閑話休題

第77話 和気藹々

 華姫、於国は二条古城内にある寺子屋の学生だ。

 先生は、信松尼。

「お早う御座います。皆様、体調の方は、如何ですか?」

「はーい、げんきでーす」

「……」

 朝からハイテンションな華姫と、ローテンションながら笑顔の於国。

 城主の養女と客人の間ながら、2人は、親友の関係を構築していた。

 於国の方が、華姫の約2倍生きている人生の先輩なのだが。

「今日はですね。『源氏物語』を読んでいきましょう」

 分厚い古文書を3人は、開く。

「主人公の光源氏様は、誰をしたと思いますか?」

「はーい」

「華様」

「ちちうえ~♡」

 にんまりと答える。

 余りの可愛さに信松尼は、愛でたくなるが、そこは教師だ。

 ぐっと、堪える。

「はい。沢山の女性に人気があるのは、確かに光源氏様と共通点がありますね」

「でしょう?」

「でもですね。御父上様は、『源氏物語』より後の人物です。模す事は出来ません」

「……」

 すっと、於国が、挙手する。

「はい、於国様」

「在原業平様」

「そうですね。惜しいです」

「え?」

 正解と思っていた於国は、ショックを受けた。

「光源氏様は、架空の人物では御座いますが、その人柄等は、沢山の実在人物をごちゃ混ぜにしたもの、と思われています」

 黒板に1人ずつ、信松尼は、記していく。

『・源融

 ・醍醐源氏

 ・敦慶親王

 ・藤原道長

 ・藤原伊周

 ・源光

 ・嵯峨天皇

 ・藤原実方

 ・在原行平

 ・在原業平

 ・菅原道真

 等 (敬称略)』

「「……」」

 華姫には難しい内容だが、2人は真面目に紙に書いていく。

 謙信の教育の賜物か。

 ずらっと華姫は、泣き言や愚痴一つ溢さず勉学に励んでいる。

 座学は午前3時間、午後3時間と決まり、古典の他、外国語(主に蘭語)、日本史、中国史等多岐に渡る。

 この他、今は居ないが、アプトが居る時は、アイヌの文化も学ぶ。

 学習指導要領の決定者は大河―――ではなく、山城国教育委員会。

 大河が日本全国から集めた知識層インテリからなる日ノ本最高の教育機関だ。

 教育を重視する大河は、知識層をお雇い外国人の様に高給で雇用している。

 その一方で、彼等が教え子を洗脳しない様に、

・政治活動の禁止

・宗教活動の禁止

 を遵守させ、違反した場合、死刑等で厳罰に科す為、教員はハイリスクハイリターンな職業だ。

「信松尼様」

 珍しく、於国が質問する。

「何でしょう?」

「山城様は、どんな人物なんですか?」

 生家を実父に燃やされ、政略結婚の為に来た於国だが、当の大河が拒否し、「客人」という今の微妙な立ち位置にある。

 厚遇してくるが、性格等はまだまだ良く分からない。

「良いでしょう。勉強ばかりでは、飽きますからね」

 教本を閉じ、信松尼は、女の顔になる。

「端的に言えば、艶福家えんぷくかです」

「えん……?」

 黒板に、

 ———

『艶福家』

 ———

 と書かれた。

「多くの女性にモテる殿方、という意味です。現在、奥方になられている方々は、全て奥方の方から接近しましたから」

「成程」

 唯一、大河から接近したのは、小太郎だけだが、彼女は愛妾だ。

 妻と比較すると地位は下がり、更にその子供に継承権は無い。

 子供に優しい大河の事。

 恐らく、子供が出来た場合の事も考えている事だろう。

「魅力は何ですか?」

「あら、分からない?」

「はい」

「じゃあ、そこは、自習ね。華様は、御分かりになった?」

「うん! ぜんぶ!」

 華姫のは、当てにならない事が判った。

「わたし、ちちうえとけっこんする~」

「あらあら」

 頬に手を当てて、信松尼は、困り果てる。

 その理由は、法律だ。

 ―――

『第736条【養親子等の間の婚姻の禁止】

 養子若しくはその配偶者又は養子の直系卑属若しくはその配偶者と養親又はその直系尊属との間では、第729条【離縁による親族関係の終了】の規定により親族関係が終了した後でも、婚姻をする事が出来ない』

