第265話 万里一空

 梅雨の間、外での活動は制限される事が多い。

 その為、国立校では必然的に屋内での授業が、多くなる。

 大河も講師として登校する様になる。

 下駄箱にて。

「「がくちょー、おはよーございまーす!!」」

「おはよう」

 例え相手が、初等科でも大河は、挨拶されたら応え、御辞儀されたら返礼。

 学長なのだから偉ぶっても問題は無いのだろうが、教育者である以上、傲慢は、違う。

 この為、大河を嫌う保護者は、少ない。

 彼の周りに児童達が集う。

「きょーは、おくさまは?」

「おくさま、こわい?」

「おしりたたかれる?」

 初等科の子供達だが、瓦版の愛読者の為、学長が恐妻家である事を知っている。

 この時点で学長はおろか、近衛大将としての威厳は無い様に思えるが。

 兎にも角にも、彼等にとって童顔な学長は、話しかけ易い存在だ。

「怖いよ。夜な夜な日本刀をいでいるんだ」

 作り話をすると、

「「「きゃ〜」」」

 蜘蛛の子散らす様に逃げて行く。

 多くは笑っているが、中には冗談が通じていない児童も居るだろう。

「虚偽報道しない」

「嘘付き」

 エリーゼと千姫に其々それぞれ、右耳、左耳を引っ張られる。

「ぎゃあああ」

 加減次第では、耳なし芳一になってしまう。

 哀れ学長。

 朝から下駄箱で醜態しゅうたいをあろう事か、生徒達に見せ付けてしまうのであった。


「はい、授業しまーす」

 顔に包帯を巻いた大河に、生徒達は誰も突っ込まない。

 大河が妻達にボコボコにされているの間近で見たら、生物界の頂点が、誰である事は明らかだろう。

 突っ込んだら負けなのだ。

「今日は、拷問について講義します。心して聴く様に」

 今、居るのは、体育会系の学部。

 男女共、

・柔道部

・剣道部

・相撲部

 等で、将来的には警察官や軍人を目指す高校生である。

 彼等は、流浪人から近衛大将に成り上がった大河を前に緊張を隠せない。

「「「……」」」

 多汗で挙動不審な彼等に微笑みかけつつ、大河は、続ける。

「拷問は時に冤罪を生むが、戦には付き物だ。特に切羽詰まった際には、拷問を採らざるを得ない場合がある」

 大河の背後に控える鶫、小太郎も直立不動だ。

 0に近いが、学生の中に刺客が居るかもしれない。

 学生に扮した刺客かもしれない。

 あらゆる状況を想定し、常に周囲に気を配っているのだ。

 座席には、与祢、珠の顔も。

 彼等は、侍女兼婚約者且つ国立校の生徒では無いのだが、聴講生としてその都度、参加している。

 使う機会は無い筈なのだが、一応、武家出身なので、それなりに興味もあるかもしれない。

「今回、御紹介するのは、水責めです」

 そう言って小太郎を手招き。

 教壇に仰向けで寝かせる。

 そのまま抱いても良いのだが、流石に学校では不味い為、流石に大河も空気を読む。

 好色家だが、常識人でもある。

 そして、マネキンの様に化した彼女の顔に手巾を置く。

 美容室で髪の毛を洗う時の様になった。

 キュポンと、水筒を開ける。

「これは、外傷が無い為、警察でも犯罪組織でも使う事が出来ます。使用する際には、御注意下さい」

 笑顔で水を垂らす。

「!」

 手巾は水を吸い、小太郎は息が出来ない。

 否、振りをする。

 拷問を紹介する時、大河は常に細心の注意を払い、小太郎相手にしかしない。

 これは彼女が奴隷である為、使い勝手が良いのと、現役のくノ一なので、相応の訓練を熟しているからだ。

 少々、無呼吸でも慣れている。

 事前に大河と綿密な練習と打ち合わせをしている為でもある。

