第370話 生死流転

 華々しい心象イメージの大英帝国であるが、実際には、その治世はどす黒い。

 インドでは、徹底的に独立運動を封じ込め、日本人に人気のオーストラリアは、流刑地とした。

 中東では、二枚舌が行い、現代の中東問題の遠因を作った。

 国内でも切り裂きジャックジャック・ザ・リッパー事件が起きている。

 光あれば、闇あり。

 その典型例だろう。

「……貴方が、女王陛下のお気に入りなのね?」

「お気に入りか如何かは分かりませんが、そうなら光栄ですね」

 朝顔を抱っこしつつ、大河は、メアリーと話す。

 英語の為、朝顔には会話の内容までは分からない。

「それで、私は貴方の側室になるの?」

「いえ、食客として厚遇致します。両国の友好の象徴ですから」

「あら? おばさんは、嫌い?」

 37歳。

 失礼ながら、女性として求められる様な年齢ではない為、再婚は余程の事でない限り、難しいだろう。

 又、化粧を施してしわを目立たなくしているが、すっぴんだと、見た目以上に老けている様に見える。


 最初の夫

フランソワ2世(1544~1560)

1558年、メアリー当時16歳、フランソワ2世当時14歳で結婚。

1560年、フランソワ2世、発症した中耳炎が、脳炎になり、早逝(*1)。


 2人目の夫

ヘンリー・スチュアート(1547~1567)

1565年、メアリー23歳で再婚も彼は人格的に問題があり。

・浮気に走る

・妻が病気になっても狩猟に出掛ける

・妻お気に入りである秘書官を彼女の目の前で刺殺

→妻子も標的予定。

事件直前に、



『ヘンリー父子の間では女王の意に反した王位獲得の陰謀が進められています。

上手くいけば、国王の同意を得て、10日以内に秘書官の喉はかき切られる事になるでしょう。

いえ、これよりも酷い災いが他ならぬ女王の身にも及ぶという噂も、私の耳に入っております』(*2)


との証拠がある。

 夫が、この様な人物なら大抵の妻は病んでも可笑しくは無いだろう。

 危機感を覚えたメアリーの指示か。

 それとも、別に恨んでいる者の犯行か。

 将又はたまた、事故なのか。

 詳細は不明だが、ヘンリーの館が爆発し、彼は21歳で死ぬ。

 

3人目の夫

ジェームズ・ヘップバーン(1535~1578)

1567年、メアリー25歳で再再婚。

 1578年、敗戦し、逃走先の北欧で発狂後、獄死(*3)。


 結婚相手が、

・病死

・不審死

・獄死

 する何て、常人では、耐えられないだろう。

 そして、史実では最後、メアリーも又、斬首されるのだから、余りにも運が無い。

 化粧の下には、それ程の苦労があるのだ。

 その上、日ノ本に事実上の追放されたのだから、人生に疲れていても驚きではない。

 鉄仮面は、身分を隠す為だけでなく、自殺防止の役割も備えていたのかもしれない。

 透視で彼女のこれまでの人)を視た橋姫は、震えた。

 そして、精神感応テレパシーで伝える。

『もう長くは無いわ。不惑までは、生きられない』

(……分かった。有難う)

 余命3年以下。

 短い様だが、病んでいるメアリーには、長く感じられるだろう。

『この件は、私に任せて』

(出来るのか?)

『大丈夫よ。嫁がせてもらった以上、貢献するわ』

(……有難う)

 橋姫が進み出る。

「殿下、初めまして。橋、と申します」

ブリッジ? 珍しい名前ね?」

 英語を喋る事は勿論、その名前に興味を示した。

 初対面では、良い感触だろう。

「はい。貴国で言う所の、じょん・でぃーの様な者です」

「錬金術師?」

「その様な感じです」


 ジョン・ディー(1527~1608or1609)は、16~17世紀にかけてイギリスで活躍した錬金術師だ。

 王室で働く下級官僚を父に持ち、ケンブリッジ大学等で学んだ後、1551年、エドワード6世の宮廷学者、宮廷占星術師となる。

 以後、魔術嫌いのジェームズ1世が即位し、引退を余儀なくされる1603年まで約半世紀もの間、王室に深く関わっていた。

 彼を特に寵愛したのは、エリザベス女王であった(*4)。


「論より証拠です」

 橋姫が指パッチン。

 同時にメアリーは、洋装から和装に変わった。

「!」

「妖術?」

 ジョヴァンニが、疑う。

 初めて見る超能力だ。

 そうなるのも無理は無い。

「魔力ですよ。デーモンですからね」

 妖しく嗤い、鉄仮面に触れる。

 すると、どろどろと溶け出す。

「「!」」

 人外な技に2人は、唖然とする。

「……殿下、御言葉ですが、人生を一からやり直してみたくはないですか?」

「出来るの?」

「ええ。例えば、この通りに」

 ピアニストの様な細い指で、橋姫は、大河の頬をつつく。

 すると、大河は、若年化。

 どんどん幼くなり、最後は、10歳位の少年に。

「おいおい、俺を実験台にするな―――ぐわ!」

「真田様、可愛い♡」

 松姫に押し倒される。

 青年が少年になったのだ。

「「……」」

 これには、2人も信じるしかない。

 橋姫の魔術を。

 ジョン・ディーなんて比べ物には、ならない。

 彼女は、アンブローズ・マーリン以来の魔術師であろう。


 マーリンは、12世紀の偽史『ブリタニア列王史』に登場する魔術師だ。

 グレートブリテン島の未来について予言を行い、ブリテン王ユーサー・ペンドラゴンを導き、ストーンヘンジを建築した。

 後の文学作品ではユーサーの子アーサーの助言者としても登場するようになった。

 アーサー王伝説の登場人物としては比較的新しい創作ではあるものの、15世紀テューダー朝の初代ヘンリー7世が自らをマーリン伝説に言う「予言の子」「赤い竜」と位置付けた為、ブリテンを代表する魔術師と見なされる様になった(*4)。