 ―――

 結婚出来ない理由は、優生学上の問題ではなく、道義上の問題だ。

 因みに義理のきょうだいは、

 ―――

『民法734条1項

 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をする事が出来ない。但し、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない』

 ―――

 との法律で結婚が可能だ。

 法律を改正しない限り、華姫の恋は、失恋に終わる可能性が高い。

 法治主義を謳う山城国の領主である大河が、公私混同するのも考え難い。

「華様、恋が実ると良いですね」

「うん~」

 筆で書いた大河の似顔絵を披露する華姫であった。


 公休日の大河は、基本的に妻達とほぼ24時間一緒だ。

「大河、今日は何する?」

「買物に行くよ。誾も付いてくるか?」

「行きたいけれど、疲れてない? ずーっと働き詰めだから」

「疲れているのは、事実だが、妻に奉仕するのも夫の役目だろう?」

「……」

 気になった誾千代は、大河の額に触れる。

「! 熱あるじゃない!」

 高熱、39度位だろうか。

 にも関わらず、平然としているので、誾千代も気付かなかった。

「お? そうか?」

「うん! 今日は、休もう? ね?」

 心配した誾千代は、大河に肩を貸し、座らせる。

「済まんな?」

 尚も、大河は、弱さを見せない。

 愛妻の手前、弱体化した姿を晒したくないのだ。

 普段、大河に御世話になってばかりの誾千代は、首を横に振る。

「大丈夫。私も甘えてばっかりだったから。小太郎ちゃん、異変に気付かなったの?」

「はい。せき等しなかった―――ひえ」

 大河に睨まれ、小太郎は怖じ気つく。

 言論封殺だ。

「もー、虐めないの。小太郎ちゃん、望月ちゃんとアプトちゃんを呼んできて。4人だったら運べるだろうから」

「は!」

 忍術で小太郎は消失し、数秒後、出現したと同時に、2人がやって来た。

「司令官、大丈夫ですか?」

「風邪薬、持って来たわよ」

 2人は、心配し、大河の顔を覗き込む。

「さぁ、運ぶわよ」

「「「は!」」」

 誾千代が主導している為か、大河は、無抵抗だ。

「あー、柔らかい」

 運ばれている最中も、誾千代の胸をもみもみ。

 本来ならば、激怒する場合が多いだろう。

 然し、誾千代達は安堵する。

 未だ揉める元気がある、と。


 寝室に運ばれた大河は、布団に寝かされた。

 そして、直ぐに夜着に着替えさせられる。

「まぁ、びっしょり」

 時に、俳優は発汗を調節出来る場合があるが、大河も又、演技力で隠していたのだろう。

 和装を脱がせると、多汗症の様に濡れていた。

「小太郎ちゃん、これを洗って」

「保存用に貰ってもいいですか?」

「気持ち悪いから駄目」

 御慈悲を、と小太郎は追いすがるも、冗談に付き合っている暇はない。

 3人は、さっさと濡れた手巾で汗を拭く。

「安静にしときなさい。今日は、私が名代みょうだいを務めるから」

 戦国時代は、大名が不在等の場合、その正室が代理人になる場合がある。

 正室が多い山城真田家では、婦人会の長である誾千代がその役割を果たす。

 最古参であり、最も大河の寵愛を受ける彼女が名代なら、他の妻達も納得せざるを得ない。

「3人は、大河を看といてね? この馬鹿、抜け出す可能性があるから」

 残念ながら、その勘は当たっていた。

 ぐぬぬ。

 目に見えて大河は、悔しそうだ。

 誾千代が居ない間、謙信や他の妻達に会いに行こうと思っていたのだろう。

「なんなら、添い寝してあげなさい。人肌が恋しくなるだろうから」

「は!」

 勢いよく返事したのは、言わずもがな痴女だ。

 大河の汗が染み付いた和装をクンカクンカしている。

「誾、添い寝してくれないの?」

 子犬の様な潤んだ目で大河は、尋ねた。

 う、と一瞬だけ誾千代は、ぐらつきそうになるが、耐え忍ぶ。

「謙信を補佐に名代するから付き合ってる暇は無いのよ。御免ね?」

「分かった……」

 エネルギー限の誾千代と離れ離れになる事になり、大河は、一気にテンションが低くなる。

(羨ましい……)

