第234話 不朽ノ自由

 万和3(1578)年3月下旬。

 細川順慶が突如、京都新城に呼び出される。

(まさか……露見したのか?)

 ドキドキしつつ、登城する。

 基本的に大河が、人を呼ぶ事は少ない。

 呼ぶにしても、私的な時の信忠やサトー等、友達くらいだろう。

「順慶殿、急に御呼びして申し訳御座いません」

 にこやかに、大河が話し掛けた。

「おお、真田殿、どうされた?」

「どうもこうもありません」

 笑顔で、大河は、首に縄をかける。

「……これは?」

「筒井城を下さる御礼ですよ?」

「へ―――ぐわ?」

 そのまま一本背負い。

 ギリギリギリ……

 首が絞まって行く。

「……」

 ぱたりと。

 順慶は、意識を失った。

「……弥助、運べ」

「何処に吊るします?」

「そうだな……二条大橋で」

「分かりました」

 弥助は、麻袋に順慶を詰めて背負う。

 大河が採った見せしめは、”教皇の銀行家”と呼ばれたロベルト・カルヴィ(1920~1982)を模範としていた。

 彼は、1982年6月17日未明に、イギリスの首都、ロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋の下での姿で発見された。

・ロンドンの中央に位置するブラックフライアーズ橋に、まるで見せしめの様に死体が吊るされていた事

・死体の位置が自ら首を吊ったとするには無理がある状況であった事

・衣服の衣嚢に別の場所で入れられたと見られる小石や煉瓦が入っていた事

 から、闇が深い事件の一つに数えられている。

 後日、二条大橋の下に順慶の死体が吊るされ、潜在的反真田派に対する言葉無きメッセージとなった。


 順慶だけでない。

 諸勢力も粛清されていく。

 ある者は、と称して、居城に集束爆弾を落とされ、一族郎党爆死。

 又ある者は、野盗に偽装した国家保安委員会の夜襲に遭い、やはり、滅亡。

 行方不明になった者も多い。

 これが、大河が設立した秘密警察の恐ろしい所だ。

 領主が行方不明や殺害された場所は、全て、政権に没収され、信忠に近い武将が配置される。

「真田、貴様は、鬼だな?」

「そうですか?」

 信忠の顔は、引き攣っている。

 国有地が増えるのは、嬉しいが、大河のやっている事が、残虐過ぎるのだ。

 ―――何れ自分も寝首を掻かれるのでは?

 幾ら親友とはいえ、本心は誰にも分からない。

 黒田官兵衛を重用した羽柴秀吉も、その有能さに徐々に警戒し、晩年は冷遇した。

 その予感は的中し、官兵衛は関ヶ原合戦の際、東軍に与しながら、どさくさ紛れで友軍を攻め、九州から北上し、疲労困憊の戦勝者を背後から突く計画を練っていた。

 残念ながらその計画は、息子・長政の活躍により失敗したが、若しかすると、徳川幕府は、誕生しなかった未来も考えられただろう。

 今の信忠は、官兵衛(=大河)の勢力拡大を危険視する秀吉である。

「真田よ、念の為、聞くが、本当に今回の戦果も、発表しなくて良いんだな?」

「はい。戦果に興味は無いので」

「……分かった」

 裏でこそこそ暗躍している事は、信忠の耳に届いていた。

 然し、そのどれもが政権維持には都合が良く、更迭するには難しい。

 だからこそ、信忠は、黙認しているのだ。

「もうよい……大儀であった」

「は」

 大河が出て行く。

 息が詰まる様な、空間からようやく解放された閣僚は、安堵だ。

「(奴には、余り二条城に来て欲しく無いな)」

「(そうだな。だが、政権には、必要不可欠な人材だ)」

「(裏切らなければ良いが)」

 政権最大の功労者は、政権最大の目の上の瘤になりつつあった。


 憑依されて以来、人格が変わった於国は、以後、『阿国』と自称し、大河の服を引っ張り出しては、男装の研究に余念が無い。

 どの様に着れば、男らしく見えるか?

 歩き方は、どうすれば良いか?

 低い声を出すには?

