第316話 粉粧玉琢

 愛欲の日々を過ごす大河だが、軍人としての心構えを失っている訳ではない。

「「「天誅!」」」

 馬車で、国立校に向かう途中、日本刀を構えた3人の刺客に囲まれた。

 が、慣れている物でパニックになる事は無い。

「若殿、どうます?」

 御者の珠が、振り返って窓を開けて尋ねた。

「ああ、良いよ。俺がやるから見学頼む」

「は」

 珠は、見学を決め込む。

 大河が、出て来る。

「ったくよ。他人様が折角楽しんでるのに。不貞野郎だ」

「「「……」」」

 大河は、欠伸をしつつ、1mの距離まで歩み寄ると、1人の刺客の日本刀の刀身を持つ。

「え?」

「死ね」

 そのまま、腕力で刀身を折り、それを刺客の頭頂部に叩き込む。

「「!」」

 プシュ~と、血を噴出しつつ、刺客は斃れた。

 大河の手は、刀身を強く握った事により、出血。

 顔面も返り血に染まっている。

「「……」」

 2人は、がくがくと震え、失禁した。

 セ〇ールを前にした悪党の様だ。

「ひ」

 1人は、踵を返すものの、

「逃がさんよ」

 大河が刀身を投げると、刺客の心臓を貫く。

 最後の1人は、腰が抜けて、動けない。

「……」

 蛇に睨まれた蛙の様だ。

「駄目だよ? 人を揶揄っちゃ? 死刑だぞ♡」

 可愛く言った後、大河は、与祢が持って来たシャムシール・エ・ゾモロドネガルを受け取り、刺客のアキレス腱を斬る。

「ぎゅああああああああああああああああああああああああ!」

 朝の公道に叫び声が、響き渡った。

「さぁて。次は、どこにしようかな~」

 御愉しみを邪魔された大河の憤怒は、誰にも止める事が出来ない。

 鼻歌混じりに耳や鼻等を削いでいく。

 その間、与祢と珠は、濡れタオルを準備していた。

 大河の血を拭き取る為だ。

 職業柄、狙われ易い大河の為に、この手は、常時、馬車に積載されている。

 通報で平馬が駆け付けた。

「うわ、凄惨ですね?」

「この馬鹿の背後関係を洗え」

「は」

「後、傷口に塩を塗り込め」

「え?」

「恋路を邪魔する奴の末路だよ」

 笑顔で血振るいした後、大河は、2人から濡れタオルで拭かれる。

 そして、綺麗になると、馬車に舞い戻り、再び交わり始めた。

「……上様は、色々な意味で凄いな?」

「大谷様も、時機には御気を付け下さい」

「有難う」

 珠の忠告に、平馬は、震えつつ頷くのであった。


 国立校で、事務仕事をしていると、

「若殿、御客様が来ました」

「あれ? 予約あったっけ?」

「いえ」

 アプトは、待合室の方をチラチラ。

「議員か?」

「はい。切羽詰まった御様子で。どうします?」

「良いよ。時間あるし。入れて」

「はい」

 アプトが扉を開けると、議員バッジを付けた気の強そうな女性が。

 以前会った若手議員―――雷鳥だ。

「領主様―――」

「そりゃ旧称だ。今は違うよ」

「失礼しました。これを御覧下さい」

 雷鳥が机上に提案書を置く。

『雇用機会均等法改正案』

 と、表紙には、記されている。

「……これは?」

「領―――真田様は、男女同権についてどのようにお考えですか?」

「と、言うと?」

「我が国では、未だに女性を軽視する男性が多く、所得も男性に比べると低いです。女性の議員も少ないです。男女同権は、徴兵のみです」

「……」

「真田様が国政から離れているのは、承知しています。然し、男性の中では、先進的な思想を持ち主かと思います」

 現代の価値観で行っているだけなのだが、この時代には、先進的に見られる様だ。

「先生、俺を高く買ってくれるのは、有難いが、俺を政治に巻き込まないでくれ」

「然し、これが改正させれば、日ノ本の女性は、男性と同じ権利を持つ事が出来―――」

「あ~分かった分かった」

 提案書を突き返す。

「それは、議員の仕事だ」

「う……」

 威圧され、雷鳥は怯む。

「後、先生は誤解されている。俺は先進的ではないよ」

「え?」

「きゃ♡」

 アプトを抱き寄せて、

「小太郎」

「は」

 天井から降りてきたくノ一は、大河の膝に着地。

 大河は、2人の胸を揉みつつ、告げる。

「人前で抱ける位、俺は異常者なんだよ」

「……」

「議員なんだから、俺に頼らず、自力でやれ。?」

 基本的に三振法スリーストライクス・アンド・ユー・アー・アウトな大河だが、政治家とテロリストには、厳しい。

「……はい」

 涙目で敗走する雷鳥であった。

 

