第190話 二階崩ノ変
万和2(1577)より遡る事60年前の1517年10月31日。
マルティン・ルター(1483~1546)が、ヴィッテンベルクの城教会の門扉に文書を貼り出した。
世に言う『95箇条の
これに危機感を抱いた旧教保守派は、まだ、旧教の本性を知られていない地域に活路を見出す。
その
そして、天文18(1549)年、耶蘇教が伝来する。
山科勝成―――ロルテスは、その時勢に乗じて、来日したイタリア人マフィアだった。
(まさか読み書きが出来る
顎髭を擦るロルテスは、赤線(公娼街)に居た。
ここでは性病を恐れずに且つ、合法的に女性が抱ける。
(然し、ゴアから返事が届かないな? 折角の好機だというのに)
日本人信者達だけの御布施では、到底足りない。
だからこそ、ゴアの総大主教に協力を求めたのだが。
一切、音沙汰が無い。
(……まさか、バレているのか?)
その時、襖が倒れた。
「御用改めである!」
侵入者は、弥助率いる国家保安委員会―――”配管工”である。
和装に帯刀と比較的、軽装備だが、弥助のみM16と新月刀だ。
黒人役人にロルテスは、驚いて動けない。
「え? え? え?」
公娼達は、弥助から金を受け取ると、去って行く。
嵌められた、と思ったが、もう遅い。
”配管工”は、室内の家具という家具を引っ繰り返し、証拠を探し回る。
「……議長、出てこないです」
「じゃあ、器物損壊罪でしょっ引け」
「は」
壊したのは、”配管工”なのだが、その罪は、容疑者に被せられる。
完全なる冤罪だが、多勢に無勢。
ロルテスに抗議する術はない。
「失礼します」
弥助の部下が、ロルテスの首筋に注射する。
「うご……」
一瞬にして、意識が奪われた。
昏倒したロルテスを、部下達は手際良く担架に載せ、”黒い
娼館の周りには、騒ぎを聞きつけた野次馬が、殺到していた。
「何だ何だ?」
「痴情の縺れか?」
医者に扮した部下が、答える。
「腹上死です」
「そりゃあ傑作だな。瓦版の良いネタになりゃあ!」
記者達は直ぐに帰社し、野次馬は大爆笑するのであった。
イタリア人の次は、資金提供者だ。
臼杵城にて、宗麟は3人の息子達を呼んでいた。
「……これは、事実か?」
3人の前に叩き付けたのは、大河からの報告書であった。
———
『拝啓
大友宗麟殿
清秋の候、如何御過ごしでしょうか?
急な御手紙、申し訳御座いません。
貴家の
ここに添えます。
「下記3名をこの度、立件の検討を始めました。
・義統
・親家
・親盛
何れも内乱罪である。 決定者:大審院」
貴家は、幸い、惣無事令を真っ先に遵守してくれた大恩ある大名です。
よって、今回、大審院と協議の結果、宗麟殿に処罰の権限を付与する事となりました。
二階崩れの変の二の舞は、御嫌でしょうから、先んじて報告した次第です。
万が一、心情的に処罰出来なかった場合は、御一報下さい。
通例通り、国家が処罰します。
朗報を心待ちにしています。
近衛大将・真田山城守大河』
———
宗麟は、目に涙を浮かべていた。
脳裏に浮かぶのは、二階崩れの記憶だ。
―――大友氏第20代当主・大友義鑑は、正室の子である義鎮(後の宗麟)を嫡男と決定していたが、側室の子である三男の塩市丸を後継者としたいと考え、義鎮を廃嫡し様としていたとされる。
この為、大友氏内部では義鎮派と塩市丸派に分裂し、互いが勢力争いを繰り広げていた。
義鑑は大友家重臣である小佐井大和守(鎮直?)、斎藤長実(鎮実の父)、津久見美作(実名不明)、田口
然し、義鑑や塩市丸の生母は、塩市丸の後継を実現する為に寵臣の入田親誠と共謀して、小佐井大和守、斎藤長実等、義鎮派の主要人物を次々と誅殺していった。
天文19(1550)年2月10日、自分達の身も危ないと察した津久見美作、田口鑑親等が、大友館の2階で就寝していた義鑑と塩市丸、そしてその生母を襲撃した。
この襲撃によって塩市丸とその生母、義鑑等の娘2人等が死亡した。
津久見・田口の両名はその場で壮絶な最期を遂げたが、義鑑も数日後に受けた傷が基で、領国経営に関する置文を残して死去。
義鑑死後、大友氏の家督は戸次鑑連等、家臣に擁立された義鎮が継承した。
この変が起きなければ、後の大友宗麟は存在していなかったといえる。
塩市丸派の入田親誠は肥後の阿蘇惟豊を頼って逃亡するが、事件後に阿蘇氏によって討たれた。
事件後に義鎮は襲撃実行者を処罰したが、天文22(1553)年には服部右京亮等の家臣が義鎮を暗殺し様とする計画が発覚する等、家中は不安定な状況が続いた。
義鑑の義鎮廃嫡については、義鎮の生母は公家の坊城家の娘、或いは大内義興の娘とも言われ、家中からの大内氏の勢力排除の為に計画された事であるとも考えられている。
二階崩れの変は、史料には追いつめられた義鎮派の一部による暴走であると記載されているが、不自然な点が多く、義鑑は10日時点で討ち取られており領国経営に関する書文も義鎮が作成した物だとも、義鎮が陰で動いていたとも言われている。
尚、義鎮の家督継承に反対した入田親誠等が粛清されており、処罰された一族にとっては悲劇だったといえる。
現代においては筑前琵琶等を通じて知られる(*1)(*2)(*3)(*4)。
家族を殺した前科があるが、まさか二度目があるとは思わなかった。
あの時は、単純に御家騒動で済んだが、今回は、国家が絡む大罪だ。