 無論、事故は100%防ぐ事は出来ないが、素人より起きる可能性は、少ない。

 ごぼごぼごぼ。

 溺れる演技をする。

 そのアカデミー主演女優賞振りに、生徒達は、

「「「……」」」

 息を飲むしか無い。

 毎回、生存しているのは、分かっているのだが、その迫真さが、「マジじゃね?」と、不安を覚えさせる。

「……」

 がくり。

 溺死した体で、手足をぶら下げる。

「(よく頑張った。今晩は、足腰立たなくなる位、愛してやる)」

 生徒達に聴こえない様に耳打ちすると、小太郎は、死体の癖に大河に抱き付く。

 そこで漸く生徒達は、安堵した。

「すげーな。外傷が無いなんて」

「死因は、溺死か。自殺に擬装出来るわね」

「人間って脆いんだな」

 関心しつつ、感想を言い合う。

「練習は、いつも通り、死刑囚相手に行う様に。決して、お互いでやるんじゃないぞー」

「「「はーい」」」

 間の抜けた返事だが、安易な実践は、重大な事故に繋がりかねない為、彼等がする事は無い。

 早々に人生を棒に振る様な愚者が居ないのが、国立校の特徴の一つだろう。

 鐘が鳴る。

「今日は、ここまで。試験は、報告書形式で採点するからな」

「やったあ」

「先生大好き!」

「これで、単位は、約束されたな」

 筆記試験が殆どの国立校に於いて、大河の授業は、もっぱらレポート形式であった。

 筆記試験も良いのだが、大河としては生徒の考えを知りたい為、型にはまったそれよりも、レポートを採用しているのである。

 内容次第だが、A4用紙1枚だけでも書けば、単位をくれるので、必然的に大河の授業は人気だ。

「皆、頑張れよ〜。じゃあな」

 生徒達に別れを告げ、大河は、女性陣と共に出て行く。

 学長が、生徒に人気な学校は、現代でも少ないだろう。

 私立校という批判も無い訳では無いが、保護者、生徒に人気な以上、反対派は指を咥えて見ているしかいない。

 教育現場でも黒幕の影響力は、大きかった。


 国立校には、伊達家の他、名家の子供達が通っている為、必然的に警備も厳重だ。

 訪問者は、例え国会議員でも身体検査を受けなければならず、拒否すれば出禁となる。

 その子供が通っていれば、子供には罪が無いが、連帯責任として退学処分にもなる為、校内で権力を振り翳す者は先ず居ない。

 あるとすれば、スクール・カースト位だ。

 その頂点に君臨するのは、お江である。

「お江様、真田様を御紹介して下さいますか?」

「南国より取り寄せた甘蕉です。是非、御賞味下さい」

「風は、この加減で宜しいでしょうか?」

 女王蜂クイーン・ビー学園女王プリンセス)である彼女の周りには、大河への接近を狙う生徒達で一杯だ。

 扇子で仰がれ、肩を揉まれ、女王の称号を欲しいがままにしている。

「兄者に接近して如何するの?」

「御近付きになって親交を深めたいだけです」

 10人以上も娶っているだけあって、その包容力は、校内でも有名だ。

「兄者はねぇ。陛下の物でもあるからねぇ。如何なんだろうねぇ」

 かわしつつ、優雅にオレンジジュースを飲む。

 大人ぶってはいるが、飲んでいるのは、子供らしい。

「お江、ここに居たのか?」

 お初と手を繋いでいた大河と丁度、出くわす。

「俺達は、帰るが、如何する?」

 突然の学長の登場に生徒達は、緊張する。

 普段は、話し易いが、こうも距離が近過ぎると、時と場合によっては、やっぱりそうは行かない事もある。

「帰る~。じゃあね、皆」

 猫を被って左様なら。

 空いていた手を掴み、大河はやじろべえの様になる。

「良いのか? 皆、放置して?」

「うん。兄者を待っていただけだから。じゃあ、皆、推薦状、待っててねぇ~」 「「「!」」」

