第177話 師弟対決
『裏切り者は、
元KGBの諜報員の言葉は、重い。
それは、時代や国は違えど、通じる場合がある。
「……はぁ」
詰め所で小太郎は、深い溜息を吐く。
読んでいるのは、矢文の手紙だ。
―――
『この度、西瓜が収穫出来ました。
食べて頂きたいので、是非来て下さい。
北条氏康』
―――
元主君の名義だが、
その花言葉は、『裏切り』。
差出人の正体を暗示している。
小太郎としては、一族を守る為に縁を切ったのだが、一族は逆恨みしている様だ。
一族が
(……私は……)
悩む。
一族を裏切った気持ちは更々無い。
一族を守る為の最善策と思っての行為だったから。
然し、こうもはっきりと、「裏切者」と言われるのは、正直、ショックだ。
赤穂事件の討ち入りの参加者ながらも、直前で迷い、自刃して果てた
実家とは敵対したくない。
然し、奴隷である以上、
自分は大河の所有物であって、自由意志は無いのだ。
「……」
「風魔か」
「!」
振り返ると、大河が於国をお姫様抱っこして立っていた。
赤子の様に彼女は、寝ている。
その手は、大河の手をしっかり握り、離そうとしていない。
「……主」
「分かっているとは思うが、裏切ったら小田原城は、崩す」
「……」
そっと小太郎に手を伸ばす。
そして、引き寄せる。
「絶対に行くなよ? 行ったら殺すから」
「……はい」
愛人とはいえ、正妻優先とはいえ、大河は、心底、小太郎も愛している。
小太郎を抱き締めて、耳元で囁く。
「大好きだ」
と。
「……主は、超能力者ですね?」
「そうか?」
「はい。私が迷っている時に来て……束縛して……」
「惚れた女の気の迷い位、気付かないと夫として務めを果たしていない証拠だ」
「……」
「楠」
「は」
小太郎への当て付けか。
呼ばれた楠は、小太郎よりも真っ黒な忍び装束だ。
「風魔を根絶やしにしろ」
「!」
驚いて大河を見ると、彼は、真剣な目をしていた。
「俺が欲しているのは、小太郎だけだ。他の風魔は不要だ」
「……主」
「奴隷を悩ませたんだ。これで正真正銘の縁切りだよ」
小太郎から手紙を奪うと、くしゃくしゃにして、
「鶫、後で燃やしとけ」
「は」
と、渡す。
それから再び小太郎を見た。
「小太郎が悩む事も決断する事も許さん。貴様は、俺の所有物なんだから。何も考えるな。俺の傍に居ろ」
「……は」
普段は女性に優しいのだが、今回ばかりは、
奴隷が他の者に
強く抱擁され、小太郎は愛を感じるのであった。
大河は、
大友領に風魔一族が侵入した事を特別高等警察からの情報提供で知ると、即座に臼杵城に8万の軍勢を送る。
一般市民に
国軍の増援は、疲弊していた大友隊を勇気づけ、劣勢だった戦局を徐々に持ち直していく。
熊本城攻防戦の時同様、陸上での戦いは、大友隊に任せ、国軍は空爆による支援だ。
『こちら
『こちら
『御意』
空軍機は、編隊飛行で山林にナパーム弾を打ち込んでいく。
隠れていた風魔一族は、山林同様、焼き尽くされていく。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
空爆後、焼き尽くされた山林を今度は、重武装した大友隊が山狩りを行う。
「う……うぅ……」
辛くも焼死を免れた生存者も、1人ずつ確実に刺殺していく。
戦前、あれ程、自信満々であった初代もこれには、驚きだ。
「何故? 情報が漏れた?」
密かに下山し、城下町に潜入する。
然し、そこでも便衣兵の巣窟だ。
―――
『賞金首・風魔小太郎 生死不問 賞金・1千両』
―――
1両は、約4万円である(*2)。
この金額だと単純計算で約4千万円。
家が1軒、
当然、市民も残党狩りに参加している。
「おい、港の方で風魔に誤認された人が袋叩きに遭ったそうだぞ?」
「誤認か。災難だな」
「風貌にそっくりな男は、先を争って奉行所に出頭し、匿ってもらっているんだと」
「その方が安心だな」
パリ解放直後、パリ市民は、
ドイツ人と寝た(とされる)女性は、
国主の大友宗麟の力が弱体化し、警察力が弱まり、一部の市民が自警団の様に振る舞っているのは、当然の事だろう。
風魔も虚無僧に
「おい、あの坊主。風魔じゃね?」
「顔、確認し様ぜ」
多くの自称「警察」が集まり、風魔は万事休す。
その時、奇跡的に、大河がやって来た。
馬に乗り、城下町を散策している。
市民が気付いた。
「近衛大将だ!」
風魔から関心が移り、大河の下へ。
下馬した彼は、市民に頭を下げた。
「この度、作戦とはいえ、山林を焼き尽くしたのは、非常に申し訳無い事です」
「いえいえ、そんな―――」
市民は、慌てた。
山林は、確かに民間の所有物だが、まさか謝罪されるとは思ってもみなかったのだから。
「市民に迷惑をかけた以上、市民1人当たり10両ずつ、賠償金をお支払い致します。後程、市役所の方にてお集り下さい。必ずお渡ししますから」
「「「10両も?」」」
1人約40万は、超太っ腹だ。
平成21(2009)年の定額給付金の1万2千~2万円、令和2(2020)年の特別定額給付金の10万円よりも断然多い。
『数は力、力は金だ』
と田中角栄は、残した様に、金は人心を掴み易い。
「真田様! 万歳!」
「近衛大将! 万歳!」
万歳コールが起き始める。
(好機!)
