第139話 自由闊達
台湾から帰国した大河を、国民はもう褒める事は無い。
平和ボケならぬ連勝ボケから、勝って当然と思う様になったからだ。
その分、期待値が高くなり、真田軍の心労は増える。
然し、そんな事では軍人はやってられない。
政治面でも山城国は、大きく近代化していた。
第1回都議会選挙が実施され、正式に民主主義を歩み始めたのだ。
投票方法は、白紙に支持者の名前の下に『〇』を書いて、投票箱に投じる。
これならば読み書きが出来ない者も、何不自由なく政治に参加出来る。
立候補者も現代式だ。
相応の投票数に達しなかった場合、高額な供託金を没収される。
大河としては本心としては供託金を採用せず、貴賤不問で立候補者になれる様にしたいのだが。
如何せん、泡沫候補が乱立すると、有権者が混乱し、政治不信に繋がりかねない。
この他、立候補者には全員、公家との面接と筆記試験を受けなければならない。
これは現代の国会議員の一部が余りにも無能が故に大河が採った選抜試験である。
政治家になる以上、倫理や教養は必要不可欠だ。
事故が起きても行方を
問題性のある政治家は、始めから要らない。
血税で食べている以上、当然の事だろう。
立候補の権利は、全都民にある。
然し、都議会議員になれるか如何かは、別だ。
多額の選挙資金と教養、更に人間性まで問われるのだから。
日ノ本全土が注目した世界で初めての民主的な選挙は、議員定数127人の枠を1千人が争い、混乱無く終えた。
今日は、その当選者達が挨拶に来る日であった。
「お早う御座います」
「「「お早う御座います!」」」
山城守(京都府知事に相当)に気に入られ様と、当選者達の返事は大きい。
男性が9割なので、ほぼ野太い声だ。
残りの女性達も、皆、着飾って、
現代では、東京都の都議会議員が、選挙後に都知事に挨拶に行く事は、同じ党や派閥を除いて、先ず有り得ないだろう。
政治的な駆け引きを除いて、政敵に愛想を振り撒く程、無意味な事は無い。
大河は、累を抱っこしていた。
その様に当選者達は、其々思う。
(日本男児たる者が、育児など……山城守は、女々しい所があるな)
(奥様が居ない……今日は、山城守が、育児の当番なのかな?)
(
殆どの男性議員は内心で馬鹿にし、逆に殆どの女性議員は評価する。
男性は外で仕事し、女性は家事をする―――という考え方が、現代以上に強い為だ。
「……」
累は、父親の腕の中でぐっすり眠っている。
赤子は、寝るのが仕事だ。
『寝る子は育つ』と言う様に大河が、累の過眠を責める事は無い。
「山城様」
代表して、女性議員の雷鳥が、挨拶する。
公約で男女平等を訴え、女性の権利向上を訴えるフェミニストだ。
選挙前、女性の参政権を公約に掲げていたが、大河の鶴の一声で、女性にも賛成験が与えられ、振り上げた拳をどう振り下ろそうか戸惑った事は、その界隈では有名な逸話である。
「登城を御許し下さり有難う御座います。失礼ながら訓示の方を御願いします」
「うむ……」
面倒臭いが、都政を担う新人議員は、不安しかない。
先輩議員が居ないのだから、仕方の無い事だろう。
マイクを握る。
『……君達は、これから都民の為に都政を邁進する希望の星である。だが、理想と現実には分かっているだろうが、想像以上の差異がある事が多い』
「「「……」」」
直立不動で、新人議員達は、聞いている。
『平凡な政治家で終わるかも知れない。 失敗ばかりで、非難や誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労な事だと思う』
「「「……」」」
『然し、 国民から歓迎され、 ちやほやされる事態とはそれ程、政治的不信が高まっている場合がある』
「……?」
雷鳥が、「如何言う事ですか?」と目で尋ねる。
他の議員達も分かっていない。
『ある大国が戦争で大敗し、国家予算が逼迫する程、困窮し、国民はその日の食う物さえ困る様になった』
突然、物語が始まり、更に議員達は注意深く聞く。
『そこにある男が目を付け、出馬した。
「自分達がこれ程貧しくなったのは、異人の所為だ」
と断定してな? その男の口八丁手八丁も然る事ながら、国民は、騙され、男は、当選。その後、その国は男に支配され、異国を占領する様になった』
「「「……」」」
『その男の下でその国は、一気に欲が出て、世界統一を画策する。世界を相手に』
