第17話 父の拳

 俺が現状引き出すことが出来る竜力を限界まで用いた一撃を受け、ムラマサは膝から崩れ落ちると霧のように姿を消した。




 巨大砲台による援護射撃で後方より支援してくれた砦ではリーニャを始め、今では知らない顔が無い警守衛隊の面々や…一般市民である筈のダン爺さんまで、多くの人々が俺とフリートの帰還を心待ちにしていてくれた。


「グレン…フリート…ホントにっ…無事でよかった…! 」


「っと、リーニャ…」


 感極まったのか、俺の胸に飛び込んでくるリーニャをそっと抱き止める。


「しんぱい…したんだからっ…! 」


「…すまねぇ」


「でも、アンタ達なら負けないって…信じてた…。 私のライバルだもんね…! おかえり、二人とも…! 」


「ああ…ただいま」


「ただま…! うー、フリートも…一緒、くっつく、たい! 」


 気付けば抱き締め合う形になっていた俺とリーニャの様子を、じっと眺めていたフリートは。


 我慢できないとばかりに俺の背中へぴょんと飛びついてきた。


「ちょっ…! 首、首締まってるぞフリート…! 」


「ガハハハッ! 両手に花じゃの、グレンよ! 」


「ダン爺さん…! 」


「おうグレン! 羨ましいぞー! 」


「そうだそうだー! 隊長から離れろー! 」


「みんな…! ホント…ありがとな…。 助けるつもりが…結局、助けられたのは俺の方だったぜ」


「なに言ってんだ、英雄さん! 」


「そうだ! アンタは怪物をぶっ倒して、この街を救ったんだ! 」


「まさかワシらが生きてる内に、こんな大物が現れるたぁ…予想外だったぞい! 」


「「「グレン万歳! 新たな英雄に万歳!! そして、英雄の誕生を祝って~!! 」」」


「「「祝って~?? 」」」


「はぁ、アンタ達ったら…もうっ。 今日はお祝いよ! 避難案内を担当している隊員達に連絡して、街のみんなを呼び戻して。 今日は街中…飲んで、歌って、大騒ぎよっ! 」


