和顔愛語

第98話 物換星移

 万和元(1576)元年9月中旬。

 落城した二条古城の跡地にて、しんじょうの建設が始まる。

 建設業者は、現存する世界最古の企業として知られる銀剛組。

 敏達天皇7(578)年は、聖徳太子が活躍する前の時代であり、その古さが分かるだろう。

 元々は、神社仏閣専門の宮大工の集団なのだが、朝顔の「御所風の城が良い」との鶴の一声で請け負う事となったのだ。

 朝顔と交流があった彼等は、直々に指名されただけあって、やる気が凄い。

 皆、松岡●造の様に熱い。

 叫びながら、それぞれ、作業に勤しんでいる。

「諦めんなよ! 諦めんなよ、お前!! 如何してそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ! 駄目駄目駄目! 諦めたら! 周りの事思えよ、応援してる人達の事思ってみろって! 後もうちょっとの所なんだから!」

「過去の事を思っちゃ駄目だよ。何であんな事したんだろ… って、怒りに変わってくるから。未来の事も思っちゃ駄目。大丈夫かな、あはぁ~ん。不安になってくるでしょ? ならば、一所懸命、一つの所に命を懸ける! そうだ! 今ここを生きていけば、皆イキイキするぞ!!」

「苦しいか? 笑え!」

 否、暑苦しい。

 が、仕事の不備は無い。

 墨俣一夜城の如く、短期間で城が出来ていく。

 その間、大河達の仮住まいは、嵐山にある別邸だ。

 元々は、迎賓館の様に使用する予定だったが、まさか自分達が、使用者になるとは思いもしなかった。

 内装は、洋式。

 温水洗浄便座シャワートイレにシャンデリアは、現代的である。

 浴室も洋式で、浴槽バスタブ手拭タオルトイレ、流しシンク、鏡があるのは、世界でここだけだろう。

「便座、温かくて良かったわよ♡」

 初体験の謙信は、満足気だ。

 汲み取りボットン便所より、こっち派に転向した。

 史実で春日山城の厠で脳溢血(説)で死亡した為、大河としては、謙信と厠の関係性は、気になる所ではあるが。

 気に入ってくれるならば、良い事だ。

 謙信に抱き着かれつつ、大河は、幼妻四天王―――朝顔、於国、お江、楠を抱えている。

 政変以来、夫婦関係は、非常に良い。

 毎日が結婚式当日の様だ。

「真田、もっと抱き締めて」

「応よ」

 朝顔の言う通りにすると、彼女は、微笑む。

 他の女性陣とは違い、帝の時から感情を抑制する様に努めていた彼女は、再会時も取り乱す事が無かった。

 然し、毎日交流し、時には1日、かわやと風呂以外、一緒の時もある。

 事件を機に、その愛は更に強くなっている。

「ちちうえ~」

 居場所が無い華姫は、仕方なしに大河の背中をロッククライミングの様に攀じ登り、その肩に乗る。

「きょーは、やすみ?」

「ずーっとな」

 城が再建するまで、やる事は無い。

 日頃の仕事は、朝廷から派遣された宮内省の役人が、代理で行っているから。

 家が出来るまで仕事するな、という帝の配慮だ。

 一気に無職の様な状態になったが、数か月働かなくてもいい様な程、蓄えがある。

 副業の不動産収入やメイド服の特許料等もある為、正直な所、死ぬまで遊んで暮らせる。

 但し、戦乱が起きれば、収入が断たれる可能性がある為、油断大敵であるが。

「じゃあ、ずっといっしょ?」

「城が出来るまでな」

「(えーえんにいっしょがいいな)」

「何?」

「なんでもないよ。えへへへ♡」

 大河の耳朶じだかじり付く。

 目に入れても痛くない、大河は可愛がっているのだが、華姫は食べたい程養父を愛しているのだ。

 大河が、養女の片想いに気付く事は無いが。

 齧られつつ、大河は4人の頭を順番に撫でる。

「朝顔は、又、背伸びたな?」

「うん。長身が夢」

「それは良かった。於国、巫女になってくれよ」

「嫌。恥ずかしい」

「そうか……お江、又、香水変えたのか?」

「うん♡」

「良いな。楠、太った?」

「何で私だけ失礼なのよ?」

「ぐえ」

 楠に頭突きされ、顎が痛い。

 危うく舌を噛む所だった。

「冗談だよ。可愛いよ」

「ふん」

 機嫌を悪くした楠だが、大河から離れる事は無い。

 大河の手を強く握る。

 本気で怒っていない様だ。

「山城様、わたくしの相手もして下さいな」

 不満顔の千姫が裾を引っ張る。

