旭日昇天

第191話 掌中之珠

 ロルテス一派が斬首刑に遭った後、彼等が使用していた船は海軍の演習の的となった。

 戦後、核実験の標的ターゲットとなった軍艦・長門の様に。

 信者から多額の御布施をしていた神父も捕まり、外国人居留地に連れて行かれ、そこで火刑に遭う。

 処刑場が外国人居留地に選ばれたのは、「外国人でも容赦しない」という大河の明確な意思表示であった。

 神父を焼殺するのは、当然、旧教カトリックの国々から反発を招いた。

 慶応3(1867)年の浦上4番崩れ(浦上教徒事件)の様に。

 休暇中の大河に代わり、交渉するのは、彼の右腕・島左近だ。

 スペインの外交官を前に一歩も引かない。

「―――処刑は、法的手続きに則ったもので、非合法ではありません」

「神父が詐欺師だという証拠はあるのか?」

 外交官は、机を叩いた。

 非常に感情的だ。

「ええ、ありますよ」

 対する左近は、ヘラヘラ顔。

 真面目な場にも関わらず、(*^▽^*)←こんな顔なのだから、当然、感情を逆撫でしている事は言うまでも無い。

「ほら、おいで」

 左近が手招きすると、死んだ魚の様な虚ろな目をした男児達が怯えた様子で入って来た。

 途端、外交官の怒りは、鎮火していく。

 機嫌が直った訳では無い。

 困惑しているのだ。

「ええっと……彼等は?」

「神父に暴行された被害者です」

「「「!」」」

 各国の外交官は、騒然とする。

「男色は我が国では合法ですが、暴行は非合法です」

「「「……」」」

 旧教カトリック教会の性的醜聞スキャンダルが表沙汰になったのは、21世紀に入っての事だ。

 発端は、アメリカから。

 その後、ドイツ、アイルランド、イギリス等と続き、日本でも被害者の会が設立している。

 この結果、ドイツのある調査では国内2500万人の旧教信者の内、実に19%が「旧教教会を離れる事を検討中」と回答した、という(*1)。

 左近は男児達の頭を撫でて、飴を配る。

「御免ね。有難うね? おじちゃんに付き合わせて。もう帰って良いからね」

「「「……」」」

 男児達は、頷き、退出する。

 論より証拠を見せ付けられた外交官達は、沈黙する他無い。

「「「……」」」

「我が国は、貴方方の宗教で言う所の人間の面を被った悪魔サタンを処刑しただけです。非難よりも感謝の方が、筋なのではないでしょうか? それとも耶蘇教というのは、暴行犯を敬う邪教なんですか?」

 足を組んで、左近は煙草を吸う。

 普段、京都新城で喫煙出来ない分、大河が居ないここでは、合法だ。

 煙を吹き付けられても、外交官達は何も言えない。

「今回、抗議に来た国々は、今後、その様な擁護者と見て宜しいでしょうか? 折角、友好国になったのですが、残念ですね。断交を検討するしかありませんねぇ」

 灰皿に煙草を押し付けると、左近の膝に波斯ペルシャ猫が飛び乗る。

 0●7の悪役の様なさまだ。

「……抗議を取り消します。内政干渉でした……」

「いやぁ、理解が早くて助かります。今後共仲良くしていきましょうよ」

 大河のマフィア流を目前で見ていた左近は、名誉ある男マン・オブ・アナーの如く振る舞うのであった。


 部下達が仕事する間、大河は、家族と過ごす。

 身重の妻達に囲まれつつ、累の子守りをしていた。

「……」

 熱心な顔で彼女が熟読しているのは、『丹後国風土記』にある『筒川嶼子しまこ』(『水江浦嶼子』)の物語ストーリーだ。

『筒川の嶼子しまこ』は日下部首くさかべのおびと達の先祖であり、この話は旧宰、伊預部馬養連いよべのうまかいむらじ(657~702? 撰善言司せんぜんげんし)の記した物と相違するものではない。


