第30話 和洋折衷

 南蛮文化が貿易船で多数、入る事になった日ノ本では、江戸時代の出島の様な外国人居留地が全国各地で出来る。

 以下が、主な事例だ。

 中国人  →現・池袋や横浜、神戸

 クルド人 →現・わらび

 ユダヤ人 →現・広尾

 ブラジル人→現・名古屋

 ロシア人 →現・富山

 フランス人→現・神楽坂

 等。

 このような現象から、弥助のような外国人武士も多く誕生。

 彼等を登用する戦国大名も増えた。

 その様な事情から、山城国でも異人は、見慣れた存在となっていく。

 各地でシナゴーグや教会が建設され、蘭学塾では無く、英学塾が主流になりつつあった。

 空前の南蛮文化の流行到来である。

 そんな天正4(1576)年3月のある日。

 大河の下に突如、信長が来た。

 うつけもの、と若い時には嘲笑されていた彼だが、現在の第六天魔王の異名が相応しい位、漆黒の南蛮由来のマントを着飾っている。

「挨拶が遅れて申し訳ない。三姉妹と貴殿の事は、村井貞勝から聞いている」

 親族の関係だが、その目は、鋭い。

 大河を信用していない様だ。

 義弟・浅井長政に裏切られた過去が、影響している為だろう。

「三姉妹との生活は、苦労する事が多かろう?」

「いえいえ、楽しい限りです」

「陛下に儂を征夷大将軍に推薦したそうだな? 何故だ?」

「織田様の描く未来を楽しみにしているからです」

「ほぅ……」

 ゴマすりの様な感じでは無い大河の答えに、信長は、本心と確信する。

「儂は、上洛一番乗りを果たしただけで、その器では無いと思うが?」

「御謙遜なさらずに。征夷大将軍は、陛下の臣下。力を取り戻した朝廷に逆らえる武士は、居ません。政は、織田様が適任者です」

「……一応、聞くが、それは、未来人の総意か?」

「……」

「案ずるな。吹聴する気は無い」

「何処で知ったんです?」

 大河の雰囲気が変わり、信長は、察した。

(これが、こいつの本性か……)

 第六天魔王でさえ、大河の雰囲気に圧倒される。

 まるで、人外の類と初めて接触した様な。

「服部半蔵に調べさせた。貴殿の素性が余りにも謎に包まれているからな」

「……先程の質問の答えですが」

「うむ」

「総意ではありませんが、大多数の日本人は、織田様に好意的です」

「ほう? 一向宗を虐殺した儂が、か?」

「はい」

「何故、評価されている?」

「・安土城

 ・楽市楽座

 ・兵農分離

 等、改革者だからです」

「はっはっは! そうか!」

 甲高い声で信長は、高笑い。

 ルイス・フロイスの『日本史』の記述通りの声だ。

「貴殿が野心家だったら、儂の天下人最大の障壁だったな」

「はい?」

「貴殿は、このまま変わらずに居られよ。儂の様に、人々から恐れられる様な者になるべきではない」

「……」

「三姉妹とは今晩、一緒に過ごしても良いか。貴殿の話を色々、聞きたい」

「構いません。ですが、強要はしないで下さい。彼女達は、自分の妻ですから」

「ほぉ……童顔の癖に漢だな」

 気に入った、と信長は、着ていたマントを脱ぐ。

「うぬと知り合えたのは、奇跡だろう。御近づきの印にこれをやる」

「は」

 全然要らないが、信長の気持ちは、素直に嬉しい。

 ここは受け取るのが、筋だろう。

「明日には、帰す。今日は、側室と共に過ごせ」


 と言う訳でその晩、三姉妹は安土城に一旦里帰り。

 三姉妹は嫌がったが、濃姫とお市の方の根気強い説得に折れ、名残惜しそうに帰っていたのが、数時間前の事。

 すっかり、暗くなった夜。

 大河は誾千代、千姫、謙信と同衾していた。

 1人分の布団に4人は、当然寝られない。

 その為、寝室には4人分の布団が用意されているのだが。

「「「……」」」

(寝られんな。こりゃあ)

 大河の手を左右から、誾千代と謙信が握り締め、千姫はその腹部に抱き着いて寝ている。

 非常に寝辛いし、暑苦しい事この上無い。

 襖の向こうには、望月と稲姫が控えている為、大河の数十m圏内で5人もの美女が居る事になる。

(厠にも行けんな)

