明滅

モト

明滅

先輩やったじゃないですか!

うん、ありがとね!

先輩ー?いきましょー

今行くー!ごめんね、それじゃ今日はこれくらいで、また会ってゆっくり話そうよ

はい、それでは!

…ふぅ僕もそろそろ帰るか


ん、あれは先輩と一緒にきていた…

同級生だけど、あまり話したことは無い

こっちに近づいてくるようだ


500円貸して

え?

500円

なんで?

なんでもいいから、早く!

え、…ちょっと、もうめんどくさいな…財布は自分の席にあるから待ってて


無駄に小銭がいっぱいあるな…

500円以上ある

さっきは勢いに負けてきたけど、別にあいつと大して仲がいい訳じゃないし…

しばらく財布の中身を見つめていると、不思議な感覚に陥った

財布と自分だけが世界に取り残されているような

これだけで足りるだろうか

前の座席の毛並みをなぞる、どれくらい時間が経ったろう

青白いライトが近づいては遠ざかっていく

窓は一定間隔で明滅をくり返し全体が自ら点滅しているようにも見える

それにしても長いトンネルだ

ふと真っ暗になった

何も見えないが、進んではいるようだ

運転手は何も言わない

私は焦るどころか奇妙な安心感を覚え、座席に深く座りなおす

暗闇の中に微かな温かさを感じる

まるでお母さんのような…


───


じゃあこうしましょう

私が財布の中身を次々になげていきますから、これだとおもったらあなたはそれを握ってください

握るのは5枚までですよ

おうよ、かかってきな

そんな腕まくりして、喧嘩じゃないんだから…

じゃあいきますよ

あ、握り直すのはだめですよ!

お前こそ今自分の山下げただろ、反則だからこっちの山は俺のだ

そんなルールはありません

おい、いちまる下げるのはやりすぎだろ

ちょっと引っ張らないでください、あなた乱暴に扱いすぎです、私のものじゃないんですから

は?お前のじゃないの?

え、あなたのでしょ?

ちげえよ、じゃあその財布

誰の…?

あ、待ってタバコの灰が落ちますよ、誰ってタバコ吸ってるのはあなたしかいないでしょ

…ほんとだなんでおれが?俺はタバコは大嫌いなんだよ、お前こそストローなんか指の間に挟んで何してんだよ

…全然気が付かなかった


捨てかけたが、なんとなくそのストローをポケットにおしこんだ


それでこの財布どうするんだ?

そもそも私なんでここにいるんでしょう

そんなこともわからねぇのか、それは俺が…俺、俺はなんでここにいる?なんでこんなことしてるんだ?

お互い様じゃないですか

あ、じゃあお前認知ナンバーは?

え?なんですか?

だから、どこからバスにのるんだよ!

ああ、横浜からなら

あ、横浜?なら俺と一緒じゃねえか、ここにはどうやってきた?

……お母さん

あ?お前親と来てたの?

いや…お母さん…に連れられてきた

一緒だよ!じゃあお前はその親を探せばいいんだな、俺はその辺の人に何かしらないか聞いてなんとかするよ、その財布はお前が持っとけ、じゃあな


…認知ナンバーなんて言葉知らない

僕は横浜出身でもないはずだ、ただあのとき気圧されて頭の中に横浜発の時刻表が見えた

まずはここがどこか知らなくてはいけない…


歩き出すが、恐怖と焦燥感で足が震える

ポケットを強く握る

なぜかおしこんだストローだけが心強く感じられた

こいつだけが俺と等しく孤独なんだ

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明滅 モト @motomotono

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