飛んで火にいる夏の虫。
吹き矢を用意し、群衆に紛れ、大河に近付く。
そして、5m程の距離から吹く。
小さな矢が大河の首筋を捉える。
刺突直前。
「!」
矢は、皮膚に当たらずに落ちた。
まるで見えない壁に邪魔された様に。
「やっぱり、来たか」
橋姫が拾い、潰す。
鬼だけあって人間が作った毒など通用しない。
「な、何故?」
「大河、この馬鹿の処理、私に任せて頂戴」
「応よ」
親友を毒殺しかけた風魔に対する橋姫の殺意は凄まじい。
「「「……」」」
市民の殺気も言わずもがな。
難波大助が虎ノ門事件直後、激怒した群衆に袋叩きに遭った様に。
大河が目前に居なければ、今すぐにでも飛び掛からんばかりの勢いだ。
「で、如何するんだ?」
「忍術を全部奪って殺す」
「おー怖いねぇ」
言葉とは裏腹に、大河は、邪悪な笑みを浮かべた。
風魔の首根っこを掴んだ後、橋姫は、消え去る。
大衆が居るにも関わらず、魔力を使用するのは如何なものかとは思うが、判断力が低下する程、激怒しているのだろう。
この後、大友領に侵入していた風魔一族の
「日ノ本一の忍者である風魔も
報告に勝元は、唇を噛む。
元々、落ち目の忍者集団に期待はしていなかったのだが、まさか誰も討ち取る事が出来ずに壊滅した事には、驚いた。
それ程、国軍の軍事力は、高い証拠だ。
一の矢である信盛が死に、二の矢である風魔は行方不明。
残りは、自分しかいない。
♪
外では、巫女が相変わらず『君が代』を歌っている。
尤も、耳を澄ませばヘブライ語なのだが。
♪
♪
非ユダヤ教徒である勝元には、その意味や宗教性は理解出来ない。
然し、徐々に信者を増やしている辺り、それ相応の魅力はあるのだろう。
「強敵ですね?」
「天海殿、あの歌は何です?」
「国歌ですよ」
「それは分かっていますが」
日ノ本では、中央集権体制が確立された時、国旗及び国歌に関する
日章旗と『君が代』が日ノ本唯一の国旗、国歌に指定され、旭日旗と『海ゆかば』も其々、準国旗、準国歌と法律には、明記されている。
「私には、日本語には、とても聞こえません」
「聴力が良いですね。そうです。あれは、日本語ではありません」
「では、何語で?」
「ヘブライ語です」
「へぶらい語?」
「日本語の出自ですよ」
薄ら笑いを浮かべる天海。
狂気性を満ちたその笑顔に、勝元はより一層の嫌悪感を抱いた事は言う迄も無い。
[参考文献・出典]
*1:ウラジミール・プーチン 2010年7月24日、米露のスパイ交換で諜報員達と面会した際
*2:日本銀行金融研究所貨幣博物館 江戸時代
*3:平稲晶子「丸刈りにされた女たち」『ヨーロッパ研究』No.8 東京大学ドイツ・ヨーロッパ研究センター 2009年
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます