第176話 火炎ノ国
明朝。
熊本城の正門が開き、加藤清正の隊5千が、突撃する。
相対する反乱軍は、1万。
2倍の相手だが、加藤隊の士気は高い。
前日に合流した国軍の本隊300人から力水を貰ったから。
スペインやロシア、清を破った国軍兵士達からつけられた力水は、開戦前の不安を解消又は、緩和させる一役を買った。
「大河、あれって只の水だよね? 何か薬でも盛ったの?」
「橋、人をレイプ・ドラッグの犯人みたいに言うな。
―――
『【
有効成分が含まれていない薬剤(偽薬)によって、症状の改善や副作用の出現が見られる事。
臨床試験時に
その為、
これは、新薬の有効性・安全性を確かめる比較試験の一種で、多数の患者を対象に、調べる必要のある薬と偽薬を使い、誰にどちらを投与したか患者側は勿論、医師側にも一切知らせずに行う試験デザインである。
二重盲検法で新薬の比較試験を行う事で、先入観によって生まれる
―――
人は、専門家の意見を聞き易い。
成功者に肖りたいのは、現代でもよくある所だ。
正門前で衝突する両軍は、斬り合う。
防刃ベストを着用した加藤隊は、刺されても無傷のまま、万歳突撃。
「日ノ本万歳!」
と。
万歳突撃は、相手に大きなトラウマを植え付ける場合がある。
指揮官等の上位者は、簡単に日本兵を討ち取れる事が出来る為、前線とは逆に万歳突撃を好んだとも言われている(*2)。
今回は同じ日本人同士という事もあり、同胞を殺す罪悪感、言葉が通じ合う切なさが、双方にある。
然し、一度振り上げた拳を簡単に振り下ろせないのが、反乱軍だ。
加藤隊に斬られ、国軍の狙撃手に正確に銃撃されていく。
島津義弘も動く。
「「「チェスト~!」」」
大音声と共に、こちらも万歳突撃。
慶長3(1598)年、
刀を落としたら、
大河は、熊本城で待機している。
「……」
島左近や宮本武蔵等が戦う中、自分だけ安全地帯なのは、正直本意ではないが、役職を考慮すると、致し方ない事だろう。
「御大将! 失礼します!」
大谷平馬が、返り血を浴びた顔でやって来た。
相当な敵兵を斬ったのだろう。
顔だけでない。
全身、血塗れだ。
「周辺の敵兵、殲滅に成功! 敵将・佐久間信盛を生け捕りにしました!」
「よくやった」
拍手し、立ち上がる。
「連れて来い」
「は!」
髭はボーボー。
まるで、逮捕された直後のイラクのフセイン元大統領の様だ。
「……何故、切腹しなかった?」
「……」
信盛は、恥ずかしさの余り答えない。
「その服は、偽装か? 武士道精神の欠片も無いな」
「……」
言い訳しないのは、死を覚悟している為だろう。
生き恥を晒させる為に、スターリンが戦後、ヒトラーを檻に閉じ込め、終生、見世物にし様と考えていた例を思い出す。
然し、反
「……自刃しろ。織田家の
「……有難う」
短刀を受け取り、その場で切腹する。
迷いが無い。
元々、死ぬのが、挙兵の動機の一つだったから。
「御大将、介錯は?」
「不要だ。そのまま逝かせてやれ」
「……は」
切腹は、中々、死ねない。
元禄元(1688)年、松平忠章(1672~1735)は
その後、駆け寄って来た家来達に対し、溢れんばかりの内臓を抑えつつ、乱心ではない事を
治療された忠章はその後、天寿を全うした(*3)。
この様な例がある様に、人間は切腹だけで即死は困難で通常、喉を突く場合が多い。
又、作法通り、切腹した場合も介錯人が首を斬り落とす為、激痛に苦しむ時間は殆ど無いのだ。
臓物を露出させても、信盛は死ねない。
記録上、最初に切腹した藤原保輔(? ~988)は、6月14日に切腹し、その翌日にその傷が原因で獄死したのだというのだから、相当な激痛と苦しみがあった筈だ(*4)。
「う……う……」
苦しむ信盛を無視し、大河達は出て行く。
武士として死なす一方、彼は過激な暴力主義者。
介錯させるのは、彼に殺された者や遺族からすると、受け入れ難い。
武士の名誉を守りつつ、犯罪者としても逝かせるには、この方法が折衷案だろう。
信盛を見殺しにした大河は、天守から戦地を見下ろす。
「……」
国軍及び加藤隊の戦死者は、丁重に埋葬されるとは対照的に、
彼等の今後は、無縁仏だ。
近場の寺で手続きされた後、誰からも参られないのは、可哀想ではあるが、反乱をした以上、当然の末路ともいえる。
遺族も身内にその様な恥晒しが出るのは、秘匿にし、家系図からも抹消されるだろう。
それでも彼等は、武士として死んだと思っている。
自己満足は甚だ迷惑であるが、大河も武士には敬意を払っている為、死後、彼等を非難する事は無い。
「真田様。
「おお、お帰り」
げっそりとした於国が、大河に抱き着く。
