第348話 海誓山盟

万和4(1579)年1月4日。

「真田様、明けましておめでとうございます」

 伊達政宗が、正装でやって来た。

 華姫に手土産の御菓子を持って。

「明けましておめでとう―――と言いたい所だが、政宗、正月位、故郷に帰らないのか?」

「元日だけ帰りましたよ。ま、蜻蛉とんぼ返りですが」

「……」

 義姫との関係が悪いのだろう。

 ほぼ左遷の様な状況の為、政宗も実家では、居心地が悪いのかもしれない。

 三が日に挨拶に来なかったのは、政宗なりの配慮であった。

 大河は、朝顔に膝に乗られている。

 以前は、他の女性陣に配慮する事はあったが、最近は、そんな事が少ない。

「真田、伊達は、一途だな。ずーっと華を想っているのだから?」

「そうだな」

「大事にする事だ」

 朝顔は、大河の首筋に息を吹きかける。

「ま、この馬鹿よりは、マシだけど」

「……済まん」

「罰」

 首筋に軽く噛みつくと、朝顔は嗤う。

 まるでいたずらっ子の様に。

 表情が豊かな朝顔に、政宗は驚く。

 普段は、真面目な顔で公務に務めているから。

「……」

 その視線に気づいた朝顔は、微笑む。

「私だって人間なのよ」

「い、いえ……そういう訳では―――」

「冗談よ」

 これが、恋する乙女なのだろうか。

『女性は、恋をすると綺麗になる』としばしば言われるが、その理由は、

 

『①恋愛ホルモンの活性化

 無意識の内に女性特有のホルモンが活性化する。

・エストロゲン(恋愛ホルモン)

 効果:肌艶が良くなり、丸みを帯びた女性らしい体を作る

・PEA(ときめきホルモン)

