第165話 牛頭馬頭

 真田軍の無警告の侵攻は、北畠具教を慌てさせた。

「糞! 何処から情報が漏れた? 間者が居たのか?」

「殿! いえじょう(現・三重県津市)が落ちました!」

「何?」

いえゆききよ殿、討ち死に!」

「ぐ!」

 城主・家城氏は、昔からの北畠家の有力家臣(*1)だ。

 それが簡単に落城し、城主が討ち死にしたとなると、家臣団は一気に総崩れになるだろう。

「! は?」

「それが、先程から捜索しているのですが、行方不明でして」

「何?」

 言いくるめて屋敷に閉じ込めていたのだが、行方不明とはこれは如何に。

「警備兵が殺傷され、服部の家紋が落ちていました」

「! 服部半蔵か!」

 徳川家康が創った世界で初めての特殊部隊を率いる服部半蔵ならば、織田信雄救出作戦は簡単だろう。

「! 真田の方は、陽動だったか!」

 を失った具教は、もう敗色濃厚だ。

 信雄が居なくなった事で、北畠軍も総崩れするだろう。

 精神的支柱が無くなったのだから。

ざかじょう(現・三重県松坂屋)落城!」

 背中に多数の矢が刺さった伝令が、やって来た。

 それが最期の言葉かの様に息絶える。

「―――っ! 本願寺は如何だ?」

「は! 現在、亀山にて交戦中! 然し、空爆に遭い、劣勢です!」

「くうぐん、とやらか!」

 耳を澄ますと、微かに空爆の音が聞こえる。

「「「万歳!」」」

「!」

 げいに、具教の体は、ビクリ。

 進軍喇叭しんぐんらっぱと共に10万の鯨波は、北畠軍の戦意を一気に削ぐ。

「でや~!」

「おら~!」

「突っ込め~!」

 返り血や肉片を浴びつつ、突撃を止めない真田軍。

 交戦する一向宗は、次々に敗走するも、背中を斬られる。

「ぎゃああ!」

 それが例え、僧侶でも少年でも、戦闘員と認定されれば、殺害対象だ。

 まさに地獄絵図である。

 捕虜の処刑も多い。

「お、御慈悲を……」

「貴様、僧侶の癖に何故、富豪なんだ?」

「そ、それは……」

「有罪だ」

「ひ!」

 即断即決で首を刎ねられる。

 真田軍の多くは、貧困層だ。

 その為、不正蓄財の悪僧には個人的な恨んでいる場合も多いのである。

 無論、処刑の基準は真田軍が事前に決めた規則に沿って行う為、非戦闘員には優しい。

「僕、御粥、要るか?」

「……うん」

「良い子だ」

 仏の様な優しさで非戦闘員を保護していくのは、需品科の軍人達。

 彼等は、災害で派遣され、被災者に給食や入浴支援を行っている。

 その為、前線で戦う兵士達とは違い、非常に人間味に溢れている。

 前線の兵士達が鬼ならば、需品科は天使と言え様。

 炊き出しを行い、多くの非戦闘員の腹を満たしていく。

 長島城(現・三重県桑名市)を取り囲んだ時、兵士達は進軍を止めた。

 リムジンが到着する。

「じゃあ、誾、皆を頼んだぞ?」

「はい。行ってらっしゃい」

 誾千代は、大河に接吻し、送り出す。

 リムジンから降りた大河を10万の兵士達は、最敬礼で出迎えた。

「頭、右ぃ!」

 ざざっと、10万の軍靴が向けられる。

 最前線でありながら、大河は和装だ。

 軽装備に長島城の敵兵は、茫然自失だ。

「殿、御着替えを」

「平馬、心配性だな」

「へ?」

 面頬めんぼうを装着した大河は、エリーゼ、楠を抱き寄せて、

「近衛大将たる者が、雑魚相手に鎧は必要ないよ」

「! ですが―――」

「良いから」

 大河が一瞬、胸を見せる。

「!」

 防弾ベストがチラリ。

 成程、と平馬は納得。

 これは、大河が自軍を鼓舞する為の演技パフォーマンスなのだ。

 その証拠に心配性な妻達は見守るだけで、鎧を着けさせ様としない。

 彼女達も知っているのだろう。

 漢を創った英雄・劉邦は、好敵手ライバル・項羽との最終決戦の際、で狙撃された。

 矢の1本が胸に命中したが、劉邦は咄嗟に足を擦り、「奴め、俺の指に当ておった」と言って笑った。

 重傷と判れば自軍が動揺し敗走しかねない、と判断した上での演技である。

 その後、床に伏せたが、張良は彼を無理に立たせて軍中を回らせ、兵士の動揺を収めた。

 大河のもそれに通じるものがあるのだろう。

 最前線で面頬のみ、との軽装備に自軍の士気は、最高潮に達する。

 宣伝役は、島左近だ。

「皆の者! 上様は、軽装備だぞ! 死をも恐れぬ殿様だ!」

「「「おー!」」」

 地鳴りの様な掛け声。

 大河の前に残党が、連れて来られる。

「ひぃ……!」

 悪僧は、へたり込み、失禁した。

 面頬越しの目が、生者とは思えぬ程、瞳孔が開いていたから。

「上様、この者は、北畠具教の影武者でした」

「ほぅ、武蔵。何故、斬らなかったか?」

「上様の剣術が久々に見たくなりまして」

「生憎、最近は、こっちの方なんだ。小太郎」

「は」

