墨痕淋漓

第349話 落花流水

 一度、離縁を考える程、夫婦生活に自信を無くした朝顔であったが、

「これ、似合う?」

 今では、大河と嵐山で逢引するほどのラブラブだ。

「勿論。ただ、寒くないか?」

 朝顔が試着しているのは、ノースリーブのワンピース。

 1月に肩を出して歩くのは、風邪を引きかねない。

「大丈夫だよ。これ、夏に着るから」

「そうなのか?」

「もう心配し過ぎwww」

 朝顔は、腹を抱えて笑う。

 仕事中は、真面目だが、逢引となると、大河は、本当に愛妻家だ。

 歩道では車道側を歩き、くしゃみをすれば、さっと塵紙を出し、震えていればコートを肩に羽織ってくれる。

 これが、好色家でも離縁者が居ない理由だろう。

 袖ラッフルのフードパーカーに着替え終え、朝顔は、先程のワンピースを買物籠に入れる。

「買うんだ?」

「うん。『似合ってる』って言ってくれたし」

「俺のは、参考程度にした方が良いよ。自分の感性を大事に―――」

「良いの」

 腕に絡んで朝顔は、微笑む。

「陛下は、もう若妻ですね?」

 逆の手には、与祢が占領している。

 本当は、この位置は華姫になる予定だったが。

「……」

 ぶすっと彼女は、政宗と握手している。

「華、失礼だぞ? もっと笑顔になりなさい」

「……ちちうえのほうがよかった」

「……」

 超絶不機嫌である。

 それもその筈。

 今日は、Wデートなのであったが、出る間際まで華姫は、与祢と大喧嘩していたのだ。

 理由は、「大河と握る手を巡って」。

 政宗は、苦笑いするばかり。

「済まんな。失礼で」

「いえいえ。気にしていませんよ」

 政宗は、良い男だが、大河と比べると幼い。

 実戦経験も少なく、戦功もそれ程。

 大河が相手だと、分が悪い。

「華、大人になれ。折角の親睦会なんだから」

「うう……」

 仕方ない、と内心で大河は手を打つ。

「アア、我儘ヨリ素直ナ与祢ノ方ガ将来性アルナァ」(*棒読み)

「!」

 華姫が睨み付けるも、大河は構わない。

 与祢の頭を撫で可愛がる。

「えへへへ♡」

「……」

 殺意のこもった目の華姫。

 ようやく、政宗と手を繋ぐ。

 嫉妬心を利用するのは、心が痛むが、親睦会だ。

 極力、悪い空気にはしたくない。

 政宗も『恋は盲目』のことわざ通りに、あれだけ嫌がられても、心が折れた様子は無い。

 それ所か、「絶対に相応の漢になる!」とやる気満々だ。

 それはそれで親として「身分不相応」と言いたい所でもある。

 父親は世界一、娘に対して矛盾した人種であろう。

「与祢、くっつき過ぎよ。もう少し年長者を敬いなさい」

「陛下、御言葉ですが、年長者の若殿には、いつも無礼では?」

 与祢の強烈なカウンターでも、朝顔は余裕綽々だ。

「与祢、不敬罪って知ってる?」

 それは、伝家の宝刀であった。

「朝顔―――」

「冗談よ」

 嬉しそうにえくぼを見せると、朝顔は大河の背中に飛び乗った。

「何だよ?」

「駿馬よ。貴方は」

「は?」

「うふふふ♡」

 大河の背中に頬擦りする。

 下りる気は無い様だ。

「しゃーない。与祢。良い店知らんか?」

「昼食ですか?」

「ああ。皆はどこが良い?」

「「「「はんばーがー」」」」

 

