第150話 両統迭立

『【りょうとうてつりつ

 鎌倉後期、後嵯峨天皇の後、持明院統(後深草天皇の血統)と大覚寺統(亀山天皇の血統)との二つの皇統から交互に皇位に就いた事』(*1)

 ―――

 人質になった帝は、事実上、御所内で幽閉される。

 自害を恐れた反乱軍は、帝を24時間監視。

 若し、帝が急死した場合、を失うばかりか、更に弔い合戦として真田軍が勢いづく可能性があるからだ。

 古くは、中国大返し。

 近年では、昭和55(1980)年の衆参同時ダブル選挙。

 後者は、自民党の主流派と反主流派が対立していたが、”讃岐の鈍牛どんぎゅう”―――大平正芳(68~69代 1910~1980)首相が選挙中に急死した事により、両派は和解。

 弔い選挙として挙党体制になり、見事、選挙で大勝を果たしたのである。

 軍備でも負けている真田軍に対し、勢いだけでも勝っておきたいのが、反乱軍の本音だ。

「「「……」」」

 両軍は、御所の垣根をへだてて睨み合う。

 帝が人質になった以上、近衛師団は突入も出来ない。

 一方、反乱軍も挑発したら、「真田の事、御所を爆撃するのでは?」と思い、投石さえもしない。

 本当の意味での冷戦コールド・ウォーだ。

 然し、何が契機で、武力衝突になるかは分からない。

 ―――二条城。

 延文元(1356)年の善成王(四辻善成)以来、臣籍降下した朝顔は、文保3(1319)年の忠房親王以来、皇族復帰を果たす。

 後押ししたのは、近衛前久であった。

 改革派に属する彼は、今回の全責任を保守派の隠蔽体質にあるとし、彼等を追い落とす事に成功したのだ。

 帝以外の全皇族の承認を受け、彼女の希望通り、簡素な手続きで皇族復帰。

 そして、上皇に即位する。

 あくまでも一時的な権力者であるが、統帥権とうすいけん等、全権力を有している。

 朝顔上皇の誕生だ。

 後白河法皇の様に法衣をまとった彼女に、信長は改めて挨拶する。

「上皇陛下、御即位おめでとうございます」

「うむ」

 流石、玄人プロ

 一時は情緒不安定になる程、動揺していたのが、嘘の様に冷静沈着だ。

 紫色の法衣には、菊の御紋は無い。

 復帰した以上、付ける事は可能とも解釈出来るが、朝顔はそれを良しとせず、代わりに山城真田家のそれしか付けていない。

 あくまでも、一時的、と主張アピールする為だ。

 彼女の横には、大河が居る。

 本来、上皇と近衛大将が同列に居るのは、不適当である。

 あくまでも、両者は対等ではない。

 最高司令官と直臣であるのだが、慣例を無視し、同席させた朝顔に、誰も反対者は居ない。

 朝顔は、獅子の様な目で尋ねる。

「信長よ、貴家の波多野秀治という者が、反乱軍に居る様だな?」

「は。お恥ずかしい限りです……」

”第六天魔王”の声は、震えていた。

『井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る』の諺通り、改めて、幼帝の雰囲気オーラに圧倒されているのだ。

