第280話 夫婦岩

 二見興玉神社は、映画の撮影地になる程、有名な神社だ。

 岩は、高さ9m、周囲は44mで古生層の最下部である輝光石と緑泥片石からなる。

 小岩は高さ4m、周囲10mで方解石からなり、大注連縄の長さは35mある。

 夫婦岩の中央からさし昇る朝日は6月の夏至を中心に5・6・7の3ヶ月間拝される。

 猿田彦大神所縁ゆかりの霊石である「興玉神石」と、岩の間から昇る「日の大神」を拝する鳥居の役割を果しており、日の出の遥拝所でもある。

 大岩・小岩を結ぶ大注連縄は「結界の縄」と称され、夫婦岩の向こうを海の彼方から常世神が寄りつく聖なる場所とされて来た。

 大岩は男岩・立岩たていわ、小岩は女岩・根尻岩ともいわれ、両岩が「夫婦岩」と呼ばれる様になったのは明治以降の事であり、それ迄は総称して「立石」、親しみを込めて「立石さん」と呼ばれていた。

 当地が古くより立石崎と呼ばれて来た事に由来している。

 その立石を神門とし、興玉神石の遥拝所を設けたのが当社の信仰の始まりである。

 天候が良い明け方には夫婦岩の間から富士山を拝する事も出来る(*1)。


「「「……」」」

 波と風が少し強いものの、問題視する程のレベルではない。

 女性陣は、その美しさに惚れ惚れしている。

 因みに参拝済みだ。

 参拝しないまま、ここだけ観に行くのは、流石に祭神を無視するのは、はばかられる。

 というか、非常識だろう。

「……」

 女性陣の少し後方で、大河も静かに感動していた。

 愛欲と殺人以外、余り感情的になる事は無いのだが、金剛石ダイヤモンド富士は、美しい。

 琴線に触れるものがある。

 これで落涙でもすれば、好感度の一つや二つが上がるかもしれないが、生憎、大河は、戦争で涙腺るいせんを失った。

「……だー?」

「おー、累。慰めてくれるか?」

「だー……」

 大河の辛そうな顔に累が気付き、手を伸ばす。

 乳母車から抱き上げると、累は、大河の目元を触れる。

 泣いても良いんだよ?

 と、でも言いたげに。

「累は、優しい娘ね?」

 橋姫が、累の頭を撫でる。

「俺の子だからな」

「散々、女の子、泣かしている癖に」

「……それについては、済まないと思っている」

 ドラマのジャ〇ク・バ〇アーっぽく、謝ると、橋姫は、湿気た顔。

 場を和ませる為にボケたのだが、ここ迄滑るとは思わなかった。

(笑いが分からん奴め)

?」

「御免。冗談」

 橋姫が文字通り、鬼になりかけた為、慌てて謝る。

 鬼であるが故、読心術はお手の物。

 下手すれば、隠れた病気も発見する事が出来るだろう。

「……」

 累は、ずーっと、不安げだ。

 父親を心底、心配している様である。

「累、有難うな。大丈夫だよ?」

 微笑んで、累にも夫婦岩を見せる。

「……」

 が、彼女は、やっぱり、父親が気になるらしく、チラチラ。

 一度、気になった以上、見過ごせないのは、大河も同じだ。

「全く」

 苦笑いしつつ、大河は累を振り向かせ、直視。

「……」

 累は、照れて目を逸らす。

 謙信を彷彿とさせる、態度だ。

「有難うな。でもな、累。俺は子供に心配されるほど、弱くないんだよ」

「……」

 累は、驚いた顔で振り向く。

「守ってくれる時機は、累が俺より強くなった時で頼む」

「!」

「その時までは、俺が全力で守るから」

 大河は、累を最強の剣士にさせたい、と考えている。

 但し、これは、両親の願望であって、累の本心ではない。

 学者の道に進むかもしれないし、舞踏家かもしれない。

 泰平の世になり、女性の社会進出も目覚ましい現在、仕事の選択肢は、幾らでもある。

 最終的には、累の人生であって、両親の希望通りにはならない可能性が高いだろう。

 それでも、大河は死ぬまで累を守る事を決めていた。

 愛する謙信との間に出来た子供だから。

 愛さない訳が無い。

「でもなぁ、嫁入りはして欲しくないなぁ」

「まだ早いでしょ?」

 子煩悩な大河に橋姫は呆れ、

「だー♡」

 累にようやく笑顔が戻るのであった。


 夫婦岩を鑑賞後、宿に戻っていると、

「大河」

 楠が、報告書を持って来た。

の件だけど、無事、購入出来たわよ」

「おー、やったか」

 報告書を受け取って見ると、151万8807平方㎞の陸地面積を購入出来た事が記されていた。

 この数字は、後世、建国予定のアメリカの州の中では最大で、第2位のテキサス州と比べてもその2倍以上ある(*2)。

 世界の主権国と比べても第19位(*2)の大きさであり、

・北欧5か国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク本国、アイスランド)

・バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)

