第309話 破釜沈船

 近江国で大河が過ごしている頃、謹慎中の佐久間盛政は、考えていた。

「……」

 前田利家に殴られた傷は癒えている。

 が、心の傷は治っていない。

(前田は、分かっていない……真田は、国を亡ぼす巨悪だ)

 重臣が報告する。

「殿、一行が旅館を出ました」

「……警備は?」

「近衛兵50人」

「少ないな」

「陛下が、地元住民に配慮した形です」

「陛下と近衛兵を狙わずに真田と幸を狙え」

「幸様も、ですか?」

「分からず屋には、悪いが仏罰が下れば良い」

 完全なる逆切れである。

「我が方は、幾ら居る?」

「便衣兵1千人です。可能な限り、動員しました」

「くれぐれも陛下と近衛兵には、注意してくれ。標的は、2人だけだ」

「は!」

 作戦名は、『類人猿作戦』。

 黒幕暗殺作戦が、開始された。


 これより数刻前。

 近江国宿舎にて。

「主、より報告書が届けられております」

「……分かった」

 隠語を理解し、大河は女性陣に会釈し、部屋を出て行く。

 そして、隣室の小太郎の詰所に入った。

 そこには、楠も待っていた。

「加賀の間者からの報告よ。何でも佐久間盛政が貴方の暗殺を狙っているみたい」

? 確証は?」

「こっちに居た向こうの間者を捕縛して拷問した事だから、証言以外の証拠がないの」

 奥から鶫が出てきて、箱を見せる。

 そこには、斬り落とされた両耳と両腕、両足首が。

「……鶫、今更だが冤罪ではないよな?」

「はい」

「なら、良し。よくやった」

 頭を撫でると、

「……」

 鶫は気持ちよさそうに目を細める。

「下手人は、殺したのか?」

「はい。失血死で。申し訳御座いません」

「いや、証言だけでも証拠の一つになる。小太郎、調書はあるよな?」

「はい」

「じゃあ、明日の朝刊に間に合う様、新聞に売れ」

「は」

「楠は、国家保安委員会加賀国支部を率いて、佐久間邸を急襲」

「は!」

 一度目は、前田利家が嫁・幸姫を送って来た事で、報復措置を白紙化したのだが、忘れた訳ではない。

 二度目が確認出来た以上、対応策を取らざるを得ないだろう。

 仏の顔も三度撫でれば腹立てる―――というが、大河は、仏よりも沸点が低い。

 特に観光を邪魔された時は、誰にも止められない。

「あ~。楠、さっきのは、撤回」

「え? じゃあ、如何するの?」

「空爆で良いわ」

「え?」

「空爆。?」

 笑顔。

「……はい」

 普段は超絶優しい愛妻家でも、仕事になると、そこは玄人だ。

 高給を貰っている以上、責任が大きくなり、その分、厳しくなるのは、当然だろう。

 楠は、涙目になりつつ頷く。

「佐久間の旧領は、前田に加増。これで万事解決。御免な。泣かせて」

 楠を抱き寄せて、手巾で涙を拭く。

 愛妻の涙は、本意ではない。

 直ぐに詫びるのは、高潔であろう。

 楠もショックが軽減したらしく、直ぐに落ち着く。

「ちょっと吃驚びっくりしただけだから」

「それなら良いが」

 と言いつつ、大河は、楠を放さない。

「済まんが、配置転換だ。小太郎、任務終了後、警護に回れ」

「は」

「鶫は、下手人の死体を処理後、小太郎の相棒だ」

「は」

「で、楠は、これより俺の相棒。以上」

「「「は!」」」

 公私混同は否めない。

 然し、能力とその時の状況に適した判断でもある為、完全にそうとは言い切れない部分もある。

 が、大河が盛政に怒っている事だけは、確かだ。

(名門・佐久間家もこれで終わりね)

