第315話 汎愛兼利

 万和3(1578)年11月。

 今年も冬がやって来た。

 ぽつぽつと、パウダースノーが舞い散る。

「若殿、炬燵こたつを出しても良いですか?」

「良いよ」

「有難う御座います」

 アプトの提案を快諾すると、彼女は、笑顔で与祢と珠に指示を出し、準備を始めた。

 蝦夷出身のアプトだが、寒さに強い訳ではない。

 早速、各部屋に炬燵が運び込まれていく。

「真田、寒い」

「待ってろ。今、温めるから―――」

「いや、温めて」

 朝顔は、大河の手を握る。

「おいおい、炬燵は良いのか?」

「温まるまで時間かかるでしょ?」

「そうだけど」

「私は、貴方が良いの」

「……」

「駄目?」

 小首を傾げる朝顔。

「良いよ」

 こんな顔されたら、誰だって拒否出来ない。

 朝顔は、大河の膝に座り、その体温を感じる。

 そして、彼の腕を借り、前へ持ってくる。

 大河が、朝顔を抱き締める様な恰好になった。

「朝顔は、寒がり?」

「うん。御所では、節約だからね」

 皇族は、基本的に派手な暮らしをしない。

 大富豪の方が、贅沢な暮らしをしているだろう。

「兄様、政所茶まんどころちゃを淹れました」

「有難う。お初も座り」

「有難う御座います」

 お初は、横に座る。

 流石に朝顔と同じ様に膝に座る事は無い。

「茶々とお江は?」

「屋敷に戻っています。猿夜叉丸と一緒に」

「最近、よく帰るな?」

「家臣団が、猿夜叉丸を可愛がっている為ですよ。将来は、近江の国主に、と」

「まだ赤子だけど?」

「兄様の子供ですから、それだけ有望株なんですよ」

 猿夜叉丸だけでない。

 元康も定期的に屋敷に里帰りしている。

「真田は、まだ子供欲しい?」

「欲しいね。でもこればかりは、運次第だからね」

 未だに朝顔は、妊活に対し、不安を持っている。

 朝廷としては、皇太子が沢山居る為、強くは望んでいない。

 然し、周りがベビーブームなので、朝顔が焦る気持ちも分からないではない。

「鶫」

「は」

 鶫が紙と筆を持って来た。

 何も言わず、真意を汲み取ってくれるのは、まるで夫婦の様な関係だろう。

 其れ位、2人の絆は深い。

 大河は、紙にスラスラと、


『51

 49

 1/3億』


 と書いていく。

「兄上、これって?」

「何の確率だと思う?」

「「……?」」

 何もヒントが無い為、2人には、さっぱりだ。

「51は、赤ちゃんが女の子の確率。49は、男の子の確率だよ」

「「!」」

「因みに最後は、人1人が生まれ来た確率だ」

 これらの数字は、あくまでも諸説ある内の一つなので、絶対的なそれではない(*1)。

「それだけ、俺達が居る事。子供が出来る事は、奇跡的な事なんだ。だから、余り、焦る必要は無い」

 大河は、お初の腰に手を回し、抱き寄せる。

「で、最後に」

 0を沢山書いていく。


『0.00000000000000000000002%=1/5023じょ6500がい


「これは、たった今、俺が俺の隣に居る人と出会った確率だ」(*1)