 手を離そうとするも、2人は許さない。

「だーめ♡」

「……」

 流石、姫武将だけあって、その握力は就寝中でも力が入っている。

 これで夢遊病だったら、大河の両手は文字通り粉砕されているかもしれない。

「……」

 千姫を見ると、涎を垂らし、大河の寝間着を咥えていた。

 食べ物と勘違いし、食べているのか。

 然し、折角のお気に入りの寝間着が、この様だと洗濯しなければならなくなった。

「……ん?」

 天井の板が、外れている事に気付く。

 何かの拍子でそうなったのだろうが、板すら無いのが、不思議だ。

 床に落下していたなら、気付くのだが、これだと天井裏から故意に外された、としか思えない。

「……」

 暗闇の中、凝視していると、暗さに目が慣れ、何かと目が合う。

「……!」

 それは、二つの目で―――

「「曲者!」」

 襖が蹴り倒され、望月と稲姫が槍を突き刺す。

 天井裏の何かは、避けるも、自分で外した穴から落下する。

「……ぐぇ」

 稲姫が、呻き声をした辺りにランプを持っていく。

 両目を回し、口から泡を吹いているのは、くノ一だった。

「もー、なあに?」

「騒がしいわねぇ?」

「……」

 千姫、誾千代、謙信の順に起きる。

 そして、くノ一を見た。

「「「誰?」」」

 珍しい3人のユニゾンであった。


 望月に逆さづりの上に簀巻きにされたくノ一は、大河を睨み付けていた。

「……」

 くノ一は、推定年齢15歳。

 白人並に真っ白な肌と、赤い瞳が特徴的な貧乳くノ一である。

「組長、如何します?」

「その前にここの警備は、如何なっているんだ? 侵入を見す見す許すなんて」

「申し訳御座いません。今後、再発防止に努めます」

「門番を無期限停職とし、給金も九分削減する。賞与も無い」

「!」

「伝えろ」

「……は」

 打ち首を予想していた望月は、その罰に温情が感じられた。

 給金が9割無くても、最低賃金は保障されている為、散財しない限り、生活に困る事は無いからだ。

 只、次は無い、とも言える。

 望月が去った後、大河は、くノ一を見た。

「……風魔か?」

「な! 何故、分かった?」

「お、当たりか?」

「! 卑怯者!」

 暴れるも、簀巻きの為、動きが毛虫にしか見えない。

 又、こんな簡単な方法で素性をバラしてしまう辺り、ドジっ子の様だ。

 専門家として同席する楠は、感心する。

「凄いわね。如何して分かったの?」

「本当に勘だよ。楠、拷問出来るか?」

「え? 私?」

「!」

 びくんと、くノ一は、仰け反る。

「……虐めるの?」

 一気に涙目だ。

「ここは、俺の城だからな。俺が法律だ。自白するなら今の内だぞ?」

「……」

 忠誠心が強いらしく、くノ一は、口を真一文字に結ぶ。

 拷問は怖いが、それでも主を裏切りたくは無い様だ。

 然し、命が勝った様で、涙目で叫ぶ。

「い、言います! 北条氏康様の御命令で、来ました!」

「名は?」

「2代目風魔小太郎と申します!」

「じゃあ、初代は?」

「男性です! 代々、我が家は北条家に仕えているので御座る!」

 風魔家が服部半蔵の様に、代々、襲名されているとは知らなんだ。

「忍者歴何年だ?」

「10年であります」

「……分かった。俺の部下になれ」

「「ええ!」」

 2人は、声を上げた。

 小太郎も、驚いている。

「ぶ、部下ですか?」

「ああ、今回は失敗したが、この城に侵入出来る技術は高等だ。召し抱えたい」

「し、然し、私は北条家に代々、仕える者で―――」

「仕方が無い。官軍の名の下に朝敵を討つ準備を始めなきゃな」

「え?」

惣無事令そうぶじれいの一つに『他国での情報収集活動は、許可制とする』と明記されている。北条家は、これに明確に違反した。官軍を組織し、侵攻出来る大義名分が成り立っている」

「……」

 がたがたと小太郎は、震える。

 氏康は出立前、「真田と言う者を侮る勿れ」と言っていた事を思い出したのだ。

 その証拠に彼は、僧兵を織田信長の様に虐殺し、石山本願寺を震撼させ、ハト派に強制的に転向させた。

「……北条家は、救われるんですか?」

「さぁな」

「……では、何でも条件を御申しつけ下さい。家を守れるなら、私1人位、安い物です」

「良い子だ」

 大河が、嗤う。

 その笑みに望月は、危機感を抱いた。

(ま、まさか……)

「俺の直臣になれ」

「え?」

「我が隊は諜報がまだまだ、服部半蔵や風魔小太郎等と比べると、未熟だ。お前を情報機関の長とする。良いな?」

「……は、はい?」

 訳が分からないまま、勢いで小太郎は、部下になる。

 後々、大河に認められた事を後悔するのだが、この時、彼女は知る由も無い。

(モサドやFSBの様な情報機関を作ってやる)

 やる気に満ちた大河に、楠は呆れ、好敵手の登場に望月は焦るのだった。


 翌日、小太郎は北条家に別れの手紙を書き送り、正式に大河の直臣となる。

 見廻組本部事務所にて、2人は、対話していた。

「本当に……家は、無事なんですよね?」

「心配するな。約束は、守る」

「……分かりました。では、焼き印を入れて下さい」

「うん?」

「私は、不本意ながら大恩ある北条家から、貴方に乗り換えました。もう、北条家とは顔を合わす事が出来ません。その決意として、貴方の直臣である事を体に覚えさせたいのです」

「……」

 昨日の今日でこれだ。

 変わり身が早いのは、大河並の現実主義者なのだろうか。

「分かった。望月、入れてやれ」

「何の文字を?」

「そうだな……『奴婢ぬひ』と打て」

「「!」」

「貴様は、俺の寝所に侵入したんだ。今後は、くノ一隊隊長兼奴隷となれ」

「組長、流石にそれは―――」

「分かりました。奴婢として今後は、生きさせて頂きます」

 深々と頭を下げ、小太郎は快諾する。

 逆らえば死なのだから奴婢くらい安いもの、と判断したのだろう。

「じゃあ、望月。鍛冶屋に連れてけ」

「……は」

 小太郎は、正直、同性の望月から見ても可愛い。

 男の大河が、下心を持っても何ら可笑しくは無い。

(……私も入れようかな? 焼き印)

 内心で傷付く望月であった。

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