 鶫は、心の中で合掌するのであった。


 佐久間方が、計画していたのは、狙撃であった。

 爆発や事故に見せかけたのも出来なくはないが、それだと朝顔も巻き込んでしまう可能性が高い。

 彼等の標的は、あくまでも大河と幸姫のみ。

 朝廷の逆鱗に触れるのは、成功したとしても、総合的には、危険性が高過ぎる。

 旅館前に到着すると、一行が荷物をリムジンの荷台に積み入れていた。

 真向いのビルの屋上の狙撃手が、大河の額を捕捉する。

「……な!」

 大河と目が合う。

 邪悪な笑みを感じ取った。

 その瞬間、背後に気配を感じる。

 振り返ったその刹那、腹部に冷たい感触が。

「……え?」

 見ると、腹部に日本刀が突き刺さっていた。

 軈て、背中から突き出る。

「……げふ」

 吐血後、狙撃手は、死んだ。

 刺客は、目出し帽を脱ぐ。

 その紅斑こうはんが特徴的な彼女の名は、鶫。

 大河の愛人にして、用心棒の女性である。

 狙撃手以外にも屋上は、死体で一杯であった。

 情報将校に観測手、交代要員……

 合わせて10人を1人で殺ったのは、彼女の確認戦果となる。

「凄いわね」

 一緒に来ていた小太郎は、感心しきりだ。

 鶫が危機になった時に、助太刀する予定だったのだが、それは杞憂であった。

「……若殿の敵は、私の敵でもあるからね」

「そうだね」

「じゃあ、首桶用意して」

「はいよ」

 大河に報告する為に、死体を斬首し、小太郎が、首桶にゴミの様に放っていく。

 愛人コンビは、慣れた手付きで作業するのであった。


 幸姫にも危機が迫る。

 新婚、という事で彼女は、大河と2人きりだ。

 大河の車両に乗ろうとした時、

「「御覚悟!」」

「「天誅!」」

 前後から刺客が抜刀。

 非武装の幸姫は、動けない。

 死を覚悟し、目を瞑った。

 直後、車内から伸びて来た手が、彼女の腕を掴み、引っ張り入れる。

「!」

 幸姫が着席したと同時に大河は、動いていた。

 脇からベレッタを抜き、車内に入ろうとした刺客の心臓を正確に撃ち抜く。

 そして、その死体を盾にし、残り3人も又、風穴を開けた。

 遅れて与祢が駆け付ける。

「若殿、何事ですか?」

「馬鹿が来た様だ。首実検、頼む」

「は」

 与祢に後を任せ、大河は、再び車に戻る。

 そこでは、幸姫が、ガタガタと震えていた。

 平和になったにも関わらず、命を狙われる謂れは無い。

 前田利家の娘であっても、与祢とは違い、武芸をやっていなかったのだろう。

 傾奇者、というだけあって、文化人として暮らしていたのかもしれない。

 他人の生き方なので、大河は、それでも良いのだが、本人的には、今更後悔しているとも思われる。

「アプト、出してくれ」

「は」

 アプトが、車を動かす。

「……」

 大河は、幸姫を抱き寄せる。

 言葉は無い。

 落ち着くまで待つのみだ。

 幸姫の背中を撫でつつ、大河は尋ねる。

(橋、今の連中はやっぱり?)

『そうだね。佐久間だよ』

(二死だな)

『仏の顔も三度撫でれば腹立てる?』

(残念だが、仏様より寛容じゃないよ。済まんが、橋。幸のカウンセリングをお願いしたいんだが)

『頼ってくれるのは、嬉しいけれど、今は、貴方が適任者だと思うよ。一応、診とくけどね?』

(有難う。愛してるよ)

