努めて平静に

弱腰ペンギン

第1話

 三年間の中学生活、僕はずっといじめられている。

「おらぁ!」

 更衣室で脱がされたり物を隠されたりなんて当たり前。

 殴られたり蹴られたり、コンパスを針をダーツ代わりに投げられることもある。

「なーんで抵抗しねえのかなぁ。もっと男らしくなるように鍛えてやらないとなぁ」

 攻撃してくるやつは何人かいるけど、結局は取り巻き。メインは高山。

 今も何が面白いのか、トイレから持ってきた水が入ったバケツを更衣室で僕にぶちまけている。

 僕も最初はただやられているだけだったよ。でもね。

「オラぁ! そんなんじゃ高校行っても友達出来ねえぞ!」

 撮ってあるんだよ。三年間のすべてを。

 もちろんカメラに映らなかった時もある。けど、そのほとんどを録画してある。

 すべては復讐の日のために。

 ひとしきり満足したのか、高山が去った更衣室でカメラを確かめる。

 しっかりと録画できていることを確認すると、カバンにしまう。

 カメラは全部で六台。小さいものから手で持つしっかりしたものまである。

 画質が悪くなるのは仕方がないが、何とか工面できたのはこの六台だけだった。

 常に持ち歩くと盗られるリスクが付きまとうから、学校に一番早く登校してカメラをセッティングしておく。

 高山から攻撃を受ける前にサッと逃げ込んでカメラのスイッチを入れ、所定の位置で暴力を受ける。

 僕はこれを三年、正確には二年半ほど続けた。

 あと少しだ。


 復讐を思いついて一番最初に考えたのは「どのタイミング」で相手をつぶすかだ。

 一年の頃、これが卒業まで続くのかと思うと苦しくて仕方がなかった。実際卒業まで続いているが、今ではこれも計画のうちだ。

 それは「やつの人生において持ち直し不可能なタイミング」でつぶしてやること。この場合は進路が決まった時。

 一浪するくらいはあり得るだろうが、大学ならいざ知らず、高校ではめったにない。今まで周りと同じスピードで進み続けていたのに、急に自分だけ止まる。

 どんなに焦ってももがいても絶対一年遅れる。これを中学卒業と同時に味わってもらう。

 一番望ましいのはやつが「推薦」で入ること。二番目は普通に入試で。

 推薦だと、不祥事が発覚すれば大抵は取り消されるからあっさり堕ちる。

 入試でも、大きなインパクトを残してやれば堕とすことも可能だろう。

 そして、奴は「推薦」での入学が決まった。

 

 しかし、しょせん一年棒に振る程度では、僕の三年間とは釣り合わない。

 奴は楽しい中学生活を過ごした後、一年遅れで楽しい高校生活を迎える。

 そんなのは受け入れられない。

 ちゃんと真っ暗な人生を歩んでもらわなきゃ気が済まない。

 そのためにはちゃんと人生をパンクさせなきゃいけないが、進学は大きいことであってもパンクまではいかない。ではどうするか。

 家族を壊してしまおう。

 一番いいのは両親の仕事を奪い……いや、この場合、自業自得なのだから自らの手で辞めなければならなくさせるべきだろう。

 息子の不始末を三年もの間見過ごしてきたのだから、奪うのではない。自ら「失う」のだ。

 調べたところ、共働きのようだった。

 母親はパートでスーパー。父親は外資系のサラリーマンだそうだ。

 この二人の仕事が亡くなれば当然、やつの人生は大きく狂う。

 ただ、死なれては寝覚めが悪いので、死なない程度にしておく。

 まずは息子が学校で何をしていたのか、あいつの両親に知ってもらおう。

 ついでに周りにいる同僚にも知ってもらう。

 僕が殴られている動画を編集し、二人の仕事場で流す。当然問題になるだろうが、真偽を確かめるのは難しい。

 だから『何事もなかったね』と、なるだろう。

 でも、今まで通りになるかな?

 映像はただそのまま流すのではなくテロップを入れてある。見る人をとても煽るような、たとえば「息子の暴力を見過ごしてきたご両親」などと入れて。

 母親のほうはスーパーに大きなモニターがあり、家庭用のプレイヤーで映像を流すものがあった。

 場所は隅っこのほうなので目につきにくいが、見つかりにくいともいえる。

 見つかりにくいということは、スーパーを訪れた人が目撃する可能性が増えるということだ。

 店員がよく通る場所のモニターだとすぐに撤去されるかもしれないが、目の届きにくい場所なら、足を止めている客がいても気にしないだろう。

 そもそも店員が気づきにくいのだから。

 客の目に入ればよい。たまに店員がチェックすればよい。そういうモニターなら、宣伝効果はばっちりだろう。

 仕掛けるときは変装をしていく。入店時はリュックにリバーシブルのパーカー。帰るときはトイレでパーカーを裏返し。リュックを小さく折りたたんでショルダーバックに詰め込む。荷物はDVD一つだけだから問題はない。