「若殿は、議員が嫌いなんですか?」

 事後、アプトが紅茶を置く。

 大河は、小太郎と繋がったまま、それを受け取った。

「嫌いではないよ。むしろ好きだよ?」

「そうですか? ちょっと厳し目に見えましたけど?」

「怖かった?」

「少し……」

「済まんな。でも、アプトに怒る事は無いからな」

 アプトに向けられた視線は、菩薩のように温かい。

 敵味方が、はっきり分かれている。

「失礼します」

 アプトは隣に座り、その手を握った。

「……どうした?」

「寒いので温めて頂こうかと」

「はいよ」

 握り返すと、アプトは笑顔になる。

 先程まで乱れていたが、今は、美しい。

 昼休憩の鐘が鳴った。

「あん♡」

 小太郎と離れて、妻達を待つ。

 暫くすると授業を終えたお初、お江、松姫、阿国がやって来た。

「兄者~。お昼だよ~」

「おお、もうそんな時間か」

 妻達に配慮して、アプトは手を離そうとするも、大河は、力を込めて離さない。

「兄様、今日は、アプトを可愛がっていたの?」

「ああ。余りにも可愛くてな? ほら」

「若殿、恥ずかしいです♡」

 大河に頬を接吻され、アプトは真っ赤になる。

「本当だ」

「可愛いねぇ」

 姉妹に見詰められ、アプトは、更に赤に。

「若殿、あんまり先輩を虐めないで下さい」

「御飯、冷めちゃいますよ?」

 与祢が苦言を呈し、珠が弁当箱を用意する。

「今日は、お市様が、握って下さいました」

「おー、丸いな」

 お市は、最近、厨房に立つようになった。

 料理長等、料理担当の侍女は居るのだが、「自分の娘達の食事は、作りたい」と望んで、姉妹と大河の分は、お市が作っている。

「兄者、口開けて」

「……」

 口に大きなお握りが詰め込まれる。

 しょっぱいのは、お市が塩を掛け過ぎなのと、彼女の手汗が原因かもしれない。

 他人が握ったお握りを食べれない、という潔癖症の人は居るが、大河は、若くて美女(美少女含む)が、握ったお握りは、興奮するたちだ。

 松姫と阿国も食べ始める。

「阿国さん、さっきの舞踏、良かったね? 『甲』は取れるんじゃない?」

「松さんの読経も良かったよ?」

 2人は、先程受けたばかりの授業を褒め合う。

 妻達は、同級生であり、級友なのだ。

 大河は、姉妹を膝に乗せる。

「体育だった?」

「はい」

「ちょっと臭う?」

「うん」

「じゃあ、一旦、入浴に―――」

「私も―――」

「その必要は無い」

 離れ様とする2人を大河は、引き留め、その髪の毛に鼻を突っ込む。

「うん、好きだよ」

「……兄者って変態だね?」

「兄様、流石にそれは引く」

 2人は、ドン引きだ。

 それでも大河は、クンカクンカ。

 2人の体臭を肴に、お握りを完食するのであった。


「真田様は、どうし様も無い人物ですね?」

 お市は苦笑い。

「母上は、嗅がれた事あります?」

「そりゃああるわよ。茶々は?」

「はい……」

 猿夜叉丸に母乳を与えつつ、茶々は、真っ赤だ。

「お初は、最近、愛されている?」

「はい。週1ですが」

「兄者は、最近、忙しいから定期通りしか抱いてくれないんです」

「全く……」

 お市は、頭を抱えた。

 猿夜叉丸が生まれた為、浅井家は安泰だ。

 然し、自分達は、織田家の代表としても嫁いで来ている。

 信長は何も言わないが、周辺には、「次、生まれた子供には、織田の姓を名乗らせたい」と漏らしている様だ。

 大事な妹と姪を合わせて4人も送り出したのだ。

 1人位は、織田姓を名乗らせたい気持ちは分からないではない。

「母上、私は―――」

「良いのよ。お初。気にしないで」

「でも―――」

「織田の事は、私が担うから」

「! 母上が?」

 お江が、察する。

「丁度良い機会だわ。私、出来たら子供産むから」

「「「!」」」

 お市の宣言に3人は、固まった。

「……」

 猿夜叉丸も空気を読んで、劇画タッチな顔だ。

「母上、本気なの?」

「茶々、本気よ」

 真剣な表情で、お市は続ける。

「お江、何歳になった?」

「14」

「じゃあ、出来たら14歳下のきょうだいが出来るかもね」

「それはそれで、複雑かも。出来たら女の子が良いかな?」

「それは、神様次第だね。反対しないんだ?」

「全然。母上には、自由恋愛して欲しいからね」

 お江の優しさにお市は、泣きそうになる。

 三姉妹は、母親・お市が、前夫に先立たれて以降、育児を優先していた事を知っている。

 戦国時代だったから、次の恋愛をする暇さえ無かったのだ。

 柴田勝家や羽柴秀吉が、候補に挙がっていたが、お市は、大河が適任者であった。

 熊や猿の様な面は、2人には申し訳無いが、好みではない。

 稼ぎも大河と比べると少ない。

 又、2人は、織田家の人間だ。

 浅井家を亡ぼした織田家の関係者と結婚するのは、お市の本意ではない。

 その点、大河は信長と義理の兄弟とはいえ、小谷城合戦には関わっていない。

 消去法からも、大河しか有り得ないのだ。

「……母上は、良いの? もし、次の子供が織田家に行くのは」

「本心としては嫌よ。長政様を殺した織田家に行かせるのは」

 お市は、お初の頭を撫でる。

「でもね。兄上が、浅井家の復興を黙認したんだから、その義理に報わないと、駄目でしょう?」

「「「……」」」

 三姉妹は、沈黙する。

 お市の言い分は、分からないではない。

 三姉妹も心のどこかで織田家に何かしらの返礼をしなければならないと思っていたから。

「でも、母上は、大丈夫なの? 高齢出産は、危険だと聞いているけれど」

「それはね。茶々。35歳を過ぎた後から、急激に妊娠し辛くなるのよ。私が焦る気持ち、分かるでしょ?」

「……」

 天正16(1547)年生まれのお市は、今年で31歳。

 計算上では、後4年しかない。

 織田姓の子供の妊活の好機は、もう残り少ないのだ。

「だったら私が―――」

「駄目よ」

 お初の提案を、お市はさえぎる。

「私は、貴女達に浅井家を託したいの。お願い。貴女達だけは、幸せになって」

「「「……」」」

 お市の涙目の懇願に、三姉妹は、沈黙するしかなった事は言うまでも無い。

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