第229話 近江乃騎士

 が南近江を占拠したのを織田政権も問題視する。

「「「……」」」

 が、誰も非難しない。

 虐殺された六角義賢を信用していなかった事もあるし、何より反乱軍に大河が深く関与しているからだ。

 急遽、招集された閣僚会議で、大河が呼び出される。

「真田、何故、こんな真似を?」

 信忠も心苦しい顔だ。

「反乱軍ではありませんよ」

「「「「!」」」

 予想外の発言に信忠、勝家、秀吉、家康等は騒然とする。

「(おいおい、如何言う事だ?)」

「(さぁ? ただ、あの余裕ぶり。何か裏があるんだろう?)」

「(反乱を手引きしたのは、重罪だぞ? あの馬鹿、分かってるのか?)」

 そんな中、大河は冷静沈着だ。

「彼等は、我々の支持者です」

「……如何言う事だ?」

「六角は裏切者です。これを御覧下さい」

 帯同していた珠が、閣僚1人1人に報告書レポートを配る。

「「「!」」」

 それには、義賢が政府の方針に反し、清を支援していた事を示すであった。

 一気に空気が変わる。

「……真田、これは?」

特別高等警察特高の仕事ぶりですよ。予算追加御願いしますね?」

「……」

 これが事実ならば、義賢が討たれても問題は無い。

 日ノ本を大陸の戦争に巻き込む危険性があったから。

 反対に反乱軍は、大罪人を追い落とした英雄となる。

 だとしたら、辻褄が合う。

 

 主導権イニシアティブを得た大河は、続ける。

「反乱軍は、確かに反乱罪の適用が妥当でしょう。ですが、情報提供者は旧臣です。日ノ本を戦争から守った英雄です。大審院も『不可抗力』との見解を示し、問題視していません」