 大河を見付ける事が立役者である千姫は、以前の失策を取り返す事が出来た。

 今では、誾千代、謙信に次ぐと見られている。

「分かったよ―――」

「真田、未だ」

「じゃあ、じゃんけんだ」

 朝顔と千姫が、握り拳を作り、

「「最初はグー。じゃーんけーん、ぽん」」

 前者は、パー。

 後者は、チョキ。

 千姫が、勝った。

 てな訳で、所有権は、千姫に譲渡される。

「もう少し居たかったのに~」

「どうせ暫くは、一緒だよ。気長に行こうぜ」

 額に接吻すると、痕が出来る。

 以前の朝顔は、恥ずかしがって拭っていたが、今はそんな事はしない。

「”一騎当千”に接吻されちゃった♡」

 上機嫌に下りる。

「兄者、私も」

「はいよ」

 同じ様にすると、お江も、

「やった♡」

 特定の妻を贔屓しない、のが信条の大河に大満足なお江は、背伸びして彼の頬に接吻する。

 深紅の口紅の痕が付着した。

「……」

「拭かないで」

 お江が、大河の手を掴んで止めた。

「兄者は、私の夫だから。その証明です」

「……分かった」

 キス・マーク付きは、恥ずかしいが、お江の愛も嬉しい。

 その頭をくしゃくしゃになる迄、激しく撫でるのであった。


 彼女達と別れた後、大河は千姫と共に徳川家の区画に行く。

 丸に三つ葉葵の家紋が入った和室は、千姫お気に入りの私室だ。

「山城様、お慕いしていますわ」

「有難う。俺もだよ」

 2人きり。

 ……ではなく、稲姫、小太郎、鶫が、近くに控えている。

 2人を信用してしない訳では無いが。

 政変未遂直後だけあって、大河の警備は、何時も以上に密接だ。

 大河が幾ら嫌がっても、厠や風呂も対象時間となり、ほぼ24時間365日一緒だったのが、常に一緒になっている。

 千姫が、大河に寄って、その香水を堪能する。

「流石、ぺんはりがんですわ。香ばしいです」

 千姫の最近の趣味は、香水集めだ。

 無論、大河の影響である。

「小太郎、茶を淹れろ」

「は」

 茶人では無いが、大河は茶に関しては拘りがある。

 愛飲して止まないのが、村上茶と宇治茶だ。

 村上茶は景勝が、お中元で100キログラム贈って来た為、ほぼ毎日、飲まなければならない。

 宇治茶の方も、地元民が、献上してくる為、村上茶と併用で飲んでいる。

 流石に全部は飲み切れない為、余りは、朝廷や家臣団や信長に献上しているが、この状態だと御歳暮も同様、又は、それ以上の量が贈られる可能性がある。

 好きなので嬉しい一方、困りものだ。

「それ程、御好きなら西尾茶も飲んで下さいな」

「西尾茶? あー、しょういちこくの」

 西尾茶にしおちゃは、愛知県西尾市と安城市で生産される茶だ。

 生産される茶の殆どが抹茶に使用され、特に加工食品などでよく使われている。

 文永8(1271)年、じっそうの開祖・聖一国師(円爾えんに)が宋から茶の種を持ち帰り、寺の境内に播いた事がその起源とされる(*1)。

「良いなぁ。私も飲みたい」

「「!」」

 2人の間に橋姫が、割って入る。

 天女の様に浮遊した様は、文字通り、人間離れだ。

「橋、驚かせるなよ? 心臓に悪いぞ?」

「大丈夫。死んだ時は、又、生き返らせるから」

 鬼族から人族に成り下がった彼女だが、死者蘇生等は、可能である。

 極論、気に入った者を不老不死にする事も出来るのだ。

 橋姫は、大河の背中になきじじいの様にしがみ付く。

「男の癖に女みたいね?」

「そういう物さ」

 適当にあしらい、大河は、小太郎が淹れた村上茶を飲む。

「真田、私も飲んで良い?」

「ああ、小太郎。用意してやれ―――」

「良いよ。これで」

 大河の湯呑みを、躊躇無く、橋姫は、啜る。

 間接キスだ。

「……」

 千姫の目が怖い。

 嫉妬を通り越して、殺意が籠っている。

「うーん。美味しい♡」

「自分ので飲めよ」

「良いの。真田のが良いから」

 世の中には、既婚者に性愛を感じる人種が少なからず存在する。

 性癖が、その様な嗜好なのか如何かは、定かではないが。

 若しかしたら橋姫は、その様な人種なのかもしれない。

 千姫等には、危機感を抱くのは、当然の事だろう。

「距離が近い」

「千様、親友ですから―――」

「御友人でも限度がありますよ? それとも、姦通罪で告訴しましょうか?」