 効果:食欲減退→結果、知らず知らずのうちにダイエットになる。

②服装や姿勢に気を遣う

③メイクや髪型に気合が入るから

④表情がイキイキなる為

⑤好きな人に見られたい意識で洗練されるから』

 ―――

 この様に言われているのだから、当然朝顔もその例に漏れなかったのだろう。

 朝顔は、大河の膝から離れない。

「今度さ。嵐山に行こうよ」

「旅行?」

「そうだよ。都内だし、日帰りでさ」

「そうだな。でも公務が優先だけどな」

「分かってるよ」

 公務を最優先しないと、遊びに没頭すれば、国民の顰蹙ひんしゅくを買いかねない。

 皇族ではないが、応仁の乱の際、時の将軍・足利義政(1436~1490)は、戦乱を尻目に享楽に耽り、当時の僧侶・尋尊(1430~1508)に、


『公方は大御酒、諸大名は犬笠懸、天下泰平の如くなり』


と批判され、戦後も、


『日本国はことごとく以て以て(将軍の)御下知に応ぜざるなり』


と文献に記されている(*2)。

 その結果、義政が将軍を退位した丁度、100年後に室町幕府は滅ぶ。

 人の上に立つ以上、相応の責任が生ずるのは、当然の事だろう。

「若殿、お手数をおかけしますが、そろそろ御出勤の時間でして」

「おお、そうだな。有難う。与祢」

 愛娘の様にその頭を撫でる。

(∀`*ゞ)エヘヘ

 ↑分かり易い顔である。

「政宗、そんなに好きなら、逢引に誘ったらどうだ?」

「え? 良いんですか?」

「構わんよ。自由恋愛だしな。親が子供の恋愛に口を出す事は無いよ」

 と、言う大河だがその目に光は無い。

 血の繋がりは無いが、娘が男と恋愛するのは、複雑な所があるのだろう。

「……分かりました」

 大河の許可が出た事で、優柔不断であった政宗は、漸く一歩踏み出す事が出来るのであった。


 1月4日は、仕事始め。

 欲を言えば、1月一杯は正月休みを堪能したい所だが、働いている以上、そうはいかない。

 御所に出勤した大河は、朝顔と同部屋で執務を過ごす。

 学校がまだ冬休みなので松姫等も手伝う。

「兄者、これってどうすればいい?」

「これはだな……ここが間違えてるぞ?」

「あ、本当だ。御免ね?」

「良いよ」

「真田様、この件がちょっと分からないのですが」

「待ってろ。それはだな……」

 てきぱきと仕事を熟していく。

 その間、与祢等の侍女と愛妾は、管理部大膳課で準備をしていた。

 司厨しちゅう長は、驚いていた。

「あぷと典侍ないしのすけ、これは?」

「けーたりんぐ、という若殿御考案の配膳方法ですよ」

 彼女達は、御握りや味噌汁等を作っていた。

「その……言い難いのですが、陛下の御食事は我々が作るのですが」

「分かっています。陛下の方はお任せします。これは、若殿と奥様用ですから」

「「「……」」」

 料理人達は訝しむも、その便利性に注目する。

「(軽食を台車に乗せて、運ぶのか。妙案だな)」

「(これなら、大人数に一度に出せますね?)」

「(うむ。これは、採用だな)」

 ケータリングが、大膳課で正式に採用されるのは、後の話だ。

「あぷと典侍、味噌汁出来ました」

「鶫、味見した?」

「はい」

「一応、ナチュラとか他の人にも味見で確認させて。若殿は、言わないけど、味に煩いから」

 大河とはいえ、人間だ。

 料理人に配慮して、好き嫌いを公言する事は少ない。

 普段から彼に近い彼女達は、直感でそれを悟っていた。

 因みに彼女達が、朝顔の料理を作る事は無い。

 毒殺や食中毒対策として、管理栄養士の指示の下、司厨長とその部下が、ほぼ毎食、別に作り、提供しているのである。

 御所の外、例えば事実上の第二の皇居となった京都新城でもそれは同じだ。

「……典侍、お手数ですが、作り方をお教え願いますか?」

「良いですよ」

 別段、レシピは、機密指定されていない。

 教えを乞う者には、公開される。

 これが皇室に庶民の食べ物が入る契機となったのであった。


 公務を終え、昼休み。

 ケータリングの台車が部屋に来た。

「おお、今日は、簡素だな」

「若殿が、『御昼摂り過ぎると眠くなる』と以前、仰っていたので」

 鶫が自慢げに言う。

 ほぼ24時間365日一緒に居る秘書官なので、大河の言う事は、一字一句、メモしているのだ。

 例え、独り言で記録するのが、彼女の仕事であり、趣味である。

「覚えていてくれたんだな? 有難う」

「はい♡」

 朝顔は、蓋を取り、味噌汁を覗き込む。

 熱気で眼球を火傷しそうだ。

「危ないぞ」

 大河が、抱き寄せて、救う。

「子供かよ」

「良いじゃない。中身、気になるんだから」

「気持ちは分かるが、火傷でもされたら嫌だよ。自分の体を大事にしてくれ」

「……分かったわ」

 キュンとし、朝顔は、赤くなる。

 束縛が強いのかもしれないが、大事にされているのは、素直に嬉しい。

 無遠慮なお江は、もう食べていた。

「御握り、旨~♡」

「お江、ほっぺについてるよ」

「姉上、取って~♡」

「もう仕方ないね」

 お初は、お江の世話をしつつ、自分は、高菜の入った御握りを選ぶ。

 松姫は、味噌汁を注ぎ、大河に持って来た。

「有難いけど、自分で出来るよ?」

「尽くす女なんですよ」

 それから、大河の肩を揉みだした。

「有難う。でも休憩時間位ゆっくり―――」

「趣味ですから」

 大河が、サービス業にも自由に休める様な制度を作った為、松姫は、過労死する事無く、家事に専念出来る。

 元々、聖職者になるだけあって、奉仕の精神が強いのだろう。

「午後も手伝ってもらうから、無理するなよ?」

「はい♡」


 大河は、今年、子作りの年と位置付けている。

 今年で、

・お市  (32)

・エリーゼ(29)

・ラナ  (28)

・謙信  (27)

・ナチュラ(26)

・橋姫  (25)

・誾千代 (24)

・阿国  (23)

・鶫   (22)

・小太郎 (21)

・幸姫  (20)

・茶々  (19)

・松姫  (18)

・千姫  (18)

・アプト  (18)

・お初  (17)

・珠   (16)

・楠   (15)

・お江  (15)

・朝顔  (13) *夜伽対象外

・与祢  (8)  *同上

 と、正妻から愛人まで、一部を除いて、この世界の感覚で言う所のに達したからだ。

 女性陣の平均年齢は、約21歳。

 もう本格的に妊活を開始しても良いだろう。

 年功序列からして、お市からだが。

「第50回、婦人会をここに開催します」

 夜。

 京都新城の大会議室で朝顔を除く、女性陣が勢揃いしていた。

 朝顔も参加したいのだが、皇族ともなると、皆が気を遣う。

 なので、婦人会の会員でありながら、直接参加する事は稀だ。

 議長は、最古参の誾千代。

 副議長は謙信と、要職ポストに変わりは無い。

 輪番制なのは、

・司会者

・書記

 今回は、

 司会者:茶々

 書記 :与祢

 というコンビである。

「今年、真田様は、『極力、避妊は考えていない』と仰っていました。そうですよね? 鶫」

「はい」

 鶫が立ち上がり、メモを読む。

「前年の大晦日、八つ半(午前3時)、寝所で御発言されました」

「「「……」」」

 全員が息を飲む。

「『子供は国の宝でもある。こうのとりが運んでこなければそれでも良い。ただ、累もお姉さんになってもらいたい』とも御発言されています。累様の御成長を願っての事の様です」