「……無罪放免と?」

「然う言う事です。既に瓦版でも事細かく報じられ、一般大衆も反乱軍に同情的です。それを逆撫でする行為は、政権の不安定化に繋がります」

「……」

「そこで、これを利用しましょう」

「利用?」

「はい。近江国の国主を猿夜叉丸に任命するんです」

「「「!」」」

 生まれたばかりの子供を国主に。

 幼君にも程がある。

 前代未聞だ。

「……未だ赤子だぞ? 国主には―――」

「あくまでも名前だけです。まつりごとに関しては、引き続き長浜城主・秀吉殿が行えば良いのです」

「……摂政、という訳か?」

「はい」

「猿、どう思う?」

 秀吉は、複雑そうな表情で進み出る。

「は。その方が、良いでしょう」

 長政の嫡男・万福丸(1564? ~1573)を殺した秀吉も、浅井氏には負い目がある。

 それが、お市達に避けられている原因の一つにもなっている。

「ですが、元服後は、どうなるんです? 真田殿、御答え頂きたい」

 刺す様な視線で問う。

 大河は、それ程気にしていないが、秀吉は嫉妬に狂っている私的な怨恨もある。

 それが、如実に態度に表れているのだ。

「国替えしたら宜しいかと」

「何処に?」

「摂津」

「!」

「仲殿が御住まいでしょう? 領民に尽くした後は、母親に尽くすのも宜しいかと」

「……隠居しろと?」

「そうは言ってません。摂津で仲様と御一緒に領国経営にするのも一つの手かと」

「……」

「私からの意見は以上です。有難う御座いました」

 事情聴取は、終わった。


 その後、大河以外の出席者で行われた会議により、猿夜叉丸が近江国国主に任命され、旧六角領を拝領。

 又、南近江の他、羽柴領であった北近江も救国の戦功から貰う。

 これにより、秀吉は近江国から私領を失った形になるが、猿夜叉丸の摂政という役職及び近江守を留任する為、出て行く事は無い。

 秀吉の家に一時的に猿夜叉丸が元服するまで、浅井家が居候する、という形式だ。

「おお、茶々様」

「家臣団の皆様、長い間、御苦労様でした」

 労いの言葉に家臣団は、涙を流す。

 一度滅亡した家が、まさか復活を遂げるとは思いもしなかった。

 極楽浄土の長政や万福丸も驚いている事だろう。

 馴染みの乳母に任せていた猿夜叉丸を抱く。

「……」

 スヤスヤと家の事情も知らず、幸せそうな顔で眠っている。

大殿おおとの様は?」

「母上とお墓参りされています。お江も付いて行きました」

「姉様」

「はい。猿夜叉丸、お初よ」

「……」

 産婦人科以来の抱っこだ。

 猿夜叉丸は、茶々似。

 茶々の美女9:大河の童顔1を受け継いでいる。

「大殿には、感謝しかありません。旧領を……ここまで……」

 家臣団は、涙ぐむ。

 義賢のも観音寺城制圧後に知った。

 当初、大河と義賢が結託していた事に家臣団は、彼を信用する事が出来なかった。

 信長の義弟、というのも理由の一つ。

 然し、お市や三姉妹を娶り、彼女達が幸せそうに暮らし、領民からも非常に慕われている事に賭けたのである。

 結果は、見ての通り。

「是非、次期国司に。それが、我々家臣団の願いです」

「……そうですね」

 茶々も同意しつつ、猿夜叉丸を眺めるのであった。


 お墓参りを済ませた大河達は、徳勝寺に現代換算で10億円程寄進し、謝意を示す。

「これ程迄に……有難う御座います」

 住職は、只管ひたすら平伏だ。

 住職でも尼僧でも宮司でも巫女でも牧師でも神父でも修道女でもラビでも、虐殺するのが、大河である。

 必要以上に怖がるのも無理はない。

「真田様、返礼は―――」

「求めていません。これからも菩提寺として宜しく御願いします」

「はは~」

 住職と別れ、徳勝寺を出る。

 長政のあるこの寺は、浅井家復活と共に参拝客が急増。

 急遽、流浪人を警備兵として雇う程、近江一のお寺として急成長中だ。

「兄者の御蔭で父上も喜んでいるよ」

「そうか?」

「うん」

 にんまり。

 守りたい、この笑顔。

 お江は、この一件が知らされた後、大喜び。

 昨晩も不眠だったらしく、目が充血している。

 それでも元気だ。

 大河の右腕がヒリヒリになっても、離れない。

 お市も左腕を占領している。

 長政の墓前では、流石に遠慮していたが、墓参りが済むとすぐこれだ。

「……先夫は、どう思ってますかね?」

「さぁな。喜んでいると良いが」

 自慢の妻と大切な娘達を娶り、その上、近江国を「浅井家」の名を借りて奪い取ったのだ。

 大河が長政の立場だったら、嬉しさと嫉妬心、そして自分が出来なかった悔しさで複雑だっただろう。

「猿夜叉丸と御会いになられます?」

「いや、遠慮しておくよ。養子に出したんだ。今更会っても意味が無い。彼が元服しても秘密だな」

「……良いの?」

 お江は、不満気だ。

 養子は、現代と違って、この時代よくある話である。

 例

 上杉謙信(三条長尾家):景勝(上田長尾家)

 豊臣秀吉(豊臣家)  :結城秀康(徳川家)→後、結城家へ

 等

 その為、別段、隠し立てる必要は無いだろう。

「会っても父親面出来んよ。父親は、家臣団だ」

「「……」」

 茶々はいたく可愛がっているが、大河は、既に愛児と見ていない様で、彼女と比べると、冷たくも感じる。

「それよりも、お江」

「なあに?」

「小谷城には、何時、入りたい?」

「う~ん……」

 天正3(1575)年に廃城となった小谷城は、大河の私費が投じられ、現在、再建中だ。

 然し、一般的な家とは違い、標高約495m小谷山(伊部山)から南の尾根筋に築かれ、信長の猛攻を耐え抜いた堅牢な城を再建するのは、当然、難しい。

 最初に築城された時も、


『十日計ヵ間ニハヤ掘土手総講出来スレバ』(*1)