 てな訳でファーストフード店へ。

 赤い背景に黄色い文字で『S』と書かれたそこは、大河がこの世界で食べたくて自前で創ったマク〇ナルドだ。

「「「「ほぇ~」」」」

 初めて入店した4人は、感嘆する。

 店内はほぼ満席だが、回転率が良い為、直ぐに座る事が出来た。

 パンに肉や野菜が詰まったボリューム感溢れるそれは、若者に人気な様で、店内の客層の平均年齢は20代位か。

 中には部活動帰りの野球部員や、女子会に夢中なJC女子中学生JK女子高生も居る。

「ここが話題の飲食店なんですか?」

「テレビで観ましたよ。いつか故郷にも支店が出来て欲しいです」

 与祢は、周囲を見渡し、政宗はメニュー表に夢中だ。

「ちちうえ、はんばーがーってなに?」

「外国で寿司みたいな物だ。手軽に食べれる。与祢」

「はい」

 全てを言わずとも与祢は、理解し、地図を出した。

「ここら辺。欧州って場所で生まれたんだ」

「向こうの王族は、食べてるの?」

「気軽にな」

 朝顔は、眉をひそめた。

 日ノ本では、管理栄養士の管理下でしか食べれない。

 然し、海外の王族は、その点自由だ。

 不公平を感じるのも無理は無いだろう。

 もっとも、皇族と王族は似て非なるものなのだから同一視する事は難しい。

「ま、好きな物選び。全員分の奢るから」

 4人は、其々好きな物を注文する。

 朝顔は、肉豆腐ハンバーガー。

 華姫は、卵焼きハンバーガー。

 政宗は、目玉焼きハンバーガー。

 与祢は、唐揚げハンバーガーを。

「? 若殿は?」

「これだよ」

 大河が指し示したのは、サラダチキン。

 この店で最も低カロリー且つ安価な商品だ。

 ハンバーガー屋に来てこれでは、店泣かせだろう。

「折角来たなら食べたら良いのに」

「この店、俺が経営者なんだよ。その時に全品試食してもう食べたくないんだよ」

 経営する以上、店の責任は、大河が持たないといけない。

 経営者として当然の事だろう。

「そうなんだ」

「でも、芋も食べるよ」


 やがて、店員が来て全員分の注文を取り、帰っていく。

 その間、政宗は、華姫にアプローチしていた。

「華様の御趣味は?」

「しっぴつかつどー、です」

「成程。何作か読ませて頂きましたが、どれも名作ですね」

 2人がそんなんなので、大河達も自分達で楽しむ。

「真田、私に愛称、付けてくれない?」

「愛称?」

「どこでも『陛下』は、堅苦しいから。公務じゃないし」

「そうだな……」

「与祢も考えて良いからね?」

「はい……」

 愛称の命名は、難しい。

 後世の天皇は、学習院中等科1年生の時に”チャブ”という綽名あだな(愛称?)が付けられた。

 由来は、同級生の1人が陛下の肌のお色が浅黒い事から「素焼きの茶ぶた」とはやし立てた為。

 一緒に居た学生達は、蚊取り線香を入れる陶製の器を想像し、大笑い。

 陛下の反応は、苦笑いだったという(*1)。

 庶民からすると、おそれ多くてそんな事は出来ないが、同級生と良好な関係であったと言えるだろう。

「”天ちゃん”とかですかね?」

「可愛いけれど、与祢。それって地位からだよね? ちょっと固いかなぁ」

「そうですね」

 自分で御願いしておきながら、他人からの提案は厳しい。

 意外と朝顔は、頑固の様だ。

「……」

 大河も熟考する。

 ”朝ちゃん”を最初に考えたが、それだと民放のテレビ番組と被る。

 若し、”朝ちゃん”が、世間に流布した場合、テレビ番組は、「皇室御用達番組」として色々な影響が出るだろう。

「……いっその事、”桜”は如何かな?」

「国花?」

「ああ。荷が重いだろうが、それが適当なんじゃないかね?」

「……」

 どこまでも身分に束縛されている様な気がするが、平民と皇族には、越えられない壁がある。

 仕方ない事だろう。

「……やっぱり、いいや」

「愛称、要らない?」

「うん。提案してくれたのは、有難いけれど、現状のままで十分かも。又、気が剥いたら頼むかもしれないけれど」

 そう言って、大河を見た。

に名前で呼ばれるのも幸せな事だしね?」

「……」

 無言で大河は、朝顔を膝の上へ。

「何?」

「玉座だよ。陛下」

「……忠臣ね?」

「そうだよ」

 朝顔の頬を撫でる。

「何?」

「大好きだよ」

「……もう」

 直球な表現は、大河が、常々言っている為、今更だが、愛は段々深くなっている様に思える。

 暫くすると、商品が机に届く。

「「「「……」」」」

 4人は、クンカクンカ。

 初めてのハンバーガーだ。

 当然、未知の領域である。

「……」

 はむ。

 代表して、朝顔が、最初に食べた。

 普段なら食べれない物だが、今回は、大河の店だけあって、禁止される事は無い。

「……」

 一瞬にして、舌を奪われた。

 二口目、三口目と貪る。

 ファーストフードは、権力者と無縁な心象イメージがあるだろうが、意外にもその距離は近い。

 その代表例が、英国王室だ。


 元料理人は、次の様に証言している。

『ある日、ダイアナ妃が台所キッチンにお越しになり、

「マクドナルドに連れて行くので、息子達の昼食は用意しなくていいわ」

 と仰いました。

 私は、

「妃殿下、でしたら我々がハンバーガーをお作りしますが」

 と申し上げたのですが、ダイアナ妃は、

「違うの。2人はおまけのおもちゃがお目当てなの」

 とお答えになって。

 王子達は、マクドナルドの他にもよくピザを食べに出かけていましたし、くり抜いたじゃが芋にチーズやベーコンを詰めて焼いたポテトスキン等のアメリカンフードが大好きでしたよ。

 お立場は王子でも、食べ物の好みはお子様らしい所がありましたね』(*2)

 

 この逸話は、ダイアナ妃が王室の伝統的な子育てではなく、庶民的なそれを選んだ方針が影響していた。

 来店した王子達に対し、店長が驚き最前列へ案内し様と近づいてきた際、ダイアナは「しーっ」と制したという逸話もある(*3)。

 ダイアナ妃の様な既存の慣習に縛られない、自由主義者リベラリストという訳ではないが、大河は、文化的生活に関しては、自由主義リベラルな所がある。

 朝顔の、

(゚д゚)ウマー

 ↑な反応に3人は、続けて食べ始める。

 ソ〇マみたく、余りの旨さに衣服が破ける事は無いにせよ、3人は、両目をカッと見開き、荻〇千尋の両親みたく、一心不乱に食す。

「ちちうえ、おかわりしていい?」

「よく御腹膨れないな?」

「たべざかりだから」

「夕食、残さないのならば、良いよ」

「有難う」

 一方、与祢は、ハンバーガーセットだけで御腹一杯だ。

 ボテ腹の様に膨らんでいる。

「与祢は小食だね?」

「もう少し食べた方が良いですか?」

「いいや。無理して食べなくて良いよ。あ、ソースついてる」

「取って下さい♡」

「あいよ」

 紙ナプキンで拭き取ると、与祢はにんまり笑うのであった。


[参考文献・出典]

*1:週刊女性 2017年4月18日号

*2:ELLE 2018年1月10日

*3:ニコラス・ディヴィス『ダイアナ妃 ケンジントン宮殿の反乱』訳:広瀬順弘 読売新聞社 1992年

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