第198話 武陵桃源

 岡豊城おこうじょう(現・高知県南国市)は、燃えていた。

「……からす

 家臣団は、膝立ちで動けない。

 烏の様な黒い戦闘機が、城下町を火の海にしていく。

 空軍が使用しているのは、集束クラスター爆弾。

 現代では集束爆弾禁止条約により、多くの国々で禁止されている、危険極まりない爆弾だ。

 通常の空対地爆弾とほぼ同サイズのケースの中に、小型爆弾や地雷で構成される数~数百個の子弾を内蔵する。

 このケースが発射、投下の後に空中で破裂する事で子弾を散布し、多数の小規模な爆発を引き起こす等して広範囲の目標に損害を与える。

 子弾1つは小型の爆発物であり、鉄筋コンクリートビルやトーチカの様な強固な建造物に対する破壊力は低いが、一度の投下で広範囲に散布出来る為、単弾頭の航空爆弾より広い範囲に被害を与え、面制圧兵器として使われる(*1)。

 本来、敵対国に行う事が多いのだが、大河は、それをに行った。

 通常、同胞にこの様な兵器を使用するのは、良心の呵責に苛まれ、結果的に行わないのが標準的な人間であろう。

 が、大河はシリア内戦を経験し、その様な感覚がぶっ飛び、例え相手が同胞だろうが、敵対認定しない場合は、容赦しない。

 生か死デッド・オア・アライブか。

 逃げ惑う残党も機銃掃射で虐殺される。

「……」

 射手の平馬の表情は、暗い。

 大河から習った言葉を思い出す。

『One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify.(1人の殺害は犯罪者を生み、100万の殺害は英雄を生む。数が神聖化する)』

 喜劇王自身が最高傑作と自認した映画『殺人狂時代』の主人公の台詞である。

 当初、平馬は、言葉の意味が分からなかったが、確認戦果が多い程、階級が上がるにつれて、段々と理解していった。

 今回は、相手が言葉が通じる同胞。

 精神的苦痛は計り知れない。

 まだ、火縄銃を撃ち合い、日本刀で斬り合った時の方が、楽であった。

(……武士って何だったっけ?)