 等が、研究対象だ。

「真田様、少々御時間宜しいでしょうか?」

「良いよ」

 帰宅するなり、捕まった。

 そのまま手を引っ張られ、彼女の自室に連れ込まれる。

 そこには、朝顔、松姫、橋姫、お初、お江の5人が居た。

「あ、真田。歌劇団に興味ある?」

「作るのか?」

「うん」

 朝顔が寄って来て、地図を見せる。

 摂津国は、南部。

 以前、地震と津波があった場所だ。

「被災者を元気付けたい?」

「然う言う事」

「察しが早くて助かります」

 お初が腕に絡み付く。

「そこに女性達を集めて、歌劇団を作りたいんです」

 松姫は、潤んだ目で手を握る。

「良いが、何故、歌劇団なんだ?」

「被災者が暗いんです」

 発起人と思しき阿国が、答えた。

「幾ら経済が復興しても、傷付いた心は、不治だと思いますから。少しでも和らげる事が出来れば、と思いまして……」

「成程な」

 改めて地図を見る。

 彼女達が進めている計画では、現在の兵庫県宝塚市に歌劇団を置きたい様だ。

 ここは、今年の震災で沢山の死傷者が出た。

 史実の1・17でも100人超の犠牲者を出している。

「何故、ここなんだ?」

「神戸だと『都会優先』と非難が出る可能性が高いからです。その点、ここは、大都市でも地方都市でも無く中小都市なので、適当な場所かと」

「成程な。幾らかかる?」

「え? いや、これは、私達が―――」

「十分な生活費を渡しているのに、そこから捻出する事は無い。全額、俺が払う」

「「「!」」」

「流石、兄者!」

 お初がタックルした。

 その後、現在の宝塚市に歌劇団の劇場が造られ、興行が始まるのであった。


 日ノ本各地で反真田派の掃討作戦は、終わった。

 順慶の見せしめが功を奏したのか、恐怖に支配された反対派は、こぞって、謝罪文を送った。

 然し、それを許さないのが、大河だ。

 1人1人面接し、赦した様に見せ掛けて、帰宅途中や帰宅後に暗殺する。

 安堵に包まれていた武将達は、絶望の中、死んでいき、更にその残虐性に拍車をかけた。

 大河が「敵」と認定した武将達のが終わったのは、4月始めの事であった。

 9月30日事件の様な粛清は、ここに漸く幕を閉じたのである。

・三好長逸  →旅行先でに遭い、溺死。

・十河存保  →仕事中にを起こし、急死。

・安宅信康  →居城の火薬庫がし、爆死。

・池田知正  →空軍機が、集束爆弾を居城に落とし、爆死。

・比叡山延暦寺→座主・弓削のにより、国の管理下へ。

・筒井順慶  →京都新城登城後、後に死体となって発見。

・和田惟長   →鷹狩りの真っ最中、に遭い、死亡。

・内藤如安  →行方不明。

・三好笑岩  →される。

・日根野弘就 →により、改易後、斬首刑。

・遠藤慶隆  → が悪化し、急死。

・甲賀衆    →により、殲滅。

・伊賀衆    →

・赤井直正  →鎮圧に失敗し、斬首刑。

・内藤貞勝   →との交戦中に討ち死に。

・宇津頼重  →に問われ、斬首刑。

・別所長治  →大河に謝罪し赦しを得るも、帰宅途中にし、死亡。

・菅達長   →別所同様、帰宅後にに遭い、斬殺される。

 無論、全て、推定無罪だ。

 報告書を見た楠が、尋ねる。

「全部、の?」

「そうだよ」

遵法じゅんぽう精神が貴方の信条じゃなかったの?」

「そうだよ」

「だったら何故?」

「There are three ways of doing things around here, the right way, the wrong way and the way that I do it.」

「はい?」

「――やり方は三つある。正しいやり方、間違ったやり方、俺のやり方だ」

「……」

 映画『カジノ』で主人公が発した名言に、楠は、固まった。

 余りにも格好良過ぎて、見惚れているのだ。

「……」

 無言で報告書を閉じ、大河の膝に移動する。

「んだよ?」

「……貴方との結婚を後悔しているわ」

「何?」

「日ノ本一の正直者のたらしだから」

 他の女性陣も同じ事を想っている。

 顔は、名古屋山三郎並ではないが、可愛いし、高収入。

 武術に心得もある。

 愛妻家で家事や育児も率先して手伝ってくれる。

 非の打ち所がない最高の夫だ。

 だが然し、自分達は、夫と比べると、家に貢献しているか如何か分からない。

 大河が良過ぎる余り、女性陣は、どんどん弱気になってしまうのだ。

「……はぁ」

 深い溜息。

「御免。弱気になって……」

「全然。気にしてないよ」

「……」

 何処までも優しい夫。

 それが、逆に楠を責める。

 悪気が無い事は、分かっている。

「……私も産めば、自信家になれるかな?」

 妊婦になった妻達は、愛児に手を焼きつつ、皆、幸せそうだ。

「さぁな。でもになるかもしれない。御仏みほとけ次第だ」

「あら、反宗教家の癖に、そこは頼るの?」

「島津には、釈迦如来しゃかにょらい様が必要不可欠だろう?」

「……それもそうね」

 話した事で少しスッキリしたのか。

 先程までの不安気は、無くなっている。

「なぁ、楠。気分転換に外出し様か?」

「あら? 仕事時間なのに?」

「良いんだよ」

 強引に手を握り、連れ出す。

 仕事を怠り、逢引など、基本真面目な大河には、考えられない。

 だが、

(……やっぱり、この人以外考えられないな。甘えさせてくれるから)

 ぎゅっと、腕に絡まる。

 その後、買物で楠は気分転換出来、本調子を取り戻すのであった。

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