 阿吽の呼吸で、M16が渡される。

「「「……」」」

 平馬、左近、武蔵等はじーっと、注目した。

「貴様、影武者か?」

「は、はぃ……」

首魁しゅかいは、何処に居る?」

「長島城天守で……す」

「そうか。楠」

「はいよ」

 軽く返事後、楠は猫の様な軽やかにM1エイブラムスに中へ消えていく。

「あら、私の方が、上手くこなせるのに?」

技巧家テクニシャンは、寝台ベッドだけで十分だ」

「あら、言う様になったじゃない?」

 エリーゼは、大河にしな垂れかかる。

 数秒後、M1エイブラムスが砲撃した。

 XM1147AMP先進多目的が飛び出し、城壁を貫く。

 スマート信管とADL弾薬データリンクによって、

・窪み《バンカー》

・軽装甲車両

・防壁

・対人

 等といった様々な目標に対応する事が出来る。

 城内で爆発し、長島城は、揺らぐ。

「ぎゃああああああああああ! 足がぁあああああああああああああ!」

「腕がぁああああああああああ!」

 手足を吹き飛ばされた僧兵や足軽が、至る所で悶え苦しむ。

進まば往生極楽進者往生極楽 退かば無間地獄退者無間地獄進』の軍旗が、燃えていく。

「……」

 具教は、文字通り、開いた口が塞がらない。

 鎌倉時代以来続く北畠の命運は、軍旗通り、風前の灯火であった。


 城を包囲して数時間。

 大河は、長良川の岸にある旅館に居た。

 長島城まで数百mと距離は近い。

 そこが、真田軍の本陣である。

「未だ、粘っているのか?」

「はい」

 平馬は、苛々している様で貧乏揺すりが激しい。

「……いっそ、突撃を―――」

「待て。勝ち戦とは無暗に死傷者は出したくない。気長に待とう」

「然し―――」

「休息も必要だ。指揮権は左近に委譲している。平馬も休め。寝ていないだろう?」

「う……は、はい」

「睡眠は、必要だ。不足すると、判断力が鈍るからな。だが、油断大敵。何時でも動ける様にしておけ」

「は」

 朝から移動し、そのまま戦闘になった為、真田軍は、疲労困憊だ。

 平馬も空元気であった。

 然し、10万も居る為、日勤組と夜勤組に分ける事が出来る。

 ここに来て大河が休みを選んだのは、その様な理由からであった。

 決して、桶狭間の今川義元の様な怠慢ではない。

 合理的な理由によるものである。

 その証拠に大河は常に帯刀、帯銃している。

 寝ている時以外気を抜くな、とも厳命している。

 油断大敵。

 勝って兜の緒を締めよ。

 まさにこの状況下には、相応しい言葉だ。

「……では、休みます」

「ああ、御休み」

 平馬が下がった後、大河の周りに女性陣が集まる。

「兄者、その面頬、格好良い! 私のも、用意して!」

「兄様、格好良い♡」

「真田様♡」

 わーっと、三姉妹が膝を占領し、背後をエリーゼ、楠が奪う。

 愛人達の入る隙間も無い。

 誾千代、於国、お市は、大河よりも飯だ。

「伊勢海老ってこんなに大きいのね?」

「私も初めてです」

「赤福餅も甘くて美味しいわよ? 御土産に最適ね」

 誾千代、お市は、大人の余裕もある。

 一方、於国は、純粋な食欲からだ。

 誾千代といちゃいちゃしたかった大河だが、楽しんでいる所を邪魔する程の悪漢では無い。

「3人も面頬したい?」

「「「うん!」」」

 素直だ。

「あ、私も」

 エリーゼも挙手。

 対馬を題材とした大ヒットゲームをスマートフォンでやり込んでいる為、面頬には、興味津々なのだ。

「じゃあ、発注し様な」

 外して、お江に付ける。

「おー!」

 武士になった感じで鼻息が荒い。

「次は、私―――」

「エリーゼ、大人げないぞ? 年下には優しくな?」

「じゃあ、貴方を選ぶわ」

 そのまま背中側に倒され、接吻される。

「もう、格好付けちゃって」

「男は、皆、惚れた女の前ではそうなるもんさ」

「バーカ」

 大河の頭を撫で、エリーゼは、額に接吻の嵐。

 口紅が付着し、額が血塗れの様になるが、大河は気にしない。

 接吻されながらも、楠を抱き寄せる。

「いやぁ、温かいわ」

「もう、人を縫い包み扱いして」

「寒い時は、人肌で温め合うんだよ」

「ふん」

 不満気に鼻を鳴らすも、出て行く素振りは無い。

「於国も」

「きゃ―――」

 大河のに捕まり、於国もに。

 合法的に美少女を抱ける異世界万歳だ。

 楠、於国を腹部に置き、その感触を堪能しつつ、大河は仮眠を取る。

「真田様、直ぐ寝ちゃいましたね?」

「兄様は、御疲れなのでしょう」

「じゃあ、ここは、皆で兄者を温め様」

 そして、皆で添い寝するのであった。


[参考文献・出典]

 *1:岩中淳之 他『定本・三重県の城』郷土出版社 1991年

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