第51話 耐えてくれ、俺のお財布ちゃん…!

 リーニャが教えてくれた俺への来客。


 特別区域であるこの精霊神区で行動しているという事は一般人ではない筈だ。


 カインのように試合で敗退した選手もアウルティア市内での混乱を避けるため、祭典が終わるまでの期間は神区内で過ごしているようなので。


 そういった選手の関係者も含め、今の時期は精霊神区内の人口が常時よりも幾分増えているらしい。


 とはいえ、俺個人に用があるような人物となるとあまり心当たりがない。


 いったい誰が訪ねてきたのだろうと首をかしげつつ、エントランスへ続く階段を小走りで降りていくのだった。






「グレン! 会いたかった…! 」


「へ? ちょちょちょ! 」


 エントランスに到着しキョロキョロと辺りを見渡していた俺の元へ、フワフワとしたドレスを身に着けた少女がもの凄い勢いで突進してきた。


「うおっ。 っと、あんま走ると危ねぇぞ……って、ルカ…? 」


 飛び込むようにして俺の腰に抱き着いてきた彼女が顔をあげれば、見覚えのある眠たげな目元がこちらを見つめていた。


「うん。 ルカだよ。 わたしのこと、覚えててくれたんだ…嬉しい」


「ま、まあ…そりゃあな。 あんな事もあったし、流石に覚えてるぜ」


「うん…。 あの時はありがと…。 わたしたちを助けてくれて…グレン、かっこよかった」


「お、おう…」


 ルカが限りなく美少女に近い男の子だと分かっていても、こうストレートに褒められるとグッとくるものがある。


 今ここにルカが来ているという事は、隔離期間が無事に終了し友魔であるグレアの安全性が証明されたという事だろう。


「ん…? そういえば、グレア…あの友魔はどうしたんだ? 」


「あっ。 わたしの名前も覚えてくれてたんだ」


「? ああ、開示されてた試合の参加者の情報は一通り目を通したしな…」


「ふふっ。 グレン、混乱してる? 今ね、わたしたちは共有してるから。 わたしはルカであってグレアなんだ」


「共有…? 」


「うん。 体をね。 狼のわたしだと、大きくてみんなビックリしちゃうみたいで。 ここではこうしてるの」


「なるほどな…」


「……。 気味が悪く…ない? わたしたち」


「いや? 全然」


 直ぐにそう伝えたものの、ルカはまだ不安そうな顔でいた。


「まっ、正直。 俺バカだしな…。 共有? とか聞いてもなんかスゲェって単純な感想しかでてこねーわ、はっはっは」


 少し芝居がかった様子で、はっはっはと笑い飛ばせば。


 俺の笑いにつられたのか、少ししてルカからもクスリとした笑いが漏れた。


 このさい、俺がバカなのかどうなのかは置いておくとして。


 ルカから聞かされた体を共有という話は、驚きはしたものの本当にそれ以外の感想は浮かばなかった。


 というのも、ルカが言っているのは恐らくゲーム内でもルカが使用していた友魔使いの秘儀「心体友依覚醒しんたいゆういかくせい」の事で、俺は知識としてルカとグレアが融合もとい肉体を共有出来ることをしっていたのだ。


 ただ、ルカがこの秘儀を使えるようになるのはゲームの後半に起こるイベントの後だった筈なので既に使えるようになっている点には驚かされたというわけだ。


(っても、わりと何でもありだったゲームと違って。 現実のこの世界じゃ、肉体を共有するってのはあんまし受け入れてもらえねー事なのかもな…)


 先程までの沈んだルカの表情を見るに、肉体の共有が原因で過去に何か嫌な思いをしたのかもしれない。


「やっぱり、グレンはわたしたちの……だ」


「? 」


「ねっ、グレン。 その…ね。 あの時、助けてもらったお礼もまだ出来てないし…。 祭典が終わったら、わたしたちもグレンに着いて行っていいかな…? グレンはわたしたちの、命の恩人みたいなもので…ちゃんと、恩返ししたいの」


