第285話 籠鳥檻猿

 朝顔等の皇族は、「籠鳥檻猿ろうちょうかんえん」な人種だ。

 読んで字の如く―――「自由を奪われ自分の思い通りに生きる事の出来ない境遇の例え」を意味する(*1)。

 が、朝顔は、このゆったりとした夏休みを満喫していた。

 他の皇族に申し訳無さを感じつつ。

 愛する夫と過ごす。

「真田、はい、あーん♡」

「……」

 もぐもぐ。

「美味しい?」

「ああ」

「良かった♡」

 朝顔が、食べさせているのは、宮内庁御用達の牧場で育てられた牛から摂られた乳から作られた凝結乳ヨーグルト

 一般の市場には、出回っていない代物なので、毒見役も兼ねているのは、秘密だ。

「でも、ちょっと甘過ぎかな?」

「そう?」

「ああ。まぁ、この辺は、好き嫌いの程度によるだろうが」

「私も食べていい?」

「良いよ」

 大河が使ったスプーンを譲り受けて、すくう。

「……本当だ」

「な?」

「でも、私は、好きだね。この位は」

 朝顔のが出た事で、これで市場に出回る様になるだろう。

 最初は、高級品だろうが、徐々に庶民も買える位の値段になるかもしれない。

「……あ、間接接吻だったな?」

「良いよ。夫婦だし」

 朝顔は、嬉しそうだ。

 こうして、私的な時でも大河は、気を遣ってくれる。

「これ、私が絞った牛の乳なんだ」

「ほー」

 乳絞りを大河は、やった事が無い。

 あるとすれば、山羊位だろう。

「じゃあ、今度は、氷菓も作れるな?」

「食べたい?」

「ああ。お江も気に入るだろうし」

「そうだね」

 こんな時でも、他の妻の配慮を欠かさない。

 少し嫉妬するが、多妻の夫に嫁いだ為だ。

「又、遠出し様よ」

「珍しいな。朝顔から提案するとは」

「失礼ね? 私だってそういう時はあるわよ」

 口を尖らせつつ、大河の膝の頭を預けてごろ寝。

「昼寝?」

「そうよ」

 最近、ぐーたらが多い気がするが、重圧が凄まじい公務から解放された反動なのだろう。

 大河も不満がある訳では無い為、受け入れる。

「あ、山城様」

「大河」

「真田様?」

 育児中の千姫とエリーゼ、茶々とばったり。

 3人の腕には、其々それぞれ、元康、デイビッド、猿夜叉丸が寝ている。

「おお、皆。久し振りだな」

 広い城内故、予定が合わなければ、夫婦と雖も、会えない時はとことん会えない。

 それに3人は、育児に専念している為、必然的に大河に構う時間は少なくなっている。

 夫妻双方、それは、寂しい事だが、育児優先は、仕方が無い。

 千姫が真っ先に大河の横に座る。

「山城様。お慕いしていますわ」

「知ってるよ」

「えへへへ♡」

 久し振りの再会だけあって、千姫は、上機嫌だ。

 茶々達も近くに座る。

「真田様、私と千は、一旦、帰郷しますわ」

「地元に見せたい?」

「「はい」」

 大河と離れたくはない様で、2人は、残念そうだ。

 唯一、エリーゼは、地元という所が無い為、帰る事は無い。

「分かった。けど、護衛は付けるからな?」

「「はい」」

 茶々は、近江国。

 千姫は、家康が移住した為、武蔵国(現・東京都)迄行かなければならない。

「じゃあ、元康、猿夜叉丸。暫くの間、会えないな?」

 2人から子供達を受け取り、抱き締める。

「「……」」

 元康達は、何も言わない。

 父親の愛情を分かっている様だ。

「滞在は、どの位になる?」

「「1週間程です」」

「分かった。じゃあ、帰ったら、宴会だな」

「何時もやってる癖に」

 エリーゼが、大河の頬を突く。

 この日の夕方、千姫と茶々は其々それぞれ、海路と陸路で帰郷するのであった。


 千姫には、稲姫が。

 茶々には、お初が付き添った為、城内は、一段と寂しくなる。

 夜。

「無事着いたかなぁ。大丈夫かなぁ」

 送り出した手前、大河は、心配で心配で眠れない。

 同衾する松姫は、苦笑い。

「真田様は、親ばかですね?」

「そうか?」

「はい。でも、そういう所も好きですよ♡」

 頬に接吻される。

 朝顔の時同様、近江国と武蔵国では、秘密警察を増強させ、防犯対策は万全だ。

「眠れないのであれば、外出します?」

「そうだな。そういうのも良いだろう? 希望は?」

「鴨川です♡」

 夜の逢引には、丁度いい場所だ。

 現代でも、そこに行くカップルは多い。

「分かった」

 その時、襖が開き、珍しく鶫が顔を出す。

「主、私も御一緒しても?」

「良いのか?」

「はい。夜なら見えないかと」

 今年の猛暑の影響で、塗り薬は、無効化。

 顔全体に発疹が広がっている。

(橋、出来ないか?)