『私もよ』

 幸姫が、大河の手を握る。

「私、何で……?」

「今のは、多分、俺が目当てだよ」

「そうなの?」

「ああ、巻き込ませて済まないな。今後は、より警備を強化させる」

「……」

 近衛大将といえども、大河は政敵が多い。

 比叡山延暦寺の焼き討ち等を行ったり、織田政権と関係が深いから、反体制派からは、狙われ易い要人であろう。

「……俺との結婚に後悔した?」

「いや、逆に支えたいと思った」

「そりゃあ有難い」

「でも、人員充足じゃない? 既に一杯居るのに」

 段々、多弁になってきた。

 時間の経過と共に冷静沈着になって来た様だ。

 大河の嘘を信じたのかもしれない。

「良いんだよ。何人居ても」

「そう?」

「ああ。皆、大事な人だ」

「若殿、確認ですが、私も含まれていますか?」

 運転中のアプトが、バックミラーを見つつ問う。

「当たり前だ。なんなら、交わろうか?」

「事故りますよ?」

「二つの意味で昇天だな」

「最低で最高ですね」

 アプトは、微笑んだ。

 むっと、幸姫は、不満顔。

「新婦の前で婚約者を口説くの?」

「最低だろう?」

「最低よ」

 幸姫は、大河を抱き締めて、自らの膝に乗せる。

 そして、その大きな巨体で包み込む。

「有難うね。助けてくれて」

「当然だよ―――」

「じゃなくて、嘘吐いてくれた事」

「うん?」

「さっきの刺客は、佐久間でしょ? 親父様と父上が仲が良いから、それで知っているんだよ」

「……」

「貴方が女性に人気なのは、分かったわ。そりゃあ多妻になるわ」

「嫉妬した?」

「ちょっちね?」

 はにかんだその表情は、眩しい。

「佐久間は、如何するの?」

「さぁね?」

「あ、ボコる気だ」

「バレた?」

「分かるよ。瓦版楽しみにしているから」

 深入りしないのは、前田家の教育が良かったのだろう。

 最初は、だった癖に、大河の魅力に気付いたのか。

 今では、大河がドン引きする程、デレデレだ。

 誾千代、お市や謙信等もそうだったが、青春時代を戦争や育児に時間を費やした反動で、今が相当、楽しいのかもしれない。

「♪ ♪ ♪」

 鼻歌混じりに大河の腕に絡む。

 高身長な分、手が長く、大河がどれ程離れてもその手で、掴みそうな位だ。

「さっきの少女も幼妻?」

「ああ」

「武装している侍女何て初めて見たわ」

「予備役だよ」

「私も志願して良い?」

「良いけど厳しいぞ?」

「舐めないで。これでも、”槍の又佐”の娘なんだから」

「……そうか」

「あら、余り嬉しくない?」

「愛妻に武器を持たせたい夫が何処に居る?」

「……有難う♡」

 そっと頬に接吻し、大河を抱き締める。

「でも、最低限、自分のくらいは、守れる様になりたいの」

「分かったよ」

 嫌でも、本人が乗り気な以上、大河は黙認するのが信条だ。

「「……」」

 2人は、見つめ合い、今度は、長く濃厚な接吻で愛を育むのであった。


『類人猿作戦』失敗直後、京の国軍基地から、空軍真田隊が密かに離陸。

超能力者作戦オペレーション・ローリング・サンダー』と銘打たれたその作戦は、金沢城を更地にする非常に分かり易い報復措置であった。

「「「……」」」

 実働部隊は、

・大谷平馬

・島左近

・宮本武蔵

・雑賀孫六

・弥助

 の山城真田家五人衆。

 それらに加えて、今回、新たに前田慶次も参加している。

 その独特な緊張感に慶次は、吐きそうだ。

(……会話無しか。ま、当然だろうな)

 大河から指示されたのは、

『金沢城を更地にしろ』

 との事のみ。

 B-52に乗った彼等は、飛行隊を率い、加賀国に向かう。

 それぞれ、平馬と左近。

 武蔵と孫六。

 そして、弥助と慶次のコンビだ。

 前者が機長、後者が副操縦士を務めている。

 弥助がアフリカ人の為、飛行隊の中では1番米兵感が強い。

「前田、飛行機は、初めてか?」

「はい。弥助殿は、何度目です?」

「数え切れない位だよ。司令官アミールは、鬼教官だからな。週に何度も飛ばされる。御蔭で、高所恐怖症が治っちまったよ」

「……」

「新人、気を付けるんだな? ここは、高収入な分、危険な仕事が多い。無理な様なら早めに配置転換を人事部に希望するんだぞ? ガハハハッ」

 金沢城上空に到着し、早速、Mkマーク 82を投下。

 近くの卯辰山も爆撃され、白煙が城下町を立ち込める。

 金沢城から佐久間兵が出て来た。

 弥助が、地上と交信する。

「こちら、Bブラボー。敵兵を確認。攻撃の許可を求める」

『こちら狼の巣ヴォルフスシャンツェ。攻撃を許可する』

「では、開始する」

『行け!』

「慶次、見ておくんだぞ?」

「は」

 弥助は、M61 バルカンが届く距離迄急降下。

 そして、機銃掃射を始めた。

 バババババ……

 20mm口径弾が毎分6千発の勢いで放たれていく。

 敵兵は、反撃に転じる暇さえ与えられず、次々、骸と化す。

 軈て、本丸から火の手が上がる。

 爆撃か原因か。

 それとも、佐久間盛政が自ら放火したのか。

 本丸では、その盛政が、腹を掻っ捌いていた。

 傍らには、

『世の中を めぐりも果てぬ 小車は 火宅かたくの門を 出づるなりけり』

 と認められた辞世の句が。

 ―――

『【火宅】

 人々が、実際はこの世が苦しみの世界であるのに、それを悟らないで享楽に耽っている事を、焼けつつある家屋 (火宅) の中で、子供が喜び戯れているのに例えた言葉。

『法華経』の七喩しちゆの一つ』(*1)

 ―――

 所謂、「娑婆しゃば」「現世」とも言う。

 覚悟に満ちたそれは、火に囲まられた今では、まさに適当な状況下だろう。

「……真田よ。地獄で会おうぞ!」

 臓物を引き千切った後、盛政は天井に投げつける。

”鬼玄蕃”なりの最後の抵抗であった。

 金沢城は、崩壊する。

「「……」」

 その最期を前田利家とまつは、見届けていた。

 それから、手を合わせる。

 万和3(1578)年9月中旬。

 名門・佐久間氏は、これにて滅亡するのであった。


[参考文献・出典]

*1:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る