「命の恩人って、そりゃまた大袈裟だぜ」


「ホントだもん。 ダメ…かな? 」


「いや、ダメつーか…」


 もともと、原作でもルカはパーティーメンバーになるんだし話がスムーズに進んで俺としては万々歳なんだが…。


(まずはアレンやミアたちに事情を説明しねーとだよな)


 なんて事を、頭の片隅で考えていると。


「あー!!!! リニャ! あ、アイツ。 グレンに、だっこ。 してる…! 」


「ちょ、ちょっとフリート…そんな大声だしたら気付かれちゃうわよ」


「あはは、もう気付かれちゃったみたいだよ」


「ですね…。 と、とにかく。 グレンには、どうしてそんな状況になったのかキッチリ説明してもらいます…! 」 


 フリートの叫びを皮切りに、聞き慣れた声が背後から次々と聞こえてくる。


「あー。 皆さんお揃いで…。 エントランスに何か用事か? 」


「グレン。 とぼけないで下さい。 というか、まずはその子と離れて…って、貴女は…」


「う。 フリート、知ってる」


「ええ、確か…ルカ・オーディスティンさんよね」


「あっ! この前の試合の。 もう怪我は大丈夫なの? 」


「ふぇ!? あっ。 あのっ…。 う、うう…。 えっと。 わたし…」


 俺に抱き着いていたのが友魔使いのルカだと気付いた面々が、矢継ぎ早に言葉を掛ければ。


 しばらくあわわとしていたルカは、そのまま俺の背中に隠れてしまった。


「むー! グレンから離れる。 くっつき、すぎ! 」


「ちょ、ストップストップ。 ルカは人見知り…みてぇだし。 とりあえず俺が話すから、そんな詰めねーでくれ」


「ルカ…? 随分と、オーディスティンさんと親しいのですね。 グレン」


「あーっと、それは…」


(言われてみれば…たしかに。 ゲームの感覚のままずっとルカって呼んでたけど。 冷静に考えるとかなり馴れ馴れしいんじゃねーか、これ…? )


「グレン…。 この人たち…こわい」


「ほ、ほら。 ル…オーディスティンさんも怯えてるし。 お茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ、なっ? 」


「……ま、まあ。 私はそれでいいけど」


「うー。 お菓子、いっぱい。 約束」


「フリートちゃん、ボクがいうのもあれだけど…朝食の後のデザート。 結構食べてたと思うけど平気なの…? 」


「う。 お菓子、別腹。 ばっちし」


 食いしん坊コンビのおかげで、いい感じに話題が逸れてくれたようなのでホッとする。


 というかフリート、俺が見た限りでもデザートのゼリーをざっと十個は食っていたんだが…本当に大丈夫なのか…?


「グレン…」


「お、どうした…? 」


 フリートの底なしなお腹事情について考えていると、後ろからクイっクイっと服を引っ張られる。


「ルカ。 ルカって呼んで。 グレンには…そう呼んでもらいたいの」


「いいのか? 少し馴れ馴れしかったかって反省してたんだが…」


「いいよ。 グレンはとくべつ、だから」


「そ、そうか…」


「あー!!! コソコソおはな? だ! 」


「コソコソばなし、ね」


「やっぱり怪しいです…」


「さ、さーて。 行くか! みんな何飲みてぇんだ? 今日は俺が奢るから、店につくまでに考えとけよ」


「う! じゃ、フリート。 すぺしゃる五段ぱんけーき、七色そーすつき!! 」


「フリートちゃん、それ食べもの…」


「じゃあ、私は日替わりスペシャルパフェで」


「みなさんがそういくなら…私も今日は冒険してスペシャルメニューを…」


「えっ! じゃ、じゃあボクもそうしちゃおっかな…! 」


「おいおいおい。 確かスペシャル何とかってめちゃお高かったような…」


「「「「今日は、奢ってくれるんだよね(ですよね)? 」」」」


「ははは…お手柔らかに頼むぜ」

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