「残念。私は人と妖の中間。死刑でも良いけれど、私は不死身だから反動で貴女を殺しちゃうかも?」

「!」

 稲姫が抜刀する。

 然し、次の瞬間、バキン。

 刃が折れた。

 呪文を唱えず、只、橋姫が見ただけで。

「そ、そんな……」

「言ったでしょう? 私、最強なんだよ?」

 大河の頬を舐める。

「やめんか、馬鹿たれ」

いったぁ?」

 強烈な手刀が、橋姫の頭に直撃した。

 最強は、最恐に勝てない。

 涙目で大河を見ると、彼は、千姫を抱き寄せていた。

「親友の立場で居たいなら愛妻を怒らすな。不快にさせるな。追い出すぞ?」

「え~……御免」

 スライディング土下座で、橋姫は謝った。

 力では、圧倒的に橋姫の方が上なのだが、大河が彼女に課した条件が、『山城真田家に敬意を払う事』。

 本気を出せば、地球を滅ぼす事が出来る橋姫を操作コントロール出来るのは、世界で大河だけだ。

 彼が居なければ、橋姫は暴走し、どうなっていたか分からない。

「千姫、大丈夫か?」

「う、うん……」

「橋は、見ての通り、人間の常識が通じん。最初は、不慣れだろうが、徐々に慣れさすから今は、寛容でいてくれ」

「……分かりましたわ」

 大事にされている事は、誰の目で見ても明らかだ。

「小太郎、次回からは、西尾茶も用意してくれ」

「分かりました」

「若、茶菓子がありますけれど、如何です?」

水羊羹みずようかんを頼む」

「は」

 鶫が、もじもじしつつ、尋ねる。

「あの……私が作った物でも宜しいでしょうか?」

「おー、そいつは、楽しみだな。じゃあ、それを」

「は♡」

 坂●銀時並の甘党な大河の嗜好を、鶫はよく把握している。

 用心棒として常に一緒に居る為、日課ルーティン、口癖等の癖、趣味嗜好等に気付いていた。

 ずーっと一緒に居て気付かないのならば、用心棒失格とも言えるが。

 鶫御手製のそれは、腕を振るって作ったらしく、大きい。

 球児のショルダーバッグ並のサイズのそれは、とても1人分ではない。

 優しい鶫の事だ。

 全員で食べる為に作ったのだろう。

 因みに近畿地方では、安価な羊羹の事を「丁稚でっち羊羹」と呼ぶ。

 その由来は、「じる」に、煉る工程からの「でっちる」の意味が重なり、「上り羊羹」の手前の半人前の意味での「丁稚」(近代以前の商店従業員)と、「安価であるので丁稚が里帰りの時に土産に出来る」等の「丁稚」の意味が重なったと伝えられる。

 丁稚が里帰りには、正月の菓子の意味も含まれるものと推測される(*1)。

 一口目は、大河だ。

「……」

 咀嚼していると、鶫が瞬き一つせず、反応を伺っている。

 毒見役を用意せずにいきなり食べるのは、信用している証拠なので嬉しそうな顔なのだが。

 やはり、調理人としては、気になる所だろう。

「……小豆あずきが多いな」

「え―――」

「それ以外は、申し分無い。美味しいよ」

「……そうですか」

 ずーんと、鶫は落ち込む。

 100点満点の自信があったのだろう。

 然し、大河は、味に関しては、時に素直だ。

「小太郎」

「は!」

「次、作る時は、一緒に作れ。良いな?」

「は!」

 次に千姫が、食す。

「……うん。山城様の仰る通りですわね?」

「だろう?」

「でも、美味しいですわ。稲、橋もお食べ」

「は!」

「良いの? 有難う!」

「うわ―――」

 橋姫が、千姫に抱き着く。

 そして、頬擦り。

 次の親友(候補)を見付けたのかもしれない。

「千様も良い匂い♡」

「もう、ちょっと―――私におんないんの趣味は―――あん♡」

 橋姫に胸を揉まれ、千姫は悶える。

 大河から盗んだスマートフォン(正確な所有者はエリーゼだが)で、百合の世界を知った橋姫は、姫女子化していた。

「や、山城様、助け―――あん♡」

「肴にするよ」

 妻が女性にセクハラされるのは、正直、不快ではない。

 御茶を飲みつつ、稲姫を抱き寄せた。

「稲、良いか? 若し、俺が不在の時は、稲が千の相手をするんだぞ?」

「私が、ですか?」

「ああ」

「……分かりました」

 元々、女知音の気がある稲姫も、千姫を助けに行く事は無い。

 夫と忠臣に直視された千姫は、盛大に絶頂に達するのであった。

「ああん♡!」

 

[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る