東北ノ春

第240話 奸智術数

 大河が米沢城に来る事を諸大名は、苦々しく思っていた。

 その代表格が、二本松義継である。

 史実に於いて、粟之巣の変事(1585年)を起こし、伊達輝宗の死なせた張本人であった。

「……」

 元々、輝宗の事を好意的に見ていなかった彼は、彼と大河の接近の反対派だ。

 東北の他の大名も、これで伊達氏が勢いづくのは、面白くないだろう。

(……真田に弓を引きたくは無いが……ここは、一つ、伊達に汚名を着させる好機ではなかろうか?)

 伊達の名を騙り、大河暗殺を謀る。

 十中八九、失敗するが、大河の敵意は、伊達氏に向けられる。

 我ながら非常に短絡的な作戦であるが、現状、これ以外の妙案は無い。

 幸い東北には、中央より逃げ延びた反真田派が多く棲んでいる。

 彼等を利用しない手は無い。

(……輝宗の跡継ぎも一緒に葬れれば、万々歳だ)

 東北に暗雲が立ち込めていた。


 輝宗の書状の複写コピーに、

「……」

 帝の読む手は、震えていた。

 昭和天皇も『おしん』を視聴された際に、


『ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった』


 と感想を述べたという(*1)。

 帝は、唇を噛む。

 窮状を知らなかった自分を責めているのだ。

「真田、良い機会だ。東北に行き、伊達の改革に協力をしなさい」

「は」

 帝が内政に口を出すのは、本来、御法度だ。

 然し、禁忌である事を承知の上で、民を救いたいのは、誰の目で見ても明らかである。

 近衛前久等、最側近も苦言を呈す事は無い。

「その間、代理は、上杉景勝に任す」

「務まりますかね?」

「真田程ではないが、有望株だ」

「は」

 尤も、大河が京都を留守にしても、近衛兵が常駐している為、混乱が起きる事は先ず無い。

”鬼島津”や”鬼柴田”より恐ろしく強い彼等と敵対する事は、自殺行為と同じである。

 朝顔も賛成派だ。

「陛下の巡幸の下見の為にも私も行きましょう」

 ずいっと、大河の腕に絡みつつ、提案する。

 今と行政区画が違うが、全47都道府県巡幸を達成出来たのは、125代の時だ。

 普段、御所に居る事が多い帝は、外の世界を観たがっている。

 ステイ・ホームの期間中でもないのに、室内に居るのは、誰だって退屈だろう。

「では、真田。陛下を頼んだぞ?」

「は」

 新婚旅行も兼ねた巡幸になりそうだ。

「ずんだ餅♪ ずんだ餅♪」

 美食家なのか、既にずんだ餅の情報を得ている様だ。

 鼻歌の幼君に、帝も大河も苦笑いしつつ和むのであった。


 朝顔も行く為、山城真田家は、殆ど空になる。

 上皇の巡幸も兼ねている為、大所帯なのは、仕方ないだろう。

 東北地方には、まだ高速道路や新幹線、電車は無い。

 大河が推し進めている田中角栄の『日本列島改造論』の様な日ノ本中の交通網を統一した計画は、西日本が優先的に予算が投入されているからだ。

 大河は何も言ってはいないが、彼が恩人として敬意を払ってやまない、

・島津氏

・毛利氏

・大友氏

 といった武家が西日本に居る事から、官僚が忖度しているに他ならない。

 又、宗氏が治める対馬等が、山城真田家の直轄領になっている事から、優先され易い一面もあるだろう。

 その為、舗装された道路迄は自動車で移動し、それ以上先は、馬車という方法が採られた。

 30人は一度に乗車可能な、超大型リムジンに一同は、乗り込む。

 運転手は、平賀源内が開発したAI人工知能の御蔭で、無人運転だ。

 尤も、朝顔が後部座席にいるのだから、誰も率先して運転手を務めたくないのが、本音だろう。

 唯一、運転出来るのは、大河だろうが、彼が運転すると、女性陣は暇で仕方が無い。