 きょうだいの理想の年齢差は、色々な見方がある為、一概には言えないが、大河は、3~4歳差が最も理想的、と考えている。

 その理由は、上の子は自分が兄・姉である事を自覚出来、下の子の面倒を見ようと頑張る。

 赤ちゃんに対しても「可愛い」という感情を持て、母代わりに抱っこしたり、赤ちゃんに話しかけたりする様子が見られる事も。

 無論、短所もある。

 これまで自分1人が母を独占してきた所に、突然赤ちゃんが現れる為、自分に気を引きたくて「赤ちゃん返り」の行動を見せる子も居る(*3)。

 今年、妊活し、来年以降に照準を合わせば理想的だ。

 もっとも、生命に関わる事なので、全て上手く行く事は難しいだろうが。

 兎にも角にも、大河は、ちゃんと考えている様であった。

「今回、お初より提案があります。―――お初」

「はい」

 お初が立ち上がり、提案書を珠に渡す

 彼女は、確認後、人数分の複写を1人ずつ配っていく。

 表紙には、


『【第八次夜伽改革案】』


 これまで7回提出されたが、新妻が増える度に夜伽の輪番制は事実上、形骸化した。

「……」

 お初は、壇上に立つと、一礼した。

 そして、自分の考えを述べる。

「今回、御提案させて頂いたのは、夜伽の再改革です」

「「「……」」」

 皆、黙って聞いている。

 7回も聞いている者は、「又か」という感想だが、提案者の事を考えたらそんな表情は、表には出さない。

「御覧の通り、婦人会は、大きくなりました。その結果、輪番制が、事実上、崩壊し、現在は、競争が激しくなるばかりです」

「「「……」」」

「そこで私は、考えました。いっその事、一旦、経産婦以外は、婚約者として横一線になればいいのでは? と」

「「「!」」」

 全員に衝撃が走る。

 正室から婚約者になるのは、事実上の降格だ。

 何人かが、提案書を捲る。

 そこには、


『・腹上死対策

・贔屓対策

の為に一旦、経産婦以外の正妻は、婚約者となり、輪番制として妊活に励む』


 と記されていた。

「……姉上、本気なの?」

「人豚対策の為ですよ。誰も戚夫人の様な最期は遂げたくないからね」

 

せき夫人(? ~紀元前194?)は、漢民族を興した高祖・劉邦の側室だ。

 野心家で、当時の慣習を破って自分の子供を次期皇太子に据える事を劉邦に頼んだ。

 この計画は失敗に終わったものの、劉邦の皇后・呂雉(紀元前241~紀元前180)の恨みを買い、紀元前195年に劉邦が即位すると、その復讐が始まる。

 戚夫人を捕らえて永巷えいこう(罪を犯した女官を入れる牢獄)に監禁し、一日中、豆を搗かせる刑罰を与えた。

 戚夫人が自らの境遇を嘆き悲しみ、詠んだ歌が「永巷歌」として『漢書』に収められている。

『戚夫人の舂且歌に曰く、

「子は王となり、母は虜となり、終日薄暮にうすづき、常に死と伍ならん。相い離れること三千里、當に誰をして女に告げしめん」』(*4)

 その後、呂雉戚夫人は両手両足を斬られ、目耳声を潰され、厠に投げ落としてそれを人彘(人豚)と呼ばせたという(*5)。

 

 山城真田家には、呂雉の様な悪女は居ない。

 然し、何が契機で性格が豹変するかは分からない。

 お初の提案は、過激な競争を一旦、終わらせ、一度、理性を持って妊活し様、という事であった。

「「「……」」」

 出席者は、沈黙する。

 理論は分かる。

 戚夫人にもなりたくはない。

 後世の人々に呂雉の様な悪女と叩かれたくも無い。

 然し、降格は自尊心が許さなかった。

 結局、その日の会議は終わらず、改革案は流れるのであった。


[参考文献・出典]

*1:恋愛up

*2:桜井英治 『室町人の精神』講談社学術文庫〈日本の歴史12〉 2001年

*3:エデュケアポイント

*4:『漢書』巻97上外戚伝67上

*5:『史記』

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