第76話 開放の時

 次の器として選ばれたリンカの到着を待つ中。


 対の器として今宵、姫守りの騎士へと昇格する姉…リンナが両の手に枷を嵌められ運ばれてきた。


(おいおい、既に穏やかじゃねぇな…)


 所定の位置で跪くよう指示されたリンナと、一瞬目が合った気がしたが。


 輝きのない彼女の虚ろな瞳が、まともな状態ではないことを俺に教えてくれた。


(くそ、今すぐにでも動き出したいが…)


 姫継ぎの儀式が始まり、この場に居る者の注意が儀式へと向く前に動くのはリスクが高すぎる。


 すでにこの場には十人以上の姫守りの騎士が待機しており。


 彼女らは皆、月の精霊神より注がれた神力を扱う事が出来る。


 そんな者たちをまともに相手しようというのは蛮勇であろう。


 俺はこの国の狂った仕来りを終わらせたいが、その過程で儀式に関わる者の命を奪うのは道理に反している。


 終わることのないエルフ・オリジンの犠牲を止めるためにここまで来たのに、俺の手で彼女らを殺してしまっては本末転倒なのだ。


(グレアの話じゃ。 今夜の儀式を妨害する事さえできれば、月の精霊神はこの世界から強制送還されるんだったな…)


 神によってつくられ、神を信じこれまで生きてきたエルフ・オリジンたちが。


 神なき世界でどうなってしまうのか、それはまだ分からない。


 もしかしたら、今の。


 このままの生活を望んでいる者たちもいるのかもしれない。


(だが、それでも…)


 俺は自分の意志で。


 自分のエゴで。


 この儀式を終わらせに来た。


 結局いくら考えても、誰かの幸せなんて理解しきれないなら。


 俺は自分が後悔しない選択をする。






 ◇◆◇






 花冠を渡され。


 次の器へと自分が選ばれたとき、リンカはただ安堵した。


 お姉ちゃんが選ばれなくて良かったと。


 世界から自分が消えるのは我慢出来ても、世界から姉が消えるのはきっと許せなかった。


 だからそう。


 これは思いの掛け違い。


 私が姉を思い、運命を受け入れたあの日から。


 少しづつ歯車は狂い始めていたんだ。


「リンナ…お姉ちゃん? 」


 だからきっと。


 これは私への罰なのだろう。


 跪き、こちらを見上げている姉の瞳に。


 私は映っていなかった。


「お姉ちゃんに何をしたの!? 」


 叫ぶ私を押さえつけ。


 姫守りの騎士たちが、蒼い椅子へと私を無理やり座らせる。


 私の代わりに、姉が幸せに生きられるのならそれでいいと。


 あの日、彼女の手を取らなかった私は。


 きっとこうなる定めだったのだろう。


(リンナ…お姉ちゃん…)


「それでは…これより。 姫継ぎの儀式を執り行います」


 私が消える最後の時は、大好きな姉に見守っていてもらいたかった。


― ほんとうに……? ―


 大丈夫だよって、手を握って貰いたかった。


― それでよかったの…? ―


(…………)


 ああ…。


 ちがう。


 ちがうんだよ…。


(本当は…)


 お姉ちゃんと、もっと一緒に居たかった……!!


「リンナ…お姉ちゃん…私、こんなのイヤだよ…」


 今になって全てが怖くなった。


 今になってどうしようもなく嫌になった。


 お姉ちゃんと一緒に居たい。


 お姉ちゃんと笑い合いたい。


 お姉ちゃんと楽しいことをいっぱいしたい。


 それが私の幸せだった。


「消えたくないよ…」


 本当は、自分が消えて無くなるのも怖かった。


「よく言ったな、リンカ」


「え……」


 不意に聞こえた、その言葉。


 俯いていていた顔を上げれば、涙で歪んだ世界に”彼”は映った。


「お兄…さん…? 」


「消えたくない、こんなのイヤだって…。 涙を流している奴を、黙って見過ごすわけにはいかねぇんだよ!! 」


「あ、貴方…何を…!! 」


 まるで太陽のような、暖かな光に周囲が包まれる。


「神力……開放ッ!! 今ここでッ! 俺が、この狂った儀式を終わらせる! 」

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