「「「……」」」
3人は、何も言わない。
自白した所で、何も変わらないのだ。
「殿、流石に処罰は、やり過ぎでは? 折角、団結している家を今更、分裂の危機に―――」
「馬鹿者!」
家臣を怒鳴りつけた後、宗麟は、抜刀する。
「中央政府は、改易出来るだぞ? 我が家を。それを旧友が温情で我が家に委任しているんだ? 浪人になりたいのか?」
「……」
家臣は、閉口した。
浪人になり、路頭に迷い、一家心中や餓死、果ては、犯罪者に成り下がった武士は多く居る中、大友家は、未だマシな部類だ。
「答えられないのであれば、この場で叩き斬る―――」
「父上」
次男・親家が口を開く。
「耶蘇教は、皆に平等です。悪僧の仏教とは違い、人々が幸せになり得る宗教なのです」
親家は生まれながらに気性が荒く、耶蘇教に改宗後は、仏教を敵視し、降誕祭に伴い、町中の寺院数軒を破壊したとされる。
「父上も同胞なら御分かりになりませんか? 耶蘇教こそ国教にすべきです」
宗麟も又、切支丹だ。
彼も又、信仰の為に、住吉大明神を破却し、彦山を焼き討ちし、万寿寺を燃やした。
更には、家に伝わっていた達磨をも破壊。
その上、寺社破壊のみならず。仏像や経典の類迄その対象とした。
彼がこれ程破壊解体を行ったのは、主にキリスト教国建設を夢見たとされる侵略先の日向に於いてであり、本拠である豊後や筑後で行われた神社仏閣の徹底的な破壊は、次期当主・義統が行っており義鎮が主導したという資料は見当たらない。
これは当然に宗教心が発した行動であり、仏僧の
「父上も協力した方が―――」
「馬鹿者! 先の内乱で中央に歯向かった者の末路を見ていないのか? 30万人が戦死、或いは、処刑されたのだぞ?」
戦場となった豊後国でも処刑が行われ、川は文字通り、血に染まった。
中央政府への反逆者の末路は、見せしめでもあったのだろう。
間近で見ていた宗麟は以来、現実路線を採り、中央政府には極力、服従する
「父上、御言葉を返す様ですが、中央政府は宗教を平等に扱っている一方で、ユダヤ教なる宗教を優遇しているではありませんか?」
「あれは、真田殿の個人的な考えだ。中央政府の政策とは必ず一致しない―――」
「では、耶蘇教も優遇すべきです―――」
「失礼します」
突如、弥助が入って来た。
「! 貴君は?」
「今回の責任者・弥助です。上様の使いで来ました」
そう言って、紹介状を見せる。
―――
『拝啓 錦秋の候
益々御隆昌の事と御慶び申し上げます。
平素は
さて、早速では御座いますが、貴家に是非御紹介申し上げたい人物が居りましたので書状を差し上げた次第で御座います。
同君は、その実力もさる事ながら実直な人柄で周囲の信頼も厚く必ずや貴家の御役に立つ人材であると確信致しております。
つきましては、履歴書並びに職務経歴書を同封致しましたので、御高覧の上是非御検討下さいます様、御願い致します。
御多忙中の所、誠に恐縮ですが 一度御引見されてはと存じますので宜しく御高配の程御願い申し上げます。
敬具
万和2年10月 近衛大将・真田山城守大河』
―――
同封書の戦果に宗麟は、震えた。
1回の戦闘で100人。
それも全員、撲殺だ。
同席していた立花道雪は、察する。
(監視役、か……)
最初の手紙で「処罰は委任する」と言っておきながら、ちゃんと弥助を派遣する所を見ると、大河は、本音では、大友家を信用していない様だ。
二枚舌、と思うが、言えばどうなるか分からない。
道雪は、彼に嫁ぎ絶縁した娘を想う。
(大丈夫かな? 幸せなら良いが)
今の所、悪い噂は聞かない。
「大友様、制限時間は、1刻です。御早めにお決め下さい」
「何?」
「現在、扇動者を死刑に処している頃です」
「「「!」」」
3人は、驚いて弥助を見た。
「他の参加者、有馬殿や池田殿、一定殿は、既に処分を受けられました。大友家は、上様の特別の御配慮により、改易は、現時点でありません。家内で処罰出来れば、無罪放免。出来なければ、国替えか
「「「!」」」
騒然とする一同。
それでも弥助は、続ける。
「島津家が九州の盟主になるかもしれませんね?」
「……それは、真田殿の御意思か?」
「いえ、島津殿の御提案です」
「……」
島津家は、先の内乱で新政府軍の勝利に貢献した戦功から、政権内部からの評価は高い。
新政府が、提案を受けるか如何かは別問題だが、島津の勢いが凄まじい今、大友家は、存亡の危機にあると言え様。
「……」
「……決められないのであれば、棄教者のみ助命を許しましょう。被害者は、扇動者に騙された側面もあるでしょうから」
「……分かりました」
宗麟は、3人を見た。
「……棄教します」
嫡男・義統が真っ先に表明した。
弥助の圧倒的な迫力と状況から、現実的になったのだろう。
史実でも義統は、棄教している。
「「……」」
残りの2人は、迷っている様だ。
「……残念だ」
宗麟は次男、三男の順に斬る。
親家は首を刎ねられ、親盛は心臓を貫かれた。
「「!」」
二階崩れの変を経験した宗麟には、辛い事だが、家を守る為だ。
「……
弥助に聞こえぬ様に死に行く愛息に囁くのであった。
[参考文献・出典]
*1:『九州治乱記』
*2:『大友記』
*3:『豊後乱記』
*4:『大友興廃記』
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