『丹後の国、与謝の郡、日置の里、筒川の村に「筒川の嶼子しまこ」。

 別名「水江の浦の嶼子」という容姿端麗で優雅な男が居ました。

 ある日、嶼子しまこは、1人で大海に小船を浮かべて釣りをしていましたが、3日3晩しても全く釣れませんでした。

 所が遂に五色の大亀が釣れ、船上に上げて眺めていると眠くなって何時の間にか寝てしまいました。

 暫くして目が覚めると、亀が美しい乙女に姿を変えていました。

 ここは陸から離れた海上、

「何処から来たのですか?」

 と尋ねると、乙女は微笑みながら、

「貴方が1人で釣りをしていたので御話ししたいと思い、天上仙家から風雲に乗って会い来ました」

 と言います。

 そして、天地日月の果てまでと嶼子しまこの傍に居たいと求愛し、海の彼方にある蓬山とこよの国へ誘います。

 初めは疑っていた嶼子しまこも彼女の熱意に負けて、一緒に行く事にしました。

 嶼子しまこは、船を漕ぎ始めるとすぐに眠ってしまいました。

 間も無く宝石をちりばめている様に光り輝く大きな島に着きました。

 そこはこれ迄に見た事が無い景色でした。

 大変高くて綺麗な宮殿があり、楼閣は全て光輝いている様に見えます。

 2人は、手を取り合ってゆっくりと歩んでいくと、1軒の立派な屋敷の門の前に着きました。

 乙女は、

「ここで待っていて下さい」

 と言って中に入って行きました。

 門の前で待っていると、7人の子供がやって来て、

「この人は亀姫様の夫になる人だ」

 と語っています。

 そして、次に8人の子供がやって来て、又、

「亀姫の夫はこの人だ」

 と話しています。

 嶼子しまこは乙女の名は亀姫で、この宮殿の御姫様だと知りました。

 暫くして、乙女が出てきて、

「この7人の童は昴星ぼうせいで、8人の童は畢星(畢宿ひっしゅく)ですから、御心配なく」

 と説明して門の中へ案内しました。

 嶼子しまこは亀姫と結婚して、何不自由ない楽しい日々を過ごしました。

 所が、3年経って故郷へ帰りたくなり、妻・亀姫にその事を話すと、彼女は非常に悲しみ、

「永遠の誓いをしたのに、貴方は私1人を残して帰ってしまうのですね」

 と涙を流します。

 然し、遂に、

「私の事を忘れないで、又、会いたいと思うのなら決して蓋を開けてはなりません」

 と言って玉匣たまくしげを渡します。

 亀姫の両親に別れを告げ船に乗って目を閉じると、たちまちの内に故郷の筒川に着きました。

 所が、そこには嘗ての村の姿が無く、見た事の無い景色ばかり。

 暫く歩いて、村人に水江の浦の嶼子しまこの家族の事を聞いてみました。

 すると不思議そうな顔をして、

「今から300年前に嶼子しまこという者が,海に出たまま帰ってこなかったという話を年寄りから聞いた事があるが、貴方は如何してそんな事を急に尋ねるのですか?」

 というのです。

 嶼子しまこは村を離れていたのは3年間だと思っていたのですが、実は300年も経っていたと知り、途方に暮れてしまいました。

 彷徨い歩く事1か月、再び妻に会いたくなり、約束も忘れて持っていた玉匣たまくしげの蓋を開けてしまいました。

 すると中からかぐわしい匂いが天に流れていってしまいました。

 ここで我に返って約束を思い出しましたが、既に遅かったのです。

 彼は首を巡らして佇み、涙にむせび、うろうろ歩き回るばかりでした。

 そして次の歌を詠みました。

「常世べに 雲たちわたる 水の江の 浦嶼しまこの子が 言持ちわたる」

 遙か彼方の芳音ほうおんの中から亀姫の歌が、

「大和辺に 風吹き上げて 雲放れ 退き居りともよ 吾を忘らすな」

 嶼子は恋慕に耐えきれずに歌います。

「子らに恋ひ 朝戸を開き 吾が居れば 常世の浜の 波の音聞こゆ」

 これについて後世の人はこう歌いました,

「水の江の 浦嶼の子が 玉くしげ 開けずありせば またも会はましを 

 常世べに 雲立ちわたる たゆまくも はつかまと 我ぞ悲し」』(*2)

