第2話 修行初日
朝五時、まだ日も出ていない頃にボクは目を覚ます。朝食のスープをさっと作りパンと一緒に口に流し込む。それから三十分後、ライカはまだ起きていない。ボクはライカを見て、ズキッと心臓が痛くなった。その気持ちを誤魔化すように家を出た。早朝の香り、風が頬を撫で心地よい。草原までは二十分程だ。ボクはそこまで準備運動がてらランニングで向かう。
「アンさん!おはようございます!」
「来たかわね。ノア君。それじゃあさっそく素振り三千回いきましょうか!」
「はい!素振り三千回ですね!・・・えっ!?さ、三千回ですか!?」
「これくらい普通よ?だんだん増やしていくからね!」
アンさんはウィンクをした。あの美しい剣術を学ぶ一歩目が素振り三千回だ。
ボクは最高五百回までしかしたことがない。
「とりあえず一ヶ月でノア君にはスタミナ、スピード、手数を増すこと、そして体の使い方をしっかり身に付けること!いいね?」
「では、この素振りはスタミナとスピード、手数に当てはまると言うことですね?」
「正解!体の使い方は素振り終わったら教えてあげるから」
「わかりました!・・・三千回やります!一!二!三!・・・」
「うん!素直でよろしい!あと言い忘れてたけど、最低でも一秒間に五回は切れるようにはなってもらうわ!」
ん?アンさんがさらっととんでもないこと言ったぞ?一秒間に五回?アンさんはそんなことができるのか!凄い!
ボクはライカとオッズさんのことを思い出さないように、消し去るように無我夢中で素振りをした。
一時間半後、ボクは三千回振り終えた。腕がプルプルしている。
「ノア君、お疲れさま。二千回ぐらいまでは一秒間に一回ペースだったのよ?」
「そ、そうですか・・・、もう腕がプルプルしてて・・・」
「最初にしてはいいんじゃないかしら、とりあえず三十分で三千回できるようになりなさい!そうすれば一秒間に三回は余裕で攻撃できるわよ」
「一秒間に三回って凄いことなんですか?」
「いや、あまり凄くわないわね」
なんと、一秒間に三回はそんなに凄くないらしい。頭の中でシュミレートしてみたが・・・、確かに。と、思ってしまった。
「アンさんは一秒間に何回攻撃できるんですか?」
「私は・・・、二十回ぐらいかな?」
アンさんは本当に凄い人だ。
「ボクもアンさんみたいになれますか!?」
「そこは私より超えるって言ってほしいわ」
アンさんは美しい顔を綻ばせて笑いながら言った。
「頑張ります!アンさんを超えられるように!」
「よく言った!私の弟子よ!」
アンさんの笑顔は太陽のようだ。
休憩を挟み、体の使い方について学ぶ。
「ノア君、縮地はできるよね?」
「はい!できます!」
縮地はロライドさんに教わった。意外に覚えていない人が多い技術だったりする。と、ロライドさんが言っていた。
「とりあえず見せてほしいな。身体強化を使いながらするのよ?」
「はい!」
ボクは身体強化を発動し、膝の力を抜いた。すると体が前に倒れていく、その力を利用し前足を滑らすように前進する。
「どうですか?」
「うん!ちゃんとできているわ!」
「よかった!」
「じゃあそれを前後左右できるようになりましょうか」
「はい!・・・えっ!?前後左右ですか!?」
「そうよ!私はスキップって呼んでいるわ。そのスキップを使いこなせないと私の剣術を活かせないわ。私の剣術は回避と攻撃を同時にするの、そして敵が死ぬまで動きを止める事はしないの。走って、躱して、跳んで、ひねって、攻撃する。だからスタミナもスピードの手数がいるの」
やっぱりアンさんは凄すぎる。確かに初めてアンさんの剣術を見たとき空中で体をひねり、回転しながら剣を振っていた。
「あと、この修行はずっと身体強化してやってね」
「はーー、・・・え!?ずっと身体強化をしたままですか!?魔力が枯渇しますよ!?」
「大丈夫よ!ここにマジックポーションがあるから!それに強い敵と戦いには身体強化の常時発動は絶対よ!」
アンさんはボクのためにマジックポーションを用意してくれたみたいだ。アンさんはお金に困っていないのだろうか?・・・いや、それを考えてはいけない気がする・・・。こういうときは期待に応えて恩返しするんだ!
「わかりました!ボク頑張ります!まず、膝の力を抜く、体を横に・・・」
右に体を倒す。
「このタイミングッ!」
ズザアァァ
ボクは頭から地面に擦っていったみたいだ。ヘルム被っていてよかった。人間おろしになるところだった。
「力の入れる方向を間違えちゃったのよ」
アンさんがアドバイスをくれる。
「はい!膝の力を抜く、体を右に・・・」
ザッ
「できた・・・?」
今度は上手く止まれた。
「ダメよ、ノア君。距離が短すぎる。・・・でもその調子よ」
確かに二メートルしか横に移動できていない。縮地の場合は五、六メートルはできる。
「これはどのくらいの距離を移動できたらいいですか?」
「ノア君の縮地と同じ、五、六メートルね。最低でもこのくらいはできてほしいわ。それに距離が伸びれば伸びるほど、素早く懐に入れるわ。それに長距離の移動ができれば、移動距離ぐらい自分で調節できるわよ」
「わかりました!アンさん!」
それから夕暮れまでやり続けたが、まだ成功はしていない。それに十四回も魔力枯渇が起きて吐いてしまった。
魔力枯渇、それは魔力が減りすぎると船酔いのように気持ちが悪くなる症状だ。
ボクはその度にマジックポーションを飲むが・・・。酔いというのは覚めないのだ。
「ノア君、魔力枯渇はいいことなのよ」
「・・・本当ですか?気持ち悪くなって吐くことがいいことなんでしょうか・・・」
思い出しただけで恥ずかしい。アンさんの前で吐いてしまうのだ。それにアンさんは美女だ。美女の前で吐いて平気な男はいないだろう。
「魔力枯渇を繰り返して、そのときにマジックポーションを飲むと魔力量が増えていくのよ」
「そんなことが!」
「私と、私の仲間で発見したのよ」
と、アンさんは言い、続けた。
「ノア君が素振り三千回を三十分で、できるようになれば、次の素振りから身体強化させていくから覚悟してね!」
アンさんはウィンクしながらスパルタな事を言っている。しかし、今のノアにとっては。
「魔力量が増えるんですね!?それは大事ですね!ボクもアンさんに近づける!頑張ります!」
ノアとって修行は、あの嫌なことを忘れるために必要なことだ。
「うん!素直でよろしい!」
アンはノアのヘルムをコンコンと叩く。
初日の修行はこうして終わった。
「ただいま!」
「おかえり。ってどうしたの?そのヘルム。傷だらけだよ?」
ライカが心配してきた。
「縮地ーー、じゃなかった。スキップっていう新しい技術の修行で顔面から転びまくっちゃって」
あははとボクは笑う。
「心配させないでよ」
「大丈夫!師匠に心配されてるから!」
瞬間、ライカの顔に影がさしたように見えた。気のせいだろう。
「明日の依頼、さっさと終わらせて修行したいな」
「あ、あのね・・・」
「ん?なに?」
「ううん、なんでもないよ。明日頑張ろうね」
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