第77話 だからきっと、それ以上にはなれなかった(前)
「神力……開放ッ! 」
そう口にすると同時に。
まるで、燃料の中へ火の粉が落とされたかのように。
身体の奥底から未知の力が轟々と流れ出してくるのを感じた。
俺の体を中心に放たれた力の波動は周囲に控えていた姫守りの騎士たちを巻き込み、彼女らが動き出す前に後方へと吹き飛ばした。
(これが…テラスアイネの神力…! )
光の粒子と化した神力が右手へと渦を巻くように集まると、瞬く間に燃え盛る大剣がその姿を現した。
(コイツで戦えって事かッ…! )
「ああ…! どうして、愛しい人…。 どうしてこんな酷いことを……」
「何をしているのです! 貴女たち、早く彼を拘束しなさいッ! 」
いち早くこの状況を理解した儀式長が、突然の事態に動揺する姫守りの騎士たちへと指示を出す。
幸いなことに
「今すぐ武器を捨てて投降しろッ! 」
「たった一人で我々を相手にするつもりか! 」
姫守りの騎士たちが次々に抜刀したレイピアには、蒼白い光が纏わりついており。
恐らくあれが、月の精霊神に与えられたという神力なのだろう。
(武器を捨てろって言われてもな……)
この大剣は体から現在進行形で溢れ出し続けているテラスアイネの神力が、剣として実体化したものなわけで。
「捨てようにも、捨てられねぇんだわッ! 」
両の手で握りしめた大剣を、思い切り地面へと突き立てれば。
紅く燃ゆる神力が、大地を走り巡る。
「な、なんだ…! 」
「ッ! 気をつけろ、下だ!! 」
騎士の一人が、地面を這うように迫る神力に気付きそう警告するも。
反応が遅れた幾人かの騎士は、足元から吹き出す神力の炎にかちあげられ。
空中へと押し上げられると、そのまま火柱の中へと閉じ込められた。
「貴様…! よくも仲間を…! 」
「安心しろ。 殺しちゃいねぇよ」
自分で口にしておいてなんだが、まるで悪役のような台詞である。
とはいえ事実、姫守りの騎士たちを捉えたこの火柱に殺傷能力はない。
グレアいわく、このテラスアイネの神力が他者にどう働くかは力の担い手次第であり。
俺が力を振るう時、誰かを傷つけようと願わなければ神力の炎が誰かを焼き尽くすことはない。
「総員構えろ! 一斉射撃で制圧するぞッ! 」
もっとも早く火柱に反応した姫守りの騎士が、そう他の騎士たちへと指示を飛ばす。
合図を聞き、切っ先を天に向け胸の中心でレイピア構えた彼女らの体からかつてない量の神力が溢れ出す様を目視できた。
(一斉射撃だと…? )
その言葉の意味通りであれば。
人数を減らせたとはいえ、いまだ四方から取り囲まれている今の状況は非常にマズイ。
(クソッ…! )
「撃てッ!! 」
来る衝撃に備え、神力を防御へと回すが……何も起こらず。
不審に思い、周囲を見渡せば。
レイピアから放たれた神力は俺に向かうのではなく、天空へと昇り。
曲線を描く一筋の光が五本、十本と分裂・拡散を繰り返し。
幾重にも交差した光の線はやがて一つの塊へと収束し、月を彷彿させる球体を形作った。
「蒼き月よ、奴を捕らえなさいッ!! 」
視界を覆いつくす巨大な神力の塊は、さながら隕石のように。
俺に向かって、真っすぐ降下し始めた。
(おいおい、マジかよ…)
思ってた一斉射撃と違う…。
そんな事を頭の片隅で思いながら、俺は蒼き光に飲み込まれていくのだった。
◇◆◇
「アンナ…どうして、どうしてなの…! 私の…私の愛しい人が…! どうして…、どうして…こんなことを…! 」
「姫様…」
例え中身が
貴女の悲しむ顔は、何時も私の心を掻き乱す。
(グレンといいましたか…)
嗚呼。
もし、
もしも…あの日。
彼のような者が、この場に現れていたのなら。
なんて…。
(何をいまさら…)
幾人もの
いまさら…。
(今更なにを……)
私は儀式長。
私は教育係。
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