 なので、無人運転が正解であろう。

 デイビッド、累、元康の3人も一緒だ。

 彼等の世話をする為にアプトや稲姫も同行している。

「稲、久し振りだな?」

「は。駿府にて修行していました」

 か細い弓兵であった彼女は、上司・千姫護衛の為に訓練に訓練を重ね、今では、霊長類最強の様な筋肉を付けて帰って来た。

「元康様。稲で御座います」

「……」

 緊張しているのか、元康は凛々しい顔だ。

「稲、怖がっているわよ」

「申し訳御座いません。元康様、泣かないで下さい」

 稲姫は、オロオロ。

 今にも泣きだしそうなチャイルドシートの元康を、大河が抱っこする。

「……」

 途端、元康は笑顔に。

「だー」

 が、累は不満顔だ。

 父親を奪われた、と嫉妬している事は言う迄もない。

「るい、おねーちゃんがあいてしてあげる―――」

「だー……」

 見るからに不満気。

「華、良いよ。俺がするから」

 笑顔で大河が抱っこする。

 直後、累は、上機嫌に。

 2人の赤子を移動中でも相手する大河は、子煩悩だ。

 日頃、相当、疲労困憊な筈に育児に休憩時間は無い。

 子供相手には、流石に女性陣も嫉妬するのは、難しい。

「兄様~……」

「兄者~……」

「真田様~……」

 お初、お江、阿国は、涙目。

 元康が、落ち着きを取り戻した所で、稲姫にバトンタッチ。

「彼女は、仲間だからね? 良い子にしてるんだよ?」

「……」

 こくりと頷き、今度は泣かない。

 最初こそ失敗だったが、御利口さんだ。

 デイビッドを見ると、彼は、父親より母親の方が好きらしく、

「―――……―――」

「―――」

 ヘブライ語で何事か、会話している。

 生後3か月程で、エリーゼと片言が成功している辺り、生後直後、「天上天下唯我独尊」と発した釈迦以来の大天才だ(親馬鹿)。

「だー♡」

 父親に久し振りに抱っこされ、累は頬擦り。

 只でさえ、大所帯な家で、大河の寵愛を受けるのは、時機次第と言うしかない。

 現に与祢や珠等は、人員充足で枠が無い。

 この点については、大河が、簡単に結婚や婚約を繰り返したである。

 幼いながらも、累は、怒り狂う。

 がぶっと。

 大河の頬を噛み付いく。

 女性陣に気付かれない様に。

 直後、離れると、頬には、大きな歯型が付いていた。

 然し、大河は、怒らない。

 マーキングを込めた意味でも噛んだのだが、如何も実父は、その辺の所は、唐変木らしい。

 殺気には直ぐ勘付く癖に不思議な男である。

「……」

 累を撫でつつ、先程の3人を抱き寄せた。

 1人の実子と3人の幼妻を侍らせる大河。

「兄者、累が羨ましいよ」

「何が?」

「だって1番愛されているから」

「そうか。皆、好きだよ」

「好きの種類が違うよ」

 子供への愛と夫婦愛は、確かに同じとは言い難いだろう。

「まぁ、そう言うなよ。愛してるのは、変わらないんだから」

 累を抱っこしながら、お江をバックハグ。

 彼女の怒りは少し和らぐだろうが、かと言って、他も同じとは限らない。

「「「……」」」

 お江を羨ましく思いつつ、大河には、猛烈な敵意。

 まさに、虻蜂取らずである。

 命を危機を察した大河は、鶫に目配せ。

「……」

 彼女は頷き、女性陣に声をかける。

「長旅ですので、配膳を御用意させて頂きました」

「「「おー!」」」

 子供の様に歓声を上げる。

・シャンパン

・日本酒

・アイスクリーム

・ケーキ

・かき氷

・焼き鳥

・唐揚げ

・シーザーサラダ

 ……

 人数が多い分、飽きさせない様、その種類の多さは、もう食べ放題バイキングだ。

 大河をそっちのけで、女性陣は、群がる。

