笑え、恋の音

佐伯 侑

プロローグ

 僕らはね、きっと恋をしていたんだよ、

 少年は言った。

 使い古されたセリフでさえ、彼から発せられることでその輝きを取り戻す。

 無邪気な笑顔から紡がれるその言葉で、その音色で、私は目を奪われた。

 私──は、結局のところ彼に恋をしていたのだろう。恋。それが果たして恋と呼べるものだったのか、それは今でも分からないけれど。

 少なくとも、彼の言葉は全てこの胸の中で反芻してきたし、ころころとした笑い声、そしてその双眸の輝きは今も頭にこびりついて離れない。

 国道沿いを走る。昨日とは打って変わって、今日は身を焦がすかのような晴天だ。ここのところ雨続きだったので、太陽も張り切っているに違いない。でも、そんな陽射しの眩しさが今は少し恨めしい。

 走るのは好きだ。冴え渡る空気で、邪念が取り払われるような気にさえなる。だから、物事を考えるのに適している、なんて漠然と思う。あれからだいぶんと経った。走るのは私の日課となりつつある。もちろん走れない日だってある。別に誰かに強制されているわけではないので、少しくらい休んだっていい。

 考えることはいつも決まって彼のことだ。

 例えば彼はきっと、女装が似合うだろう。私の記憶の中の彼は端正な顔立ちをしているし、手だって真っ白で綺麗。特別肉付きが良い訳では無いし、笑顔が何より素敵だ。こんなことを考えている今の私を見たら、きっと彼は腹をかかえて笑うだろう。その時一緒になって笑ってやろう。そう決めた。

 ありもしないことを考えて楽しめるのは人間の特権だ。人に生まれたことに、ほんの少しだけ感謝をする。そしてそこまで考えたところで必ず彼の言葉が蘇る。

 ──傷口を触るのは良くない癖だよ。自分を責めないで。


 本当はわかっている。彼との幸せを願ったところでそれが叶うことは無いことだって。さっさと忘れた方が楽だよ、なんて言われた。でも、彼の不在を認めたくなくて。私まで目を逸らしたら彼が存在した軌跡すら消えてしまうような気がして。あるはずもない理想を探したくて。だからただひたすら私は走る。

 そして毎回同じ場所、同じ時間にこう呟くのだ。

 ──出会わなければよかったのに。

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