『永正13(1516)年9月28日に着工同年10月20日に完成』(*1)


 とある。

 然し、文献の記述には疑問点も多く、その後の大永5(1525)年、六角定頼が江北に侵攻した際、浅井亮政が小谷城にて篭城戦をした事から、その1~2年前の大永3(1523)年~大永4(1524)年築城説が有力である。

 この2説以外にも諸説あるが、何れにせよ1525(大永5)年迄に築城されていたと思われる。

 その為、歴史学的には、9年間築城に要した、と思われる。

「やっぱり、10年位かかるんじゃない?」

「だよなぁ」

 突貫工事も出来なくはないが、期限を早めるの事故の基になり易い。

 ここは、気長に待つしかないだろう。

 

 近江国全土に浅井家の家紋が翻る。

 滅亡以来、3年振りの事だ。

 長政を顕彰する記念館が造られ、西郷隆盛の様な銅像も建立される。

 一方、大河のは、一切、造られる事は無い。

 当初、家臣団や領民から感謝の意を込めて、提案されたのが、大河は、丁重に断った。

 大河が尊敬してやまないカストロやホー・チミンは、死後、個人崇拝される事を嫌い、実際に存命中、その様な事は無かった。

 特にカストロの場合は、戦友のゲバラとは違い、自分がTシャツのプリントや絵画に描かれる事を極端に嫌い、存命中の人物のモニュメントを公共の場所に飾る事を法律で禁じている。

 その為、既に死亡したゲバラを讃えるモニュメントはあっても、生前のフィデル自身も含め、存命中の人物のモニュメントは存在しない(*2)。

 近江国だけでなく、山城国でも同じだ。

(個人崇拝はカルト教団や本物の独裁者がする事。俺には、不要だ)

 築城途中の小谷城を眺めつつ、大河は、家族と共に近江国を出て行く。

「……」

 猿夜叉丸と別れた茶々は、名残惜しそうだ。

「……連れ戻すか?」

「そんな事は……出来ませんわ」

「だったら今の内に強くなれ。何れした時、弱っちい母親だと舐められるからな」

「! 会って良いんですか?」

「全然。俺が禁じたか?」

「……」

 お初も目をまんまるにして驚きを隠せない。

 今生の別れとばかり思っていたから。

「……では、週1回位で会いに行きますわ」

「頻度は任せるよ。只、余り度が過ぎると俺も寂しい」

「なら、一緒に行きましょうよ」

「必要無い」

 子供の様に意固地になる大河。

 そんな夫が可愛く、又、愛おしく感じた茶々は、抱き締める。

「然う言う所は、子供っぽいですね?」

「素直だろう?」

「ええ。過ぎる位です」

 お初も積極的に絡む。

「兄様、姉様は、御疲れです。私が御相手しますから」

「そうか?」

「お初、長姉に逆らう気?」

「姉様を慮っての事です―――」

「私も居るよ~」

 呑気な口調で、お江も参戦。

 姉2人を煽るかの様に大河を自分の下へ。

「あらあら、最年長を敬う気持ちは無いのかしら」

 お市も加わり、大河は、八つ裂きの刑の如く、両手両足を各々の方向から引っ張られる。

「……千切れるぞ?」

「じゃあ、丁度4等分ですわね」

 怖い事を言う茶々の目が、死人の様だ。

(浅井家の為なんだが……何この仕打ち?)

 長政も極楽浄土で同情しているかもしれない。

 浅井家が復活したのだが、益々、彼女達の嫉妬心は強くなっている様に思える。

「真田様」

「兄様」

「兄者」

「貴方」

「「「好きよ」」」」

 4人から一斉に接吻され、大河は三枚目の顔になるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『浅井三代記』

*2:戸井十月『カストロ 銅像無き権力者』新潮社 2003年

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