第284話 関関雎鳩

 夏休みは、何時もの休日以上にだらけてしまうのは、人間のさがではなかろうか。

 起床時間にも関わらず、大河も起きるのが、段々嫌になってくる。

「……」

 スマートフォンで、時刻を確認すると、今は午前7時過ぎ。

 普段ならもう活動している時間帯なのだが、昨晩、華姫と将棋した結果、夜更かし。

 床に入るのも何時もより遅かった。

(……休みだし、二度寝するかねぇ)

 睡魔で99%侵された体は、起きる事を無意識に拒否。

 勝手に毛布を被り、二度寝を促す。

 これは、大河の意思ではない。

 脳が寝る様に命令しているのだから、必然的に大河は悪くないのだ(暴論)。

 が、結婚した以上、妻達は許さない。

「兄者、朝だよ~」

 寝ぼけた声でお江が、入ってくる。

「真田、寝坊だぞ?」

 朝顔も一緒だ。

 2人は、注意する為に入って来たのだが、数瞬前に寝てしまった大河を見て、立ち止まる。

「「……」」

 滅多に見る事が出来ない貴重な寝顔だ。

「……起こせなくなったな?」

「ですね? どうします?」

「決まっておろう。起こすしかない。ただ……」

「ただ?」

「添い寝し様。丁度、両脇空いてるし」

「そうですね」

 2人は、大河を起こさぬ様に布団に侵入。

「あらあら? 御腹出して」

「まるで子供ですね?」

「童顔だけあって、ね?」

 2人は、微笑み合い、そのまま就寝するのであった。

 

「……」

 二度寝を堪能した大河は、目覚める。

 時刻は、午前8時半過ぎ。

 普段なら、既に出勤している頃だ。

「うん?」

 両腕が痺れている。

 見ると、朝顔とお江が腕枕し、寝入っていた。

 寝顔も可愛い。

 が、困った。

 これだと、起きれない。

 寝顔を堪能したい所だが、痛みには、耐えられない。

「……ええっと、朝顔」

「ううん?」

 目覚める朝顔と目が合う。

 寝惚けているらしく、大河を見ると、

「えへへへ♡」

 幸せそうな笑顔で、その腕を握る。

「何処に行ってたの?」

「? ここに居たけど?」

「も~。嘘吐き」

 大河の頬を指で突っ突き、その後は、プニプニ。

 気持ち良い為、突っねる事はしない。

 朝顔にされるがままで、お江を起こす。

「お江、朝だよ」

「う~ん」

 背伸びした後、お江も目覚める。

「お早う」

「あ、兄者。お早う」

 こちらは、朝顔と違って、直ぐに気付く。

「もうこんな時間だ」

「朝寝坊だな」

「そうだね。あら、陛下は、まだ寝てる?」

「久々の休みだからな。こういう時もあって良いだろう」

 どれだけ妻が家事を怠っても大河は、怒らないし、文句は無い。

 だからこそ、妻達は、存分に甘える事が出来、家事も最低限しか行わない。

 働く時は働き、休む時は休む。

 これが、山城真田家での方針だ。

 暫くして、朝顔が目覚める。

 可愛い欠伸をして。

「ふわぁ……あ、お早う」

「お早う。朝顔」

「お早う御座います。陛下」

 これ以上、寝たら頭痛がするのではないか?

 と疑う程、よく寝た。

 流石に1日中、病気でも無い限り、布団に居る勇気を3人は、持ち合わせていない。

「連れてって」

「はいよ」

 朝顔を御姫様抱っこし、お江と共に部屋を出る。

「兄者、手出して」

「はいよ」

 片腕で、抱っこし直し、もう1本の手でお江と握手。

「兄者と握手~♡」

 朝から上機嫌だ。

 添い寝出来、腕枕させ、更には握手。

 そんなお江に癒されつつ、大河は朝から幸せを感じるのであった。


 夏休みは、侍女が極端に少ない為、必然的に育児も大河にお鉢が回る。

「累、今日は、如何したい?」

「だー♡」

 訳注:父上と過ごせたら何でも良いよ。

「じゃあ、本読むか?」

「だー♡」

 訳注:やったー♡

 謙信達が城内のプールで遊んでいる間、大河が華姫を含めた子守りだ。

 元康、デイビッドも興味津々だ。

 因みに猿夜叉丸は、浅井家の屋敷で過ごしている為、城内には居ない。

「「……」」

 2人は、華姫に撫でられている。

 普段から積極的に本を読ませている為、子供達は、幼いながらも読書に抵抗が無い。

「何、読む? 御伽草子?」

「だ!」

 累が指差したのは、本棚にある『蛤女房はまぐりにょうぼう』。

 異類婚姻譚の代表的な話だ。


『昔々、ある海辺に、1人の漁夫の男が住んでいた。

 ある日、男が漁をしていると、とても大きなはまぐりが獲れた。

 男は、この大きさまで育つのは大変だったろうと、蛤を逃がしてやった。

 暫く後、男の下に美しい娘が現れ、嫁にしてほしいと言う。

 男の妻となった娘はとても美味しい出汁の利いた料理を作り、特に味噌汁が絶品であった。

 然し、妻は何故か料理を作っている所を決して見ない様、男に堅く約束させた。

 然し、男はどうすればこんな美味い出汁がとれるのかと好奇心に負け、遂に妻が料理をしている所を覗いてしまう。

 何と、妻は鍋の上に跨がって排尿していた。

 男は怒って妻を追い出した。

 妻は海辺で泣いていたが、やがて元の姿を現した。

 それはかつて男が命を助けた大蛤であった。

 そして蛤は、海へと帰っていった』(*1)

