第254話 岡目八目
欧州での救出部隊での人道支援は、逐一、伝書鳩が京都新城に報告書を届けていた。
その熱心な愛読者は、エリーゼだ。
子守をアプトに任せ、大河に抱き付いたまま読んでいる。
「……ドイツのユダヤ人は、皆、解放された様よ」
「そりゃあ良かった」
意外にも冷静沈着な大河は、膝にお江、松姫、阿国を乗せて、宮内省からの報告書を読んでいた。
松姫の頭に顎を乗せて、右腕はお江を、左腕は阿国をしっかり抱いている。
「……何? 一緒に喜んでくれないの?」
「喜んでいるよ」
「でも、冷静じゃない?」
蛇の様にちろちろと舌を出し、大河の頬を舐める。
以前なら嫉妬心で、そのまま刺していたかもしれない。
だが、デイビッドを産んだ事で、心に余裕が生まれたのか、以前程のそれは無い。
「解放記念に2人目を考え様よ?」
「もう?」
「善は急げ、っていうでしょ?」
ちらりと、アプトに抱っこされているデイビッドを見る。
「……」
じーっと、夫婦の会話を聞いている。
0歳なのに気になるのは、賢い子なのかもしれない(親馬鹿)。
「デイビッド、弟か妹、どっちがいい?」
「……」
何も答えないが、代わりに人差し指と中指を2本立てる。
意味は分かっていない筈なのだが、「2番目」=「妹」という事だろうか。
指で応じるだけでも天才だろう(親馬鹿2回目)。
「妹だってよ―――」
「兄者、その役目は、私がするよ」
エリーゼを睨んで、お江は、若さを主張。
大河の腕を取ると、発育途中の胸を揉ませる。
「ゆくゆくは、えりーぜ様よりも大きな胸になります」
「あら? 大河は、大小に興味は無いよ。おっぱいなら、何でもいいんだから」
「違うぞ。形重視だ―――ぐえ」
自信満々に言う大河は、頭突きを食らった。
犯人は、1人しか居ない。
「真田様は、淫欲の塊ですね?」
ジト目の松姫は、大河の首筋に手を回し、抱き寄せて接吻。
「やはり、私が
「そんな男に惚れたのも罪なんじゃないか?」
「そうですね」
大河の両頬に両手を添え、更に接吻をせがむ。
「愛しています♡」
「俺もだよ」
再度、接吻した後、今度は、阿国の頭を撫でる。
「阿国、又、何時か、舞を見せてくれよ」
「歌舞伎踊り?」
「ああ。歌劇団も好調なんだろう?」
「はい。真田様が、御出資して下さった御蔭で、豪華な劇場が出来ました」
「良かった」
安心しつつ、大河は、3人を抱き締める。
「「「きゃ♡」」」
そして、エリーゼを見る。
「2人目は良いが、後妻が優先だ」
「そう?」
「そうだよ。デイビッドも悲しむだろう? 愛が分散されるのは、子供に悪い」
「あら? そんな屁理屈?」
「そうだよ」
屁理屈を認めつつ、大河はデイビッドを見た。
「お母さんは、暫くは独占出来るからな? 異母妹を待っててくれ?」
「……」
どや顔なデイビッド。
嫌がっている様子は無い為、実父の意見に賛同したのかもしれない。
3人を更に強く抱き締める。
「皆も無理はするなよ? あくまでも希望だから。変に気負って病んで欲しくない」
「有難う、兄者♡」
3人の中で最も積極的なお江は、大河の頬に熱烈な接吻を行うのであった。
女性陣が、
それが最も顕著なのが、入浴時間と就寝時間だ。
既に子持ちの女性陣は、余裕綽々なのだが、それ以外は、戦国時代だ。
そして、今晩は、同衾が対立の現場になった。
「……何で先輩が居るのよ?」
「良いでしょ? 別に」
正妻と婚約者が多くなった分、輪番制はその都度代わっている。
例えば次の様に。
月曜日:朝顔
火曜日:お市、三姉妹(茶々、お初、お江)
