第16話 旅立つもの達へ、強者たる魔の来訪(後)

「みなさん、急いで此方に避難して下さい!! 」


「警守衛隊の指示に従って、落ち着いて行動を…! 」


 俺達が街につく頃には、魔物の襲撃に備え都市中に張り巡らされている魔装カラクリが次々と起動し始めていた。


 警守衛隊の隊員達に先導され、一般市民や観光に訪れていた人々が建物に一定人数入ると、ゴゴゴ…という地響きと共にその建物ごと地下深くへ潜っていく。


「収容人数には余裕があるので、焦らないで! 次は此方の建物に避難を――」


 避難中の人々の邪魔にならないよう大通りは避け、裏路地からカオスポイントの中心地点…商店地区へと向かう。




「皆、聞きなさい! あなた達の最優先事項は民間人を無事に避難させる事よ! この渦の対処は総隊長である私に任せて、地下にある避難経路を使ってバンダスランダからの脱出を優先しなさい! 」


「だ、そうだぞ…? 若い衆、おめえらはさっさと地下へ潜ってこい…」


「で、ですが先輩…」


「ちょっと、そこ! 何言ってるのよ! 今はベテランもルーキーも関係ないわ。 ここから避難しなさいっていってるの! 」


「なら、総隊長はどうするんですか! 」


「渦の中心を見なさい、何か恐ろしい存在が出てきている…。 誰かがここに残らないと、皆が避難する時間を稼げないわ…! 」


「だったら! なおさら…ここを離れる事は出来ません隊長!! 」


「既に避難案内を担当している隊員達はいるんです…我々はここで、隊長と共に戦います! 」


「あんた達…! こんな時くらい、私の言う事を聞きなさいよ! 」


 商店地区に入れば、訓練用ではない正規の戦闘用魔装アーマーに身を包んだ警守衛隊の面々がすでに集まっていた。


(中心で指示を出しているあの白い魔装アーマー…リーニャか! )


「リーニャ! 」


「リニャ、フリートたち、たすけ、きた! 」


「えっ、グレン…? フリートも…! どうして此処に…。 今日はバンダス山岳に居た筈じゃ…」


「今はそんなことより……なあ皆、聞いてくれッ! 」


(魔物が召喚されちまってからじゃ、手遅れになる…! ここは、ハッタリでもなんでもかますしかねぇ…! )


「俺は故郷で、あの渦に一度遭遇し対処した事がある」


(正確には前世で、ゲームの中でだけどな…! )


「もうしばらくすれば、この場に強大な力を持った魔物が召喚される…。 急に何言ってんだと思うだろうが…。この場、あの渦の対処は経験者である俺に任せて、皆は避難してくれ! 」


 なんて、大口を叩いてみたが…。


 これからお出ましになる魔物相手に、勝てるかどうかと聞かれれば正直なところ見込みは薄い。


 強者たる魔物の襲来によって配置…召喚される魔物は。


 ゲーム内ではそもそも、出撃できる味方ユニットの最大人数で挑む事を想定した強さで設定されていた。


 今この場には勇者も、旅の途中で出会う筈の仲間達も居ない。


 それでも。


 …皆を脱出させる時間くらいは稼げる筈だ。


 リーニャや警守衛隊のみんなをこの場に残らせ、死なさせるわけにはいかない。


「ちょっとグレン、なにを言って…! 」


(クソ、この渦の様子じゃ…持ってあと数分か…! )


「リーニャ! お前がここに残れば、お前の部下達だって退かねぇだろ! 全員、死ぬぞ」


 脅しではない。


 今から召喚される魔物は恐らく、俺のレベルに合わせそれを上回る存在として定められている。


 このままリーニャ達が会敵すれば、悲惨な未来は避けられない。


「グレン…。 でも! いくらグレンが経験者だからって…勝てるって保証は…! 」


「リーニャ……」


(それでも、俺は…)


「信じてくれ。 生涯の好敵手、なんだろ? ここで俺が、くたばる筈ねぇだろ」


「……! 」


「フリート! リーニャ達を頼む! 」


「分かる、た…! 」




 ◇◆◇




 鮮烈な雷光と共に、奴は召喚された。


 漆黒の鎧兜を身に纏う…虚ろなる武将。


 その手に握るは紫電纏いし大太刀、妖刀ムラマサ。


 カオスポイントに出現する、強者たる魔物が一体。


 巨骸の幽鬼ムラマサ。


 魔法による攻撃手段を一切持たぬものの、驚異的な耐久力と卓越した剣技により勇者達を追い詰める魔の武士もののふだ。


「我が名はムラマサ! 主の命を受け、竜狩りへと馳せ参じた! ……む? 貴殿は…。 何故この場に居る、継承者よ」


(継承者だと…? )


