第360話 銀鱗躍動

 大河が子作りに励む間、家臣団も妊活だ。

「弥助殿、女性を喜ばす高等技術を御教え頂きたいのですが」

 孫六と平馬が弥助の屋敷に居た。

「高等技術ってなぁ……」

 パトリスが台所で山姥やまうばの如く、包丁を研いでいる。

 四天王の1人でも、恐妻家だ。

「技術に頼る前に、女性を喜ばす方が先だろう?」

「と、言うと?」

「贈答品ですか?」

「そうだよ。それで最初に心を掴むんだ。石鹸とか化粧品でな? 余りにも高級品だと、相手が引く可能性が高い」

「「成程」」

 2人がそれ程熱心に受講しているのは、大河から「恋をしろ」と言われているからだ。

 平和な時代だからこそ、自由恋愛が出来る。

 一生、色んな女性と遊ぶのも良し。

 特定の女性のみに愛を注ぐのも又、良し。

 何ら問題無い。

 弥助としては、祖国が侵略者と戦っている今、日ノ本で平和に暮らして良いのか? という疑問があるが。 

(……まぁ、新人育成も大事だがな)

 祖国を気にしつつ、2人への授業は続く。


 万和4(1579)年2月10日。

 佐吉が下山し、仕官しに来た。

「おお、良く来て下さった」

 大河自ら出迎え、佐吉を茶室で持て成す。

「上様、仕官に際し、一つだけ叶えて頂きたい事が御座います」

 交換条件。

 身分には不相応だが、大河は気分を害さない。

 それが佐吉が、彼の寛大さを山で知った為だ。

「叶えられるかは、内容次第ですが?」

「はい。観音寺の保護です。上様は、無神論者と聞いています。焼き討ち等、弾圧は、控えて頂きたいのです」

「……」

 笑顔から一転、大河は無表情で扇子を握り締める。

 地雷を踏んだ、と感じた佐吉。

「佐吉さんよ。貴君は、勘違いしておられる」

「……は?」

「弾圧の対象は、僧兵が居る寺社です。観音寺は、山城真田家を持て成して下さいました」

「……」

「この目で見ている以上、観音寺には、手を出しません。、ですが」

「その点は、大丈夫です。政教分離の原則を遵守しています故。無論、政府が仏教を弾圧すれば、政治には、介入するとは思いますが」

「御賢明ですね。御存知の通り、憲法で信教の自由を謳っている以上、宗教活動には、関与しません」

 旧敵・柴田勝家も同じ姿勢であった。

 フロイス達の越前でのキリスト教の布教について、彼は、


『一切妨害はしないが手助けもしない、教えが広まるか如何か宣教師達の手柄次第だ』(*1)。


 大河は手袋をめて、金庫を開け、それから、書状を取り出して見せた。

「! こ、これは!」

 佐吉は、目を剥く。

 思わず腰が抜ける。

 目の前にあるのは、『久隔帖きゅうかくじょう』。

 最澄(伝教大師、767~822)が高雄山寺(現・神護寺)の空海の下に居た愛弟子・泰範(778? ~?)に宛てた書状。

 現存する唯一の最澄自筆書状で、「久隔清音(久しく御無沙汰を)」と書き出している所から、『久隔帖』と呼ばれて名高い。

 時に最澄は47歳。

 文中、空海を指す「大阿闍梨」の箇所で行を改める等、7歳年下の空海に対して礼を尽くしている。

 この書状は、最澄と空海との親しい交わりを示すと共に、最澄の真摯な人柄と恭謙な心情を伺わせる。

 文字は清澄で格調が高い。

 江戸時代には青蓮院に伝えられており、多和文庫(香川県大川郡志度町の多和神社)を経て、美術品の蒐集家として知られる原三渓(1866~1939)が所有していた時期もあった(*2)。

 現代日本では、奈良国立博物館が所蔵している。

 佐吉が驚愕するのも頷ける国宝中の国宝だ。

「……何故、所有されているのですか?」

「延暦寺の僧兵が、持っていたんですよ。悪僧だった為、売り飛ばす事が考えられ、自分が所有者を斬り捨て、保護していたんです。いずれは、国立博物館に寄贈する予定なのですが、若し、観音寺が所蔵して下さるのであれば、御譲りし様かと」

「……」

 観音寺が天台宗だから寄贈を考えているのだろうが、流石に荷が重い。

「……寺に御相談はしますが、恐らく丁重に断れるかと」

「その時は、国立博物館に寄贈しますよ」

 ナチスは、美術品等の略奪を行ったが、大河にはその意思は無い。

「……有難う御座います」

 居住まいを正し、佐吉は平伏すのであった。


 佐吉は、文官として、平馬とタッグを組む。

「初めまして。佐吉と申します」

「大谷平馬です。以後、宜しくお願い致します」

 佐吉の和装には、大河が贈られた家紋が施されている。

『大一大万大吉』―――その意味は、『1人が万民の為に、万民は1人の為に尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる』(*3)。

ラグビーの『One for all, All for one』―――「1人は皆の為に、皆は一つの目的の為に」に通ずるものがあるだろう。

「その家紋、格好良いですね?」

「はい。木曾義仲を討ち取った御先祖様の石田為久公から流用したらしいです」

 昔の英雄と同じ家紋を付ける。

 然も御先祖様に肖った物。

 大河が佐助を如何に期待しているか分かるだろう。

 因みに史実での佐助(三成)の出自は、定かではない。


・北面武士であった下毛野朝臣の一族


・三浦一族である相模国大住郡石田郷(現・神奈川県伊勢原市石田)の住人・石田為久の末裔説


・出身地の石田村は古くは石田郷ともいい、石田氏は郷名を苗字とした土豪説(*4)