 心底、望月は思う。

 他の女性だったら嫉妬したい所だが、2人の絆は金剛石ダイヤモンド以上に固い。

 馴れ初めは、誾千代の猛接近アプローチだったのだが、何時しか大河も受け入れ、今では、日ノ本一相思相愛だ。

 先程の子犬の様な表情を出させた誾千代に羨望を感じるのは、当然の事だろう。

「じゃあ、又ね?」

「ああ……」

 液体化になのではないか? と思う程、大河は、スライムの様に布団に広がる。

「主、気を確かに」

 愛妾の小太郎も流石に心配し、同衾。

 アプトも続いて、誾千代の指示を守る。

「望月、あんたも」

 アプトに促され、

「う、うん……」

 望月も入る。

 小太郎:大河:アプト:望月

 の配置になった。

「皆、有難うな」

「いえいえ。主が大好きなので」

 寝ながら、大河の汗を濡れ手巾で小太郎が拭く。

「全く、妻でも無い女と同衾出来る何て滅多に無い好機なんだからね?」

 ツンデレ・メイドは、御盆を枕元に寄せる。

 愛妾、メイド、用心棒と正室が1人も居ないのは、女性陣が多数派のこの家で、ハレー彗星並の貴重な事だろう。

「……望月」

「は、はい?」

 突如、呼ばれ、望月は緊張する。

「若し、嫌だったら出ても良いんだぞ? 同衾は、2人に頼むから」

「い、いえいえ。嬉しいですよ」

「そうか?」

 大河としては、2人に比べて、嬉しくなさそうな望月を気遣ったつもりだったのだが、彼女には、逆効果であった。

(嫌なのかな……?)

 気にしいな望月は、大河が平等主義者である事は分かっていても、やはり、持病の感染を恐れているのでは? と、勘繰ってしまう。

 オロオロとした望月を、親友の愛妾は察した。

「主、望月を抱き締めてみて下さい」

「? 良いのか?」

「はい。『善は急げ』と申しましょう?」

「善?」

「良いから!」

 珍しく命令口調になった小太郎は直後、消失し、数瞬後、望月を抱き抱えて現れる。

 目の前に大河が居る事に、望月は慌てた。

「え? ちょ? 何?」

「主、御早く!」

「ええっと……」

 煮え切らない大河に堪忍袋の緒が切れたのは、アプトだった。

「もう、好色家の癖に何でそこは、餓鬼なのよ?」

 背後から大河の手を掴むと、そのまま望月に持っていく。

「え? ちょっと待―――」

 むにゅ。

 細い筋肉質な腕が、望月の胸をがっちり。

「……!」

 声を上げ様になるも、意外にも大河には、好感触だ。

「おお、良いね」

 余りにも清々しい反応し、望月を抱き締める。

「いや~気持ち良いわ」

「……!」

 どんどん、望月の熱は急上昇。

 薬缶やかんの様に、体全体が熱くなる。

 耳元で大河が、囁く。

「済まんな。今だけは、甘えさせてくれ」

「……きゅう!」

 変な声の後、望月は、気絶してしまう。

 余りの緊張が容量キャパシティーを越えてしまった様だ。

 と、同時に襖が開いた。

 エリーゼ、千姫、茶々が固まる。

「「「……」」」

 その性犯罪者の様な冷徹な視線に大河は、布団から飛び出た。

「いや、あのその……」

「大河、見損なったよ? 何時からモシェ・カツァブに成り下がったの?」

「へぇ、山城様は、部下にも手を出すんですね?」

「真田様、公私混同では?」

 3人の六つの目は、大河の一切の言い訳を聞かない、と告げていた。

「いや、待って―――」

「主、一旦は、無視して続きを愉しみましょう」

 布団から出た小太郎は、何故か夜着姿だ。

 望月を含めた営みを想定していたのかもしれない。

 だが、現状は、地獄だ。

「「「続き?」」」

 有罪確定。

 危機を感じたアプトは、こそこそと逃げていく。

 メイドの癖に雇用主を捨てたのだ。

「……大河」

「はい?」

 上ずった声。

 愛妻家は、恐妻家に変わっていた。

「死ね」

 直後、寝室から領主の叫び声が木霊す。

 以降、城内では、

 正室>大河

 と、忠誠心を向ける対象者に若干、違いが生まれたのであった。

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