創造者の苦悩

夏木

創造者は俺


「リーダーは君だよ。我が社の存続がかかってる。任せたよ」


 そんなことを言われたのは、2年前。俺が新卒で入社してから8年目のことだった。

 この日から、ゲーム開発のリーダーとしての仕事が始まった。


 ゲームを作る会社の中でも小さなうちの会社。俺が入社する前は、もっと名の知れた会社だった。

 だんだんと業績が落ち、今ではかなり落ちぶれてしまっている。


 俺はただ、ゲームを作りたくて入社した。俺が入社してから出たゲームは、どれも人気は出ていない。

 前作はクソゲーとも言われ、リーダーとして引っ張っていた先輩は会社を辞めてしまった。


 据え置きのゲーム機からスマートフォンへと、ゲームをプレイするデバイスが変わっている現代。いくら業績が落ちこんでも、会社の方針は相変わらず、据え置き型ゲームにこだわった。

 ゲームを作っていればそのうち、こだわる理由がわかるなんて言われたが、未だにわからない。わかる前に倒産しかねない。

 

 正直、売れても売れなくても、ゲームを作れれば何でもいいと思った俺は、いつの日か、こだわる理由を知ろうとも思わなくなった。


 初めてリーダーを任された今回のゲーム。

 そのテーマは、「誰でも遊べるもの」というざっくりしすぎたものだった。今までは、レーティングで18歳以上となるようなシューティングゲームが多かった。リアルさを追求続けた結果、バグが多く発生していたこともある。

 全年齢対象のゲームは、俺が入社前によく作られていたシリーズ以降初めてとなる。


 据え置き型は画質がいい。大画面で、繊細な絵を出せる。それゆえ、リアルさを追求できる。だが、全年齢対象のゲームにそこまでリアルさは必要ない。そうなれば、バグも減りそうだ。追求すべきは、可愛さだろうか?

 今までと違うテーマに、戸惑いしかなかった。


 それでも作っていかなければならないのが、社員の定め。市場調査や打ち合わせをして、どんなゲームにするのかを決めた。


 発売は2020年の夏。

 わざわざオリンピック開催の季節と重ねたのは理由がある。

 ゲームをインターネットに繋ぐことで、季節ごとのイベントに参加できる。その最初のイベントをオリンピックにしたのだ。延期が決まってしまったが、ゲーム内ではオリンピックを行う。雰囲気だけでもお祭り騒ぎにして、盛り上げたかった。


 現実で起こるイベントをゲーム内にも実装。ゲームを販売した後も開発を続け、長く楽しめるゲームにするつもりだ。


 このゲームは、世界中にダウンロード版で販売する。売れ行きによっては、パッケージ版も考えている。



 発売まであと少し。

 制作は最終段階に入っていた。


「あの、大変なことが……」

「なんだ。何が起きた?」


 部下の1人が、暗い顔で言ってきた。


「海外の方に発注してた翻訳が入らなくて。どうやら、新型コロナの影響で書けなくなったらしいんです」


 感染症が、世界的に流行し始めていた時期。ニュースで何度も報道するから、知ってはいる。だが、所詮は対岸の火事。自分には関係ないと思っていた。

 まさか、ゲーム開発に影響するなんて。


 世界同時発売の今作。世界中の人がプレイできるように、多言語に対応しなければならない。しかし、感染症の流行により、翻訳作業に遅れが出ているそうだ。


「ああっ! クソっ……! それは仕方ないよな。すぐに他の人を探せ! 海外は厳しいかもしれないから、出来れば国内の人を」

「はいっ!」


 翻訳なら、他にもできる人がいるだろう。

 ネイティブの人の方が滑らかな言葉になるが、仕方ない。完成しないよりはマシだ。


 部下へ指示を出して、自分の仕事に戻った。

 だがすぐに、別の部下から助けを求められた。


「すみません、このプログラム、途中でフリーズします。見てもらえますか?」

「わかった。こっちに送っておいてくれ!」


 部下から送られたプログラムを確認する。

 動作に影響しているのはどこか、間違い探しをしているようだった。


 そもそもゲームを作るには、多くの人が関わっている。

 基本的な方針に従い、ベースとなるストーリーを考える人、キャラクターや背景、CGを作る人。滑らかな動きになるように、キャラクターを動かす人。ひとりひとりが責任を持って、仕事をやっている。


 ゲームには音も必要だ。

 キャラクターボイスはどうするか、このシーンにはどんな音楽が必要か。有名声優や音楽家を起用すれば、それだけでも話題になる。だが、そこまでお金をかけられないのがうちの会社だった。

 