「!」

「子供を熱望するのは、分かる。でも、俺は、愛する人と出逢えた事に満足している。焦りは禁物だよ」

「「……」」

 大河が優しい為、それに付け込む女性陣は多い。

 それが成長を妨げる悪い事なのは分かっているのだが、実家が厳しい分、大河に甘えてしまうのだ。

「……貴方は、駄目ね」

「何が?」

「ずーっと優しいから、ついつい甘えたくなっちゃう」

「……」

 朝顔は、大河を押し倒し、その胸に頭を預ける。

「好色な部分は、難点だけど、それ以外は満点よ」

「有難う」

 ふぁあ、と朝顔は、大欠伸。

「寝て良い?」

「風邪引くぞ?」

「うん。でも、眠たい」

「じゃあ、寝様か?」

「うん……」

 大河の胸を枕にし、朝顔は目を閉じた。

「(若殿、良き所で起こします)」

「(有難う。でも、良いよ。偶にはさ)」

「(然し―――)」

「(休憩を命じる)」

「(……分かりました)」

 不満げだが、鶫は分かってくれた様で、下がっていく。

 大河が命じた以上、秘書として従わなければならない。

「(兄様、私も添い寝しても?)」

「(良いよ)」

 やった、とお初も横になる。

 結局、3人は雑魚寝し、少し風邪を引くのであった。


 ある日の事。

 出社前の朝食時。

「あ・な・た♡」

 誾千代が、小骨を取った魚をあーん。

「自分で食えるよ?」

「良いの♡」

 無理矢理、食べさせる。

 誾千代は、時々、こうする。

 誰もが認める正室中の正室なのだが、まだまだ、婦人会会長として会員達に威厳を示したい時もあるのだろう。

 大河としては、まるで赤ちゃんプレイされている様な感覚だ。

「朝から上機嫌だな?」

「昨日、父上と会食したんだけど、その時に父上が、貴方の事を褒めていたのよ。『良き息子だ』って」

「ほー」

 立花道雪からすると、大河は義理の息子に当たる。

 当初、結婚には、反対であった彼も今は、認めるしかない。

 何の実績も無い流浪人が、近衛大将にまで昇進しているのだ。

 これを認めないのは、流石に無能としか言えないだろう。

「『立花の姓を名乗らせたい』って」

「有難い話だ」

 ”鬼道雪”、”雷神"とも称される彼がこれ程激賞するのは、本物の息子の様に感じているのかもしれない。

 又、話から察するに、誾千代と道雪の仲も良好の様だ。

「改名する?」

「現実的に難しいな。公文書、全部、変えないといけないし」

「だよね? 父上には、私から伝えとくよ」

「有難う」

 話を聞いていた謙信と松姫が駆け寄って来た。

「松、頬に御飯粒、ついてるよ?」

「あ―――」

「待って。取るから」

 大河が接吻し、取り除く。

「もう、真田様ったら♡」

「朝から盛んね?」

 謙信は呆れつつ、大河をヘッドロック。

「もうすぐ冬休みだけど、里帰り。如何する?」

「越後に来いって事だろ?」

「早い話そうよ。領民が貴方の里帰りを熱望しているから」

 大河は、越後で謙信に次ぐ人気だ。

 新しく創建された神社の一部では、大河を主祭神として祀る所もあるという。

 存命中の人物を神様にするのは、現人神なので不敬感が強い。

 大河も止める様に景勝を通して指示を出しているのだが、鼬ごっこの様な状態だ。

 少なくとも、山城国や対馬等、大河の領地では、彼が、自分の偶像崇拝禁止令を出している為、越後国程は酷くは無い。

 大河の熱狂的支持者が、過激化しているのが、現実であろう。

「有難いが、越後に俺を神様とする寺社仏閣が無くなったら里帰りするよ」

「崇拝されるのは嫌?」

「ああ」

 史実の戦国時代の人物で、祭神になった主な例は以下の通り(*2)。

・明智光秀

・上杉景勝

・上杉謙信

・織田信忠

・織田信長

・佐竹義宣 (右京大夫)

・柴田勝家

・武田信玄

・伊達政宗

・徳川家康

・豊臣秀長

・豊臣秀吉

・前田利家

・毛利輝元

・毛利元就

・井伊直政

・お市の方

・吉川元春

・木村重成

・見性院 (山内一豊室)

・島津忠良

・島津歳久

・高橋紹運

・立花誾千代

・立花道雪

・立花宗茂

・直江兼続

・細川ガラシャ

・本多忠勝

・森長可

・森可成

・山内一豊

・淀殿

 ……

 前例であれば、大河も彼等の様に祭神の1人に数えられても可笑しくは無い。

 大河が自分を崇拝させないのは、カストロとホー・チ・ミンからの影響だ。

 2人は、共産主義にありがちな偶像崇拝を嫌い、カストロは、自分が美化されるのを嫌い、実際にゲバラの様にTシャツの様にプリントされていない。

 ホー・チ・ミンも個人崇拝に繋がる自身の霊廟の建設を望んでいなかった。

 然し、死後、彼の意向は無視され、遺骸は永久保存され、ホー・チ・ミン廟が建設され、今尚、彼と出会う事が出来る。

 ベトナム政府の言い分としては、


『会いたくても統一までは直接会えなかった旧南ベトナム人民の為、統一後も会える様に体を保存した』


 との事だ(*2)。

 共産主義者ではないが、大河は2人に関しては、尊敬の念を持っている。

「俺は、人から尊敬される程の器じゃない」

「……」

「祭神は、謙信や誾の様な人物が相応しいよ」

「真田様は、無欲ですね?」

「そうなんだよ。惚れたろ?」

 松姫を抱き寄せて、その胸を揉む。

「あん♡」

 朝からこれ程盛んなのは、大河の日常だ。

「それで、松。何か用か?」

「初詣は、瀬田の我が寺に来ませんか?」

「初詣か。もうそんな時期か」

 大所帯の為、山城真田家では、現地住民に配慮し、貸切って参拝する事がある。

 朝顔等、高位な人物が居るから当然の事だろう。

「今すぐにには、答えられないな。皆の意見も聞きたいし」

「理解しています。あくまでも選択肢の一つとしてです」

「そうだな」

 松姫が運営する寺は、武田家の菩提寺なのだが、地政学上、重要な位置にある。

 琵琶湖の南側に位置する瀬田から、政府が管理する延暦寺迄は、雄琴温泉を経由して約40km。

 今では、穏健派の延暦寺だが、その周辺地域では、未だに僧兵が秘密裡に活動している。

 万が一、彼等が蜂起した場合、延暦寺は奪われ、再軍備されかねない。

 そこで、機能するのが、瀬田だ。

 延暦寺が奪われた際、奪還する為に臨時の基地が設置される。

 一度、松姫が誘拐された事もある為、瀬田の寺では、大河が配置した政府寄りの僧兵が常駐している。

 彼等の下で延暦寺奪還作戦が行われるだろう。

 戦国時代より平和とはいえ、近江国は、まだまだ盤石ではない。

 史実での終戦時、

宮城きゅうじょう事件(1945年8月14~15日)

・愛宕山事件(同年8月15日)

・厚木航空隊事件(同年8月15~21日)

・島根県庁焼き討ち事件(同年8月24日)

・川口放送所占拠事件(同年8月24日)

 と、大東亜戦争(太平洋戦争)終戦反対派による事件が相次いだ様に。

 は、存在するのだ。

「瀬田の方は、初詣じゃなくても、個人的には、参拝したい場所だから。何れ、又、行くよ。信玄公にも御挨拶したいしね」

「はい♡」

 大河の私室には、金剛峯寺から貰った複写の肖像画が飾ってある。

 風林火山の旗もある。

 謙信を妻にしながら、これだけは、譲れないのが大河の本音だ。

 もっとも、謙信が来た時には毎回、倉庫に片付けているので、彼女への配慮も忘れない。

 降雪が強くなってくる。

 大寒波がやって来る。


[参考文献・出典]

*1:笑うメディア クレイジー 2014年11月25日 【日常に隠された奇跡】世の中の様々な確率21選

*2:ウィキペディア

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