 を合わせた面積にほぼ相当する(*2)。

 領海までを含むと、面積順位上位の、

・テキサス州

・カリフォルニア州

・モンタナ州

 の三つを合わせたよりも大きく、順位下位の22州を合わせたよりも大きい(*2)。

 よく買えた、と大河自身、驚くばかりだ。

「小太郎。詳細を報告しろ」

「は。先住民族は、使者を『同胞』と見なし、歓迎してくれたそうです」

「……だろうな」

 イヌイットは日本人と同じ黄色人種で、学者によれば、日本人と共通の祖先が居る、という(*2)。

 大河自身、会った事は無いが、写真や映像で確認する限り、勝手ながら親近感を覚える。

 恐らく、向こうも同じ感覚になったのかもしれない。

 言語は違えど、肌の色が同じで共通の祖先があれば、他の民族より、お互い親近感を持ち易いだろう。

 これで、アラスカは、大河の私有地になった。

「よし、早速、派兵し様。基地を作る為に」

「主、仮想敵国は、何方で?」

「イギリスだよ」

 歴史では、アメリカは、欧米列強が開拓し、最終的には、イギリスが支配下に治める。

 然し、独立戦争で、追い出され、現代では、その関係性が逆転している。

 アメリカが世界帝国を築く前に、日ノ本は、対応を採らなければならない。

「新大陸は、開発するの?」

「全然。先住民族に任せるよ」

 家族主義パターナリズムの観点から、強引に干渉する事も出来なくはないが、それをすると、現地の文化や歴史を破壊する可能性がある。

 他民族を尊重する大河としては、国防的見地から開発はするものの、それ以外の事は、現地人に任せるのが、方針だ。

「えげれすは、友好国な筈では?」

「我が国以外仮想敵国。友好国は、存在しないよ」

 大河は、冷たく言い放つと、早速、アラスカ開発の上申書を作成するのであった。

 

 1867年、アラスカ購入に尽力したウィリアム・スワード(1801~1872)は、当初、その重要度を理解されず、

「スワードの愚行」

「スワードの冷蔵庫」

「北極熊庭園」

 等、揶揄され、徹底的に叩かれた。

 然し、

・金鉱が発見され、資源の宝庫である事が判明

・海を挟んでロシア(冷戦期は、ソ連)に対する重要な拠点

 になる事等から、現代では、その評価が逆転し、スワードは、英雄視されている(*2)。

 後世のソ連は、この時の出来事を悔やんでいただろう。

 若し、今尚、アラスカがロシア領であったら、アメリカに脅威を与え、極論、冷戦の結果も変わっていたかもしれない。

 当然、スワードは予言者では無い為、ここまでは予想出来なかった筈だが、この政策が後々、国を守る事になるとは、思いもしなかっただろう。

 大河は国防の観点から、建国されるであろうアメリカの力を弱める為に購入したのである。

 大河の息がかかった議員が開拓に関する法案を通し、すんなり成立。


『さぁ行かう 一家をあげて北米へ

 援助・海外興業株式會社』


 というポスターが刷られ、本格的に海外移住が始まる。

 人口増加が激しい日ノ本では、競争率が激しい。

 元々ある仕事や土地を増加に伴い増やすのは、非常に難しい事だ。

 溢れた人々の受け皿として政府もアラスカに注目し、海外移住を奨励する。

 明治から戦前迄南米へのそれが、珍しくなかった様に。

 希望者は、殺到し、続々と移住者が現れる。

 中には、未開拓の地で、一攫千金を夢見る者も。


 ・現地の文化を尊重する事


 ・開拓は、並大抵の事では無い為、それに耐え得る精神力がある者


 と、応募資格も事前に定め、アラスカの厳しい環境の説明会も行われ、詐欺対策にも努めたのが、逆に信頼を高めたのかもしれない。

 西洋人が、アラスカに初上陸したのは、デンマーク人ヴィトゥス・ベーリング(1681~1741)が、皇帝の要求を受けて達成した1741年の事。

 その後、アラスカは、ロシア領(1733~1867)を経て、アメリカ領となるのだが。

 日ノ本は、それよりも早くにアラスカを得た。

(新大陸を如何なるかね?)

 アメリカ本土には、既に欧米列強が進出し、先住民を虐殺。

 領土拡大に忙しい。

 既に北米植民地戦争(史実では、17~18世紀)、インディアン戦争(1622~1890)は、開戦しているのだ。

 多くの難民は、アラスカに逃れている。

 シリア内戦中のトルコの様に。

「だーめ。休暇中でしょ?」

 誾千代が、報告書を奪い取り、放り投げる。

「あー。済まん。何時もの癖で」

「もう、職業病ね?」

「かもな」

 2人は、朝から同衾していた。

 否、昨晩からなので、もう10時間以上は、一緒だ。

 誾千代の時の相棒である謙信は、既に起床し、累の育児に行っている。

 代わりにお市が、その場所に居り、大河に抱き着いていた。

「真田様♡」

 寝言を発しつつ、大河の胴体から離れない。

 謙信とバトンタッチした直後から寝ている。

 昨晩は、一睡もせず、出番を待ち侘びていたのかもしれない。

 お市の頬を撫でつつ、大河は、尋ねた。

「で、誾。何時帰ろうか?」

「明日で良いんじゃない? 今日は、午前中、惰眠。午後は、買物という事で」

「……分かった」

 全ての予定を消化し、やる事が無くなった大河としては、直ぐにも帰宅したいのだが、誾千代がそう言うなら、無理に帰る事も無いだろう。

 又、女性の買物は、男性が呆れる位、長い場合が多い。

 半日でも短い方かもしれない。

「もし、良かったなら、今日は、休養日で明日1日、買物は、如何だ?」

「あら、良いの?」

「良いよ。1日ありゃあ十分だろう?」

「十分過ぎるよ。有難うね」

 誾千代は、大河をバック・ハグし、その双丘を押し当てる。

「おほ」

 分かり易く興奮する夫に、誾千代は、笑った。

「もう10回する?」

 と。

 夫婦の時間は、過ぎて行く。


[参考文献・出典]

*1:二見興玉神社 HP 一部改定

*2:ウィキペディア

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