第97話 益者三友
―――
『嵯峨天皇の御世(809~825年)、とある公卿の娘が深い妬みにとらわれ、貴船神社に7日間籠って、
「貴船大明神よ、私を生きながら鬼神に変えて下さい。妬ましい女を取り殺したいのです」
と祈った。
明神は哀れに思い、
「本当に鬼になりたければ、姿を変えて宇治川に21日間浸れ」
と告げた。
女は都に帰ると、髪を五つに分け5本の角にし、顔には朱をさし体には丹を塗って全身を赤くし、
夜が更けると大和大路を南へ走り、それを見た人はその鬼の様な姿を見たショックで倒れて死んでしまった。
その様にして宇治川に21日間浸ると、貴船大明神の言った通り生きながら鬼になった。
これが「宇治の橋姫」である。
橋姫は、妬んでいた女、その縁者、相手の男の方の親類、しまいには誰彼構わず、次々と殺した。
男を殺す時は女の姿、女を殺す時は男の姿になって殺していった。
京中の者が、申の時(午後3~5時頃)を過ぎると家に人を入れる事も外出する事も無くなった。
そうした頃、源頼光の四天王の1人、源綱が一条大宮に遣わされた。
夜は(橋姫の所為で)危険なので、名刀「
その帰り道、一条堀川の戻橋を渡る時、女性を見付けた。
見た所、20歳余で、肌は雪の様に白く、紅梅色の打衣を着て、お経を持って、1人で南へ向かっていた。
綱は、
「夜は危ないので、五条迄送りましょう」
と言って、自分は馬から降りて女を乗せ、堀川東岸を南に向かった。
正親町の近くで女が、
「実は家は都の外なのですが、送って下さらないでしょうか?」
と頼んだので、綱は、
「分かりました。お送りします」
と答えた。
すると女は鬼の姿に変わり、
「愛宕山へ行きましょう」
と言って綱の髪を掴んで北西へ飛び立った。
綱は慌てず、鬚切で鬼の腕を断ち斬った。
綱は北野の社に落ち、鬼は手を斬られたまま愛宕へ飛んでいった。
綱が髪を掴んでいた鬼の腕を手に取って見ると、雪の様に白かった筈が真っ黒で、銀の針を立てた様に白い毛がびっしり生えていた。
鬼の腕を頼光に見せると彼は大いに驚き、安倍晴明を呼んでどうすればいいか問うた。
晴明が、
「綱は7日間休暇を取って謹慎して下さい。鬼の腕は私が仁王経を読んで封印します」
と言ったので、その通りにさせた』(*1)
―――
『平家物語』を読んでいた誾千代は、気配を感じた。
振り返ると、大河が立っていた。
我が目を疑う。
「只今」
「本……物?」
「ああ」
「……」
大河に触れ、その感触を確かめる。
足もあり、幽霊ではない。
「……大河?」
「只今」
微笑んだ大河は、誾千代の頬を撫でる。
「……良かった」
「ああ」
2人は、抱き合う。
誾千代に引き合わせた小太郎と鶫は、満足顔であった。
これで、任務完遂だ。
そっと、襖を閉める。
源義経や西郷隆盛、ヒトラー等に生存説があった様に、大河も又、日ノ本中にそれが流布されていた。
一時は誾千代が名代のまま、後を継ぎ、華姫が成人するまで摂政の役割を果たすのでは? と、噂が流れた程だ。
然し、大河が生還した事で、前者は証明され、後者は一気に無かった事になる。
民への被害を最小限に抑えた彼を、嫌う地元民は居ない。
特に「無傷」なのが、驚かせた。
噂では、「部下を守る為に”鬼島津”の如く、奮戦した」とも伝わっていたからだ。
「領主様は、不死身なのか?」
「そうかもしれん。無敵でもある」
「仏の御加護にしても奇跡が過ぎるだろう」
軍事行進の観衆は、口々に言い合う。
安土城の乱の返礼で、織田軍の警備も付いている。
「……狭い」
「良いの♡」
「又、撃たれたいの?」
馬上で、誾千代とエリーゼに挟まれた大河は見動きが取れない。
本当は、女性陣が集合し、じゃんけんで決まった訳である。
「……まぁ、良いか」
挟まれている為、2人の胸を合法的に堪能する事が出来るのは、利点だ。
「大河、揉まないでよ?」
「じゃあ、エリーゼ。これで良いか?」
接吻され、エリーゼの両目は、見開かれる。
「「「おー!」」」
観衆は感心し、野郎共は、指笛で囃し立てる。
外国生活が長く、又、好色家な大河には日本人特有の恥じらいが余りない。