 の三つの説が主に唱えられている。

 その内の一つ、石田為久(? ~?)は、治承・寿永の乱(1180~1185)において鎌倉方として源義仲討伐軍に参加した武士だ。

 寿永3(1184)年正月21日。

義仲が粟津の戦いで敗北し、北国へ落ち延びる道中、馬が粟津の松原で深田にはまり込んで動けなくなった所を、矢を放って義仲の兜の内側を射抜いた。

 義仲が倒れた所を為久の郎党2人が駆けつけ、その首を取った(*5)。

『吾妻鏡』(元暦元年正月20日条)にも義仲が相模国住人・石田為久により討たれた事が記されている。

『愚管抄』では義仲を討ち取ったのは伊勢義盛(? ~1186)としている(*4)。

「ああ、それから、上様より新たにお名前を頂きました」

 佐吉は、2枚の和紙を見せた。

 一つは、『石田三成』。

 もう一つには、『大谷吉継』と、達筆で書いてある。

 大河の筆跡ではない。

 祐筆の与祢か珠、鶫辺りが書いたのだろう。

「……まさか、上様から名前を頂けるとは」

 身分ならず、名前までも。

 平馬改め、吉継は、涙が止まらない。

 業病である自分をここまで厚遇する上司には、感謝しかなかった。

 鶫の様に女性だったら惚れていた事だろう。

 佐吉改め、三成も笑顔が止まらない。

「上様より、金1両預かっています。飲み代として」

「……それ程飲めませんよ?」

 金1両は、現代だと60万円(*6)。

 飲み代にしては、高過ぎる。

「『使わなければ折半で貯金しなさい』との御命令です」

「……上様には、敵わんな」

 これ程上司が不定期に賞与ボーナスを大盤振る舞いするものだから、部下の多くは有難さを感じ難くなり、逆に心配する者さえ居る。

 家庭ある者も、妻に9割9分取られ、自分の懐には雀の涙程度しか残らない。

 女性の権利が強くなった為、既婚者の多くは、妻が財務大臣だ。

 無論、要らない、という訳ではないが。

 2人は、有難く使う事にした。

「上様に感謝ですね?」

「そうですな」

 その夜、2人は、10万円のみ残りは貯金に回すのであった。


 伊達政宗の恋は続いている。

「石鹸が届いたぞ?」

「こんどはなに?」

「薔薇だそうだ」

「もう、ありがたいけどねぇ……」

 華姫は、石鹸を受け取りつつも苦笑い。

 好意は嬉しい一方、迷惑さを感じている様だ。

「わたしは、ちちうえがすきなんだけどねぇ……」

 ガジガジと、大河の頭を定〇の様に噛む。

「有難う」

 大河が血を流し出すと、与祢が甲斐甲斐しく、血を拭く。

「若殿は、華様より私が好きなんですよ。諦めて下さい」

「わたしのほうが、はやくせいちょうするから。よとぎは、まにあってるよ~」

「残念。若殿は、幼い方が好みなんです」

「「……」」

 2人は、睨み合う。

 与祢が誤解しているのは、否定しなければならない。

「与祢、俺、別に幼さは、嗜好の対象外だぞ?」

「え? そうなんですか?」

「可愛さは感じるけど、性愛は感じないな」

「では、何故、私を婚約者に?」

「そりゃあ好きになったからだよ」

「え―――」

「好きになったのが、与祢だった。それだけの事だよ」

「……有難う御座います」

 カウンター・パンチを食らったかの如く、与祢はふらつく。

 倒れる前に大河が、支える。

「おっと、大丈夫か?」

「(……若殿の所為です)」

「ん?」

 与祢は、笑顔で大河に抱き着く。

「若殿に惚れられて私も幸せです。成人後は、目一杯愛して下さいね?」

「ああ、勿論」

 2人のキャッキャウフフに華姫は、面白く無い。

(へ~かにいいつけてやるんだから)


 後日、朝顔に会いに行き、事の次第を報告する。

 寧々が秀吉の女性関係に悩み、信長に相談した様に。

「……あの馬鹿は、華の気持ちを全然考えていないんだね」

「申し訳御座いません。この様な些事さじで御助言を頂くのは」

「良いのよ。最近、私にも全然構ってくれないしね」

 朝顔も朝顔で不満が溜まっていた様だ。

 紐を引っ張り、鈴を鳴らす。

 チリンと。

 1分後、大河がやって来た。

「どうした?」

 楠、お江、松姫をおんぶし、左右には、お初と幸姫。

 腹部には、阿国が抱き着いている。

 家族サービスしていた所の様だ。

 女性陣は、朝顔を前に直ぐに、正座。

 変わり身が早いのは、流石だろう。

「随分と御愉しみの様ね?」

「そうだな……で、何?」

「用が無ければ呼んじゃ駄目なの?」

「いや、そういう訳じゃ―――」

「お座り」

「はい」

 犬〇叉の様にお座り。

 朝顔の言葉は、か〇めの様に効く様だ。

「華が傷心よ。あと、私も。理由は分かる?」

「……時機が合わなかった―――」

「そうよ。分かってるじゃない?」

「「「……」」」

 女性陣も正座。

 大河同様、叱られている様に感じるからだ。

 山城真田家の真の家長は、朝顔である事は言うまでも無い。


[参考文献・出典]

*1:1581年5月19日付 フロイスの書簡

*2:奈良国立博物館 HP

*3:戦国武将列伝Ω 武将辞典

*4:ウィキペディア

*5:『平家物語』

*6:戦国武将・戦国大名たちの日常

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