 征夷大将軍でなければ、嘔吐していた事だろう。

 無表情で朝顔は、続ける。

「責任は、如何する?」

「は……捕まえ次第、我々の方で対処し、波多野氏は、断絶に―――」

「ならん」

「!」

 朝顔が、鬼切安綱を握る。

 現代では北野天満宮で所蔵されているが、この異世界では朝廷が所有者だ。

 史実の流れでは、以下の通り。

 古くは『太平記』の一節で語られる。

 鬼切は伯耆国の鍛冶安綱が鍛え、坂上田村麻呂に奉じた。

 鈴鹿山で鈴鹿御前との戦いに使用され、伊勢神宮に参拝した際には天照大神より夢の中でお告を受けて伊勢神宮に奉納したという(*2)。

 その後、伊勢神宮に参拝した源頼光が夢の中で「子孫代々に伝え、天下を守るべし」と天照大神より鬼切を受け取った。

 頼光の手に渡ると、家臣である渡辺綱に貸し出され鬼の腕を切り落とした。

 又、源満仲が戸蔵山の鬼を切った事から鬼切と名付けられた(*2)。

 源家に相伝された鬼切であるが、新田義貞が北条氏の宝刀鬼丸国綱と共に入手したものの、藤島の戦いで義貞が斯波高経に討たれると鬼切と鬼丸は高経の手に渡る。

 高経が鬼切と鬼丸を手に入れたと知った足利尊氏は源氏の嫡流である足利氏への引渡しを求めた。

 それに対して足利氏と同格であると自負していた高経は拒否した為、尊氏を憤慨させたという。

 鬼切は高経から子孫である最上氏へ伝来する(*3)(*4)。

「……」

 信長は、息を飲んだ。

 朝顔は平和主義者だが、真逆の大河と結婚した事から分かる通り、妄信的な暴力否定主義者ではない。

 幼い皇族が、冬に愛玩動物ペットにしていた天竺鼠を泳法を教え様と池に入れた所、心臓発作を起こし、誤って死なせてしまった。

 それを知った朝顔は激怒し、その皇族を簀巻きにして池に突き落とした逸話エピソードがある。

 流石に皇族は文字通り、頭を冷やした事で命の重さを知る事が出来たが、以降、幼帝を軽視する皇族は現れなかったという。

 この逸話から分かる通り、朝顔は平和主義者であるが、時には体罰も辞さないのである。

 女子と思って軽視する事なかれ。

「「「……」」」

 信長の背後に控える、柴田勝家、滝川一益、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康等、名立たる武将に至っては、目を合わす事さえ出来ない。