 後は帽子を深くかぶって顔が監視カメラから隠れるようにすれば大丈夫だろう。

 問題は父親のほうだ。

 会社に自由に潜入することは難しい。おまけにどこに仕掛ければインパクトがあるかなんて調べようがない。

 会社の見学がしたいんですぅーなどと言って入ったところで「業務時間中に仕掛ける」なんて出来ない。

 だって、衆人環視の状態だから。スーパーでこっそり仕掛けるようにはいかない。こちらの素性はわかった状態なのだから、調べられたら逃げようがない。

 ということは、父親のほうに仕掛けるには。

 1・乗り込む方法。

 2・仕掛ける方法。

 3・ばれずに逃げる方法。

 が必要なわけだ。

いっそのことあきらめてしまおうか。

 いや、それではパンクさせられない。生き延びる可能性がある。可能性はつぶさねば。

 郵便物は捨てられる可能性がある。ものに紛れ込ませてもこちらでタイミングを指定することが出来ない。一年後に見つかったところでどうともならない。

 そこで僕は、父親の会社を徹底的に調べることにした。

 すると、受付周辺に大きなモニターがあることがわかった。

 だが、外部からのアクセスを受け付けないので僕がどうにか出来ることではない。

 ハッキングとかそういうのが出来るならとっくにやっている。今出来ることをやるしかないのだ。

 そこで考えた。

 モニターの電源を切ることはできるのだから、プロジェクターの映像をモニターに投影してやれば流すことが出来るんじゃないかと。

 早速プロジェクターを準備し、テストを重ねた。

 映せる距離はどのくらいか。設置から投影までの時間を短くするには。

 プロジェクターは置きっぱなしになるから、身元がばれないようにシリアルコードとか指紋とか、とにかく僕につながりそうなものは消すこと。

 これで両親のほうはOKだ。

 後はあいつの進学する学校。これも映像を流してやらなきゃいけない。ただ、全校集会とかがあるわけじゃないし、卒業式に潜り込むとかそもそも無理だから、みんなに見てもらうほかない。

 話しが広がれば、いずれはあいつの居場所もなくなる。

 だからQRコードを生成して動画が見れるようにした。

 平日であれば学校見学ということで簡単に入ることが出来たので、高校のいたるところにQRコードを張り付けておいた。

 飛んだ先はまとめページで、いつでも動画を見れるようにしてある。

 すでに複数の動画サイトに投稿してあるので、規制がかからなければ見ることが出来るだろう。

 もちろん、規制がかかること前提で作ってあるので、ページにはいくつものリンクがある。

 すべてが見れなくなるころには、あいつの顔を見ることもないだろう。

 準備は整った。あとはスイッチを押して実行するだけで、すべてが動き出す。


「テメェ、何してくれたんだ!」

 高山が僕の服を掴み、珍しく教室で荒ぶっている。

 いつもは人気のないところに連れ込んで殴る癖に、余裕がないんだな。

「何ってなんだよ」

 高山の手をはじくとにらみ返す。

「お前のせいで俺の人生めちゃくちゃじゃねえか!」

 知らねえよ。

「パパもママも仕事がなくなるって……どうしてくれるんだよ!」

「お前がいじめやらなきゃよかったんだろ」

 僕の言葉に、高山がキレるのはわかっていた。だからちゃんと盾を準備した。

「ギャァ!」

 スイッチ一つでカッターの刃が立つ、アルミ製のチャチなおもちゃだが。

 いつものように殴ろうとしてこぶしを振り上げ、僕が用意した盾を思いっきり殴った高山の手はスッパリと切り裂かれていた。

 泣き叫ぶ高山を見た教師が対応をしたことで、僕のクラスは一日自習となった。

「なんでこんなことをしたんだ?」

 校長室に連れていかれた僕に、担任教師が努めて優しく聞いてくる。

「こんなこととは?」

 僕が聞き返すと、教師の目つきが一瞬、鋭くなった。

 三年間僕が何をされてるか、そして何を訴えても動かなかったバカににらまれようとどうということはない。

「なんで、友達を傷つけたのかな?」

「友達ではなく敵だからです」

「バカなことを言うんじゃない!」

 教師が机をたたく。バカはどっちだ。

「君がやったことは傷害だぞ。高山の手には傷跡が残る。どうするつもりだ!」

 などというので、スマホの画面を開いて動画を見せた。

 スマホを持ってくるのがどうとかギャンギャン言っていたが、知ったことか。

「これが三年間、僕が受けた仕打ちですが、対応してくれましたか?」

「いや、私が知っていれば……」

「37回、先生にいじめられていると報告し、37回見過ごされました。そのための自衛として撮影し、自衛として盾を持っていました」

「それにしてもやりすぎだろう!」

「三年間毎日のようにいじめることよりやりすぎなんですね。それと、私の心の傷ですが、言えるとお思いですか? 体の傷なんて大したことありませんよ。しばらくすれば元通りです。心の傷も、きっと聡明な先生方は元に戻す方法をご存じでしょう。ご教授願えますか?」

