第5話 彼女は半分しか言わない。Hon berättar bara halv.
これは、日本やアジアの言語の特徴かもしれないと思うんだけど、とにかくアキは、言いたいことを僕に半分しか言ってくれない。
例えば。
今日のスウェーデン語学校の後、友達と買い物に行くよ。(だから帰りに買ってきて欲しいって言ったアルミホイルは買わなくていいよ、私が買ってくるから)
共用のランドリールームの予約時間、今夜19時だよ。(だからそれまでに洗濯物を出しておいてね)
これは、なんだろうか?魔法の呪文?時々僕はアキが何を言いたいのかわからないんだ。それでいつも聞き返す。だから?それで?そうすると、すぐアキが怒る。ヨウコはなんでそんなこともわからないの?って。
もちろんわからないよ、そんなこと。半分しか言ってくれないのに、どうやって僕にアキの気持ちが全部わかるの?
これって男女の脳の違い?スウェーデンと日本の言語表現の違い?アキと僕の個性??
昔読んだ本に、アジア圏の〝集団で生活する民族の言語〟とヨーロッパ圏の〝個人主義が顕著な民族の言語〟は根本的に違うと書いてあった。
スウェーデンの皆、聞いて!日本語の文法にはね、なんと主語がないんだよ!すごいよね?びっくりだよね!
まあ、あることにはあるけど、特に口語では毎回主語を使ったりしないらしい。だって誰のことだかもう既にわかってるから、わざわざ言わなくても聞いてる人はわかるじゃん、と言う〝他人の言いたいことがわかるのが前提〟の言語なんだ。特に日本語は、話す人の表現スキルより、聞く人の理解スキルが試される言語なんだ。すごいよね!
僕じゃなくても、ヨーロッパの言語や英語が母国語の人間からすれば、なんて高度な能力を必要とする言語なんだろうと震え上がるんじゃないかな。
話を戻すと、とにかく僕は、○○だから△△して。○○だから△△なんだよ。と言ってもらえないと、相手が何を言いたいのかわからない。
学校の後友達と買い物に行くよ、ってアキに言われたら、僕は素直に、買い物に行くのか、いってらっしゃい!って思うだけ。
しかもアキが、私は買い物に行くって言ったのに、なんで同じものをヨウコが買ってくるのって怒るんだけど、アキは僕に自分でアルミホイルを買ってくるなんて一言も言ってないんだ。だから前日二人で決めた通り、僕が買ってきたのに。
こればっかりは、未だに僕は慣れることができない。だって本当にわからないんだもの。
でも逆に、聞く人の理解スキルが高いって言う日本語の特徴が、日本人を日本人にしてるんだなとも思うよ。
細やかな気配りで相手を思いやれる。狭いコミュニティの中で上手にコミュニケーションを図ることができる技。でも、聞く人にスキルがないと非難されたり、違う考え方の人は排除される傾向もあるんじゃないかと思う。
僕は、アキが半分しか言ってくれないのはとっても困るけど、アキが僕の気持ちを口に出さなくてもすぐにわかってくれることには、とても感謝しているんだ。
スウェーデン語や英語は、個人をちゃんと主張して考え方や文化の違う人と相互理解を図る言語だ。わかり合えないのが基本的な思考にあるから、わかってもらおうと細かく説明する。でも自分を上手く主張できない人は馴染めない、白黒はっきりした世界だ。スウェーデン語は少しだけ、英語よりも日本語寄りな表現も持っているけどね。
これは、どちらの言語が優れているかって言う話じゃない。それぞれの言語の特徴なんだ。日本語を責めてるわけじゃないし、スウェーデン語が日本語より劣ってるって言いたいわけでもない。ただただ違うんだってことをわかってもらいたいんだ。
でも最近は僕も学習してきて、ちょっとした遊びを思いついた。
例えばアキに、明日の予想最高気温はマイナス5度らしいよって言うんだ。僕が言いたいことを半分だけ言う。
するとアキは、だから?それで?って僕が何を言いたいのかわからなくて聞いてくる。そしたらもう、こっちのペース。僕は可愛い彼女の瞳をじっと見つめて、言うんだ。
なぜマイナス5度か?それは僕が君を愛してるから。
アキはすぐに唇を尖らせて、気温関係ないじゃんって言うんだ。そこですかさず。
いやいや、すごく関係あるよ。将来僕は君を愛するから、僕は心が暖かい人なんだってアピールするだけのために、わざわざ寒い寒い北欧に生まれて来なくてはいけなかった。手が冷たい人は心が暖かいって言うからね。だから明日のストックホルムの予想最高気温はマイナス5度なんだ。僕が決めた。でも安心して。僕の心は、日本の自動販売機に書いてあるみたいに〝あったか〜い〟んだよ。もちろんアキなら、僕が半分も言えばもう何が言いたいか全部わかるよね?
…なんて無茶な論破をしてみたい。さすがに無理やりすぎるかなあ。
まあ僕の場合特に、最後に行き着く結論は全て〝アキ愛してる〟だから、全部言うお手本とやらを上手く見せてあげられないのがジレンマかな。
もちろん、僕自身が気がつかなくちゃいけないこともたくさんあるよ。
例えばうっかりアキに、そのポテトチッブス全部食べちゃったの?とか絶対に言ってはいけない。僕は思ったことをそのまま言っただけなのに、アキが僕の言葉の先にある意味を勝手に深読みしてしまうんだ。
アキは、僕が食べ過ぎじゃないの?だから太るんじゃない?(そんなこと一言も言ってないのに!)って言いたいんだって、勝手に勘違いして悲しむんだ。これにはまいった。そんなにおいしいならまた買わないとね、って思っただけなのに。
体型の話題は特にセンシティブだから、僕はすごく気をつけてるんだけど。
コミュニケーションって本当に難しいね。男女の脳の違いなのか、スウェーデン語と日本語の違いなのか、アキと僕の個性なのか、どれが原因にしろ二人で毎日たくさん話し合って、お互いのことがわかるようにしようねって言ってる。それがコミュニケーションだし、僕は一生そうやってアキと生きていきたいって思うよ。
それにしてもさ。アキがポテトチッブスを全部食べて太ってしまっても、僕がその抱き心地に更に興奮しちゃうだけで、メリットしかないって今気づいたよ。自分に利益があることは、半分どころか、むしろ黙ってた方がいいのかもね。
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