『出来るけど、本人の同意が無い以上、出来ないし、無理に治そうとすれば副作用で悪化するかもしれない。私は、神様じゃないからね』

(……分かった)

 風邪と癩病は、当然違う。

 風邪であれ程の魔力を消費するのだから、癩病はそれ以上だ。

 親友(想い人)には、全力で力を注ぎたい所だが、恋敵に尽力する理由は見当たらない。

 橋姫の意見は、正論だ。

 頼り過ぎな大河も悪い。

「じゃあ、今日は皆で行くか?」

「「皆?」」

「ああ。楠、お江、与祢、居るんだろう?」

 すると、押し入れから3人が、恥ずかしそうに出てくる。

「何だ? 気付いていたんだ?」

「兄者、鋭い」

「流石、若殿」

 3人は、覗き魔として、交わりを期待していた様だ。

「小太郎」

「は」

「付いて来い。散歩に行くぞ?」

「は♡」

 本当は、松姫とだけ一緒に行きたかったが、如何せん、多妻の為、それは難しい。

「真田様―――」

「分かってる。今晩は、松を最優先だよ」

「……はい♡」

 松姫の手を握る。

 大河は、約束を破らない男だ。

 片方の手は、じゃんけんの結果、お江が権利を得る。 

「兄者と握手~♡」

「楠と時間制で交代な?」

「分かってるよ♡」

 皆で外出。

 夜の涼しい逢引だ。


 鴨川に行くと、深夜という事で、人通りは少ない。

 然し、街灯が整備されている為、真っ暗という訳でもない。

 夜の川は、不気味な雰囲気もあるが、大河達は、慣れていた。

 川辺をてくてく歩く。

「若殿、涼しいですね?」

「ああ」

 与祢を肩車し、楠と松姫の手を握っている。

「兄者、ここに座ろうよ」

「そうだな。休憩だ」

 川辺にある公園の東屋に座る。

「もう、疲れた」

 欠伸しつつ、お江は、膝に乗った。

「寝る?」

「うん。お休み」

 そのまま就寝。

「……zzz」

 深夜1時。

 流石に大河も眠くなってきた所だ。

「真田様」

「ああ、お休み」

 松姫を抱き寄せて、腕を貸す。

 右腕を枕にした彼女は、そのまま目を閉じた。

 普段、不規則な生活を送っているのか、与祢、小太郎、鶫はバキバキだ。

「与祢は、成長期なんだから、今日は良いけど、今後は、改める様に」

「分かりました」

 与祢は、背後に回り込み、肩もみ。

「……若殿、接吻しても良いですか?」

「嫌」

「! そんな……」

 目に見えて、衝撃を受けている。

「宣言すると、緊張するよ。するなら、こうしないと」

「!」

 司馬懿の如く、首だけ振り向き、接吻。

「……!」

 突然の事に、与祢の目は、見開く。 

 下げられてからのこれだ。

「……ひぅ」

 変な声を上げて、倒れかける。

 が、鶫に支えられ、大河の膝へ。

「主は、性格良い意味で悪いですね?」

「そうか?」

 眠るお江と気絶した与祢を、抱き締める。

「2人も休養して良いからな」

「「は」」

 雨が降って来た。

 夏休みなので、明日以降の予定も無い。

 ここで一晩明かすのも良いだろう。

「……」

 大河は、4人の女性を侍らせつつ、眠るのであった。


 深夜2時過ぎ。

 東屋を集団が囲う。

「「「……」」」

 30人から成る彼等の手には、松明や拳銃が握られている。

 大河の反耶蘇教政策に反対する切支丹だ。

「「「……」」」

 神の名の下に大河を殺しに来たのである。

「「!」」

 異変に気付いた鶫と小太郎が、抜刀するも、多勢に無勢だ。

 十字砲火を浴びれば、勝ち目は無い。

 彼等が奇襲したのは、鶫も理由の一つだ。

 聖書に「leper(癩病者の蔑称)」が「穢れた者」を明示する形で使用された様に、耶蘇教は、癩病に冷たい所がある(*2)。

 又、現代でも日本カトリック司教団が、公式に謝罪声明を出す等、両者の歴史は、根深い(*3)。

 過激派は、癩病発症者を「罪人」と見ていた。

「「「……」」」

 睨み合う両者。

 援軍は、来ない。

 特別高等警察や国家保安警察も御忍びだった為、気付いていないのだ。

 午前2時。

「放て~!」

 意を決した長が松明を投げ込み、銃撃が始まるのであった。


[参考文献・出典]

*1:四字熟語の百科事典

*2:HUFFPOST 2018年5月30日

*3:キリスト新聞社HP 2019年7月17日

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