青姦は流石にしないが、人前での接吻には、何ら抵抗が無いのだ。
虚を突かれたエリーゼは、
「きゅう……!」
変な声を出した後、一瞬で気絶してしまう。
「……」
エリーゼの顔を愛おしそうに撫でる。
「もう、誑しね?」
「殺気を感じたからな」
「私も後でしてね?」
大河とは違い、恥じらいがある誾千代は、人前ではしたくない。
「分かってるよ」
強要が嫌な大河も無理強いはしない。
長い夫婦生活。
恋人時代とは違い、今度は、配慮が必要だ。
”
―――
『結婚に必要な物は、
―――
と述べている様に。
愛し合っているだけで長続きは、難しいだろう。
仮の宿舎である帝国旅館に到着し、大河達は、下馬する。
玄関前では三姉妹が、花束を持って待っていた。
彼女達は、二条城に避難していた為、今回が政変後、初めての再会だ。
「「「お帰りなさい」」」
渡されたヒペリカムの花言葉は、『
後者は、3人の真意を表していた。
「有難う」
「「「……」」」
じーっと3人は、大河を直視する。
特に足の部分を。
幽霊か如何か疑っているのかもしれない。
「……兄者」
「お江、少し見ない内に
「兄者~!」
悪質タックルをお江は行い、大河に抱き着く。
そして、号泣。
誾千代の話では、伏せられていたらしいが、何かの時機で知ったのだろう。
大河の胸元で失恋直後の様に大号泣する。
折角、信長から贈られてた織田家特製の和装が、鼻水で涙で台無しだ。
然し、大河は、気にしない。
お江を御姫様抱っこし、その愛に応える。
「御免な。泣かせて」
「……兄者の馬鹿」
御姫様抱っこされ、お江は、徐々に落ち着いていく。
茶々も物欲しげだが、長姉として、我慢する。
「改めて真田様、お帰りなさいませ」
「只今。お土産だ」
大河が木箱を渡す。
「? 開けても?」
「良いよ」
「……」
恐る恐る開けると、牛の角の様な何かが入っていた。
「……これは?」
「鬼の角だよ。俺を襲っていた鬼を捜索隊の皆が助けてくれたんだ」
「……」
信じ難い話だが、鬼の逸話は、よく聞く。
「鬼とは?」
「紹介するよ。親友の橋姫だ」
「「「!」」」
3人の前に
猛虎が描かれたビキニは、ラ●ちゃんを彷彿とさせる。
「初めまして。
「「「……」」」
3人は、言葉を失った。
誾千代も背後で、頭を抱え、溜息を吐く。
大河の女性関係の激しさ(?)は、黙認しているのだが、まさか妖迄手を出すとは予想外だからだ。
「私も最初に紹介された時、訳が分からなかったわ。でも、安心して。敵意は無いから」
妖の世界で人間を救った呪々―――橋姫は、故郷から追放され、大河の下へ転がり込んだ。
自分の命を救ってくれた恩人を見捨てる事が出来なかった大河は、亡命先として山城真田家を用意した。
今尚、微力ながら魔力を持つ橋姫を受け入れる事は、家の発展もし易い。
今後は、座敷童の様な立ち位置で居る事になるだろう。
「私、頭が痛くなってきましたわ」
「魔力で治せるよ?」
「いえ……結構です」
お初に支えられ、茶々は部屋に戻って行く。
妖を見るのが、初めてな人々には、この反応が適当だろう。
橋姫の姿は、彼女が認めた人々以外、認識出来ない様で、守備兵や町民が慌てる事は無い。
「お江。城は、どうなった?」
「焼けちゃった」
「そうか。じゃあ、又、再建し様」
「!」
”再建お爺さん”の様な笑顔で言われ、お江は、不思議と元気が出た。
「……そうだね。今度は、一から持ち家作ろうよ」
「そうだな」
お江の前向きさに誾千代も微笑む。
大河の明るさが、お江に伝染し、更に誾千代にも伝わった。
「じゃあ、早速、新しい家を考え様か?」
「うん!」
大河の顎に接吻し、お江は、更に密着するのだった。
[参考文献・出典]
*1:『平家物語』剣巻
*2:https://rennai-meigen.com/kekkonseikatsu/
*3:https://rennai-meigen.com/hypericum-hanakotoba/
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