「いや、失礼。 今の貴殿に問うたところで意味はなかったな…。 今すぐここを立ち去るが良い、継承者よ。 これより、この地は我が狩場となる」


(どういう事だ、攻撃してこないだと…? )


 奴は竜狩りと口にしながらも、俺に攻撃する素振りは見せずこの地から立ち去るようにと告げてきた。


 もしかすると。


 あくまで仮説だが、ゲーム内ではあり得なかった勇者の不在…俺単体での会敵が原因で戦闘が始まらないのではないだろうか。


(ムラマサは主の命を受けと言っていた…)


 ムラマサの主が、邪神だとするならば。


 継承者…つまり、バルフートの血を継ぎ新たな邪竜バハムートとなる俺は敵対する対象ではない可能性も考えられる。


 フエーナルクエストでは勇者達と共にカオスポイントに乗り込むため強制的に戦いとなるが。


 今の状況だと、ムラマサからすれば記憶を封じられた次期魔王が何故かこの場に居る…といった感じなのだろうか。


 竜狩りの対象が俺ではないとするなら、この地でムラマサのターゲットになるのは地竜かフリート…あるいはその両方だ。


(まあ、どちらにせよ…)


「その忠告は聞けねぇな」


「何? 」


「お前が立ち去らない限り、俺もここから立ち去らねぇ…そう言ってんだよ」


「ふむ…。 成程。 流石はあのお方の血を継ぐ者…闘争を避ける事など出来ぬというわけか。 仕方あるまい。 であれば、力づくでもここは退いてもらうぞ…ッ!! 」


(……来るかッ! )


無限見聞むげんけんぶん掌握抜刀しょうあくばっとうッ!! 」


「チッ…!! 」


 大気を震わす一撃を、武蔵を盾にし辛うじて受け止める。


 ムラマサが扱う剣技、その筆頭である無限見聞・掌握抜刀。


 無数に広がる世界線を垣間見、最善の未来を掌握…抜刀する事により絶対に避ける事が叶わぬ一撃を放つ反則技だ。


 ゲーム内でも、此方の回避力に関わらず命中率100%となるこの抜刀術にとても苦しめられた記憶がある。


「まだだッ! 一刀いっとう千刻抜刀せんこくばっとう!! 」


 目にも止まらぬ素早き納刀から、再び放たれる猛烈な一撃。


 一太刀にて千の斬撃を生み出す、一刀・千刻抜刀。


 まともに受け止めようとすれば、そのまま押し切られる事が目に見えていた。


(武技解放…! )


「縮地一刀ッ! 」


 相手の懐に瞬時に飛び込む移動スキルとしての利点を回避行動に応用し、奴の射程外へと間一髪…離脱する事に成功した。


「む、己が剣技を避ける手立てに使うか…! 良き機転だ。 が、逃げるばかりでは我を退ける事など叶わぬぞ…!! 」


「なら、次は俺からいかせてもらうぜッ! 炎華流星ッ!! 」


 この商店地区一帯も魔装カラクリの起動により、建物は軒並み地下へと潜り更地に近い状態になっている為、遠慮せずに爆炎弾を降らせることが出来る。


「むぅ…! 妖術か…!! 」


 爆炎の直撃によるダメージだけではなく、ムラマサの周囲に零れ落ちる流れ弾も火柱と共に地面を燃やし、奴の可動域を制限する。


 剣の腕はムラマサに域にはまだ到底及ばぬが、俺には魔法による攻撃という点で奴より分がある。


― 武蔵第一開起…炎刃焔開放 ―


(奴の動きが止まってる…今が攻め時ッ!! )


「両断せよ! 巨刃一刀きょじんいっとうッ!! 」


 両手で握る初代武蔵…その刀身に魔力と闘気を滾らせ、炎刃焔の開放により両刃の中心から吹き出す魔力の刃が通常時の数倍、数十倍にも巨大化…最大出力となった瞬間を見計らい思い切り振りかぶる。


