第255話 砲刃矢石

オーストリア

・旧神聖ローマ帝国領の大部分にあたる35君主国と4自由市でドイツ連邦を構成、皇帝をその盟主とする。

・伊北部のロンバルディアと旧ヴェネツィア共和国領獲得。

 →皇帝が王を兼ねるロンバルド=ヴェネト王国とする。


[露 ]

皇帝ツァーリが大公を兼ねるフィンランド大公国を承認。

・オスマン帝国からベッサラビア獲得。

・ワルシャワ公国の大部分をポーランド立憲王国化。

 →皇帝が王を兼ねる事実上の露領に(第四次ポーランド分割)。


[プロイセン王国 ]

・ザクセン王国の北半分、ラインラント、旧ルクセンブルク公領の一部、オラニエ=ナッサウ家の独内の所領等を獲得。

・ワルシャワ公国の一部をポズナン大公国とし、プロイセン王が大公を兼ねる。

・スウェーデンから西ポンメルンを獲得。


[英」

・仏からマルタ島獲得。

・蘭からセイロン島とケープ植民地獲得。

・イオニア諸島(現・希)の宗主権獲得、イオニア諸島合衆国成立。


[仏]

・セネガルの植民地化

・ルイ18世が即位してブルボン朝が復活。

 →革命前の状態を回復する(フランス復古王政)。


オランダ(ネーデルラント) ]

・旧ネーデルラント連邦共和国領、墺から旧ルクセンブルク公領の大部分を含む南ネーデルラントを獲得、新たにオラニエ=ナッサウ家の王を戴くネーデルラント連合王国に再編。

・旧ルクセンブルク公領は新たにオランダ王が大公を兼ねるルクセンブルク大公国とし、ドイツ連邦に加盟。

・南ネーデルラントの大部分は1830年に独立してベルギー王国に。


[スウェーデン王国]

・デンマークからノルウェーを獲得。

 →スウェーデンとの同君連合下に入れる(スウェーデン=ノルウェー連合王国)。


[サルデーニャ王国 ]

・旧ジェノヴァ共和国領獲得。


[ナポリ王国]

・フェルディナンド4世が復位してシチリア・ブルボン朝復活。

・1816年にシチリア王国と正式に合併して両シチリア王国成立。


西スペイン

・フェルナンド7世が復位してブルボン朝復活。


[スイス]

・新たに五つのカントンを加え、永世中立国として承認。


 ―――ウィーン議定書(1815年6月9日)。


 ナポレオン戦争の戦勝国の利益に応じて領土変更がなされた。

 この時、現代も続いているスイスの永世中立国としての歴史が始まった。

 日本でも永世中立国にし様とする動きがあり、冷戦期、ソ連が日本政府に提案している。

 もっとも、この時、既に米軍が駐留していた為、日米同盟を理由に却下された。

 冷戦終結後も日本国内では、左派を中心にその運動が継続されているが、実を結んでいない。

 だが、異世界では別だ。


 万和3(1578)年5月10日。

 現代では、母の日にあたるこの日、新首相・信孝は、京都御苑の迎賓館に外国大使を集めて、ある宣言を行っていた。

『私は国民を代表して、他の諸国に影響を及ぼす可能性のある、全ての戦争を含む武力紛争に対し、を宣言する。

中立は以下の特徴を持つ』

 大画面には、説明文が表示される。

 東洋では、日本語が事実上の共通語になりつつある為、大使は日本語でも問題無い。


『一、

 日ノ本の中立は「永世中立」であって、暫定的なものではない。

 この中立は他の諸国に影響を及ぼす、全ての武力紛争に適用される。


 二、

 積極的中立である事。

 先日、表明した中国大陸不進出は勿論の事、他の外国の内政や戦争には、関わらない。

 これは、我が国の国是の一つにする一方、在外邦人が被害者になった場合は、積極的に関与していく。

 又、世界を二分する様な大戦が起きても、如何なる陣営には属さず、永世中立を遵守する所存である』(*1)