「「「……」」」
『結局、その国は再び大敗し、国は二つに分断された。大戦前、男を熱狂的に支持していた多くの国民は、戦争の責任を男達に擦り付け、彼等は縛り首に遭ったとさ―――俺が言いたい事、分かるよな?』
「「「……」」」
自分を熱狂的に支持する国民でも、状況次第では掌を返す。
その男―――ヒトラーは、民主主義を『誰も責任を取りたくない衆愚政治』と表現した。
1945年の終戦直後のドイツは、まさにその言葉通りの世界であった。
―――
『女性は気を失い、男性は顔を背け、「知らなかったんだ」という声が人々から上がった。すると、解放された収容者達は怒りを露わにこう叫んだ。
「いいや、貴方達は知っていた」』(*1)
―――
独裁政権の代表例であるナチスだが、それを生んだのは、当時のドイツ国民である。
民主主義史上、最悪の失敗例と言え様。
場合によっては、大河は、当時、ナチスの台頭を当初、弱めていたヒンデンブルク大統領の様な存在になっても可笑しくは無い。
今後、国政も始まる為、国会の為にも都議会は、良き見本になる必要がある。
大河は、怖い顔で続けた。
『言葉を変えれば君達が日陰者である時の方が、都民や山城国は幸せなのだ。堪えて貰いたい。一生御苦労な事だと思うが、 国家の為に忍び堪え頑張って貰いたい。 都の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ?』
他の地方自治体の議会は、厳しくないが、都議会は醜聞でさえもNGだ。
・不倫
・偽証罪
・贈収賄罪
・賭け麻雀
・多目的
等は、問答無用で弾劾され、死刑に処される。
高給な分、醜聞が判明し、事実と確定した時点で政治家人生と共に、命も終わるのだ。
軍人、警察官以上に世界一危険な職業と言え様。
親馬鹿なだらしない笑顔で、大河は言う。
『当選したからっと言って上級国民じゃないからな? 心して務め、陛下や国民、俺を悲しませない様に』
「「「……」」」
当選の喜びも束の間、彼等は後悔した事を言うまでも無い。
対面が終わった後、雷鳥は、大河と会見していた。
「山城様、御時間を頂き有難う御座います」
「うむ」
相変わらず、大河は累を抱っこしている。
今日は、1日、当番なのかもしれない。
個室には、2人以外に彼女の女性秘書と大河が用意したテープレコーダーのみ。
会話を録音するのは、後々、
尤も、大河と諍いを起こす様な輩は、日ノ本には居ない。
録音機を気にしつつ、雷鳥は、提案する。
「煙草を禁止したいのですが、宜しいでしょうか?」
「……理由は?」
「体に悪いからです」
雷鳥が、煙草の害を研究する内科医の論文を見せる。
―――
『【煙の正体】
煙には約4千種類以上の化学物質が含まれており、その内、約200種類以上が毒物、約60種類は発癌性物質である。
中でも三大有害物質と言われるのが、
・ニコチン
・タール
・一酸化炭素
で、これらの成分により、様々な癌を発症する危険が高まる。
肺癌による死亡の危険性は
又、煙草の害は癌の発症だけでなく、心臓や血管系にも影響を及ぼす。
具体的には、
・血管の収縮による血圧の上昇
・血液の粘度の上昇
・動脈硬化の進行
・心臓への負担の増大
等が挙げられる。
こういった状況が長く続けば、軈ては狭心症や心筋梗塞といった命に関わる病気に繋がったり、手足の血管が詰まり、腐ってしまう等といった危険性もある。
【煙草に含まれる有害物質】
・タール :多くの発癌物質を含む
・ニコチン :麻薬を上回る強い依存性
:血管の収縮、血流の悪化
・一酸化炭素:全身の細胞を酸欠状態に
【喫煙が引き起こす肺の病気】
煙草は、肺の細胞も破壊してしまう。
従来、
・慢性気管支炎
・肺気腫
と呼ばれていた疾患だ。
この病気は、煙草の有害物質により、気道や肺胞に炎症が起こり、肺の働きが低下する事で、正常な呼吸が困難になり、
・咳
・痰
・息切れ
等の症状を発症する。
「死よりも辛い」と言われる程、進行すると大きな苦痛を伴う病気だ。
【受動喫煙の怖さ】
煙草は吸っている本人だけではなく、煙に晒される周囲の人達にも害を齎す。
煙草から出てくる副流煙には、本人が吸いこむ主流煙の何倍もの有害物質が含まれている。
特に、副流煙は妊婦や子供に対しての影響が大きく、妊婦の場合は、流産や早産、胎児の発育障害、子供の場合は、