 戦争に疑問を感じつつ、平馬は最後とばかりに岡豊城に集束爆弾を撃ち込む。

 着弾すると同時に岡豊城は、広範囲に光り輝く。

 それが、長宗我部氏が築城した岡豊城の最期であった。

 万和2(1577)年12月4日。

 土佐国が国軍に鎮圧され、正式に二条城の変は、完結する。

 ”烏無き島の蝙蝠”の終わりは、呆気無いものであった。


 同年12月5日。

 大雪の中、国軍は大和国(現・奈良県)にある信貴山城しぎさんじょう(同・生駒郡平群町)を包囲していた。

 攻める国軍、その数1万。

 守る松永軍は、300。

 本当なら、一気に攻め入りたい所だが、国防相・柴田勝家は、考えていた。

「……真田よ。貴様ならどうする?」

「と、言いますと?」

にしたいんだろう? だったら、貴様の意見が重要だ。”日ノ本一の悪鬼”だからな」

 又、変な異名が増えた。

 大河は、苦笑い。

「国防相なら御自身で、御考えになったら如何です?」

「馬鹿を言うな。土佐も勝手に責めやがって。俺の面目、丸潰れだぞ? 少しは戦功を譲れ」

「助言を求めている時点で面目も糞も無いと思いますが」

うるさい。次、反論したら、この髭、送り付けるからな?」

 張飛の様な立派なカストロ髭を揺らす。

 触るのも嫌なくらい、陰湿な嫌がらせだ。

 はー、と大河は深い溜息を吐く。

「奴の事です。今頃、古天明平蜘蛛こてんみょうひらぐもを女の様に抱いている事でしょう」

 独特な表現方法に居合わせていた家康、徳川家四天王、秀吉、光秀、滝川一益、前田利家、山内一豊等は、大笑い。

「真田殿は、本当に女性が御好きの様だな」

「全くです。羨ましい限りだ」

 家康、秀吉は言い合う。

 本陣は、戦争中とは思えないほど、和やかな雰囲気だ。

 ただし、油断はしていない。

 二条城で殺されかけたのだから、久秀の遺体を検分するまでは、皆、酒を断つ程、この戦への意気込みは凄まじい。

 京から逃げる久秀を追う残党狩りでその復讐心は、大いに役立ち、幾ら彼が隠れても、彼等は匿った者を一族郎党皆殺しにするくらい、その士気は高い。

 復讐心というのは、戦う上で戦局を左右する重要な事の一つだ。

 総大将は、信忠。

 流石に今回は信長、濃姫夫婦は、来ていない。

 あの時は、息子を心配して来ただけであって、今回も又来るのは、おんぶにだっこになりかねない。

 だからこそ、帰ったのだ。

「叔父上、古天明平蜘蛛は、父上に贈りたい。心配させたからな」

 普段は敬語だが、今回に限っては、首相と近衛大将という立場上、信忠は命令口調であった。

「何か策はあるか?」

「そうですね……」

 平蜘蛛の茶釜は、信長が大層欲していたのだが、久秀は再三の譲渡の誘いを断り、最後には「信長の手に渡る位なら」と破壊(爆破)した、とされる伝説の名器だ。

 ―――

『然る程に、先年松永仕業を以つて、三国隠れなき大伽藍奈良の大仏殿、十月十日の夜、既に灰燼となす。

 その報ゐ、忽ち来たつて、十月十日の夜、月日時刻も変はらず、松永父子妻女一門れき〱、天守に火をかけ、平蜘蛛の釜打ち砕き、焼け死に候』(*2)

『一、後、人〱のさんだんには、是は松永殿大和の信貴山の城にて切腹の時、矢倉下へ付け申し、佐久間右衛門手より城の内へ呼ばわりかけ申すに、ちつとも違い申さずと、人々、後に申されけるとかや―――言葉しも相違わず、頸は鉄砲の薬にて焼き割り、微塵に砕けければ、平蜘蛛の釜と同前也』(*3)

 ―――

 久秀の最期を爆死だとする巷説として、昭和時代の歴史学者・桑田忠親(1902~1987)が著した一般向け歴史書内で確認出来、発表年順に

・自決(*4)

・自害(*5)

・「切腹した後に、自分の首を鎖で茶釜に括り付け、火薬でもって、木葉微塵に打ち砕かせた」(*6)

・「久秀は、天を仰いで嘆息し、天下の逸品「平蜘蛛」の茶釜を首に吊るし、火薬に点火して、茶釜諸共自爆した」(*7)

 と表現が変わっており、切腹が自爆へと変化している。

『川角太閤記』には、久秀の首と平蜘蛛が鉄砲の火薬によって微塵に砕けた事が記されている。

 恐らくこの逸話が徐々に盛り付けされて、久秀の爆死伝説が定着していったと思われる(*8)。

 然し、『多聞院日記』では久秀自害の翌日、安土城へ「首四ツ」が運ばれている。

 この首級に久秀の物が含まれているとするなら、久秀は火薬で砕け散ったという話とは矛盾が生じる。

 以上の事から松永氏の研究家は、

「平蜘蛛の釜や信貴山城と共に爆死したというのは、第二次世界大戦後に生まれた俗説である」

 と結論付けている(*9)。

 ―――

 逸話が生まれるくらい、久秀は平蜘蛛を愛してやまなかった証拠だ。

 それを奪い取るのは、至難の技と言え様。

「……ここは、忍ですかね?」

 家康が反応した。

「では、半蔵を送りましょう―――」

「その必要はありません」

「え?」

「その手は、御言葉ですが、服部殿より、我が配下の間者の方が、上ですから」

「……」

 自信満々に言われ、家康は黙り込む。

 確かに半蔵の実力は、高い。

 然し、日ノ本全土に情報網ネットワークを蜘蛛の巣の如く、張り巡らせ、尚且つ、暗殺も大得意。

 真面まともに戦えば、命は無い。

「弥助、小太郎、楠」

「「「は」」」

「良い機会だ。皆様に実力を披露してやれ」

「「は」」

 弥助は、100mを9秒台で走る様な快速で本陣を出て行き、くノ一コンビは、文字通り消える。

「「「……」」」

 その移動の速さに家康達は、茫然自失だ。

「若し、御興味がありましたら、服部殿に御見学頂いても構いませんよ?」

「……」

 余裕綽々な態度にムッとした半蔵が、家康の命令無しに消える。

「真田よ、余り閣僚同士で火種を作るな」

「は。申し訳御座いません」

 信忠には、低姿勢。

 内閣の長たる首相と喧嘩しても、何の得にもならない。

 尤も、閣僚が、首相に敬意を払う様に仕向ける為の演技でもある。

 ”闇将軍”を従えさせる信忠。

 大河以外の閣僚には、その様に見え、今迄軽視する事が多かった信忠を再評価する。

(”岐阜中将”は、”闇将軍”より上か……)

(”闇将軍”が従うのは、陛下と”岐阜中将”だけか……)

(”岐阜中将”と敵対するのは、短所だな)