「「「……」」」

 サトーを始めとする外国大使に驚いた様子は無い。

 以前からは、日ノ本が永世中立宣言の動きがあったのだ。

 提案者は、意外にも英西両国。

 欧州にユダヤ人救出部隊を派兵した日ノ本の素早さに驚き、日ノ本に講和の仲介役を依頼した時に合同で提案したのであった。

 日ノ本が中立国になれば、戦争に関わる事が無い。

 従って、敵対しなければ、友好関係を構築し、自国が日ノ本に焦土化される事は無い。

 日ノ本も日ノ本脅威論を払拭する為に聞き入れ、朝幕が協議した結果、快諾し、今に至る。

 朝廷に権威がある以上、幕府は、単独で判断出来ないのだ。

 政治的な発言は、伝統的に避けている朝廷だが、憲法で『国家元首は帝』と明記している以上、外交等、重要な案件は、きっちり報告を受ける。

 1815年のスイスよりも237年早く、日ノ本が世界初の武装永世中立国になるのであった。


 迎賓館では、引き続き、行事が進められる中、

(な、何でこんな事に……?)

 涙目のアプトは、文金高島田で、白無垢に身を包み、綺麗に御化粧を施され、八坂神社に居た。

 傍に居るのは、同じ様に綺麗になったお市。

 参拝客の99%は、彼女に向けられている。

 日ノ本一の美女だけあって、老若男女は見惚れるしかいない。

 2人が其々それぞれ、手を繋いでいるのは、黒五つ紋付き羽織袴の大河。

 重婚を繰り返しているだけあって、緊張している様子は無い。

 お市も先夫との経験がある為、この場での初心者は、アプトだけだ。

「若殿……本当に良いんですか?」

「ああ、事実婚だけどな。皆からの許可も得たし、問題無い」

 想いを隠し、只管、仕事を優先していた事を、女性陣は、皆、知っている。

 又、不遇な境遇からも、同情論が出て、大河との長い話し合いの末、事実婚に収まった。

 然し、アプト自身、まだ受け入れていない。

 酒に酔った状態で告白し、そのまま寝所を侵した―――というのは、確かに結婚しなければならない程の重罪だろう。

 ただ、大河がこれ程前向きに受け入れた為、アプトは、幸せよりもを感じているのだった。

 ライスシャワーを行うのは、教育して来た後輩達。

「若殿、おめでとう!」

「先輩、綺麗です!」

 お市の方には、三姉妹が。

「母上、おめでとう御座います!」

「兄様、格好いい!」

「兄者の和装、良いな。もう1回、挙式してもらおうかな」

 お江のみ、違う感想だが、総じて、3人の事実婚を祝福する言葉が飛び交う。

 ライスシャワーは、耶蘇教の結婚式でよく見られているが、宗教に寛容になりつつある日ノ本では、別段、神社でも問題視されなくなった。

 ライスシャワーの次は、フラワーシャワーである。

 花を降らせ、花の香りで周りを清め、新郎新婦の幸せを妬む悪魔から守る、という意味が込められているとされており、神社側も理解し、今回のみ、ライスシャワー同様、特例で認めている。