「「「うおおー! やったぜー!! 祭りだ! 祭りだ!! 」」」


 リーニャ総隊長のお許しが出た事で、今日はバカ騒ぎ出来ると。


 魔装アーマーを着込んだまま小躍りしている同僚たちを眺めならが、改めて大切なものを護り抜けたんだと実感した。


 隊員達に指示を送り始めたリーニャと、砲台の上に乗りキャッキャッとはしゃいでいるフリートを、少し離れた位置から見守っていた俺のもとにダン爺さんが近づいてきた。


「なあグレンや、少し話し合いたい事があるんじゃ…明日にでもちぃと時間を貰えるかの? 」


「? ああ、勿論だ。 ダン爺さんの都合のいい時間で俺は大丈夫だぞ」


「そうか、助かるわい」


 それだけ言うと、ダン爺さんは少し自宅を見てくるといってその場を後にした。


「そいじゃあ…また後での。 今日は思う存分、宴を楽しむんじゃぞ! カッカッカ! 」


 去り際に見せた爺さんの笑顔が、どこか寂し気に見えたのは…果たして、気のせいなのだろうか。




 ◇◆◇




 愛娘リーニャとの二人暮らしから思えば、随分と賑やかになっていた我が家もワシ以外眠りについた今はすっかりと静まり返っている。


 今頃は。


 街中、昨晩のバカ騒ぎで疲れ果て…酔っ払いも、子供達も、老若男女問わずいい夢を見ているに違いない。


 今は亡き愛妻が、笑顔で映る写真立てを眺めつつ。


 お猪口に注いだ酒を空きっ腹にくいっと流しいれる。


 思い返すは、後世に語り継がれるであろう偉業を成した同居人…グレンとの出会い。


 はじまりは、山へ修行に訪れたという豪快な若者。


 多くの者が挑み、動かす事すら叶わなかった初代武蔵を解き放ち。


 語った言葉に偽りなく、修行に打ち込み…警守衛隊の仕事にも励んでいた。


 グレンは口調こそ荒っぽいが…根は真面目で素直な男だ、すぐに街の住民とも馴染み、警守衛隊の同僚たちともすっかりと打ち解けていった。


 そんな中、雷鳴と共に現れた渦が怪物を呼び。


 絶望と恐怖を総隊長としての責任感でなんとか押さえつけ、気丈に振る舞う娘の元へ。


 駆けつけたグレンは、武蔵を握り見上げんばかりの鎧武者へと立ち向かう。


 成程、これが。


 …これが愛娘の心を射止めた男なのかと。


 納得し、そして安心した。


 怪物に立ち向かうグレンの雄姿に鼓舞されたワシらは、それぞれがそれぞれに出来る事で力を合わせ…最後には見事、怪物を討ち破る事に成功したのだ。


 無事に帰還したグレンの胸へ、脇目も振らずに飛び込んでいった我が娘。


 あの子の事を、父として。


 ずっと近くで見守っていて……その秘めたる思いに気付けない程、ワシは鈍感ではない。


「母さんや。 どうやらワシも……そろそろ、子離れする時が来たみたいじゃわい…」


 朝日が差し込み。


 夜が明ける。




「なぁ…ダン爺さん、本当にやるのか? 」


 話し合いと聞かされていたのについて行ったら急にワシから模擬戦を申し込まれたグレンは、想像通りかなり面食らっていた。


「おうよ。 あと数日もすれば、暫くの間お別れなんじゃ。 最後に、ジジイの我儘に付き合ってくれぃ」


 渋々といった様子でメイルコートを着込んだグレンに、訓練用の大剣を投げ渡す。


「っと。 ダン爺さんが訓練場の鍵を持ってた事にも驚きなんだが…無断でここを使った事がバレたら、リーニャに怒られちまいそうだぜ…」


「カッカッカ! 心配するでないわい、元を辿ればこの場所はワシの仕事場みたいなもんじゃけ」


「仕事場…? 」


 久方ぶりに握る訓練用の大槌を手に馴染ませつつ、言葉を続ける。


「ああそうじゃ。 実はな、娘の前の前の代。 先々代の警守衛隊総隊長を勤めていたのは、何を隠そうこのワシなのじゃよ」


「なっ…! それ、本当かよ…!? 」


「ガハハハッ、そうじゃぞ! 」


(この驚きようを見るに…。 どうやら、グレンは初耳だったみたいじゃの)


 まあそれも無理はない。


 バンダスランダに昔から住んでいる者達には知れ渡っているが、総隊長を引き継いだ娘が親子という理由でワシとあまり比較されないよう現役を退いてからは警守衛隊時代の話は、家でも殆ど口にしてこなかった。


 娘のリーニャでさえ、ワシが若い頃に警守衛隊の総隊長を勤めていたらしい程度の認識であろう。


「まあ…そういうわけじゃから。 …グレンよ、変な遠慮はいらんぞ」


「…ああ。 分かったぜ」


 身に着けた魔装アーマーの重みと暑苦しさが懐かしい。


「それでは…互いに全力で…。 稽古、始めッ! 」


 合図と同時。


 互いに真正面から、搦め手など不要とばかりに切り込んでいく。


 武器と武器がぶつかり合い、鈍い打撃音を訓練場に響かせる。


 衝撃から、踏ん張りをきかせた両脚が地面へと沈み込み。


 改めて目の前の男の力量に感服する。


(ぬぅ…なんという力じゃ…! じゃが、まだまだ勝負はこれからじゃ!! )


「ぬぉぉぉッ!! 」


 雄叫びを上げながら全身に闘気を滾らせ、どうにか大剣を押し返す。


「…!! やるじゃねぇか! 」


(とにかく…攻めるしかないわい!! )