 低い予算で、高いクオリティを。

 削るのは人件費。増やすのは残業。

 他のメンバーはどうかわからないが、俺は元々ゲームを作るのは好きだ。だから、残業はそこまで苦ではない。みんなが楽しんでもらえるものができたなら、それでいい。


「プログラムの確認して、広報担当と打ち合わせ。音の確認と動作確認……あ、上にも報告しないと」


 やらねばならない仕事は山ほどある。このゲームの開発リーダーだからこそ、全体の進行度の把握、円滑に進める必要もある。


 発売日まで、決して余裕はない。

 スケジュール通りにこなさないと、後々苦しい思いをする。だから、今、頑張らなければ。と、思った時だった。


 ――ピコン。

 メールを受信したことを知らせる音が鳴る。

 こんな忙しいときに送るなとイラついたが、フロア内で同じ音が鳴ったから、社内通知のようだ。


『明日から在宅ワークを義務づける。期限は未定。各自リーダーの指示に従い、自宅で仕事をするように』


 会社の上層部からのメールだった。

 ここ数日で爆発的に感染者が増加しているから、国のトップや知事が在宅での仕事を促すのはわかる。わかるが、結局は現場判断。そして、現場のトップは指示を出すだけ。投げやりな指示に翻弄されるのは、俺のような中間の立場の人間だ。


 在宅など今までやったこともない。

 このあとの予定には、会議も打ち合わせもある。一体どうしろというんだ。

 言うだけ言ってくるのだから、無能な上層部は嫌いだ。


「リーダー、俺たちどうしたら……?」


 不安な声があがる。


「在宅ワーク……家にパソコンがないやつは、会社のノートパソコンを借りていけ! スペックは下がるが、基本的なことはできるはず。スマホでのチャットも出来るようにしておくこと!」


 連絡手段の確保と、家で仕事をするための準備。作業途中のデータはどうするか。データは漏洩することはないか。

 万全な体勢とまではいかないが、半日かけて、どうにか家で作業できるように準備した。


 翌日から、自宅での開発が始まった。

 顔が見えないことで、誰が何をして、どのくらい進行してるかわからない。完成できるのか、人気はでるのか、バグは? そんな不安でいっぱいの生活が何ヶ月も続いた。



 全員が集まったのは、発売日の1週間前だった。

 まだまだ、世界は感染症が流行している。

 時間差出勤に、マスク着用、徹底した換気を行い、出来るだけ短時間で終わらせるように計画した最終の打ち合わせだ。


 動作確認の報告、今後の予定確認。

 問題がなければ、発売日の午前0時からプレイ可能になる。

 報告を聞くかぎりでは、何も問題はなさそうだ。

 緊張しながら、発売日を待った。



 そしてその日はやってきた。

 SNSで反応を見る。


『ダウンロードの時間が長すぎて草』


 そんな意見があった。確かに容量は大きい。が、それはどうしようもない。その分、様々な楽しみを追加しておいた。それに、購入者の回線の問題もあるので、ダウンロードの時間は大目に見てほしい。


 時間が経つほど、ダウンロードに関する投稿より、プレイした感想が増えてきた。


『前作みたいなクソゲー臭がしたけど、意外とあり』


 待て。そんなにクソゲー臭がしていたのか?

 それは悲しいが、想像より楽しかったのだろう。よかった。


『子どもがずっとやってるんだけど。私もやりたいのに!』


 今度は画像付きだ。

 小学校低学年ぐらいの子が大きなテレビ画面でプレイしている後ろ姿が写っていた。そしてその子供の横には、父親らしき人物。テレビを指差して何かを言っているようにも見えた。


『今後のアプデに期待大』


 事前に追加データを出すことは告知済みだ。

 楽しみにしてくれてるようで何よりだ。




 投稿を次々に見ていく。

 驚くべきことに、マイナスな投稿が見られなかった。

 オリンピック延期や外出自粛要請などで家に入ることが多くなったこともあり、小さな子供から社会人まで、狙い通りに幅広い層に楽しんでもらえているようだ。


『みんなであれこれ言いながらやってまーす』


 そんな投稿に付いた写真には、プレイしている子供に加え、家族みんなでプレイしていた。そう、今作は複数人でのプレイが可能なのだ。コントローラーさえあれば、その場で一緒にプレイできる。もちろんインターネットを使って、離れた場所の友達との通信も可能だ。最大4人まで遊べるので、友達と家族ともできるようにした。


 外で遊べない分、家の中で一緒に遊べるようにした。

 外出自粛要請を受けて、この機能を追加したのだ。


 これが思ったよりも、評判がよかった。

 誰でも簡単に出来て、一緒に遊べる。退屈していた子供たちにハマり、大ヒットとなった。


 そして、感染症の流行がおさまったとき、俺は開発者インタビューを受けた。




『どうして今回、据え置き型のゲームとして開発したのですか? ――会社の方針というのもありますが、一緒に見ているだけでも楽しいからですかね。そっちじゃない! とか横で色々言えるんです。そうやって、コントローラーがなくても一緒にできるから……だからきっと、これからも据え置き型のものを作ります』




『最後に一言 ――ゲームをきっかけに、家族みんなが明るくなれたのなら、作ったかいがありました。これからも、皆様に楽しいゲームをお届けいたします』

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