第73話 夕暮れ時、花園の館

 事前に通達されていた通り、今夜行われる姫継ぎの儀式に参加するため。


 俺は一人花園の館なる建物にて、儀式が行われるまでの時間を潰していた。


 今回の月の精霊神にまつわる一件はルカと俺…正確にはグレアと俺の間でしか情報を共有していない。


 アレンたちに話したところで、事情が事情だけに心配を掛けるだけだし場合によっては事態をややこしくしかねない。


 物の声を聴けるというタレントの関係上、ミアだけは俺たちの意思に関係なく話を聞きつけてしまう可能性もあるが。


 ピリーニャで再会したあの日、最低限プライベートなことは探らないでくれと頼んでおいたのでグレアとの話がミアにバレているという線も捨てていいだろう。






(さて、時間を潰すっていっても…どうにも落ち着かねぇが…)


 今は我慢して、大人しくしているしかない。


 グレアとも話したように、月の精霊神によって行われてきた狂った儀式にここで終止符を打つためにはタイミングを見定める必要がある。


 具体的なチャンスは、精霊神の力が最も不安定になるであろう時。


 すなわち、新たな器へと乗り換える間際に行動を起こすのが最善だろう。


 グレアいわく、太陽の精霊神テラスアイネとしての神格を得る以前。


 まだ自然エネルギーの化身たる精霊としてこの世界に存在していた頃に、月の精霊神となった”あの子”とは面識があったらしく。


 先に神格を得てあの子が月の精霊神となった後もしばらくの間は会話する程度の付き合いは続いていたらしい。


 グレアが太陽の精霊神となり力を得たことであの子が行っている儀式に物申すようになり、それ以来徐々に関係が悪化していき遂には絶縁状態に至ってしまったというが。


 付き合いがあった期間に見聞きした情報から、月の精霊神がどのような手順を踏み姫継ぎの儀式を行い器となるエルフ・オリジンの身体を乗り換えているのかはある程度予想がついていた。


 なんでも、姫継ぎの儀式には器となるエルフ・オリジンの他に儀式長。


 またの名を”降ろし手”と呼ばれる特別なエルフ・オリジンの存在が欠かせないらしく。


 グレアの見立てでは、この降ろし手と呼ばれるエルフ・オリジンが器の乗り換えを一手に担っているらしい。


 つまり、俺が狙うべき相手はこの降ろし手のエルフ・オリジン。


 即ち儀式長だ。


 儀式長が月の精霊神を今の身体から新たな器へと移し替える行為を妨害し、儀式を中断させてしまえば。


 月の精霊神は古い器に留まったままとなり、やがて神力に耐えられなくなった肉体が自己崩壊を起こし。


 地上に住まう民としての肉体を失ってしまえば、神である月の精霊神は神々が本来住まうべき天上界へと還るはずなのだという。


(神様が住まう世界なんて話を聞かされた時には度肝を抜かれたが…)


 どうも、グレアの話を聞いていると彼女がいう天上界とそこに住まう神々は俺が思い描くような全知全能の存在とはだいぶ異なるようで。


 どちらかといえば、地上に住まうドワーフや獣人族・鬼人族のように天上界という別世界に住まう一つの種族という認識でいいようだ。


 地上に住まう者と大きく異なる点があるとすれば、天上界に住まう神々は地上の民のように親が子を成すのではなく信仰によって新たな神が生まれるという成り立ちの違いらしい。


(もしかしたら、俺がこの世界に転生した理由わけが分かるかもしれねぇと思ったが…)


 少なくとも、天上界とやらに俺のような元地球人の輪廻転生を司っている神様はいなさそうだ。


(そういえば…)


 フエーナルクエストでは、ラスボスに邪神を添えてるにも関わらず天上界なんて言葉は一度も登場していなかった。


 このアウルティアの真実といい、ゲーム内で俺たちプレイヤーに明かされていた情報はこの世界のほんの一部分に過ぎなかったのだと改めて認識させられる。


(だが、とにかく…)


 月の精霊神。


 奴を一度天上界にさえ送ってしまえば、あとはこっちのものだ。


 いくら神が天上界という別世界の住民とはいえ、信仰という繋がりがある以上地上で起きた事象に無頓着というわけにはいかない。


 月の精霊神が地上に留まるため、独断でエルフ・オリジンという一種族を生み出し好き勝手していた事が知られれば少なくとも数百万年の間は罰として天上界に幽閉される事だろうとグレアは複雑そうな顔で話していた。


 出来る事なら、他の神が地上に出張ってきて月の精霊神が引き起こした問題をちゃっちゃっと解決して欲しいものだが。


 天上界と地上では色々と勝手が違うらしく。


 どんなに強大な力を持った神であっても、前提条件として地上の民の肉体を得なければそもそも地上で活動する事すら出来ないらしい。


 つまり、どういうわけかルカの友魔として肉体を得ているテラスアイネや。


 肉体となる器としての種族を自ら生み出してしまった月の精霊神のような例外を除けば、そもそも天上界の神は地上に住まう者たちに直接干渉することは出来ないらしい。


 殆どの神は、地上に住まうものを犠牲にしてまで肉体を得ようなどとは考えず。


 ましてや、自分のために新たな種族を生み出してしまおうなどと考える狂人…もという狂神はいない。


 神の問題だからと神を頼ったところで、住まう世界が違う以上はどうにもならないという事だ。


 故に、俺たち地上に住まう者が自力で月の精霊神を天上界へと送らない限り、この国にまつわる暗黒の神話は永遠に滅びることはない。


(あとは、グレアに貰った”力”を、俺が使いこなせるかどうか…だな)


 少なくともこの国にとっては最も重要な儀式の場に、いくら招待されたとはいえ武具の類は持ち込めない。


 事前に姫守りの騎士たちの手で身体検査が行われ、凶器となりうる物を身に着けていないか細かくチェックされているのだ。


(グレアにもらった太陽の精霊神…その神力)


 今は俺の竜力によって覆い隠しているこの切り札。


 月の精霊神と、その神力を注がれた姫守りの騎士たち。


 彼女らを相手取りながら、ターゲットである儀式長を無力化するには対となる太陽の神力を俺が使いこなせるかどうかにかかっている。


(グレアには、きっとグレンなら使いこなせるっていわれたが…)


 太陽の精霊神から力を授かった事を、儀式が始まるまでは絶対に月の精霊神に悟られてはいけない関係上、俺が神力を開放するのはどうしてもぶっつけ本番になってしまう。


(……って。 ここまできて、うまくいかねぇかもなんて…ビビってんのも、らしくねぇか)


 月の精霊神…奴は俺が止める、そう決めた以上。


 事態がどう転んでも、絶対にやり遂げてみせるさ。






「グレン様、もう間もなく日が沈みます。 そろそろ姫継ぎの儀式を行う祭祀場へと移動しましょう。 道中は私ども姫守りの騎士が案内いたします」


「ああ、頼むぜ」


 花園の館を後にし。


 姫守りの騎士に先導され、祭祀場へと続く道を行く。


 日が沈み、夜へと移り変わる夕暮れ時。


 リンカとリンナ。


 花冠の姉妹と、この国の行く末を掛けた大一番がすぐそこまで迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る