 浴びせるのは、茶々以外の経産婦達。

「「「おめでとー!」」」

 謙信、エリーゼ、千姫は雪の如く、3人に降らす。

 取り分け、ライスシャワーとフラワーシャワーの発案者であるエリーゼは、過激だ。

 2人には優しくだが、大河には樽に入った花汁ごと、消火作業の様にぶっかける。

 確実に怨恨である事は、確かだ。

 黒五つ紋付き羽織袴はびっしょり。

 が、花香が心地良い為、大河は怒る事は無い。

 エリーゼが怖いというのも理由の一つであるが。

「真田様、良い匂い」

「有難う」

 お市を抱き寄せると同時に、アプトも忘れない。

 そして、誰にも聞こえない様に、囁く。

「(愛してるエラマス・イ)」

「!」

 アイヌ語の愛の言葉に一瞬にして、アプトは、照れる。

 ネイティブとは言い難いが、それなりに勉強していた事は、1番彼女が知っている。

 将来、アイヌ人との交流を深める為に。

 アイヌ語を存続させる為に。

 アイヌ語は、現代では、国際連合教育科学文化機関ユネスコが指定する消滅危機言語の一つになった。

 既に千島アイヌ語、樺太アイヌ語が消滅し、北海道アイヌ語も極めて深刻、と平成21(2009)年2月に評価されたのだ。

 同年時点でアイヌ語話者は15人(*2)。

 この他、

・八重山語(八重山方言)

・与那国語(与那国方言)

・八丈語(八丈方言)

・奄美語(奄美方言)

・国頭語(国頭方言)

・沖縄語(沖縄方言)

・宮古語(宮古方言)

 も、消滅の危機に瀕している(*3)。

 大河がこの時代から保存活動を行うのは、それを未然に防ぐ為だ。

「……私も、です」

 アプトは、日本語で答えた。

 京都での生活が長く、日常会話も100%日本語なので、瞬間的に出るのも日本語になる様になったのだ。

 日本人がアイヌ語を、アイヌ人が日本語なのは、あべこべであるが、アプトは、純粋に嬉しい。

「……」

 挙式中、初めて、大河の手を握る。

 そして、目一杯嬉しそうな顔で。

「……」

 ちゅっと。

 初めて、自分に正直になったのであった。


 アイヌ人美女と事実婚したのは、直ぐに都民の噂になった。

 然し、その評判は、芳しくない。

 松前氏と長年、抗争を繰り広げたアイヌ人を蛮族と見る都民が多かったのだ。

 実際に、アイヌ人過激派が蝦夷地の日本人町長を襲ったり、庁舎を焼き打ちにする等し、都民には、反アイヌ感情が芽生えていた。

 都での生活に慣れ様と頑張るアイヌ人を排斥したり、日本人とアイヌ人の結婚を認めない例も多い。

 だからこそ、都民は2人の結婚を心底祝福する事が出来なかったのである。

 それを敏感に察知した大河は、情報省を通じて、アイヌ人が蛮族では無い事を宣伝。

 道徳教育に努める。

 一方、テロリストへの対応も忘れない。

 国家保安委員会を蝦夷地に派遣し、松前氏と共にテロリスト掃討作戦を行う。

 アプトと結婚した事で、親アイヌ派という心象が都民に広まったが、それは真実ではない。

 アイヌ人には敬意を示しても、テロリストは蛇蝎の如く嫌うのだ。

「分裂主義者は、自らを『独立義勇軍』を名乗り、最近では、津軽に迄下り、ユダヤ人の銀行を襲い、を不正に得ています」

「……有難う」

 楠の事情説明を受けた後、大河は、愛妻を見た。

「アプト、済まんが、故郷は―――」

「生まれ故郷は捨てたわ。ここが故郷」

 多くの日本人は、アプトに否定的だが、大河の妻になった以上、偏見や差別を受ける事は、無くなった。

 愛妻家を怒らすと、死が待っている。

 大河は、防波堤の役割を担う為、今後、アプトは、名誉日本人として少なくとも、公的な差別は受ける事はまずない。

「火の海にして」

「本気か?」

「強盗殺人犯は嫌いよ」

「……分かった」

 アプトの同意が契機となり、蝦夷地空爆が決定。

 アイヌ人テロリストの拠点は、原始時代に戻るのであった。


[参考文献・出典]

*1 :1983年11月17日 コスタリカ国大統領 コスタリカ「永世」「積極的」「非武装」中立宣言 仮訳:竹村卓 一部改定

*2 :朝日新聞 2009年2月20日

*3 :文化庁 HP

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