大江家の兵法書を改良)巻六「士鑑・軍役」

*2:日本経済新聞 2018年2月25日

*3:ウィキペディア

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