・乳幼児突然死症候群
・小児癌
・喘息
・気管支炎
・中耳炎
・発達障害
・言語能力低下
等といった様々な病気の危険が高まるので注意が必要だ。
【吸った後も排出される有害物質】
喫煙後の数分間は、吐く息から煙草の成分が大量に排出され、その後も微量に排出され続ける。
又、煙草の煙は壁や家具、髪の毛、持ち物にも付着する。
その成分が手等に付着し、体内に入り込む。
これを三次受動喫煙(残留受動喫煙)と言う。
三次受動喫煙では、ニコチンが大気中の亜硝酸と反応して出来るニトロソアミンが増加し、健康被害もより大きいと言われている』(*2)
―――
南米発祥の煙草がアジアに伝来したのは、1575年、フィリピンでの事。
その後、17世紀初頭までの僅かな間に、
・福建省
・インド
・ジャワ
・日本
等に広まっていった。
嗅ぎ煙草、葉巻等、沢山の吸い方があるが、当時、スペイン以外の日本を含めた国々で流行ったのは、喫煙具に刻み煙草を詰めて喫煙する所謂パイプ煙草である(*3)。
閉ざされた島国だけあって、日本人は、異文化に興味津々だ。
瞬く間にそれまで無かった煙草が、全国に拡大し、今では老若男女、貴賤無関係に愛煙家が多くなっている。
然し、現代は禁煙の時代だ。
煙草を吸っているだけで嫌な顔をされる事を、この時代の愛煙家達は知る由も無い。
大河も嫌煙家で、京都新城内での喫煙は禁止している。
喫煙していた足軽をそのまま斬った事さえある程だ。
嫌煙家の団体の長を務める雷鳥が、それを利用して接近したのだろう。
「……煙草を規制する法律を作りたい?」
「はい。山城様は、私共同様、嫌煙家と聞きました。是非、成立に御協力の程を―――」
「断る」
「!」
ソファーに踏ん反り返り、大河は目を
「法案には、関わらない。議員達が決める事だ」
「で、でも―――」
「それに議員には、愛煙家が多い。モクモク会が抵抗するぞ?」
「……」
モクモク会―――愛煙家の議員達によって設立された議員連盟だ。
煙草農家や愛煙家を支持層としており、今回の選挙でも彼等の圧倒的な支持を得て当選した。
現代にも、同名の超党派による議員連盟がある様に。
支持基盤が強いと中々、規制法は通らない物だ。
「……山城様は、嫌煙家ですよね? 協力して頂けないのですか?」
意地悪く言うが、大河の意思は変わらない。
「自分で言うのも何だが、俺には影響力がある。大衆の多くは無知で愚かだからな?」
「……」
「熱狂する大衆のみが操縦可能だ。法律を通したいなら、国民から支持を集めるんだ。俺のは、1票に過ぎない」
―――
『大衆の多くは無知で愚かである』
『熱狂する大衆のみが操縦可能である』
奇しくも、ヒトラーの言葉(*4)であるが、彼の様な独裁を嫌い、民主主義者を自認する大河は、気付いていない。
―――
秘書が、雷鳥を見る。
頼みの綱が断たれ、がっくし。
「……本当に都政には、不干渉なんですね?」
「ああ。監視はするが、言わんよ。好きな様にやれ。但し、民を一番に想う事だ」
「……は」
都政が開始した事により、事実上、大河の政治家としての職務は終わりだ。
後は、名ばかりの山城守(現・都知事に相当)よりも近衛大将としてのそれが多くなり、朝廷の仕事が増えるだろう。
録音機を切った後、大河は、笑顔で言う。
「働き次第では、初代議長に据え様。期待しているからな?」
「「!」」
雷鳥、秘書は驚く。
「だー……?」
「おお、起こしてしまったな? 御免な? 御乳の時間だな?」
累をあやしつつ、大河は出て行く。
背を向けて、2人に手を振りつつ。
「「……」」
”一騎当千”の激励に2人の顔は、赤い。
大河の心眼か、運か、2人の実力か。
日本初のフェミニスト、雷鳥はその後、都政で活躍し、初代都議会議長に就任するのは、別の話であった。
[参考文献・出典]
*1:ユダヤ絶滅収容所を強制的に見学させられるドイツ人の手記 一部改定 『新・映像の世紀』第3集 ヒトラーが描いた世界と未来
*2:函館五稜郭病院 HP
*3:ウィキペディア
*4:https://meigen.keiziban-jp.com/%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC
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