藤巻くん、北上する
梅春
第1話 さざ波
必死こいて就職した半導体の会社は体質が古かった。
朝礼前にラジオ体操をさせられ、朝礼では社訓を叫ばされる。
当番制で一分間スピーチをさせられ、私生活をおもしろおかしく披露しないと喫煙所で陰口をたたかれる。
仕事は楽だが、社内の人間関係に食い込むのは大変だった。
尊敬できない先輩たちの間で、Aと繋がればBに攻撃されないけど、でも、Cには口をきいてもらえなくなるな、とか考えながら睡眠が浅くなったりした。
会社が大嫌いだった。でも、辞めなかった。他に行き先はない。
あと十年遅く生まれていれば、もっと好き勝手に生きられたのかもしれないと思うと、いま大学生の子たちのことを三十二歳の藤巻優は羨ましくて仕方ない。
目の前では、45歳、2歳の子供のいる永井さんと38歳、婚活に苦戦中の独身の中島さんがずっとしゃべっている。
合併ってなんだよ、いきなり。俺たち、どうなんだよ。
どうなるんすかね。リストラですかね?
それはしねえって言ってたけど、あれは絶対にやるな。
ですよね。
もし残れても地獄だよ。こっちは吸収されるほうだからな。給料ダウン、降格、地方左遷・・・
年下の女の上司とかつけられるんですかね、嫌がらせで。
十分あるんじゃね? そうなる前に逃げねえと。
永井さん、行くとこあるんすか?
ねえよ。それを今から探すんだよ。
いいとこありますか?
え?
いくら人手不足っていっても、俺たち、もう中年っすよ。
そうだな・・・
永井さんが黙り、周囲に視線を泳がす。隣のシステム部や反対隣の財務部の連中は少し年がいっててもスキルがあるので転職しやすいだろう。
しかし、経営管理部という中途半端な部署にいる自分達はそうではないことに気づき、二人は暗い顔になる。
「藤巻くん」
「はい」
「俺と中島さんは明日から有給とるけど、どうする?」
「え?」
「早くとっとかないと、とれなくなるかもしれないぞ」
「じゃあ、僕も」
「よし、じゃあ、経営管理部は明日から一週間おやすみ!」
「いいんですか?」
「いいの、いいの。どうせ、なくなる部署なんだし」
永井さんの隣で中島さんがうんうんとうなずいている。
この二人は休みたいんだな。自分ひとりに出社されても困るんだな。
察した藤巻は、曖昧な笑いを浮かべて、うなずいた。
朝っぱらから会議室に集められてなんの話かと思えば、そういう話だった。
首になるならなったで構わない。しかし、これまでのしたくもない努力は何だったのか。ここまで頑張ってきたのに、もう一歩が踏ん張れなくて下流の人生を受け入れるのか。嫌だ。だったらやっぱりもうひと頑張りしなければならないのか。
そう思うと、藤巻は全身がだるくなる。
倦怠感はひどくなるばかりで、翌日から二日間、藤巻は狭く古いマンションに引き籠った。
二日間も何もせずに寝てばかりいると、さすがに眠れなくなる。
さて、何をしよう。
藤巻は先輩たちのようにすぐに転職活動するつもりはなかった。つもりがないというより、その気になれなかった。
疲れをとったらそんな気になるかと思っていたが、ならなかった。
なにかしたいことをしようと考える。したいこと、したいこと、したいこと・・・ あ、運転がしたい。
福岡出身の藤巻は、大学には自宅から車で通っていた。しかし、東京に出てきてからはハンドルを握ることがなかった。
「どこいこっかな?」
藤巻は何も決めずに、とりあえず車を借りた。
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