 魔装アーマーの機動力を生かし滑るように横へ回り込むと、ワシ自身が最も得意とする武技を解放する。


全霊一打ぜんれいいちだ土石憤怒どせきふんどッ!! 」


 全力全霊の一打は、その衝撃を持って砕いた土石を火山噴火のように立ち昇らせる。


(この手ごたえ…! 捉えたかッ…!! )


「ッ…効いたぜ…爺さんッ! コイツは…お返しだッ!! 怨炎の刃!! 」


「何ィ…!? 」


 全力の一打を受けてなお、立ち続けるグレンから放たれし鋭きカウンター。


 紅き闘気を纏いし一閃が、ワシの持つ戦槌を粉々に粉砕した。


(まだじゃ…! まだ終わっとらん!! )


 使い物にならなくなった武器を投げ捨て、魔装アーマーの篭手に覆われた拳を構える。


「面白れぇ…!! なら俺も…拳でいくぜッ! 爺さんッ!! 」


 拳のまま戦う構えを見せたワシに、グレンは獰猛な笑みを浮かべ自身の得物を投げ捨てた。


「ふんぬッ!! 」


 激突。


 振るわれたワシの拳に、食い込むようにしてグレンの拳が突き刺さる。


 メキリッ。


 硬質な素材で作られている魔装アーマーの篭手が悲鳴を上げる。


 素手と篭手との衝突、条件からすれば有利である筈のワシの拳は。


 ボロボロと音をたて、打ち砕かれるのだった。


「勝負あり…だな」


「ああ、ワシの完敗じゃ…」




 流水にて汗を流し終え。


 自宅へと、帰路につく。


 その道中。


「グレン……実はな。 今日は…お前さんに…頼みたい事があったんじゃ」


「ん…? そういえば…。 模擬戦に気を取られて、すっかり忘れちまってたが…話があるとか言ってたよな」


「おう…。 さっきな…。 お前さんと、拳を合わせて…。 ようやっと…。 ようやっと、決心がついたわい。 なぁグレンや…娘を……頼めるかの? 」


「リーニャを…? どういう事だ…? 」


「なに、深い意味はない。 ただ、娘に…リーニャには、そろそろ、広い世界…外の世界を見せてやりたいんじゃよ」


「爺さん…」


「あと数日で、お前さんはこの街を出ていくんじゃろ? その時、お前さんの旅に娘を誘ってやってくれんかの」


「俺は構わねぇが…。 リーニャには、総隊長としての職務があるから難しいんじゃないのか…? 」


「カカッ、なに。 そこは気にせんでいいわい」


 あの子がもし、自分の意思でグレンの旅について行きたいと言ったら。


 その時は何の後腐れもなく送り出せるように、数週間前にはすでに警守衛隊の面々には話を通してあった。


 リーニャの、総隊長としての空席を埋められる人材はもう見つけてある。


「……っと、そんなわけでグレンや。 お前さんは、あまりややこしく考えず。 リーニャに声を掛けてくれればよい。 後は、あの子次第じゃ。 もしかすると、ワシの元から離れたくないかもしれんしのぉ。 ああ見えて、お父さん子じゃし、ガハハハッ! 」


「くくっ、それもそうだな。 ああ、分かったぜ。 誘ってみる」


 なんてな。


(あの子ならきっと…迷いはするじゃろうが、旅についていく筈じゃ)


 これから娘は大きな世界へと羽ばたいていく。


 新たな一歩、新たな旅路。


 その旅路を共にするであろう男を、最後は自分の目で、己の拳で見極めたかった。


(グレン…お前さんになら、娘を任せられるわい…)


 旅立つ子らへ。


 また会う日まで。


 笑顔で…いってらっしゃいと。


 そう、送り出そう。


(寂しくなるわい…。 じゃが…)


 それでいい。


(今夜は、旧友でも飲みに誘うかのぉ…)


 たまには酔いつぶれる日もあっていい。

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