 

 子供向けの御伽話では、排尿の描写は改変され、女性が蛤になって鍋に身を浸している場合もある(*1)。

『鶴の恩返し』と言い、こういった悲話は昔からある為、日本人好みなのだろう。

 話を聞き入っていた累は、

「……」

 最後、落涙していた。

 感情表現豊かな子だ。

「累、感動した?」

「……」

 小さく頷く。

 ヒロインに感情移入したのだろう。

 華姫も涙目だ。

 一方、元康とデイビッドは、難しい顔である。

「2人は、やっぱり、鍋、嫌か?」

「「……」」

 大きく頷く。

 大和も美女は好きだが、料理の場面を見ると、トラウマとなり、漁師と同じ行動をとっていただろう。

 相手が武士ならば、怒りの余り、斬り殺されていても可笑しくはない。

 2人、女性陣の涙に圧倒されているが、嫌なものは嫌だと表現しなければならないだろう。

 華姫と累が睨むも、

「止めんか」

 大河が、制止する。

「受け止め方は、十人十色だ。強要するな」

「……分かった」

「だー……」

 2人は、不満顔だが、きょうだい喧嘩は望んでいない。

 嫌々ながら、納得する。

「御昼寝の時間だな。2人は、お休み」

「「だ!」」

 元康達は元気良く返事し、そのまま目を閉じる。

 寝る子は育つ。

 長眠者ロングスリーパーの様に、1日十数時間眠る子供達だ。

 乳母車に乗せると、数秒後、寝息を立て始めた。

 赤子の中で年長者の累の目は、ギンギンだ。

 2人とは違い、一緒に眠る事は少ない。

「じゃあ、今日は、3人で散歩し様か?」

「うん!」

「だ!」

 3人は、部屋を出ていく。

 累は、大河に抱っこされ、華姫は、彼の手を握って。


 京都新城は、山城国一。

 否、日ノ本一、広大な城だ。

 恐らく、周るのに1日は、かかるだろう。

 庭園に行くと、東屋で朝顔、松姫、お市が御茶をしていた。

「あ、真田様」

 一早く、松姫が気付き、嬉しそうに手を振る。

「御茶会か? お茶、足りてる?」

「はい。一杯ありますから」

 村上茶、宇治茶等、全国各地の御茶を飲み比べている。

「なら、良かった。皆は、まだ水遊び?」

「そうよ。前、伊勢で遊んだばかりなのに」

 朝顔は、呆れ顔だ。

 目一杯遊んだというのに、エリーゼ達はものの数日間で再び水遊び。

 もう少し他の遊び方もした方が良いんじゃない?

 とでも、言いたげだ。

「まぁまぁ。良いじゃないか?」

 苦笑いしつつ、累を見せる。

「ほら、陛下だよ。累、挨拶しなさい」

「だー」

 礼儀正しく、頭を下げる。

「今日は。累。今日は、御父上と逢引?」

「だー♡」

 嬉しそうに頷く。

 朝顔も何度か、御姫様抱っこされた為、その心地良さは、分かる。

 累位の年頃だと、何度もされて正直、羨ましくもある。

「良い事よ。でも、ちゃんと監視してね? 御父上は、手が早いから」

「だー」

 最敬礼で答える累。

 ゴ〇ゴ並に劇画な顔だ。

「朝顔、変な事吹き込むなよ?」

「あら、事実じゃない?」

「全く。じゃあ、御茶会楽しんで」

「あら、参加しないの?」

 お市が、寂し気に尋ねる。

「したいけど、今は、こっちが優先だからな」

 仕事同様、約束は、来た順。

 それが誠意だ。

「そう……」

「散歩終わってても御茶会しているなら、是非、参加させてもらうよ」

 朝顔、お市、松姫の其々の額に順番に接吻していく。

 子供の前でも愛情表現は、控えない。

「「「……」」」

 3人は、顔を真っ赤にさせつつ、俯いた。

「じゃあ、そういう事で」

 東屋を出ていくと、何故か、

「「……」」

 じーX2。

 視線を二つ、正確には、四つ感じる。

 見ると、累と華姫が不満げに見詰めていた。

「だー」

 訳注:父上は、浮気者。

「え? 何処が?」

「ごじぶんのむねにきいてください」

 華姫は、そっぽを向く。

「全く。冤罪だよ」

 嘆きつつも、大河は、2人への愛を注ぐ事も忘れない。

 累を更に強く抱き、華姫の手への握力も強い。

「だー」

 訳注:ふんだ。

「ふん」

 2人は怒りつつも、その耳が赤くなっている事は言うまでも無い。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る