その目は赤い。
「……きつかった?」
「はい」
「済まんな。重荷を背負わせて」
「いえ。仕事ですから」
従軍巫女として来た於国は、戦死者を弔うのが仕事だ。
沢山の死者に祈りを捧げ、相当、疲れたのだろう。
少し老けた様にも見える。
涙は見せない、とばかりに大河の胸の中で泣く。
祈祷中は遺族の視線がある為、気を張っていたのだが、大河を見る也、緊張の糸が切れたのだろう。
「……」
楠は、黙ってその背中を擦る。
自分達と違い、於国は非戦闘員だ。
名門・信濃真田家の娘とはいえ、大河達と比べると、死には慣れていない。
大河もその頭を撫でつつ、
「橋、治療出来るか?」
「うん」
橋姫が近付き、魔力を使おうとするも、
「御免なさい。使わないで下さい」
はっきりとした口調で、於国は断った。
大河が尋ねる。
「……越えたい壁だから?」
「はい。私が悪いんです。こんな事で疲れちゃ駄目なんです」
「……そうか」
於国がそう言う以上、大河は、納得した。
橋姫も魔力を鎮める。
嫌がっている事を無理矢理、治すと逆効果になる場合がある。
力技で治すのは、人権上、問題もある。
愛妻を傷付けるのは、大河の本意ではない。
妻は12歳。
小学校6年生が戦争に慣れてしまうのは、道徳的・倫理的にも問題がある。
自分を責める於国を、大河は優しく諭す。
「良いんだよ。慣れなくても。殺人に慣れてしまえば、もう後戻り出来ないからな」
「え?」
「基本的に女は、汚れ仕事から無縁でなければならない。美しく居る事が存在理由だからな。殺人等の汚い事は、むさ苦しい男の専売特許だ」
「……」
「於国は、居れば良い。それで良いんだよ」
「……」
菩薩の様な柔和な微笑に於国は、照れる。
日本人男性は、照れ屋が多く、好意を妻に素直に言うのは、
然し、この男は、好色家が
逆に妻が恥ずかしくなる位だ。
(……狡い
吸血鬼の様に大河の首筋に噛み付く。
照れ隠しで。
大河は、何も言わない。
分かっているのかもしれない。
これだからこの男は
何れ、謙信等の様に夫の子供を成すだろう。
累の様に育てられるか如何かは不安だが、愛妻家の彼の事だ。
寸暇を惜しんでも子育てに協力してくれるだろう。
大河の胸板を頬擦りし、於国は、ストレス発散するのであった。
信盛が討ち取られたのは、勝元の耳にも届く。
本陣は、火の海だ。
空軍機が絨毯爆撃し、文字通り、「火の国」と化している。
「……鳥には、敵うまい」
自軍内では、動揺が広がっているが、こんな事で総崩れしないのが、
「”銀杏城”は、やはり、難しいか……では、転戦するか」
肥後国は元々、落とす事が困難だ。
その点、大友領は弱体化が激しい。
現に反乱軍が、既に半分も掌握し、大友宗麟の居城である
「勝元様」
忍び装束の男性が、
「ここは、一つ、我等に御任せ下さい」
「風魔か……」
彼は、風魔小太郎。
大河に仕える小太郎の師匠である。
———
『身の丈七尺二寸(2m16cm)。
筋骨荒々しくむらこぶあり、眼口広く逆け黒髭、牙四つ外に現れ、頭は
———
と評された通り、異様な風貌だ。
風魔一族は、大河に奪われた小太郎を除いて、ユダヤ人の様に離散した。
北条家が山城真田家の管理下に置かれ、情報機関が解体された為だ。
当然、仲間を骨抜きにされ、その上、職を失った一族の多くは、反体制派である。
「何をする?」
「大友宗麟の暗殺です」
「……出来るのか?」
「はい。真田家には、我が愛弟子が居ます故」
「……」
半信半疑の勝元だが、自信満々な風魔が言うのだから、何か策はあるのだろう。
元島津の人間としても、大友宗麟を亡き者に出来るのであれば、万々歳だ。
死後、猛将として語り継がれ易い。
「師弟対決、という訳だな?」
「はい」
「任せる」
「御意」
答えると共に風魔は、忽然と消えた。
現場を長らく離れていても、忍びとしての技術は、死なせていない様だ。
(小僧、さぁ、如何する?)
汚い方法だとは分かっているが、大河程の人間の牙を削ぐ為には、この方法が最適だろう。
(お前の夫婦愛、見せてもらう)
[参考文献・出典]
*1:https://answers.ten-navi.com/dictionary/cat04/3071/
*2:ユージーン・スレッジ 「万歳突撃が始まり、これを撃退すれば早々に決着がつくので、寧ろ行われるのを待ち望んでいた」 一部改定 『ペリリュー・沖縄戦記 』 講談社学術文庫
*3:『世間噺風聞集』
*4:『続古事談』
*5:『北条五代記』
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