ダンジョン攻略?
「なんかこれってさ、ダンジョンぽくない? まさに異世界じゃん!」
薄暗い洞窟にあたかも心躍っているように川合は言うけれど、へっぴり腰で後ろから僕に縋りついてくる。はっきり言って邪魔だ。それにむさ苦しい。
「わかった。いいから離れろ。近い」
「はぁ? 別に近くないけど。なんだったら、一ノ瀬が遅いだけですぅー」
いちいち頭にくることを言うやつだ。怖いんだったらそう言えばいいのに。
「わかった。じゃあ、川合が先に行け。俺たちがついて行くから」
僕と松田で川合を無理矢理先頭に突き出した。この洞窟はどういうわけか、僕らがいるとこだけ薄暗くて、ほかは真っ暗だ。だから先頭に出ると、飲み込まれそうなほどの暗闇しか見えない。もちろん、先を照らす電灯なんてない。
「ごめんなさい、怖いです。一緒に行ってください」
目の前に広がる暗闇に耐えられなかったのか、やっとちっぽけな見栄を捨てて、川合は本心を口にした。
「わかればいいんだよ」
先頭にいてもろくに進まないだろうし、僕たちも鬼畜じゃないから、もとの並びに戻った。先頭から、僕、川合、松田の順に。もとに戻っても、相変わらず僕にくっつく川合を引きはがそうとしていると、僕らがやってきた方向をじっと見つめている松田が目に入った――もちろん松田の見つめる先は暗闇だ。
「どうした、松田? なにか見えたりしたの?」
僕も松田の方に移動して、一緒に暗闇を見つめた。川合は僕と松田の後ろで小さくなっている。
「いや、今さらなんだけど、アドミ置いてきてよかったのかなって」
「確かにそうかもしれないけど、アドミは先に行けって言ってたじゃん。それに俺たちが戦えないことぐらい知ってるだろ? だから大丈夫だよ」
子供みたいに暗闇を怖がる川合にも聞こえるように僕は言った。それと、僕自身にも言い聞かせるように。川合ほどじゃないにしても、暗闇は怖いし、不安じゃないと言ったら嘘になる。
「確かにそうだな。なら大丈夫か……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
背後にいた川合の叫び声が洞窟に響き渡った。僕と松田は何事かとすぐに振り向いたけれど、川合はいなかった。まるで暗闇に飲み込まれたかのように影も形もない。
「川合!」
名前を呼んでも、返事はない。川合は消えてしまった。
「マジで? やばくね? これってマジでダンジョンじゃね?」
僕はパニック一歩手前だった。
「でも、アドミが嘘吐くわけないだろ……」
不安そうに松田が呟く。
「なんか音が聞こえる」
「嘘だろ……?」
僕にはなにも聞こえない。お互いの息遣いだけが鳴り響いている……。
「おい! 俺を置いてくな松田!」
耳を澄ませ、辺りを警戒していた僕を残して松田が走り出した。
「大丈夫だ! お前ならなんとかなる!」
そう言いながら出口へ駆けていく松田。
「俺を生贄にするつもりじゃねーか!」
一瞬遅れて僕も走り出した。まだ松田の背中ははっきりと見えるけど、この洞窟の中じゃどんどん離れてしまう。松田は小柄だから、洞窟みたいに狭い場所だと小回りが利くからだ。言っておくけど、馬鹿にする気はない。
次第に小さくなっていく松田の背中を追いかけていると、松田も川合みたいに急に姿を消した。松田がいた場所は真っ暗で、僕がいる周囲だけがほんのりと光っているだけ。
もうダメだ……。一人じゃどうしようもできない。あの二人がどうなったかわからないけど、僕も同じ目に合うんだ。
僕たちの異世界ライフもここで終わり。信頼していたガイドに裏切られ、大切な仲間ももういない。こんなあっけないもんなの? 魔王は倒せなくても、この世界で生きていたかった。まだあいつらと旅してたかった!
僕は出口に向かって歩いた。近いうちに死ぬだろうけども、せめてあの輝かしい太陽の下で死にたい。こんな狭苦しく薄汚い洞窟でなんて死にたくない……。もう一度太陽を見たい。
どれだけ歩いても出口は見えない。どこまでも続く暗闇だけ。恐怖に飲み込まれそうになりながらも、僕は歩く。
突然、もぎ取れるんじゃないかと思うほどに強力な力で腕を掴まれて、僕は暗闇に引き込まれた。完全に捕食されるやつだ。最後の願いもかなえられない。骨の髄までしゃぶられる!
僕は固く目をつぶり、その時に備えた。でも、いくらたってもその時は訪れない。もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。僕は諦めて目を開けた。
目の前に広がっていたのは、目が眩むほど輝かしい光と、無数の悪魔みたいな生物だった。僕は悟った。ここは地獄だ。天国になんて行けるはずもなく、これから悪魔による鬼畜の諸行が始まるんだ。
僕は再び固く目を閉じて、確実に耐えられないけれど苦痛に耐えようとした。それなのに、なにも起こらない。ざわめきが辺りを包み込んでいるだけ。
うっすらと目を開けると、そこには踊り狂う小さな悪魔がいた。やっぱり、ここは地獄だ! 僕はあきらめて再び目を閉じたすると、聞き覚えのある声が聞こえた。
僕たちのために身を粉にし、世話を焼いてくれたアドミの声だ。あいつにはいろいろ世話になった――所々説明がないけど。あいつのおかげで俺たちはここまで来れたんだ、アドミに感謝しないと。恐怖なんてかなぐり捨ててアドミに心の中で感謝を伝えた。
するとまた聞き覚えのある声がする。
僕の名前を呼ぶ声だ。前の世界からの腐れ縁で、このよくわからない世界でより一層友情を深め合ったあいつらの声。
あいつらがいるなら地獄でもどこでも乗り越えられる気がする。僕はあいつらの声に勇気づけられ目を開けた。
そこにはいつもの見慣れた顔と、なにかに似た顔がいた。
「やっと来たか」
「お前はよく頑張ったよ」
笑顔で僕を称える川合と松田とアドミ。僕の心は再び仲間に合えたことで嬉しさいっぱいになったけど、その感情を噛みしめる間もなく、小さな悪魔に囲まれてた。他の仲間も一緒に。そのまま壇上に担ぎ上げられ、なにかが始まった。たぶん、お祭りみたいなものだと思う。小さな悪魔がアドミみたいに浮かびながら、なにかを披露し始め……。僕はそこでやっと気づいた。小さな悪魔だと思っていたのはアドミと同じ種族で、またしてもガイドの説明不足で僕らは勘違いをしていたと。
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