 ―――

・丹後の国

・与謝の郡

・日置の里

・筒川の村

 は、現・京都府与謝郡伊根町筒川であり,現在、そこには彼を祭神とする浦嶋神社(宇良神社 825年創建)で、この話が伝わっている(*2)。

 これに注目したのが、華姫で現代までに伝わる物語に改変した。

 その結果、華姫版は大ヒットし、オリジナル版も再注目され、復活リバイバルを遂げたのである。

 最後まで読み進め、本を閉じる。

 その目には、涙が。

「感動したのか?」

「だー……」

 悲しい結末に累は、落ち込む。

 ハッピーエンドを期待していたのだが、この結末は本望では無い様だ。

「だー」

 大河と嶼子しまこの絵を交互に指差し、

「だー」

「似てる? そうか?」

 大河も絵を見るが、よく分からない。

 嶼子はジャ〇ーズ風の美男子に描かれているが、自分は美男子というより童顔だ。

 同類項とは厳しいだろう。

「だー! しまこ!」

「そうか? 有難う」

 累には、大河が美男子に見えているのかもしれない。

 累の頭を撫でると、彼女は笑顔で自分の指をしゃぶり出す。

 上機嫌なのは、良い事だ。

 アプトが乳を出す。

「累様、御時間です」

「だー♡」

 読書後の母乳は、格別な様で直ぐに吸い付いた。

 脳を使った分、空腹だったのかもしれない。

「ちちうえ、しんかん」

「おー、有難う」

 献本され、表紙を見る。

 題名は、『十五等分の花婿』。

「……これ、俺?」

「そうだよ」

 あっけらかんと華姫は、答えた。

 15人もの美女に囲まれ、今にも鎖鋸チェーンソーで分割されそうな花婿は、大河似だ。

「……等分ってそういう意味?」

「そうだよ? 他に何か意味ある?」

「……いや。何でも無い」

 次に美女を見ると、誾千代っぽいボーイッシュな美女に始まり、於国もどきの巫女、楠似のくノ一、目付きの悪い白人、三姉妹……と何処かで見た事ある様な人物ばかり。

 居ないのは、朝顔位だ。

 流石に出版社が配慮して載せなかった、と思われる。

「……これ、華?」

「うん。よく分かったね?」

 嬉しそうに大河に抱き着いては、その体臭を嗅ぐ。

 石鹸のそれに華姫は、大満足だ。

「あさぶろ?」

「そうだよ」

「も~さそってよ~」

「寝坊助が何だって?」

 華姫を膝に置いて、改めて絵を見る。

 ……他の誰よりも綺麗に描かれているのは、気の所為だろうか。

「……華、若しかして自分だけ綺麗に描かせた?」

「なわけないじゃん。ちちうえ、しつれー!」

 頬を膨らませて、華姫は、抗議する。

 然し、内心は、バグバグだ。

(やっぱり、分かり易過ぎたかな? 絵師の下手糞。馬鹿たれが)

 発注通り、絵師は描いただけなのだが、大河しか眼中に無い華姫は、完全に逆恨みしていた。

「美化しなくてもそのままでも可愛いのに」

「にゃ!?」

「猫かよwww」

 大河は、微笑んで華姫を抱き締める。

「……」

 先程までの絵師への殺意は、消え失せ、華姫は今にも気絶しそうな位、赤い。

「(……ちちうえ、好き好きらすけ)」

「ん? 鋤焼き? じゃあ、今晩は、鋤焼きだな」

「……」

 死んだ目の華姫にエリーゼは、同情する。

「大河ってさぁ、時々、わざとしか思えない程、難聴だよね?」

「そうか?」

「然うですわ。真田様は、時々、意地悪ですわ」

「茶々様に同意します。山城様は、時々ですが、非常に意地悪です」

 何故か非難囂々だ。

「お江、助けて―――」

「今のは、兄者が悪い」

 珍しくそっぽを向かれた。

「……」

 落ち込んだ大河は、スライムの様に液体状と化すのであった。


[参考文献・出典]

*1:産経新聞 2010年4月2日

*2:https://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/urashima.htm


 

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