 日本人には、聖杯戦争で有名な某アニメで馴染み深いかもしれない。

「うふふ♡ 大将が年下になったわ」

 朝顔は、嬉しそうに大河を抱っこ。

「橋、後は任せたわ。終わったら合流しなさい」

「は」

「はなせ~」

 じたばたする大河をヘッドロックし、そのまま連れて行く。

 部屋には、ジョヴァンニ、メアリー、橋姫の3人だけが残された。

「あの様に私も出来るの?」

「はい。大英帝国祖国を捨て、王族という身分を捨て去る御覚悟があれば、御助け致します」

 

 幼くなった大河を宿舎の女性陣は、大歓迎で迎える。

「兄者が弟になった!」

 お江が頭をなでなで。

「少年もそそるね」

「そうね」

 誾千代と謙信は、嗤う。

 朝顔に至っては、「愛弟が出来た」と離さない。

 頬擦りして、愛でる。

「真田、『姉上』と呼んで」

「あねうえ」

「合格!」

 鼻血を出しつつ、更に強く抱きしめる。

 大河が元々、童顔なので若年化した事で年相応になった。

「以前の青年の方も良いけど、こっちも良いわね。万福丸みたい」

 お市は、泣いていた。

 処刑された浅井家の嫡男を連想している様だ。

 茶々、お初も同様に泣いているので、似ているのかもしれない。

「ちちうえがあにうえに……?」

「「「「? ……? ……?」」」」

 華姫と累、デイビッド、元康、猿夜叉丸は。分かり易く目を白黒。

 父親が子供になって帰って来たのだ。

 これで驚かない方が、可笑しい。

「若殿って可愛いんですね?」

「与祢、よだれ

「珠、貴女も」

 女心がくすぐられるのか、与祢、珠、アプトの唾液が止まらない。

「主、童顔でも強そうですね?」

「そりゃあ若殿だもん。心はどす黒いよ」

「鶫、貴女、本当に秘書官?」

 愛人3人衆も注目している。

 エリーゼが、大河の頬に接吻してから尋ねた。

「それで効果は、何時、切れるの?」

「橋次第だよ」

 よっと、大河は、朝顔から脱出する。

「あ……」

 残念そうな反応の朝顔だが、独占し過ぎた手前、良い時機でもあろう。

「大丈夫だよ」

 大河は、笑顔で返す。

「若し、望むなら橋に又、頼めば良い」

「良いの?」

「良いよ。だって夫婦だし」

 朝顔の唇にそっと口付けし、大河は、屈託の無い笑みを浮かべる。

「……そうね。そうだよね。じゃあ、もう少し独占しちゃおっかな?」

「陛下、抗議します!」

「そうです! 横暴ですわ!」

 幸姫、ラナが猛抗議。

 楠に至っては、『真田大河を解放せよ』とプラカードを掲げ、松姫、阿国を伴ってデモ行進する始末だ。

「じゃあ、時間制ね? 四半時(現・30分)で―――」

「半刻(現・1時間)で」

 誾千代が大河を引っ手繰る。

「首痛い」

「あら、御免なさい?」

 後が付いた首筋を、誾千代は舐める。

「おいおい、発情期か?」

「そうかもね♡」

「じゃあ、愉しもうか? 謙信、楠、茶々、エリーゼ、千姫もな?」

「分かったわ」

「しょうがないわね」

「もう真田様ったら♡」

「その体でも性欲旺盛なのね?」

「山城様と違う意味での初夜……愉しみです♡」

 6人と半刻を過ごすのは、1人辺り10分になるが、全員で愛し合えば問題無い。

 1人60分だ。

 十分に時間を有効活用出来る。

「じゃあ、2番目を決めとくね?」

「ああ、頼んだ」

 再度、朝顔に接吻し、愛を証明する。

 大所帯故、1人1人に接する時間の確保が困難な分、公平に愛するのは、集団戦法しかない。

 大河達が出て行った後、公正を期す為に籤引きで次の枠の参加者が決められるのであった。


「……これが、私?」

 橋姫が施した魔力によって、メアリーは、白人から黄色人種になっていた。

 人種だけでない。

 歳も変わった。

 37歳から、約半分の16歳に。

・卵型の顔

・透き通る様な白い肌

・大きな目

・艶やかな髪

 は、そのままなので、純粋な黄色人種モンゴロイドとは言い難く、日英混血、と言った感じか。

「……」

 ジョヴァンニの思考は、既に停止状態だ。

 彼を無視して、橋姫は続ける。

「陛下、新たな人生をこの国でお過ごし下さい」

「……有難う」

 幽閉されて以降、約20年振りに笑顔を見せたメアリーであった。


[参考文献・出典]

*1:佐藤賢一 『ヴァロワ朝 フランス王朝史2』 講談社現代新書 2014年

*2:イングランド大使からレスター伯への手紙

*3:テア・ライトナー『陰の男たち 女帝が愛した男たち2』 訳:庄司幸恵 花風社 1999年

*4:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る