紅奇譚 神殺しの物語
末巳 怜士
プロローグ
『風前の灯火』
口を大きく開いて息を吸った。酸素が体の隅々まで行き届かず、指先が全く持って言うことを聞かない。いや、言うことを聞かないのは指先だけではない、もうとっくに腕も足も、瞼ですら動かすのが重かった。
こんなところで立ちすくんだままではいけないのだ、自分の命尽きるまで、この灯火が消えるまで戦い続けるのだ。人知を超えるこの力を前に、僕にとってできることはたかが知れてる、けれど戦わねばならない、未来へとつなぐために。
「まだ抗うのか人間。もうとっくに限界など来ているはずだろう。諦めて膝をつけ、楽になるぞ」
地の底から響いてくるような声で“それ”は僕に向かって、甘い勧誘をする。もしもそうできたなら。正直、体はもう限界だ、しかしその言葉に耳を貸すつもりなど毛頭ない。
霞む視界で“それ”を捉える。しかし、もう見えるのは底の知れない闇のような影のみだった。
うっすらと見える影を睨みつけ、両手で構えた刀を握りしめた。彼女はもう、目的の場所まで辿り着けただろうか。
「貴様の狙いなぞ、とっくに我にはわかっておるわ、あの人間を逃がすためだな、なんとも無駄なことをするものだ」
「なに……?どういうことだ……?」
神の前である以上、自分の考えは筒抜けであるだろうとは理解はしていたが、それを無駄なことだと言われてしまった。口は聞くまいと思っていたが、思わず尋ねてしまう。
「貴様ら人間どもは、原始の神が我一柱だけだと思っておったのか?」
膝から力が抜けたような気がした、いや実際抜けたのだ。ザリッという砂の音と共に視点の高さが低くなる。
もう感覚などない、しかしその情報だけで自分がその言葉に絶望し、地面に膝をつけたことを理解できた。
完全に忘れていた、不意打ちを食らった、子供の頃にどこかで聞いた話、この世界に初めて生まれた神は、三神。そしてその神が、この世界を創った話。
いや、まさかこの闇に染まり、狂ったものが原始の神だとは夢にも思わなかった。
「貴様が先程逃がした人間、とっくに兄が始末した」
原始の神だと名乗った存在は、耳障りな笑い声を上げる。
頼む、嘘であって欲しい、そう願うが、その願いは叶わないような気がする。その願いを願う相手である神は、目の前にいる狂い果てているものなのだから。
もう意識が保てない、唯一の生命線だった彼女が別の原始の神にやられてしまったのだ。ああ、僕はもう駄目だ。この神を倒せなかった。この世界に未来はない。
一度意識を保つことを諦めると、泥沼に沈むようにずぶずぶとどこまでも落ちていくような気がした。
あぁ、この世のもの全てに祝福を……
しかし、祝福を与えてくれる神が一体どこにいるのだろうか……
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