 僕が言うとそれきり担任は黙ってしまった。

「何か言えよ。三年分だぞ」

「言いすぎですよ」

 僕がキレそうになりながら詰め寄ったのを、校長が止めに入った。

 言いすぎじゃねえよ。

「何がでしょう?」

「彼も仕事が忙しく——」

「僕が自殺しても同じ言い訳したんですか?」

「いや——」

「校長先生は三年間毎日のように殴られる痛みはご存じですか? 服をどうやって乾かそうかとか、においを落とそうとか、そういうことばっかり考える毎日を過ごしたことは?」

「そういう——」

「三年分の痛みを、たった一日返しただけでやりすぎと言われるのですか。あいつは親から僕をいじめるように教育を受け、この中学では、いじめはばれないようにやるのだと教育しているわけですか?」

「大人をバカにするのもいい加減にしろ!」

「子供を軽く見るのもたいがいにしろ! あんたらが動かなかったから僕が自分でやるしかなかったんだろ!」

 校長はものすごく怒っているのだろう。顔が真っ赤になってプルプルと震えている。何かを言おうとして飲み込んでいるようにも見える。知ったこっちゃないが。

「……この件は警察に報告するしかないですね。謝罪をすれば不問にすることも考え——」

「ぜひ警察を呼んでください。三年間の仕打ちを、僕がいかに自衛せねばならなかったのかを警察に伝えますので。さぁ早く」

 ほどなくして警察が到着。事情聴取をされることとなった。しかし、僕は「殴られそうになった被害者」であり「三年間いじめられた被害者」というだけ。

高山の主張したこと両親の仕事云々は問題にされなかった。

 少なくとも、あの場で起こったことは自衛した。それだけだったから。

 もしかしたら、いつかは捕まるかもしれないだろう。でも、三年分の恨みは晴らした。

 それだけで十分だと思いながら警察署を出る。

 高山の家はどっか遠いところに引っ越すことになったらしい。受験勉強なんてしてなかっただろうから、下手したら二浪くらいするんじゃないかな。

 無事に落ちぶれたまま生活してくれることを祈ろう。などと思い信号を待っていると。

「ガキだからって、やりすぎたな」

「……刑事さん」

 僕を取り調べした刑事が隣にいた。

「お前さんが賢いのはわかるが、大人はもっと賢い奴がいる。すると、お前さんが何をしたのか知る可能性が高い」

「……ここ、路上喫煙禁止ですよ?」

 僕が注意しても刑事は手を振って「いいんだよ」というばかりだった。

「このたばこはな。お前さんがしたことさ」

「?」

「バレなきゃ犯罪じゃない」

「あぁ」

「その『あぁ』は自白とみていいか?」

「自白ってとれないから聞いてるんでしょ?」

「かぁー。賢いガキは嫌いだよ、ほんとにもう。次は絶対に足が付かない方法を探せよ?」

「……どういうことですか?」

「プロジェクターな。製造番号は中に書かれてる。マザーボードやらメモリやら、足をたどることが出来る。お前さんの購入履歴と一致する。逮捕だぁー」

 刑事が怖いだろーといいたげにおどけている。

「するんですか、逮捕」

「しねえよめんどくさい。握りつぶした」

「良いんですが正義の味方がそれで」

「正義の味方がいなかったからお前さんが動いたんだろ。いねえんだよそんなもん」

「……それで、いいんですか?」

「いいんだよ」

 刑事は『今はな』とつぶやくとたばこを大きく吸った。

たばこがみるみるうちに灰になる。刑事が内ポケットから吸い殻入れを取り出して中にたばこを入れた。

「お前さん、正義の味方になれよ」

「は?」

「それだけ賢けりゃ、大人になった時便利だ。で、お前を守ってくれなかった大人たちに見せつけてやれ。俺が出来るのにお前らは出来ないんだなって」

「何を見せつけてやるっていうんですか」

「子供の味方をしてやって『やーいやーい。大人のくせに出来損ない』ってバカにしてやれ」

「……子供のやることじゃないですか」

「そうだな」

 刑事は笑うと、僕の背中を叩いた。

 高山のような痛さは感じなかった。

「じゃ、またな」

「もう来ませんよ」

「ほんとにかわいくねーなーお前は」

 そういうと、信号を渡って駅へと向かう。

 僕の周りにはろくな人間がいなかったけど、もし大人になるなら、さっきの刑事みたいな大人がいい。そう思った。

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