 若い森蘭丸に至っては、

「……」

 余りの緊張感に息が詰まり、下座で白目を剥いて失神している。

 上皇の前でその態度は、不敬とも解釈出来なくもないが、朝顔は、以外には、寛大だ。

「悪人は、波多野秀治だけであって、家族は悪くない。通報者は、家族なんだろう?」

「……は」

「断腸の思いで同胞を売ったんだ。その想いに報いて、ぞくちゅうには、反対だ。処罰はならん」

「……は」

 波多野氏存続が、鶴の一声で決まった。

 これには、大河も1枚噛んでいる。

 史実での波多野秀治は、黒井城の戦いの最中、信長に反逆。

 敗戦後は、その罪で磔刑に処された。

 然し、その家系は途絶える事は無く、明治以降は、政治家や国連大使等、輩出している。

 一族郎党皆殺しにするのは、源頼朝の例がある様に、この時代、当然の事だ。

 その短所デメリットを承知の上で大河は、族誅を真っ向から反対し、朝顔を説得、波多野氏を救った。

 法治主義の為に。

 未来の日本の為に。

 抜刀する事は無いが、朝顔は、鬼切安綱を信長の目前に置く。

「……」

「天下人として耄碌もうろくしたか? 今後は、隠居した方が良いのでは?」

「!」

 隠居勧告―――事実上の引退勧告だ。

「……誠に申し訳御座いません」

 信長は、そう返すのが、やっとだ。

 普段、朝顔は政治に思う事があっても、意見を述べる事は殆ど無かった。

 それは、臣籍降下後も同じで在位中の職業病だったのだろう。

 然し、今は、自制出来ぬ程、信長への不信が強い。

 張作霖爆殺事件を奏上した田中義一の如く、信長の顔は青くなっていく。

ではなくの為、強制力は無い。

 だが、影響力は、否定出来ない。

 今後、信長は、田中義一の様に一気に老け込むだろう。

「鎮圧は、近衛大将に全権を委ねる。朕も現場に行く。良いな?」

「「「はー!」」」

 織田軍は、一時的に近衛師団の隷下になるのであった。


 朝顔を上皇とした近衛師団は、早速、鎮圧に乗り出す。

 2・26事件が3日かかった様に、日本はこの手の事が遅い。

 だが、大河は、即断即決だ。

 大義名分を得た以上、ただ、指を咥えて見る事は無い。

「……」

 緑色の軍帽を被り、大河は、これまた緑色の軍服を颯爽と着る。

 軍服は、イスラエルのそれが模範だ。

 腰にサーベル、脇に愛銃を吊り下げたその様に、女性陣は、

「「「……」」」

 見惚れるしかない。

 軍服を若者受けする様に格好良く意匠計画したのが、ナチスが始まりとされる。

 それまでの軍服と言えば、戦闘重視の地味な物が多かった。

 それをナチスは、世界的なデザイナーを雇う事でそれまでの価値観を一変させたのだ。

 大河も軍服は、機能性と共に外観の良さを求めている。

 両肩に近衛大将を示す虎の牙を模した肩章が、意匠計画されている。

 近衛大将の唐名、がくだいしょうぐんが由来だ。

 軍帽には、六芒星が刻まれている。

 意匠計画したのは、エリーゼだ。

 彼女も同様に軍服姿である。

「……行くのね?」

 誾千代は、寂しそうだ。

 謙信も累を抱きつつ、心配していた。

「……だー」

「累、御父さんはね? 仕事に行くのよ」

「だー……」

 華姫も反対派だ。

「……」

 無言で大河の袖を引っ張り、離さない。

 三姉妹に至っては茶々が背中、お初が腰、お江は無理矢理、胸に収まっている。

「「……」」

 於国は、千姫と千人針を編んでいる。

 武家に生まれた以上、家族が戦争に行くのは、3姉妹より受け入れているのだ。

 参戦する楠は、くノ一衣装で大河の手を握っている。

 反戦派の中で、参戦する数少ない女性だ。

「「……」」

 小太郎、鶫のコンビも準備をしていた。

「兄者、行くの?」

「日ノ本の危機だから」

 優しくお江の頭を撫で、頬に接吻する。

「……無事でね?」

「分かってるよ。帰ったら、一緒に逢引し様な?」

「……うん」

 涙目のお江は、唇に接吻を返す。

「……」

 舌を入れて、大河の口内を犯す。

 徐々にお江は、本当に泣き始めた。

 本当に、大河と別れるのが嫌なのだ。

 唾液に涙も混ざり、しょっぱさが出てくる。

「……」

 1分経っても、お江は、離れない。

 と、ここで彼女の力が抜ける。

「……?」

 不審に感じ、大河は引き剥がす。

「あに……じゃ……」

 想いが強過ぎた結果、気絶していた。

 勝手に接吻し、このざまだ。

 大河は、苦笑いしかない。

「若殿、預かります」

「ああ」

 アプトが、お江を受け止める。

「精神的な看護も頼んだ」

「承知しています」

 壁時計から鳩が飛び出す。

「クルックー!」

 時刻は、午前0時。

 禁門の変2日目に入った。

「東郷、時間だ」

 朝顔がやって来る。

 お市、信松尼も。

「ああ、行くよ。じゃあ、お市様、信松尼様、皆を宜しく御願いします」

「分かりました」

「お任せ下さい」

 大河が居ない間、2人が妻子を見る。

 細川ガラシャが夫不在の間、人質になり、自害して果てた例がある為、心配性の大河が呼んだのだ。

「……真田様」

「平和を取り戻すよ」

「……指切り拳万、御願いします」

「あいよ」

 2人は小指を絡ませる。

「「……」」

 大河に見詰められ、茶々は目を逸らす。

 自分で提案した癖に恥ずかしくなったのだ。

「茶々、可愛いな」

「! もう、馬鹿!」

 人が心配しているのにこの態度だ。

 恥ずかしさで怒りが増幅していた茶々は激昂するも、

「本心だよ」

「!」

 足払いで茶々の足元を掬い、ふわりと浮き上がった所を抱きとめる。

「軽いな」

「……!」

 全身をたこの様に真っ赤にさせた茶々は、そのまま、

「きゅぅ……」

 変な声を上げて失神。

「おーい?」

 頬をプニプニしても、死体の様に動かない。

「真田様、余り虐めないで下さい」

 お市が、奪う。

「気絶させた咎、帰宅後に払って下さいね?」

「分かってますよ」

「……」

 実姉が心配になったお初は、お市の元へ。

 そして、振り返り、大河に向かってあっかんべー。

「死んだら許さないからね?」

 ここに来てもツンデレ発動だ。

「ああ、死体に鞭打ってくれ」

 微笑んで、大河はそう返す。

「山城様」

「当主様」

 千姫と於国が千人針を渡す。

 流石に本当に1千人の女性に協力を得て作った物ではない。

 妻達が総出で1人約100回を目安に縫い、結び目を作った。

『武運長久』

 と書かれ、日章旗と旭日旗が、意匠計画されている。

「私からはこれ」

 誾千代が渡したのは、慰問袋であった。

「生活必需品と御守り」

「おお、有難い」

 すっと、誾千代が首に腕を回す。

 そして、囁いた。

「(御守りには、陰毛も入れてあるからね? 若し、寂しくなったら見てね?)」

 かつての日本では、召集された兵士が妻や恋人の陰毛をお守りとして戦地へ持参したという話やプロ麻雀師が一大勝負に赴く時に懇意こんいの情婦の陰毛を「運気が向上する」とお守りとして持参したという話もあり、これにならって陰毛が受験や賭け事や勝負事でのお守りになるという言説もしばしば見られる。

 科学的な根拠があるという訳ではないこれらの例も性を神秘的な物と捉える、古い時代からの性器崇拝の名残りであると言え様(*5)。

「全員分?」

「(うん♡)」

「有難う」

 2人は、接吻し、再会を誓い合う。

 分裂した日ノ本を取り戻す。

 決心した大河は、朝顔の手を引く。

 楠、小太郎、鶫も凛々しい顔で歩く。

 その背後で女性陣は、無事を祈るのであった。


[参考文献・出典]

*1:goo辞書

*2:『太平記』巻三十二「直冬上洛事付鬼丸鬼切事」

*3:小和田泰経『刀剣目録』新紀元社 2015年)

*4:関幸彦『武士の原像 都大路の暗殺者たち』PHP研究所 2014年

*5:ウィキペディア

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