 取り巻き達は、安堵する。

 接近しただけで、何も無いのは、当然、不満が高まる。

 お江と親しくすれば、相応の事がある、と見返りも用意しなければならない。

「推薦状、又書くのか?」

「うん。友達だからね」

「大人気だな? ただ、良い様に使われるなよ?」

 大河の心配に、お江も喜ぶ。

 放任主義だが、ちゃんと心配しているのだ。

「分かってるよ。兄者、買い食いし様」

「もう御腹空いたの?」

 お初は、呆れ顔。

 妹の恥ずかしい姿に自分も羞恥心を感じているのだろう。

「良いじゃん。小腹が空いただけだし」

「兄様、如何します?」

「夕飯残さないのであれば良いよ」

 お江は、育ち盛り。

 将来的に健康に子供を産むには、食べなければならないだろう。

 食べ過ぎ、太り過ぎは禁物だが。

 3人は売店に入り、お江が御握りを選ぶ。

 お金を出すのは、大河だ。

 生徒に払わせる訳には、いかない。

「兄者も一口食べて」

「はいよ」

 がぶり。

「あ、頬に付いている」

 お江が気付いた直後、お初が動く。

 接吻しつつ、米粒を舐めとった。

「姉様!?」

「ふふふ。よ」

 長姉に浅井家の跡継ぎを産む事を譲ったが、猿夜叉丸が産まれて以降、もう譲歩する理由は無い。

「お江はもう少し青春していなさいな。兄様は、私がするから」

「……」

 最近はデレ期が激しかったが、宣戦布告した所を見ると、ツンツン期に入った様だ。

 大河には、女王様にしか見えないが。

「だーめ。兄者を管理するのは、私」

「無理よ。まだお子ちゃまなんだから」

 姉妹は、大河を挟んで睨み合う。

「兄様」

「兄者」

「「どちらが管理に相応しいと御思いで?」」

 ずいっと言い寄られる。

「両方共、適任だよ」

 逃げずに答え、殴られない様に、抱擁する。

「2人共、管理者だよ。今後も管理してくれ」

 そして、御返しとばかりに今度は、其々の唇に口付け。

「大好きだからな」

「「もう♡」」

 2人はほうけた顔で、大河の手を強く握るのであった。


 帰宅すると、お市が三つ指を突いて、待っていた。

「お帰りなさいませ」

「ああ、只今ただいま

 大河の肩を揉み、色々と世話を焼く。

「今日も御疲れ様。今日は、私が夕飯を作りました」

「おお。献立は?」

 珠と与祢が付きっ切りの為、彼女達が料理する機会は少なくなっている。

 侍女は、身の回りの世話が主要な仕事だが、大河と同行する様になってから、その時間を大河の配分で減らしているのだ。

 本人達は、乗り気だが、流石に過労死は避けたい所である。

「御疲れ様です」

 非番だったアプトも姿を現す。

 今日は、少し御洒落なのか、ポニーテールだ。

「似合うな」

「有難う御座います。首を長くして待っていました」

「非番だろう? 俺に構わず、ゆっくりすれば良いのに」

「仕事人間なんですよ。若殿と一緒で」

 まだ、休み時間だけなので、アプトは、仕事をしない。

 仕事人間と言っている割に休憩はしっかりとる様だ。

「はい。真田様、餃子を作ってみました」

 中身が透けてみえる。

 韮餃子にらぎょうざらしい。

「おおー、美味そう」

「美味ですよ。毎日、子供達に大変でしょう?」

「大変だよ」

「申し訳御座いません」

 3人の子供達を同時に結婚し、毎日、振り回されている所を見ると、実母として申し訳なく感じるのだろう。

「良いよ。皆も食べ様」

 侍女達と用心棒達を交え、夕飯を楽しむのであった。

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