 小太郎は、半裸で胸元に晒しを巻き、解体ショーを始めた。

「さぁさぁよってらっしゃい! 見てらっしゃい! 鮪を捌くよ~!」

・朝顔

・誾千代

・謙信

・橋姫

・お市

・松姫

 以外は、食べ放題と解体ショーに集まった。

 侍女である筈のアプトや与祢、珠やナチュラ、稲姫も行ってしまった。

 居残った顔触れを見ると、聖職者だったり、姐さん女房だったりと、幼妻よりも人生の経験を積んでいる人々である事が分かる。

 今更、食べ放題等で一喜一憂しないのは、流石だ。

 長旅故、食べ放題も解体ショーも逃げないのだから。

「累は、ちょっちおねんねね?」

「だー―――」

 橋姫が魔法をかけて、無理矢理、眠らせ、チャイルドシートに座らせる。

「おいおい、何も無理に寝かす事は無いだろう?」

「『寝る子は育つ』よ」

「そうだが……」

 明らかに寝る事を嫌がっていたが、睡眠時間は確かに子供には、必要不可欠だ(*2)。


①生後0~1か月 :眠れる時に寝る

 平均睡眠時間 :16~18時間

②生後1~3か月 :間隔を作る

 平均睡眠時間 :15~17時間

③生後3~6か月 :夜の間、寝る様に

 平均睡眠時間 : 14~16時間

④生後6~9か月 :寝る環境の大切さ

 平均睡眠時間 : 14~16時間

⑤生後9か月~1歳:成長が目覚ましく睡眠時間は減る

 平均睡眠時間 : 12~14時間

⑥生後1歳~1歳半:お昼寝は1回に

 平均睡眠時間 :12~14時間


「……」

 累の気持ち良さそうな寝顔を見ると、ここで又、無理に起こす事も無いだろう。

 デイビッド、元康も一緒に寝ている。

 橋姫を見ると、「どんなもんだい?」と言わんばかりにウインク。

 赤ちゃんが寝ている時、育児者は休めるものだ。

 但し、

乳幼児突然死症候群SIDS

・窒息死

 の観点から、注意は続けないといけないが。

 千姫もエリーゼも我が子と一緒に楽しみたかったが様だが、寝顔を見て満足し、食べ放題に戻る。

 誾千代と謙信は左右から挟み、朝顔と松姫は膝の上。

 お市と橋姫は、背後を陣取る。

 文字通り、四方八方を囲まれた。

「おいおい、厠にも行かせないつもりかよ?」

「我慢すればいい」

 振り返った朝顔は、胸筋に頬擦り。

 幼帝は最近、胸筋が御好みだ。

 女性には感じられない、肌触りが良いのかもしれない。

 松姫も同じ様に触れる。

 上皇と同位にあるのは、恐らく、朝顔の専属教師だからだろう。

 神道信者として仏教に詳しくない朝顔は、松姫を通して仏教を学んでいる。

 その為、位こそ違えど、先生と教師の関係性だ。

 意外に思うが、朝廷と仏教は、密接にある。

 聖武天皇(701~756)が、東大寺建立に深く関わり、持統天皇(645~703)の葬儀も仏式であった事から、非常に近しい関係にある事が分かるだろう。

 大喪の礼も聖武天皇から孝明天皇(1831~1867)迄仏式であった。

 清和天皇(850~881)に至っては、27歳で御退位された後、仏門に入り、念珠ねんじゅ(数珠)を手に持ったまま、火葬されたという(*3)。

 なので、朝顔の様に、仏教を学びたい皇族は多い。

「松様、今度の法会、御願い出来ます?」

「市様の頼みなら喜んで」

 外では、反仏教の心象がある大河であったが、家内では、仏教徒が大きな勢力を誇っているのであった。


[参考文献・出典]

*1:「われらが遺言・五〇年目の二・二六事件」 『文藝春秋』1986年3月号

*2:Tiny Love HP

*3:仏事のいろは(浄土真宗)と暮らしの雑学 HP

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る