 織田政権の結束力が、高まって行く。


 信貴山城に侵入したのは、弥助、小太郎、楠、半蔵の僅か4人。

 だが、その実は、真田隊が誇る超少数精鋭だ。

 内通者の協力を得て、裏口から侵入する。

 守備兵が、槍を突き付けた。

「山?」

「「「……」」」

「お、おい」

 暗闇なので守備兵は、侵入者達の顔を視認出来ない様だ。

 事実、大河が放った刺客達は、皆、黒装束。

 夜に同化した避役カメレオン部隊は、無言で斬る。

「ぐ……」

 狙うは、首のみ。

 叫び声を上げさせないのが、大河のり方だ。

 首と胴体が離れ、生首は、首桶に入れていく。

 弥助は、ハンドサインで指示を出す。

特別高等警察ジャンダルマは、下を。俺は、上を突く』

『了解』

 信貴山城は、4層の天守櫓から成り立つ。

 これは、伊丹城(1521年)に次ぐ日本で2番目に建造された天守で、信長の安土城もこの天守を参考にしたのではないかと思われ、久秀は築城の才覚も備わっていた(*10)。

 一方、半蔵は、

「?」

 ハンドサインの意味が分からない。

「どっちについてくる?」

 返り血を浴びた楠が尋ねた。

「……弥助殿に」

「じゃあ、然う言う事で」

 くノ一コンビは、神隠しの様に消える。

「……」

「何している? ついてこい」

 弥助にけしかけられ、半蔵は、渋々ついていくのだった。


 初めてコンビを組む小太郎と楠は、お互いを意識しつつ、競争に励む。

 小太郎が1人斃せば、楠は2人。

 負けじと小太郎が2人なら、楠も4人と。

 倍々ゲームの様に、確認戦果を其々増やしていく。

 小太郎は、吹き矢で毒殺を。

 楠は、クナイによる刺殺を好む。

 2人は、女性海賊コンビのアン・ボニー(1700~1782)とメアリ・リード(1685? ~ 1721)の如く息が合う。

「「……」」

 1、2階は、2人の活躍により、守備兵は全滅した。

 ものの1刻(現・2時間)程で。

「な、何だ貴様!」

 久秀は、茶釜を抱き抱え、後退る。

 弥助&半蔵は、其々それぞれ、M16と日本刀を装備していた。

「茶釜を寄越せ。命だけは、許そう―――」

「誰が渡すか! この黒坊主め!」

 茶釜には、爆薬が仕込まれ、後は点火するだけ。

 死なば諸共もろともの精神だ。

「……」

「弥助殿、如何する?」

「決まっている。地獄ジャハンナムに送る」

 躊躇いなく、弥助は発砲。

 弾丸は、久秀の右肩を貫いた。

「ぐへ!」

 その拍子に茶釜を落とす。

 床に触れるギリギリの所で半蔵が、指から蜘蛛男の如く糸を出しては、絡新婦の如く絡めとる。

 そのまま手繰り寄せ爆薬を抜き取る。

「!」

 久秀が、目を見開く。

 自害さえもこれで失敗だ。

半蔵ハンゾー、戦功は譲る」

「? 良いのか?」

「ああ、俺の仕事は、誅殺だからな」

「……有難う」

 手柄を譲られた感は否めない。

 ただ、

・俊敏性

・戦闘力

 等は、弥助の方が上だ。

 自尊心プライドに拘らず、さっと引く。

 直後、国軍が突入し、久秀は生きたまま捕縛された。

 信貴山城は、空爆で徹底的に破壊される。

 

 本陣に久秀は、腰縄の状態で連れて来られる。

「こ、殺せ~!」

「真田、借りるぞ?」

「どうぞ」

 村雨を手にした信忠は、迷う事無く、フェンシングの様に久秀の腹部を突く。

「ぐへ」

 血反吐を出し、久秀はぐったり。

 信長の実子だけあって、信忠は容赦しない。

 を外したのは、苦しみさせつつ、死なせる為だ。

「勝家、釜を持って来い」

「は」

 軈てぐつぐつと煮立った大きな釜が用意される。

「真田、放り込め」

「は」

 信忠が引き抜いた所で、大河が担ぎ、釜に落とす。

「! ぎゃああああああああああああああああああああ!」

 その熱さに久秀は、苦しむ。

 然し、その場に居る誰もが、を止める事は無い。

「苦しめ。地獄でもな」

 吐き捨てる様に信忠は言うと、更に温度を上げる。

 武士として最期を遂げようとした強欲な久秀は、憐れ、釜茹での刑に処されたのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:『太閤様軍記の内』

*3:『川角太閤記』

*4:「織田信長の手紙」『桑田忠親著作集 第4巻』秋田書店 1979年/原題:『信長の手紙』文芸春秋新社 1960年

*5:『戦国の史話―武将伝』人物往来社 1963年

*6:『茶道の歴史』 1967年 一部改定

*7:『新編 日本武将列伝4 乱世統一編』秋田書店 1989年

*8:金松誠『松永久秀』戎光祥出版社 2017年

*9:天野忠幸 『松永久秀』 宮帯出版社 2017年

*10:『探訪日本の城』

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