「ぐぅ……ッ!! 」


 斬撃は見事命中。


 ムラマサに苦悶の声を響かせるに至ったが。


 堅牢な鎧に守られた奴にはさほど、ダメージを与えられていない様子だ。


「良き技だ…されど、届かぬ。 継承者よ…今の貴殿の刃では我には届かぬのだ。 戯れは終わりにしよう……。 ふんッ!! 」


(くそッ、早ぇ……ッ!! )


 その巨体からは考えられない軽やかな跳躍から流れるように繰り出された縦振りを辛うじて躱すが、今までとは段違いの力で振るわれた大太刀の衝撃波によって俺は地面に叩き付けられる。


(くッ…肢に力が入らねぇ…! )


「幕引きだッ! 暫し眠るがよい、継承者よ…ッ! 」


 篭手に覆われたムラマサの拳が、眼前に迫る。


(……っ!! )




「させ、ない! フリート…りゅうせい、パンチ! 」


「何奴ッ…!! 」


(なっ…フリート!? )


 突然姿を現したフリートが、ムラマサの拳をギリギリのところで弾き返す。


 驚く俺の脳内に、地竜の声が響いた


― ふっ、驚いたか…? 竜の子よ。 娘には今、我が竜力を使い一時的な強化を施している ―


(地竜…! 力を貸してくれたのか…! )


― まあ…なんだ、我とて。 同族の危機を見過ごす程冷血ではない。 とはいえ、我自身がこの山を離れれば、犇めく魔物どもが大挙してそちらへと向かいかねぬ…。 どうにか、お主ら二人の力で奴を退けるのだ… ―


「パパ、ちがう。 フリート、グレンだけ…ちがう」


 そう言って首を横に振るフリートの言葉を皮切りに、空から無数の巨弾が次々と飛来し始めた。


「むぅ…!! 砲撃とは…! 小癪なッ…!! 」


 絶え間ない砲撃がムラマサを容赦なく襲い、その動きを鈍らせる。


「リニャも…ダンジジしゃ…も。 みんな、グレンこと、一人しない…! みんな一緒、戦う…! 」


 そう言ってフリートが指差した方角を見れば。


 商店地区と同じく更地になっていた居住地区に、ここからでも目視出来る程巨大な大砲を幾つも備え付けた要塞が姿を現していた。


「カラクリは、戦う…そなえ、でもある、言うてた。 グレンだけ、背負う、させない…! 」


(ああ…そうか…)


 確かにこの場には勇者は居ない。


 ゲーム内で仲間になるキャラクター達も居ない。


 だけど。


 だけどこの場に、俺の仲間がいないわけじゃない。


(俺はなに、一人でカッコつけようとしてんだ…)


 肉体の再生が追いつき、動くようになった両脚に力を入れ瓦礫から体を起こす。


 対峙する敵が格上オーバーレベルである事はこの世界に運命づけられていた。


 一人の力で太刀打ち出来るような甘い相手ではないのだ。


 でも俺は。


 一人じゃない。


 このバンダスランダの地で出会った沢山の人が、仲間が、共に立ち向かっている。


 絶対的強者として召喚されたムラマサ。


 今の俺達が束になって立ち向かっても、勝ち目はごく僅か。


(それでも、負けるわけにはいかねぇんだよ…ッ!! )


「武蔵ッ! 俺に力を貸してくれッ!! 」


 心に闘志の炎が灯る。


 脈打つ鼓動が、俺の竜力を呼び覚ます。


 紅き竜の、滅びの力。


 かつての俺がこの力に手を伸ばせば、邪竜としての覚醒は避けられなかっただろう。


 しかし今は、邪竜の力を抑え制御する地竜の力もまた俺の中にはある。


 一人では破滅へと向かう未来も、新たな出会いが新たな可能性をくれたのだ。


(目覚めろ竜力! 今ここで、大切な皆を護る力を…俺にッ!! )


「馬鹿なッ!! その煌きは…! 継承者たる貴殿が、二つの竜力を宿すなど…ありえん…ッ!! 」


「あり得る、あり得ないじゃねぇ…! 」


(竜技解放…)


覇炎一刀はえんいっとう竜征剣りゅうせいけんッ! 」


 己が炎。


 呪われし竜の力を、竜力を持って征する。


(これが俺の…)


「運命を切り開く力だッ! 」


 地竜の轟が大地を砕き、紅き咆哮が灼熱を生む。


 闇を払いし魂の一刀がついに、ムラマサの鎧を切り裂いた。


「グッ! グォォ…オ…ォ!! み、見事ッ! 此度は…我の…完敗だ…」

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