水曜日:休養日
木曜日:籤引き当選者
金曜日:楠、松姫、阿国
土曜日:千姫、エリーゼ
日曜日:誾千代、謙信
因みに、
稲姫 →千姫の時のみ
鶫、小太郎、ナチュラ、アプト、与祢、珠→毎日、隣室で待機
橋姫 →ここ最近は、常に同化
という布陣になっている。
睨み合っているのは、籤引き当選者のアプトと珠。
球は婚約者なので、分かるが、まさか、アプトも乗り気であったとは思いもしなかった。
「……酒臭いな。アプト、酒飲んだ?」
「悪いですか?」
はーっと息を吐く。
前言撤回。
凄い酒臭い。
「悪いとは言わんが、侍女だろう?」
「あんだけ毎日、目の前でされたら私だって一度位は、興味ありますよーだ」
そして、大河の寝台に潜り込み、布団を頭から被る。
「珠、説明してくれ。何があった?」
「はい。当選者は若殿も御存知の通り、毎週木曜日、婚約者と愛人の間で行われています」
「うむ」
「ですが、今日は私が当選後、先輩が珍しく飲酒し出して、目を離した隙に寝所に侵入したという次第です」
「……」
隠していたストレスを酒で紛らわした結果、この侵入事件、という訳らしい。
少し開いていた障子からは、困り顔の与祢が覗き込んでいる。
「……」
珠を羨む思いと、アプトを心配する複雑な表情だ。
誰だって尊敬する先輩が酒乱で、想い人を困らせる現場は、見たくない。
その珠の上には、殺意を漲らせた鶫。
「……」
大河が居なければ、そのまま抜刀して刺殺しそうな程の勢いだ。
視線で、「大丈夫」と送るも、鶫は頷くだけで、障子を閉めない。
瞬きしないのが、非常に狂気性を感じるが、想いは伝わる。
「珠、御出で」
「はいです♡」
ゴスロリを改造した夜着でも、大河は、何も言わない。
鼻の下を分かり易く伸ばしている辺り、興奮している事は先ず間違いない。
これが他の男なら、ゴスロリに理解出来ず、こんな事に付き合ってくれないだろう。
珠と横になると、
「……」
毛布を被った妖怪がもぞもぞ。
大河の右脇を占拠した。
そして、毛布から頭を出し、大河の顔を覗き込む。
当然だが、まだ酒臭い。
「若殿、御手数ですが、先輩を追い出した方が良いのでは?」
「そうだな」
折角の権利がこれでおじゃんだ。
珠が不満を示すのは、何ら可笑しくはない。
アプトと目が合うと、彼女は何事か囁く。
「大殿、お慕い申し上げます」
そして、右腕に抱き付いたまま、寝入ってしまう。
「……出来なくなったな?」
「もう先輩ったら」
意外な事に珠は、不快そうではない。
仕方ないなぁ、という感じだ。
「若しかしてさっきの聞こえていた?」
「はい。はっきりと」
「冷静だな」
「怒りませんよ。御好意は、知っていましたし。境遇を知っていたら、尚更嫉妬は出来ませんよ」
「……」
珠は、ロザリオを取り出す。
「弱者には愛で接しないと。そうですよね? 若殿」
「……」
態度が急変したのが意外だ。
好意を知っていた上で、アプトが告白するのを見た途端、彼女が愛おしくなったのだろう。
「……分かったよ。でも、その前に珠だ」
「え?」
左腕で小さな身体を抱き寄せる。
「今晩は、珠なんだ」
「本気、ですか?」
急に怖気づく珠。
「本気だよ。こういうのは、時機が大事だ」
「……」
「嫌なら、強要はしないよ」
大河は、優しく微笑む。
「綺麗だよ」
「若殿……」
2人は、見詰め合う。
この夜、珠は大人の階段を同期生より一足早く駆け上がったのであった。
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